アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第一章】旅の途中

異形のタイラントは宇宙の帝王である

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「……むぅぅぅ」
 対ヒューマノイドインターフェースからこれまでの経緯が説明されていくうちに、クルーの驚愕度はどんどんレベルアップしていき、最後は打ち震えることとなった。

「宇宙は広いな……」
 改めて空間バルク(多元宇宙論から見た一つの宇宙)の迷宮性を垣間見た気分である。
 そしてさらなる驚愕はこの子に尽きる。

 好奇に満ちた目で部屋中を蝶のように飛び回り、一つ一つに手を出してはパーサーに制され、笑みを混ぜた視線で彼の顔色を窺いつつも一巡し、最後にレイコくん専用の冷蔵庫を開けようとして手を伸ばした、この少女だ。

 たった今、アンドロイドだと説明された少女を私は熱い眼差しで見つめていた。
「ワタシの顔に何かついてますかぁ?」

「なんと……」
 人工物から返される言葉ではないな。

「こんなに生命力あふれる子が、ロボットだと言うのか」

『管理者製のFシリーズ。シリアル番号F877A、256量子ビット多次元分岐予測演算プロセッサー搭載の学習型ガイノイドです。エモーションチップによる感情認識デバイスも最新式です』

「あり得ない……すご過ぎる」
 機長はシロタマのレポートモードから返された説明を聞いて驚愕に固まり、パーサーは黙りこくり、ブタオヤジは少女の動きをヲタ的な目線で舐め回し、湿気た溜め息を吐いた。

「可愛いぃぃダぁな~」

 オマエはそればっかだな。
 聡明なる私は違うぞ。やるべきことを思い出した。

「進んだ科学技術が魔法にしか見えないのは遅れた種族の定めであるが、驚いてばかりいては何も進まん。シロタマくんの主張通り、スフィア内部にはびこったゴキブリを地表に追い出し、種族最後の人々を無事に旅立たせるのが先決である」
 悪役だということを忘れさせるほど徳のある意見だと思うぞ。

「んダども。どうやってゴキブリを外におびき出すんダすか?」
「いや待って。マズは社長と連絡を取ろう。田吾くん。無線機を点けて社長を呼んでくれ、電源が切れたままじゃないか」
「あ、ほんとだ。すぐ点けるダ」
 ようやくヲタブタは少女から目を離し、本来の職務に戻った──って、しょ、少女よ。そこの茶を飲むのではないゾ!

「あ──飲んだぞ」
 そんな物に手を出すとは意地の汚いアンドロイドだ。
 あう、ちょっと待て。アンドロイドが意地汚いってどういう状況だ?


 理解不能でめまいがしてきた。今、私の目の前でロボットが雑巾の搾り汁風味の茶を飲んでおるが。水分を取り込んで大丈夫なのか?
 ろ、ロボットだぞ。水気(みずけ)の物は厳禁だろ?

 私の思考回路は正しい判断を下しておるのか?
 さっきからこればっかだぞ。
 ますますワケが解らなくって来た。脱出不可能な再帰処理、あるいは無限ループ処理に入り込んだのではあるまいな。

「へぇぇ。面白い味れすねー」
 しかも平然としておるし。あの茶を面白いと表現しよった。
 食レポが、不味(まず)いとは言えずに苦し紛れに編み出した究極のワードだぞ。知っておるのか、あの子は?

 黙っていられず、つい口を挟む。
「あまり飲まないほうがよい。人類には理解できない味なのだ」
 ちゅばっ、と艶めかしい音と共に小さな口からペットボトルを引き剥がすと、少女は丸い目を寄せ合って中身を一瞥、
「これが……?」
 不思議な物を見る目で小鳥のように首を傾けた。

「へぇー、勉強になりますねぇ」

「ああ。そんなのを手本にしてはいかんぞ」
「あー。はーい」
 我々とは異なった舌の構造だろうが、少なくとも味覚を理解できるようだ。

 そうこうしておるうちに、無線機のスピーカーからあの鬱陶しい方言が室内を轟き渡った。

《マジでっか? いやいや何かの冗談やろ。何でここに……銀龍がおるんねん!》
「迎えに来たダヨ。全員が乗ってるし、今田もここにいるダ!」

《い、今田ぁ? 何で今田が銀龍に乗っとるんや! あいつは囚人医療センターでW3Cに繋がれたままやろ!》
「人を飼い犬みたいに言うな。ここに、こうして存在しておる」

