アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  作戦会議  

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 優衣が見せた時空移動の実演は連中の度肝を抜いたらしく、それ以降誰一人サウスポール行きに反論する者はいなかった。

「講義はもういい。具体的にオレたちは何をすればいいんだ?」
 連中はそれぞれに意気込み、鼻息も荒く興奮していた。

「武器の準備や艦の配置の時間を除くと10時間ほどしかありません。その時間で2光年先へ移動してもらいます」

「オマエらの船は10時間以内でたどり着けるのか?」
 と第一連合軍のジェスダ大佐が言い出し、
「そうだ。見たところ旧式のインパルスエンジンだろ。買い物の中に陰極アークのパーツを見たぞ」
 知ってて当たり前、ザグルが探してくれたんだもんな。

 社長は目元を緩めて言う。
「ご名答ですワ。この銀龍のエンジンでは秒速45キロが精一杯でんねん。せやから10時間で162万キロや」
「ふんっ。そんなもんだろ。なら俺の船で連れてってやろう」
 と提案するザグルに、喧嘩上等オンナがつまらん事を言った。

「あなたの船は大破したんじゃないの?」
 バカは自分でしでかした超極秘情報を自ら吐露しやがった。

「ほぉ大破したんでっか。そりゃあ大損でしたなぁ。そやけど何でそんなこと玲子が知ってまんねん?」
「あ゛………」
 ほらみろ、墓穴掘りやがって。

 ザグルはちらりと玲子を見ただけで、
「オレたちは船を道具としてしか見ていない。壊れたら新しいのと交換するだけだ」
 社長は「ほぉほぉ」としきりに感心し、
「ザリオンは裕福なんでんなぁ」
 羨ましげにワニ顔を見る社長だが、ザグルは無関心。こともなげに言い切った。
「船など弱い奴からぶん盗ればいい」
「え?」

 それだとネブラの連中と大差ないじゃないか……。呆れた野郎だぜ。

 社長は黙って肩をすくめてから話題を変えた。
「長距離移動の時は、ワシらインパルスを使わへんねん」
「まさか……!」
 熱い息を吐(は)いたのはバジル長官だった。
「知ってまんの?」
「時間跳躍が可能な管理者のガイノイドが乗っておられるんだ。となるとハイパートランスポーターでしょうな。噂では何万光年も一気に飛べるとか?」

 大佐は紳士的に振る舞うが、
「何万光年だと!」
 ジェスダ大佐が長い顎を振り上げ、唾を飛ばした。まぁだいたいはこんな奴ばっかりだ。
「ウソを吐くな。そんなのは噂どまりだ」
 でかい声で息巻く奴もいれば、
「オレたちの技術より進んでるとは、この艦の様子から到底考えられん。悔し紛れに大ボラを吹いたのじゃないのか?」
 エライ言われようだが、社長も手を振って否定。
「い、いや。噂ちゃいまっせ。管理者から借りとるハイパートランスポーターのおかげで3万6000光年の範囲内でしたら瞬間移動できまんねん……」
 そう。借りパク状態なので、あまり偉そうに言えないでいる。

「本気か!」
「ほんき、ほんき」
 スダルカ中佐は、ただでさえ突き出た口先を尖らせて熱い息を吐く。
「ふふぉぉぉ。それにしても管理者のヤツめ。小憎らしい。3万光年レベルのトランスポーターを拵えていたのか」

(10万光年レベルもあるって言うたほうがエエんか?)
 社長はガラにもなく小声で俺に尋ねるので、連中に気づかれない程度に頭を振り、
(怪我したくなかったら言わないほうがいい)
 と告げてから、連中に訊く。
「それより、あんたらは10時間で行けんの?」
 ビューワーに映っていた十字型の宇宙船を退屈そうに睨んでいたザグルにも聞こえたと思うのだが、奴は無視を続け、スダルカ中佐はまるで怒ったみたいに喚いた。

「バカにするな! 我々の船も長距離のトランスポーターが装備されておる!」
「ならいいじゃねえか。なんでいちいち喧嘩腰なんだよ」
 中佐はちょっと声を落として、
「10光年レベルだ……」
「ほんならよろしおますがな」

「オマエらに負けたのが気に入らん」

「……………………」
 言葉を失くすぜ、まったく。子供かよ。

「ザリオンは常にトップでないといかんのだ」
「あー。そーすっか。つまらんことで張り合ってっと、いつかすっ転ぶぜ」
「はんっ! ザリオンは転ばない」

「もうやめておけ。スダルカ!」

 ザグルは宇宙船の速度自慢などどうでもいいようだ。ガキの喧嘩みたいなことを言い続ける中佐を鼻息一発で止めて言い張る。
「船など飛べばそれでいい。それより一つ納得がいかん」
「なんでしょ?」
「あなたは未来を見てきたと言った。だから敵が現れると。その時、オレたちはそこにいたのか? 何をしていた? それよりもここでサウスポール行きを拒絶したら未来はどうなる?」

