アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  幽霊の正体見たり  

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 次の日――。

 まだ朝食の準備中だというのに、早朝からワサワサするのは、昨日、退屈な一日を過ごし、少々欲求不満気味な玲子。
 こいつを懲らしめるには何もさせないのがいい。30分もあれば根を上げ、1時間も放っておけばミイラになっているはずだ。

 夜に行われた繁殖行動(密談)では、スリル満点の調査をして来た俺たちに八つ当たりするほど悔しがっていた。しかし武器を探しに行くと言いだしたのは自分なのだから、俺に喰ってかかって来られても知ったこっちゃねえ。

「でもさ。結局のところ、幽霊は何なの?」
 ミネラルウォーターをちびりちびりやりながら、好奇に揺らぐ目を優衣へと向けていた。

「昨日は時間規則に反するため副主任さんの横ではそれらしい話題が出せませんでしたが、ワタシたち三人が同時に目撃した空間の歪みは、ワームホールではありません。人の形をした影を確認しています」
「ユイが見たのなら間違いないわ。あたしもそう見えたし。裕輔は?」

「二日も前となるとなんだかよく覚えてねえ」

「アルコール漬けの脳みそだもんね。無理ないわ」
「うっせぇな。お前だってワイン漬けじゃないか」
 玲子は黙って俺を睨むと、その視線を放さずミネラルウォーターを口に含み、白い喉を上下させた。
 へへ。反論できないでやがんの。

『あのー。メジフランのエキスのほうが、お体に良いかと存じますが……』
 口を挟んで来たのは執事ロボットだ。

「冗談言わないで、あたしを殺す気? あんなものは飲み物じゃないわよ。拒否させてもらうわ。死んだって飲まないからね」

 死んだら飲めない。

『そうですかぁ? でもルリケリの女性は美容によいと言って、必ず朝に飲用されていますが』
「美容?」
 と聞けば玲子も黙ってられないのは、銀龍のジャージ姿だと言えどもスタイルの良さは社内一であるからして。

『はい。とくにバストの形がよくなるとか言われております。何しろルリケリの女性は乳房が横に三つありますから』
「ぶふぁっ!」
 玲子はグラスの中で気泡を吐き、俺は絶賛する。
「おおぉ。両手を使ってもまだ余るじゃねえか」

「この大馬鹿っ!」

 後頭部を小突いてきた玲子に笑ってごまかしつつ、俺は運ばれて来たパスタに忌々しくフォークを挿し込んでから執事を睨む。

「朝からえらいコテコテだな」

 注意しないと、こいつら何を食卓に出すか分かったもんじゃない。
 さっきのメジフランのエキスだって死骸から生えた植物のエキスだし……おぇ。
 何も訊かずほいほい口に入れていたら、とんでもないことになる。

 かたり、かたりと俺たちの前に置かれたこのパスタだって、パッと見はそのものだが――まさかピンクのミミズとか言うのじゃないだろうな。

 執事は優衣の前にも同じもの置いてから、首をこっちへ捻じる。
『ミミズがどんな物か存じませんが、それは環形動物を塩茹でにし、っ! あがぁーっ!!』
 パスタは玲子の手によって、皿ごと執事の顔面に張り付けられた。

「同じじゃないっ!」

 執事野郎は顔に張り付いたパスタを落としながら、モガモガ言ってキッチンへ戻って行った。
「よく環形動物がミミズだって知ってたな?」
「シロタマがよく言ってるもん」

 散らばったパスタを片づける優衣のまめまめしい姿を眺めて、俺は深く溜め息を吐く。
「にしたって――手荒いなぁ、お前」
「当たり前よ。優しくなんかしてたら付け上がるわ。あいつ何を持ってくるか分からないのよ。昨日のお昼に何が出て来たと思う?」

 口直しにミネラルウォーターをぐびりと飲み干し、後頭部からミミズを垂らした執事を視線で追いかけ、
「トーストが出てきたの。久しぶりだから喜んでいたら、なんとそれシロアリよ。白蟻。それを乾燥させて砕いて、それから練って四角い形にして焼いてんの。見た目はこんがり香ばしそうだったけど……あたしはどっかの原住民じゃないわ。虫って口に入れるもんじゃないでしょ。連中のレシピはどこか狂ってるのよ」

