アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  コルス3号星のフリーマーケット  

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 司令室の大型スクリーンのほとんどを占めるビューワーに、青と緑の混ざった宝石のような惑星が浮かんでいる。そして周りを雑多な宇宙船が周回、あるいは地表に向かって降下し、それとすれ違い外宇宙へと旅立つ大型の貨物船など。その景色はまさに港だった。

「商売の星っちゅうのはホンマや。景気のよさげな風景を見とったら、なんや心落ち着きまんな」
「そうかなぁ。俺は何だか忙(せわ)しなさそうでやだな」

「アホか、これまでさびれた惑星ばっかりで、ワシは気が滅入っとたんや。見てみいあの渋滞。地表に向かう宇宙船があんなに並んでまんがな。あそこへ行って何か売ってみい。そうとう儲かりまっせ。ほんまアルトオーネが懐かしいワ」

 はぁーあ。やっぱりこのオッサンの頭の中はそれでいっぱいなんだ。
 何しろ人を見たら金儲けの話。出すのは呼吸すらもったいないと言いだすほどだからな。

 付き合い切れなくなって、俺は自分の席に戻った。
 あーやだやだ。

 潤んだ眼でビューワーに釘付けなのは茜と社長だけ。
 社長は商いに夢を馳せ、茜は別のところを巡らせて二人仲良く忙しなく動き回る宇宙船の群れを見つめていた。

 席に戻ると戻ったで、鬱陶しいことは途切れることが無い。
「あーやっぱり髪が短いと動きやすいわ」
 俺の前で玲子が執拗に頭を振っていた。

 ヘアースタイルが変わったことをアピールしているのだ。


 ほっとくとウザいので、少しは反応しておく。
「長くたって、体はよく動いていたじゃないか」
 真空オンナはあの事故で髪の毛がずいぶん痛んだらしく、優衣と協力し合ってヘアースタイルを変えていた。と言っても茜みたいにボーイッシュなショートヘアーではなくセミロングだな。もちろん髪型が変わったのは気づいていたのだが、めんどくさいのでずっと無視していた。

 ちなみに玲子は、あの出来事を事故だと言い張るが、あれは捨て鉢になったお前が引き起こした過失的事故だ。


「なによ。それしか言うこと無いの?」
「シャンプーの消費が減って社長が喜んでるだろ?」

 玲子は鼻を鳴らして立ち上がる。
「デリカシーの無い奴は無視よ。さ、アカネ。お迎えに行こうか」
 スクリーンから振り返って苦笑いを俺に注いでくる茜の肩を押して、玲子はドッキングベイのあるフロアーへと消えた。


「綺麗になったよ、と素直に言えばいいのに……」
 俺の肩口から背筋が総毛立つセリフを吐いたのは優衣だった。
 結った黒髪が背中で泳ぐロングヘアースタイルは変わらずみごとだ。

「そんなコトをあいつに言ってみろ。口内炎ができちまうワ」
「口内炎ってそんなふうにしてできるものなんですか?」

「あぁ、そうだ。言いたくないことを無理やり言う。つまりストレスさ。口内炎は強いストレスが掛かると発症するんだ」

 うなずく優衣の口元に嘲笑めいたフォームを見つけるものの、ムキになるのも大人げない。俺も階下へと向かうことにした。社長も出向いているし、これ以上のんびり構えていたら、どやされるのがオチだ。

「それじゃあ、俺は商売に勤(いそ)しんでくるから留守を頼むな、ユイ」
「あ、あの……」
 真剣に何か言おうとした面持ちにドキリとする。

「どうしたんだ?」
「あ……いえ。何でもありません。気をつけて行って来てください」
「う、うん」
 妙な空気だった。何か言いたげな雰囲気が淀んでいた。

 出しかけた言葉を呑み込む今の様子は、何かのお告げを言おうとしてか。アイツの場合は占いとかのレベルではなく、真実の未来を語るから怖いのだ。何か嫌なことが起きるのではないかという不安を滲ませつつ、階下のドッキングベイへと急いだ。