「拒絶してもデバッガーは現れます」
「そういう意味ではない。我々がそこにいたのかと訊きたいのだ」

「それは時間規則に反する質問です」
「なぜだ!」
「未来を知ることになるからです」

「だが納得いかんのだ」

「答えは簡単です。みんなさんは必ずサウスポール向かいます。それが必然なのです。時空理論には偶然という言葉はありません。すべて時間項のとおりに結果が起きます」

「むぅおう。理解不能だ……」
「ザグルはん。タイムパラドックスは考えへんの得策でっせ」

「そうだぜ。髪の毛が抜けちまうからな」

 ザリオンの視線が一斉に社長に集中。
「アホか! これは遺伝や!」
 うっかり地雷を踏んじまったぜ。
「あ、いや。そういう意味じゃなくて……痛つつつ……」
「つまらないこと言うからよ。自業自得ね」
 玲子からケツを抓られデスクの前で小さくなった。

「ならば、我々がここに集まるというのも時間項だと言われるのですかな? となるとヴォルティ・ザガと巡り合ったのも……」

 優衣はバジル長官へ向かって深くうなずく。
「はい、すべてがそうです。宇宙がビッグバンで誕生し時間の次元が広がった瞬間に決まっていたのです」

「なんてことだ……未来は不変だとおっしゃるのか?」
「オレは自分の考えで動いていたはずだぞ」
「ならば……我々が存在する意味が無くなるではないか……」
 ザリオン艦隊の五人の艦長がそれぞれに腕組みをして黙り込んでしまった。
 時間の流れの壮大な仕組みのほんの一部が理解できそうな気分に陥ったのに、すべてが振り出しに戻されたのだ。

 しばらくの沈黙のあと、ザグルが口を開いた。
「この話は、銀龍の艦長が言うように考えても仕方が無い。抗(あらが)うことができない理(ことわり)ならなおさらのことだ。ならば目の前の事を考えるべきだ」
 意外とザグルは理論派なんだと悟った。玲子とは真逆の性格で艦長になるべくしてなった人物なんだと賛辞の言葉送ってやりたい。

「ザグルの言うとおりじゃな。それなら一つ質問してもよろしいかな? ヴォルティ?」
「はい、ご遠慮なくどうぞ。バジル長官」
「ワシらが相手する連中の詳しい情報が欲しいですな。話ではかなりの強敵だと言う説明じゃが、どうやって奴らを破壊するおつもりですかな?」

「こちらには粒子加速銃が二丁あります。それを使います」

「粒子っ!」
 ザリオンの幹部連中がそろって目を剥いた。

「あんなバケモンみたいな武器を扱えるヤツがこの船にいるのか?」
「そのとおりだ、あれは据え置きのはずだろ、反動がハンパねえんだぞ。まさかあんな武器をオマエらは装備なしで発射……あ……できるんだな……そうだったな」

 優衣を見た途端、滲ませた驚きをすぐに消し去ったのは、おそらく手榴弾(しゅりゅうだん)の爆発を体一つで防いだことを思い出したからだ。
「光子魚雷では無理か? かなりの威力はあるぞ」
「そうですね……どうですか?」
 そのまま質問を天井に張り付いていたシロタマにスルーする優衣。

『脅威には至りませんが、粒子加速銃の射程内に追い込むなど、ある程度の抑制にはなります』

「そんなに連中は手強(てごわ)いのか?」

『デバッガーがディフェンスフィールドを張ると、粒子加速銃でもそれを貫くのは不可能です』

「エネルギーシードを弾くフィールドなどあり得ん。ウソを吐くな!」
 天井の天板スレスレからまたスダルカ中佐が吠えた。耳がジンジンするぜ。

「だからずっと俺たちは本気だって言ってんだろ」
「なんだとっ!」
 ザリオン相手に、つい荒げた声を出してしまい、一斉に睨まれて超ビビる。

「あのさ。あなたたち理屈が多すぎ。協力してあげるのはこっちなの。あたしたちは、デバッガーが盗んだものをどこへ運んで行くかを知りたいだけ。そのために……餌をばら撒くのよ。サウスポールの近くにデバッガーが欲しがる物資をばら撒いて連中をそっちへ誘導する。その中にビーコンを忍ばせておいて持ち帰らせるの。一体だけ帰らせたら、後はあなたたちの好きにすればいいわ。煮るなり焼くなりご自由にどうぞ。もちろん破壊にはあたしたちも手伝うからさ」

