アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  権威主義  

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「遅かったな!」
 背後から忽然と声をかけられた。

「うぉっ!」
「きゃっ!」
 喉から心臓が飛び出るほどの衝撃を受けて俺は振り返り、玲子は持って来てもいないハンドキャノンを探して、上着の内をバタバタさせていた。

「もういいぞ。お前らは消えろ!」
 俺たちを連れて来た二体のロボットは、まるで怯えるかのようにしてその場を立ち去り、
「なにを驚くことがある!」
 代わりにこいつは胸を反らして怒鳴った。

 高慢な態度を一段とレベルアップして、立ち塞がったのは別種のアンドロイドだった。
 別種だと思えたのは、同じ赤色の制服を着こんではいるが、作りがさっきの連中より精密で、いかにも力強そうながっしりとした体格のヒューマノイド型だったからだ。
 ただ、それ以上に異様なのは、首から上が金属製の仮面みたいに表情を排除した作りで、まったく心の動きが読み取れない。

 頬骨。額に挟まれた目の部分はくぼみ、鼻筋はすっきりと伸びて高いのだが鼻孔は無い。目は切れ長。赤黒くギラついた眼球が二対あり、鼻の下には取って付けたような筋が走っており、薄っぺらい不健康そうな色合いの唇は会話をするときに上下するだけ。それはまさに無表情の人形だった。


「生命体は急激な刺激を受けると予期しない感情が湧き上がります。ご注意ください」
 凛として応えたのは、銀龍の天使、優衣だ。
「なにさ。天使って……」
 無表情野郎を睨み倒していた玲子が、そのままの表情で俺へと首をひねった。
 差し詰め、お前は鬼軍曹だ。こっちを睨むのはお門違いだぜ。

 アンドロイドの顔立ちからは表情は読み取れないが、音声合成処理に関してはレンズ野郎とは出来映えに格段の差があって、言葉遣いからありありと伝わってくる。傲慢で高圧的な性格の野郎だというな。

 ところがだ。意外にもこの野郎は腰を低くした。優衣に。
「これは失礼いたしました。あなた様、生命体を脅かす気持ちはございません。以後気をつけます」

『レイコの場合、突発性の筋肉伸縮を起こすことがあります』

 タマの野郎が言うように、何かあるとすぐにケリを入れる癖がある。そのことを忠告したようだが、アンドロイドはシロタマに対しては完全無視だった。

 優衣もそれに気付いたようで、眉根を寄せつつ傲慢野郎に接する。
「理解してくださればそれで結構です。それで……あなたは?」
「申し遅れました。ワタクシは弐拾七番の検非違使です」

「先ほどの水中艇を操縦していた人たちと、お仲間ですか? ご足労おかけ……」
 男は優衣のセリフを鼻で笑って遮った。
「あー違います。あいつらは伍百番台の連中で、検非違使と呼ばせていますが出来損ないです。操縦なんてできません。こちらから遠隔操作で誘導していただけです」

 と説明したあと、堂々と宣言した。
「わたくしが本当の検非違使です」

 蔑んだ態度が少し気にはなるが、思ったより温和な態度に戻ったので、こっちも緊張を解くことができたのだが、その気持ちはものの十秒と持たなかった。

「それじゃあ、自己紹介と行こう。俺は銀龍から派遣された医療チームで、裕輔って言うんだ。よろしく頼む」

「ふんっ」
 こちらから譲歩した態度で相手になってやったつもりなのに、こいつは鼻息一つでいなしやがった。

「それでは、今から医療センターまで連行する。ついて参れ!」

「──てっ!」
 今、連行するっつったな!

 さっき安堵したって言っちまったが、撤回させてもらう。なんだこいつ。腹立つぜ。
 流暢に喋る奴が登場して、少しは雰囲気が和らぐかと思いきや、輪を掛けておかしな言葉を使いやがって。

 訂正を求めたいところだが、シロタマの作ったコミュニケーターが誤変換した可能性が残るので、まずは我慢だ。

 かと思いきや──。
「ここから階段が続きます。足元にご注意ください」
 それは優衣に注がれた言葉で。
「さっさと歩け」
 これは俺と玲子に投げつけられたセリフだ。

「なに、こいつ?」
 露骨に嫌な顔をする玲子の肩口から囁く。
「頼むから我慢してくれ。銀龍へ帰ったら、ビールでお疲れ会でも開いてやるから」
 吊り上がった目尻が気持ちいいほどに緩んだ曲線に変化。
「いーわね。裕輔のオゴリよ」
 褒美に釣られやがって、酒樽女め……。



 十数段の階段を登り切ると、無表情なロボット野郎は並び立つ立派な高層建造物の奥を指し、冷たく平淡な声を出した。

「医療センターはこの奥だ」
 白いビル群の隙間を通して大きな建物が見える。

「あんたらのマスターって言う人は、すげえモノを拵えたんだな」
 指の先を仰ぎ見た俺も俺だ、訊かなくてもいいのについ口を滑らせた。
 案の定、検非違使は、「黙ってついて来るんだっ!」と怒鳴った。