 一部の地域を敵に回すような発言だけど、シロアリはあまり口には入れたくないな。
 そうか。それで朝から水しか飲んでないのか……。

 俺は今食べている白米をまじまじと見つめる。どこからみてもそれは米だが……。味も白米そのものだが……。それから、こっちのワカメの味噌汁はワカメだろうか。そうではなくても海藻ならまだましだが、この食感はなんだ。しっとり感がなくぱさぱさしていた。

 玲子は胡乱な目つきで俺の味噌汁の中を覗き込み、ひとこと言った。

「死ぬわね」
「……っ!」
 俺もミネラルウォーターへと手を伸ばしたのは、まだ生きていたいからで。

「で、あっちのほうはあの人に任せておいていいの?」と玲子。
 ようやく話題が元に戻ったのだが、内容が伏せ気味になるのは、今もそこでお茶汲みロボットがミネラルウォーターを注ぎつつ聞き耳を立ているのと、ミミズのカツラを被った執事もじっとこちらに耳を傾けているからだ。

「たぶんな。何しろ規模がでかくて俺たちには手出しできないし、動き出せばきっと目立つ。とにかくこっちは社長と合流することと……気になるのはやっぱ幽霊だな」

「マンハイム効果ほど激しい変化はありませんでしたが、どう考えてもあれは時間項の変化に伴うゴースト現象です」
 優衣も俺たちに真似て、さっきから水しか口に入れていない。そのほうが廃棄に手間がかからないので都合がいい。

「となるとデバッガーが絡んでる可能性もある。ここで時空修正をされたら、また振出しに戻るぜ」

 玲子は露骨に不機嫌な顔をした。
「どこからやり直しになるの? またドゥウォーフ族のエンジンから?」
「いえ、あの時間域はもう無理です。多重存在現象が懸念されます」
 栗色のポニーテールをゆさりと揺らして優衣が否定した。
 俺もあのシーンに戻るのは、もう嫌だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 ほとんど水で膨れた腹を摩りながら、俺たち三人はエレベーターで階下へと移動した。
 外は何も変わっていない。海の色を透かして見える青空がビル街を包み込み、眩しいまでの光で照らされた町並みは、建物の影がくっきりと出る強いコントラストで、それは照度がかなり高いことを示している。

「お出かけですか?」
 と丁寧な言葉を掛けてくるのは検非違使だが、その言葉は優衣だけに当てられたのも、昨日と同じ、何も変わっていない。
 見ると、検非違使の頭上にシロタマが浮遊していたが、完全無視をかまされる光景も相変わらずだ。

 タマはそいつをおちょくるように、顔面の真ん前に降下して体を揺らすが、それでも検非違使は無視し続け、
「今日一日が、ユイ様にとって心地良い日でありますことをお祈り申し上げます」
 よく白々しくそんな言葉を投げかけられるな、という思いと、鼻先をシロタマに覆われていても平然と無視できる様は、ある意味すげえな。

「ふんっ」
 痺れが切れたのはシロタマのほうだ。放置されるのを極度に嫌う奴の習性を知っての行動かな、とちょっと感心する。

 ぷりぷりした検非違使を遠く背後に残して、俺たちは車も走って来ない大通りのど真ん中を歩いた。そのほうが歩道をうろちょろするアンドロイドに会話を盗み聞きされないからだ。

「おい、タマ。朝帰りとは大した度胸だな」
「ばーか。オメエとちがってこっちは忙しいんでシュよ」

「なにが忙しいだ。なら調査の報告でもしろよ」
「やなこった。教えないよーだ」

「あ、てめえ。秘密主義もいい加減にしろよ。せめてどこかにいい飲み屋があったとか無いのかよ? どこで朝まで飲んできた?」
「ばーか。ハシゴ酒じゃねえぜ」

「じゃあ、どこで遊んでたんだよ?」

「お城だよ」
「あー? お前、城入れるの?」
「ひみちゅ」

「何が秘密だ。そこで何をしてきた」

「ひみちゅだよ」
 それだけを言い残すと、またもや光輝くビルの彼方へと消えた。

「好き勝手なことしやがって……」
 空に向かって小言を落とし、視線を戻すと、玲子たちが呆れた目線をよこしていた。

「あなたねー。よくそれだけくだらないこと言い合えるわね。あの子はあの子なりにちゃんと調べてくれてんのよ」
「いや。あいつがそう言い返してくるから、それなりに応えただけだぜ」
「呆れて物も言えないわ」
 いっぱい言ってんぜ……。