 さすがはアマゾネスの部隊長だ。ちゃんと作戦を立てていた。

「デバッガーは何体現れるのだ。一体だと俺たちの取り分が無い」
 ザリオンもけっこう計算高いんな。社長ほどではないけれど。

「その点はご安心ください。デバッガーは四体出現します。みなさんの取り分は三体です」
 優衣の言葉にザリオンはそれぞれに吐息を落とし納得した。
「成功すれば報酬は三倍だぜ」
「わるくねえ」

「餌はどうする。サウスポールは先月襲われたばかりだぞ。店長は差し出さんだろう。まさか無理やり出させるのか?」
「バカモノ! そんなことをしたらワシらが盗賊団になってしまうではないか」
 それ紛いのことをやっているくせにと内心では思っているが、口には出さないでおく。こいつら怖いもん。

「そう。そこでこれです」
 グイッと掲げた手に握られていたのは、
「あっ。いつの間に俺のポケットから……」
 金持ちのくせに、こいつ手癖が悪いな。

「デバッガーを誘い込む餌を店から買うちゅうわけか……まぁ魚釣りに行くようなもんやな。餌は買(こ)うて行くのが普通や……けどそれでエエんかユイ?」
 眉根を寄せながら優衣を窺う社長。

「使えるものは何でも使ってください」

 お前の微笑みは天下一だぜ優衣。玲子より金持ちに見える。
 ピクセレートのケツで俺をひと殴りしてから、玲子は社長に向かって熱い息を吐いた。

「ではご決裁をお願いいたします」

「えっ!」
 そりゃ社長だって吃驚(びっくり)するわな。何もかも全部玲子が提案して、決定だけを求めるのかよ。
「そりゃそうよ。ここでは最高司令官ですから」
 なんてこと言われた社長は、目元を少し赤らめて、
「最高司令官……エエ気分やな」
 ぽんと膝を打ち、
「ほな。詳しい作戦は現場を見てからや。早急にサウスポールへ行きまっせ。全員出発!」
 と言ってから軽いケツを座席から離した。

 俺も同期して立ち上がるが、
「………………」
「はへ? 魚釣り作戦で決定や。はい解散!」

「………………」

 全員無言だった。というよりも無視だった。
 理由が分からず、優衣もぽかんとしている。

「どうしたのよ?」

 尋ねる玲子にザグルは嘲笑う。
「オレたちはザリオンだ。弱い奴の命令など耳に入らん」

 ギリッと玲子の歯が軋む。
「ちょっ。玲子落ち着け、こんなところで暴れるんじゃないぞ」
 猛獣の扱いは俺の役目だから、拳を握りしめた玲子の腕に飛びつく。

 意外にも玲子は冷静で、そっと俺の腕を戻させると、キョトンとしている社長へ視線を振ってから、鷲のような目で幹部の連中を睨んだ。

「あなたちっ! あたしに忠誠を誓ったんじゃないの。え? どうなの!!」
 オレンジの目玉が玲子に集中する。

「もちろんだ。ヴォルティ・ザガの称号はオレたちの誇りだ」

「だったら話は早いわ。いい? どこにあるか知らないけどその耳をかっぽじってよーく聞きなさい」
 確かにどこに耳があるのかよく見えない。

「この方はあたしの上司です。となるとあたしより階級は上なのよ。その人の指令に従うのはどうなの!! それを恥だとか言うのなら、この場でその首たたっ切るワよ!」

 これだから熱くなった体育会系とは付き合い切れねえって言うんだ。

「「「「「ゲルダザッグ!!」」」」」
 意味の解らない雄叫びと一緒にドンと壁がそびえ立った。

「うあぁ! なんでんねん」
 背筋を伸ばしたスダルカ中佐は天井に頭を派手にぶつけて、社長は腰が砕けんばかりに愕き、そこへとオレンジの目玉が集まる。

「ゲイツ艦長っ!」

「はひぃーっ!」

「感慨無量だ! オレたちの命をあなたに差し出す。好きなように使ってくれ!!!」

「「「「「ダッフ!」」」」」
 と叫んで拳で胸を二度叩く、いつものアクションだが、まるでバスドラムが叩かれたような音がした。

「だっふ……」
 恥ずかしそうに真似る社長がとっても滑稽だ。こっちは猿のおもちゃその物だった。
  
  
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