 言うんじゃなかった。後悔先に立たず……。

 それにしたって腹が立つ。めらめらと憤怒が湧き上がり、
「何なんだお前の態度! 限度って言うものがあるだろ」
「我々は検非違使だ。こちらの命令に従ってもらう。逆らうと牢に放り込むぞ!」

「おいっ、俺たちを罪人扱いするのか! こっちは要請と聞いてここに来たんだ。それともそれは強制の聞き間違いか」
「黙るんだっ!」
 すっげー力だった。重機に吊られたみたいに、この野郎は片手で俺を軽々と宙吊りにした。

「ぐげえぇぇ。の……ノドがツバるぅ」

「生命体に手を出すなど言語道断。ワタシが許しません。すぐに手を放しなさい!」
 その行為を制したのは、そりゃあそうさ、優衣しかいないだろ。いくら玲子がスーパーウーマンだと言っても、パワーショベル野郎に勝てる腕力は持っていない。

 ところがだ。
 首根っこを鷲掴みにされるのは、玲子で慣れっこなので、取り立てて驚きゃしないが、別の意味で俺は目を白黒させた。
 それは優衣が力づくで腕を下(お)ろさせたのではなく、素直に命令に従ったからだ。しかも奴は再び恭しく頭を垂れていた。

「申し訳ありません。あなた様を脅(おびや)かすつもりは決してありません。習慣化された行動が突発的に出てしまうもので……」
 こんな態度が習慣化されるというのも問題有りだぜ。

「今後手荒な真似をすると、一切の協力を断ちますよ」
「まことに。申し訳ありませんでした」
 検非違使は切れ長の目を優衣に向け、礼儀正しい態度で接すると深々と頭を下げて引き下がった。

 いったいどうしたというのだ。
 なぜ優衣には従う?
 なぜ俺たちには高圧的なんだ?
 吹き出す疑問に俺や玲子だけでなく、優衣自身も困惑していた。

「あなたたちの本当の目的をおっしゃってください」

 不気味な雰囲気に耐え切れず尋ねる優衣へ、
「本当も何も……我々はマスターの治療を優先的にお願いするだけでありまして……他意は何もございません」
 優衣に対して従順に応える態度は一点の曇りもない。

 いよいよおかしい。気のせいなどというレベルではなく、はっきりとおかしい。喋り方云々よりも、優衣だけに見せる神妙な態度、あれは本音なのか、それとも何か策略があってのことなのか、そっちのほうが気になる。

 早口で玲子と優衣に囁いた。
「さっさと治療して……早く帰ろう。なんだかここはおかしい」
 そして玲子の耳元でもう一度伝える。
「銀龍へ連絡して、いつでも転送回収できるように知らせてくれ」
 玲子は目だけでうなずき、内ポケットに突っ込んであった無線機を取り出して口元に近づけた。

「あっ!」

 信じられない機敏な動作で、検非違使はそれを叩き落とした。

「ちょっと何するのよ!」
 拾い上げようと腰を屈める玲子の眼前で、仮面野郎はさらに爪先で蹴っ飛ばした。
 カラカラと歩道を滑って行く無線機を見届けてから、玲子の横蹴りが検非違使の顎(あご)の下に炸裂する。

「うわっ、やめろ玲子!」
 こん、バカめ。
 突発性の筋肉伸縮を起こしちまいやがった。

 しかし検非違使は神業の動きで体を逸らし、目一杯に伸びた玲子の美しい横蹴りのフォームを数センチ手前で見極め、指先でそれを払った。
 玲子もバランスを崩さず、そのまま回し蹴りに移ろうとした寸前、俺が飛び込み、おみ足に抱きついて食い止めた。

「あががっ!」
 おかげで顎を強打するものの、大腿部に抱きついた気色いい感触だけは生涯忘れないだろう。この痛みの代償としてな。

「痛ててててて」
「もうー。裕輔が急に飛び出すから悪いのよ」
 うずくまる俺に謝罪の言葉は無い。ま、そんなもんだ。

「トラブルを起こすなって、言ってんだろ」
 太腿(ふともも)にしがみついたが、セクハラだとか騒ぎ出さないところ見ると、今の抱きつき事件は問題無しと処理しておこう。

 問題だったのは優衣のほうだった。
「あ、ああぁぁ」
 遠くを目指した焦点の合わない瞳で、大きく口を開けて固まっていた。

「どうしたの?」
 背中のポニテを大きく翻して飛びつく玲子。

 どこを仰いでいるのかは不明だが、真剣な眼で目標の定まらない位置を見つめるのが、よけいに恐怖を感じさせた。しかも戸惑う俺の前で、優衣は思ってもいないセリフを吐いた。