 そんなこんなで、しばらく道なりに進み、例の場所にやって来た。そうミュージアムの前だ。
 三階にまで届きそうなほどの立派な門扉は、誰も訪れることは無いのに今日も開かれていた。

「ごくろうさまです」
 優衣はご丁寧に立番をする検非違使に頭を下げ、向こうも腰を折る。
「本日もご来館されますか?」
「クロネロア王国の歴史を学ぶにはここは最適ですから」と言ってから。
「でも今日は天気がいいからみんなとお散歩でもしようかと」
 天気は年がら年中この状態だと思うが。

「それは結構なことで。ミュージアムは年中無休ですから、いつでもご訪問ください」
「ありがとう」
 表向きはほのぼのとした雰囲気が漂うが、奴の態度は欺瞞(ぎまん)にまみれる偽装された姿勢なのさ。腹の中では2ビット委員会に献上する故障アンドロイドを探すのに躍起なのだ。献上すればエネルギー化されたパワーの数パーセントは下げ渡されるのだと、昨日副主任がちらりと漏らしていた。

 生命体の社会であろうと機械だけの社会であろうと、この構造だけは森羅万象、何も変わらないのだ。


 ミュージアムを通り越して最初の路地を左に折れると、そこは俺たちが不思議な現象を目撃した場所だ。裏手にある花壇を見下ろせるゆるい丘があるので、そこへ行って全体を窺ってみようと半分ほど登ったあたりで背筋を伸ばした。風通しのいい場所で今日も飼育されている動物の鳴き声が遠くから聞こえてくる。

「のどかだなー」
 どこか行ったこともない田舎を連想させてくれて、ゆったりとした気分になる。玲子は風に暴れる横髪(よこがみ)をうるさげに押さえつけて、つまらそうに言う。

「だめだわー。今日は何も出ないわね」

 うーむ。こいつは見学のつもりで付いて来たのか。調査だという大義を完全に忘れていやがるな。

「あっちの広場はどうでしょうか?」
 人が集まるために作られた公園などとは異なり、花壇から路地二つほど離れた場所に何もない空き地があって雑草が茂っていた。何かの建物が取り壊されて長い間放置した、そんな空地だった。

 あてがあって来たのではないので、反対する理由も無い。優衣に誘われてその空地へ移動した。

 取り立てて何も無いただの空き地だ。中心部は地面がむき出しだが、周りは雑草が生えていて子供たちの遊び場にもってこいの広さがある。しかしそれが異様に目立つのだ。
 理由はすぐに解った。人の、いや、ロボットたちの手入れがなされていない雑然とした空間を見ることがこれまで無かったからだ。どこも綺麗に整備され、アリ一匹這う隙を与え無いほど磨かれるのに対し、こっちはほったらかしなのだ。

「ここって何の跡かしら?」
 誰しもが思う疑問を口にした玲子。そこら辺を歩いていたアンドロイドを無理やり引き摺って来ると指差した。
「ここって何の跡地?」
 子供を相手にするみたいに無遠慮に訊いた。

「………………」
 そいつは何も言わず手を振るだけで、逃げるように立ち去った。

「気分悪いわねー」
 走り去る背中を見つめてつぶやく。

 続いてやって来た薄いピンク色の服装をした二人連れの前に飛び出し、前を立ち塞ぐ。
「ちょっと待ちなさい!」
 カツアゲでもしようってのか、あいつ。

 玲子の勢いに連中は負けぎみだが、一人が無機質な言葉を返してきた。
「なんでしょうか?」
「ここって何が建ってたの?」
 反応はさっきと同じだった。一瞬、目を見開き、何も言わずに逃げて行った。