 格納庫が並ぶ後部フロアーの真下に、小型シャトル程度の船なら直接着艦できるドンキングベイと呼ばれるスペースが設けられている。
 ここは新たに作られたもので、以前は大型の格納庫だったが、あの日、デバッガーに乗り込まれてあわやと言う寸前、切り離して爆破させたあの場所を利用して拵えたのさ。

 で──、新規に作り直す節に、ケチらハゲはドッキングハッチを外壁に付けるだけでいい、と言い張っていたが、シロタマが規格外の宇宙船とドッキングができないと猛反発。ほとんど社長を無視した状態で作られたのだが、その後シロタマの主張が正しく、この星域ではアルトオーネ製のドッキングハッチは役に立たないことが判明したため、社長も渋々認めたけど、このことを口に出すのはやめといたほうがいい。猛烈に機嫌が悪くなる。


 ドッキングベイと船内を遮断した扉の前には、フリマへ持ち込む荷物で山積みになっていた。
「売れ残ったらどうなるんだろ」
 と漏らした俺の独白に、溌溂と答えるアカネ。
「朝から晩まで、野菜サラダと野菜炒めでーす」
 俺と玲子は目を合わせてから、そろって不快な顔をした。互いにどちらかと言えば野菜より肉のほうが好きなタイプだ。


 少しして、軽い揺れが伝わり何かが銀龍に乗り込んできた。

《コルス3号星から来られたシャトルが着艦されました。後部ゲートをいったん閉めます》

 パーサーの通信から待つこと数分。ベイに空気が満たされると、大きく風が流れ出して遮っていた扉が開かれた。

「お迎えに上りました。ゲイツさん。パイロットのラルクといいます。荷物は後部から放り込んでください。人は前の搭乗口からどうぞ。ちょっと入り口が狭いので、頭に気をつけてくださいね」

 そのコブはそこでぶつけたのか?
 なんてことは口が裂けたって言えないが、気さくな感じで接してきたパイロットも組合長と同じ人種で、背が高く、人のよさそうな若者だった。短めの銀髪で覆われた頭頂部に盛り上がる三点を見ると、コルス星人の特徴はあのコブのようだ。髪の毛の有り無しは俺たちと同じで、それぞれ個人の特徴と言えそうだ。


「おい、タマ?」
 さっきからシロタマがシャトルの上をうろうろしているが、奴は行く気はない。さっき堂々と「商売なんか興味無い」と宣言をしていた。

「何でうろうろしてんだ?」
 あんまりにもしつこく動き回るもんだから、つい訊いた。

「このシャトルには珍しいディフレクターが付いてるでシュ」
「珍しい?」

『次元フィールド抑制タイプです』と報告モード。
「んだそりゃ。よー解らんな」

「あの……」
 俺の脇にパイロットが近寄って来て、涼しげな声をかけてきた。

「失礼なことを尋ねますが、この白い球体もこの船の装備の一つですか?」
「あ、すみません。ジャマだったらどっか放り投げますんで」

「シロタマ、ボールじゃない!」
「うっせえな。ボール以外何物でもないだろ」

「あ、いえ。管理者様のガイノイドが荷物を運んでますし、ルシャール製の救命ポッド型のアンドロイドもいますでしょ。それにこの球状のアンドロイド。アンドロイドと言っていいのか……でも知能はズバ抜けて良いですね。さっきエンジンの質問をされて、その深い知識力に驚愕していたところです」

 パイロットは真剣に驚いた様子で、
「通常はダイリチウムでワープフィールドを安定させるのですが、この船はその代替え品のゼルニジウムを使っていることを指摘してきたんです。エンジンナセルを外から見ただけでそこまで言えるなんて、そうとう精通していないと不可能ですよ……まったくもってすごいです」

 知能が高くたって性格が歪んでいたら使いものにならない、と言い返したいな。

 そしてパイロットは好奇な視線を茜に滑らせる。
「それと。出発前にこの子のお名前をお教え願えませんでしょうか。Fシリーズさまではあまりに失礼です」

「わたしはアカネです。アカネちゃんとお呼びください」
「ごめんなさい。『ちゃん』は必要ありませんので……」
 玲子にぽかりとやられて小さな舌を出す茜に、パイロットが微笑み返す。