「銀龍が弾き出されましたっ!」

 何を言いたいんだこいつは……。

 茫然とした俺が、冷静さを取り戻すのに数秒かかった。結論だけを先に言うほど、のっぴきならない事態が起きたに違いない。

「弾き出されるって、ユイ、順を追って話して」
 と迫る玲子に、優衣は取り繕うように説明する。

「すみません。あんまりアカネが慌てるものですから」
「アカネって?」

 そう聞いたらピンとくる。
「アカネの記憶だろ、ユイ?」

 茜が見るものが優衣にも見える。だがそれは実際に目視したのではなく、自分自身の過去の姿である茜が見たり聞いたりした記憶が甦ってくるだけで、茜には現実だが優衣には過去のこととなる。

 そのひとつが今起きた。
 膨大な記憶の底に沈んだ事象が、リアルタイムに起きた時に発生する感情サージをトリガーとして、泡みたいに湧き上がって来る。時間のパスで繋がった二人だからあり得る現象だ──と以前告白していた。

「思い出した順でいい。ゆっくりと言ってくれ」

 優衣はこくりとうなずき、
「450年前の記憶になりますので……」と念を押してから、
「社長さんがプローブを回収しようとして、ギンリュウをいったん浮上させた途端、防御シールドがこの惑星全体に張り巡らされたのです。知らずに再び水面に降りようとして、それに衝突しました……」

「まさか墜落って……ことないよね」

 不安げにしがみついた玲子の腕を優しく解き、
「はい。タゴさんが額をデスクの角でぶつけた程度で機体は無傷です。でも……あ、パーサーさんから通信が入っています」
 まるでその場に居合わせているみたいな目の動きをする優衣。たぶん茜の視線をたどってのことだと思うが、それがとてもリアルで俺はひどく面食らった。

「シールドのおかげで転送の誘導ビームが弾かれるそうです。あ、それを聞いて社長さんが怒っています」
「社長が怒るのは健康な証拠さ。田吾がオデコに怪我するのは何も事故のショックじゃなくても、いつでも起き得ることだから問題ない。むしろ問題なのは、俺たちが帰れなくなったことだ」

 じっとこちらを観察していた仮面野郎の赤黒い目がふいに動いた。
「事態が呑みこめたのなら、さっさと治療をしてもらう」

 憤然とした態度で俺たちを誘導すると、ガラス張りの扉を開けて中に入り、広いロビーの並ぶ長椅子の一つを指差した。
「今から、六番様を呼んでくる。ここで待機せよ」

「何だ? 六番って。受付番号か?」

「いいからここで待て」と言ってから、
「ここで少々お待ちください」と優衣には言い直して一礼。すぐに奥の部屋に消えた。

「い──だっ」
 玲子は去って行く野郎の背に赤い舌を出した。

「どう思うよ? 俺たちは軟禁されたのか?」
 腰に手を当て、まだ何か文句を言っていた玲子が頭を振リ振り体を旋回。
「わかんないけど、このままじゃ済まさない」
 と心強いことを言い、優衣は不安と戸惑いに揺れ動く瞳で、俺の胸の辺りを見つめていた。
「ここのみなさんは、どうしてワタシだけに態度を大きく変えるのでしょう?」

「どこかで仲間意識が芽生えたんじゃねえか?」

『それはありません。最初にユイへ声をかけた時点で生命体と誤認していたと思われる言葉を漏らしています』
 と言うのはシロタマの報告モード。

「だよな……。仲間意識がもたらすモノだとしたら、お前に対しても同じ態度を取るはずなのに、俺たちよりもむごい。無視だもんな」

『ひどい憤りを感じています』

「ほんとか? 怒ってるみたいには見えないぜ」

 シロタマは丸いボディから鋭利な突起物を二本突き出して見せた。
「流動性金属とはよく言ったもんだ。体で感情を表現できるなんてパントマイム顔負けだぜ」

『パントマイム……。言葉を使わず身振りや表情だけで演技をすること』

 しゅっと、俺の鼻先に下りてくると、
「演技じゃないよ。ホンキ!」
「わかったから興奮するな。尖った先が怖ぇえんだよ。刺さりそうだ、タマ」
 あり得ないほどにその先端が尖っていた。まるで研磨された剣先にも見える。

「それより六番って何だ?」

『連中は番号で呼び合っていると推測されます。自身のことをニジュウナナ番と呼んでいました』

「ま、ロボットらしいな。シリアル番号みたいなもんだろ」
 近くの長椅子に腰を落とし、殺風景な光景に目をやる。これだけの規模の建物が林立しているのに、人っ子一人いない。完全無人のゴーストタウンだ。

「この病院もそうだだが、誰もいないと何だか寒々するな……へっくしょーーん!」
「ちょっとー。患者さんにうつさないでよ。シャレにもならないわよ、こっちが病気をうつすなんて」
「風邪じゃねーよ。鼻の奥がムズムズするんだ」

 すぐにシロタマがステージ3に切り替わる。
『アレルギー反応です。後で薬を処方しておきます』

「何から何までしーませんねー」
  
  
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