 理由は簡単だ。
「俺たちに知られたくないものが有ったんだぜ」
 悔しそうなしかめ面でこちらに戻ってくる玲子の表情が一変した。

「あ――っ! 裕輔、ほら後ろっ!」

 急いで振り返り、
「ぬぉっ!!」
 確かに見た。

 しかも今回はずいぶんと鮮明だった。
 濃いグリーンの上着を着た人物だ。ちゃんと手足も頭もあった。だが顔の部分はぼやけており、表情などは見てとれないが、二足歩行の生物に間違いない。
 だが異様な光景はそれだけではなかった。今度は俺たちの頭の上辺りに出現すると、肩を左右に揺らしながら下りて来て地面に片足が着くや否や消えた。

「今のは階段を下りていたんだ」
「そうよ。階段だわ。て言うか、階段を下りる幽霊なんて聞いたこと無い……あなたある?」
「あるわけねえだろ。それより階段を下りて来てんだから、足があるちゅうことになるぜ。だろ? ユイ?」

 俺と玲子は幽霊が残した残像を見つめて黙り込んでいた優衣の答えを待った。

『間違いありません。時間項が書き換えられたために起きるゴースト現象です。先ほどの光景から現時の光景を減算してマルチスペクトル分析を行いますと、この空き地には大規模な病院施設が存在しています』

「シロタマ!」
 いつの間にか俺たちの少し上で浮かんでいた。
「どこ行っていた? 肝心なときにいつもいないな。ちゃんと見たのか今の現象?」
「見たよ。イメージデータも保存したでシュ」
 よし、でかしたタマ。褒めてつかわすぞ。で? 何それ?

「シロタマさん。タイムライン3392のフレーム48をもう一度見てください。現時間と異なるモノはありますか?」
 いきなり専門的になるんだもんな、付いて行けんワ。

『……存在します。少人数の生命反応を検知して、』
「オマエらそこで何をしているっ!」
 高圧的な態度で現われたのは検非違使だ。警棒の先端から火花を派手に放電させて、その態度は明らかに俺たちを威嚇していた。

「なぁーに。三人でキャッチボールでもしようかと思ってな……ちょうどいい。お前バッターでそこに立てよ。バット持ってんじゃん、バット」
 電撃スパークが出るバットならシロタマも喜ぶだろう。

 玲子が宙に浮いていたシロタマを引っつかみ、俺に向かって投げてきた。
「何をするでしゅかぁ――っ」
 ペタンという間抜けな音を出して俺の手の中に収まった。

「はい。ストライク!」
 硬質な感じはまったく無く、軟球を握る感じだった。

 再度、玲子に投げ返す。
「きゅあぁぁぁぁぁぁぁ」
 シロタマは黄色い声をまきちらしながら放物線を描いて玲子の手に戻った。

「ここは立ち入り禁止区域だ。球あそびなど、あ……これはユイさま。この空き地は入ることを禁止された区域でございまして。遊ぶ場所ではございません」

「なら、立て札でも立てなさい。何も無ければ入るのは当然。それでも咎めると言うのであれば、それはあなた方の怠慢が原因ではありませんか? センターで頭の中の検査でも受けてきたらどうです」

 優衣も言うねぇ。あの検非違使がタジタジだ。

「こ、これは失礼いたしました。センターへは入りとうございません。なにとぞ、穏便にお計らいください」
 俺たちに向ける態度と、この差はどうなってんだ。改めて驚愕させられた。

「この敷地はいったい何があって、なぜ立ち入り禁止になったのですか?」
 今ならゲロるかもしれない。
「あー。はい……。その昔、ここには病院がありまして……」

 シロタマの報告と一致する。
「なぜ病院の跡地が立ち入り禁止なのですか?」

「伝染病によりマスターが大勢死亡した場所でして、感染拡大を防ぐために取り壊して立ち入り禁止に……」
「生命体の伝染病がお前らにうつるのか? すげぇ菌がいるんだな」

「うるさいっ! そんなところで球遊(たまあそび)びなどしていないで、さっさと行くぞ」
「どこへ?」
「明日はお前の就任式だろ。その打ち合わせに来いと城から呼び出しがかかっておる」
「ああ、あれか……」
「なによ。裕輔がマイスターになるとか言うヤツでしょ。ユイ。何なのよマイスターって」

 まずい、優衣に口止めするのを忘れていた。
 しかし時遅し、彼女の口を塞ごうと飛びついた俺を合気道の師範でもある玲子は、羽根布団のように軽々と投げ飛ばした。

 空を舞うってーのは気持ちいいよな。鳥になった気がする――。
 ふんわりと上昇する間は気持ちいいが、落下になると別物だ。
 尻と腰の中間あたりを地べたで強打。

「痛でででぇぇぇぇぇぇぇぇー」

 がんっ!