「アカネさんですか。可愛らしいお名前でよくお似合いでございます」
 こいつにそんな丁寧な態度は不要だぜ。
 と一言付け加えておきたいほどに、ラルクパイロットは低姿勢だった。




 商品と販促機材などを詰めた荷物を積み込み、シャトルは銀龍を離れた。滑らかな飛行輝線を描いて、あっという間に太陽の光を全反射したした宇宙船が小さくなった。

「けっこうな速度が出まんねんな」
 こいうモノにはめっもう興味が湧く社長だ。黙って過ごすはずがない。

 船首のパイロット席から、ラルクさんが顔だけをこちらに捻って、
「光速の35パーセントまで出せます。コルスの衛星まで5秒と言ったとこですね」
 爽やかな声で答え、社長が返す。
「ほう。52万キロも離れてまんのでっか。ワシらの衛星は43万キロの位置におますんやワ」

 計算速いな。

「コルスにはもう一つ衛星がありましてね。ちょっと先なんですが、そこが今、もめてまして……」
 少し表情が陰った。
「どないしたんでっか?」

「あ、いや。他種族の方にこんなことを言ってもどうしようもないんですが……」

 思いつめたような表情は気の毒にさえ思える。
「愚痴だと思って聞いてください」

「はぁ……」

「ゼブスと言う衛星なんですが、いま採掘権で異星人ともめてまして。もともとコルスの領域なんですが、ゼルニジウムが発見されたんです。ところがそれを最初に見つけたのが他の惑星の種族なんですよ」
 と言ってから付け足す。
「ゼルニジウムとは亜光速エンジンに必要不可欠な物質なんですよ」

「ははぁん。よーある話やな。お前んとこの土地やけど見つけたんはオレらやから、なんぼか寄こせっちゅうやつでんな」

 ラルクさんは操縦桿(そうじゅうかん)横のキーボードを叩きながらうなずく。
「そうです。採掘権の90パーセントも要求して来たそうです。数週間前のニュースでそんな話をしていました。今その話題でコルスの政府は緊張状態です」

「えげつないやっちゃな。90パーセントは取り過ぎやろ、商売人の風上にも置けまへんな」
「貪欲なヤツがこの星域にもいてんだな。どこの種族なんだ。まるでザリオンじゃないか」
 他人事には思えなくなってきて、俺もつい声を強めてしまった。

「へぇぇ。ご存じだったんですね。そうです、ザリオンです」

「ぬはぁぁぁ……」
 俺と社長は互いに側壁へと視線を逸らし、玲子は後ろの座席で深めの溜め息を漏らした。

「い、いや。ぜんぜん知りまへん。ザリオンって何やろな。おまはん口から出まかせにゆうたらあきまへんで」
 どういうワケだか俺が睨まれることに。

「何しろ宇宙一狂暴なザリオンですからね。たぶん政府は90パーセントで飲まざるを得ないでしょうね。これでシャトルの燃料代が少しは下がると期待していたんですよ」

「それは気の毒な話やな。そやけどザリオンってそんなにあくどい連中とちゃいまっしゃろ。いや、噂しか知りまへんけどな」

「それがゲイツさん。ザリオンは噂どおりの連中です。特に今回主張してきた連中は連邦の中でも第五艦隊って言う話で、ザリオンでも最悪の連中ですよ」

 どたんっ。

 俺の後ろで玲子がひっくり返った。

 パイロットは吃驚(びっくり)したような顔をして、座席ごと後方へ体を旋回させる。
「大丈夫ですかレディ。揺れましたか?」
「い、いえ。ちょっと姿勢を崩しただけで……だ、大丈夫です。お脅かせてすみません」

 俺だって一緒にひっくり返りたい心境だ。
 ザグルの野郎め。相変わらずタチの悪い事をしてやがるな。

「……………………」

 なぜかそれっきり誰も口を開こうとしなかった。せっかくパイロットが絶妙な操縦で渋滞を回避するコースを取ってくれたのに、俺たちの頭には、オレンジ色の目をしたワニ顔が大笑いしている光景しか浮かんでこなかった。それも片目のな。
  
  
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