「あがうぅぅぅぅ」
「どあぁぁ!」

 最初の鈍い音は地面でバウンドした音だ。その次の混声合唱は検非違使の真正面からぶち当たった時の互いの叫び声だ。
 着地さえうまくいけば、何も言うこと無いんだよな。

「あてててー!」
「★ξφ○☆Ω!!」
 聞き取れない声を上げたのは検非違使で、その声だけでなく、激痛に叫ぶ俺の声までも憤怒に駆られた玲子の喚き声でかき消された。

「何よ──ぉ! 男が大切にされるー? はぁっ!? 馬鹿言わないでっ!」

 ぶっ倒れた鉄火面と絡み合ってバタバタする横にズカズカとやって来ると、
「男なんか蟲よ、虫っ!! 女王のところへ行って文句言ってやるわ!」

「お前、ぜってぇ過去に何かあったろ? 好きだった男にフラれたのか?」
「か、関係ないでしょ。それよりあたしはこのチャンスを利用する」
「何の?」
「謀反……よ」
「お前その言葉を使いたいだけだろ?」
「なんだっていいわ。反乱よ。クーデターよ。女が立ち上がるの」
「何か勘違いしてやがるな」

 ようやく起き上がった検非違使が、
「そんな危険分子は城へなど連れて行かれぬ、このままセンターへ連行するぞっ!」
「うるさいわねー。冗談に決まってるでしょ。冗談も理解できないから、そんな鉄火面みたいな顔してるのよっ!」

 玲子の威勢に圧され気味味の検非違使が、取り繕うように先頭に立った。
「くだらんことを言ってないで、さぁ早く立て。行くぞ。司令官と賢者様がお待ちだ」

「2ビット委員会か」
 と叫んだ俺の胸ぐらを検非違使は力強く鷲掴みにした。

「こらっ! 誰に聞いた!」

「誰でもいいだろ。お前の仲間だったかな。弐拾参番だ。そうだ、弐拾参の奴に聞いた」
「バカモノっ! 弐拾参番はオレだっ!」
 ゴミでも捨てるかのような乱雑さで俺を解放した。
「あっそ。そりゃ失礼。同じ顔してるから区別がつかないんだ」

「委員の皆様に向かって、そんな呼び方をするとひどい目に合わせるぞ!」
 怒りの表情だけは作れるようで、もの凄まじい形相だった。

「壱番様は司令官殿と呼び、弐番から四番様は賢者様と呼ぶのだ。いいなっ!」
 燃えたような赤い双眸で俺たちを睨みつけると、後ろから警棒で追い立てた。

「さっさと歩け。さぁ急げ」

「はいはい。シーちゃんとケンちゃんね」
「なによそれ?」
「司令官と賢者さ」

「うふっ。オモシロじゃない」

「バカにしてるのかお前、センターへ放り込むぞ」
 ツボにはまったのか、玲子の機嫌は即行で収まりクスリと笑い、検非違使は怒り心頭さ。

「やれよ。ゲームセンターでもヘルスセンターでもいいから放り込んでみろよ。その代わり明日の就任式は中止だからな。女王様が悲しまれるだろうな。そうなったら、お前の肩んとこがまっ平らになっちまうぜ。明日からどうやって顔洗うよ?」

「う、うるさい! くだらんことを言うな。行くぞ! 急ぐのだ!」

「わかったって、行くから……」

 こいつのおかげで、またもや幽霊調査が中途で終わってしまった。結局どういうことだったんだろ。優衣がシロタマにちらりと告げた座標みたいな数値は何だったのだろうか。そして結果はどうなったんだろう。訊きたくても肝心のシロタマの姿が見えない。検非違使が振り回す警棒を怖がったのか、キャッチボールの球になったのが屈辱だったのかどこかへ消えていた。

「すぐ戻ってくるわよ」と玲子。
「クサリの切れた犬かよ。まったくもって自由奔放なヤツだ」
  
  
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