《そ、その声! い……今田!》
「いいか、よく聞くんだゲイツ。W3Cは対ヒューマノイドインターフェースを介して、ちゃんとオマエらの行動をスキャンしておったようだ。そして不慮の事故が起きた。こっちにとっては幸運なことだが。で、この惑星に転送されてしまったことを知ったヤツが私に救助を要請してきたのだ」

《なんで、おまはんなんや!》
「知らぬわっ! こっちだって迷惑をこうむっておる。なぜそこまでしてオマエらを助けたいのかワケが解からん。私のほうがW3Cをより理解していおるのにもかかわらずだ」

《せや、忘れてたデ。W3Cの指示が理解できるのはおまはんだけや……。ほんであのコンベンションセンターの開錠ウィザードを解いて中に入ったんか》
「ご名答だ。ハイパートランスポーターを銀龍に積み込み、私が操作して……。いいかここを強調させるぞ。私でないと管理者製のハイパートランスポーターは操作できんだろ!」

《そういう事か…………今田!》
「なんだ? まだ文句あるのか?」

《い、いや。おまへん……とりあえず、おおきに…………》
「ふん。無理せんでいい。私もエラそうなことは言えん」

「んダすよ。こっちに転送された途端、態度を反転させて銀龍を乗っ取ったんダすよ。でもさっきシロタマにやっつけられたダ」

 うるせえな。このトンカツ野郎め。

「それで社長。これからどうします? すぐにこちらに戻られますか?」
 横からパーサーがマイクを奪った。田吾がくだらない会話に時間を費やすると判断したのだろう。

《今な。ドロイドを翻弄させるパルス発生器を作ってる最中なんや。完成するまでは待機でエエ。……さぁ。銀龍が来たからには、こっちは無敵でっせ。ほんでから、田吾! お人形さんと喋っとらんと無線機の番をしときなはれや。また連絡しまっさかいな! ええか!》

 田吾はビクッと『ののか』ちゃんのフィギュアから手を引っ込めた。
「わ。分かってるダ。フィギュアなんか触ってないダよ」

《触っとんかい! ワシは『喋って』としかゆうてないやろ! あほっ!》

 そこで無線が切れた。

 すぐにクルーは持ち場に着く。晴々とした面立ちは誰もが同じで、今叱られたばかりの田吾でさえニコニコして言う。
「これで今月のお給料は確保できたダ。ののか ちゃんの新しい下着が買えるだよ」

「………………」
 言葉を失ったのは私だけではないはずだ。
 ヲタ属とは宇宙一意味不明な生命体であるな。



 気持ちを取り直して──。
「さてシロタマくん。私にも手伝わせてくれるのかな?」
「とにかく。研究室に来るデしゅ」

「研究室?」

「うん。シロタマの研究室。第四格納庫デしゅ」
「あそこが研究室なのか」
「シロタマ専用の研究室だよ。ハゲにも触らせないの」

 なるほどな!
 椅子が無いのは、宙に浮くオマエには必要ないからで──それよりその動力はいったいなんだ?

「あ──。ではあの超小型のエアーロックはオマエ専用の……なるほどな!」

 澄み渡った私の思考は次々と疑問を晴らしていく。そしてそれは新たな疑問にぶち当たる。
「おい、まさかこの銀龍、オマエに都合のいいように改造してあるのか?」

「し──っ。声が高いデしゅ。大きな声を出すとサージをお見舞いするよ」
「だ、大丈夫だ。今から私はオマエのシモベだ。好きにするがよい。脳ミソが爆発するよりましだ」

 私の囁き声が伝わったのか、パーサーがちらりとこちらへ視線を振ったが、すぐに田吾の監視に戻った。彼も忙しいのである。私の監視がこのテニスボールに移ったので、おそらく安穏としているに違いない。 


 しかし恐れ入ったのである。さすがはW3Cのインターフェースポッドだ。銀龍を支配していた私をさらに牛耳るとは大したものなのだ。異形のタイラント、いや宇宙の帝王と言ってもよかろうな。

「それからね……」
 シロタマは子供が作った秘密基地の説明をするみたいに楽しそうに喋り続け、
「銀龍の外部スキャン系は全部シロタマの自由になるの。あちょこのエアーロックから勝手に出入りしてもコンソールには何の知らせも行かないようにしてあるレしゅよ」

 銀髪の少女の前に移動した。
「そぅだ、ナナもこっちに来るれしゅ」
「あ、はい。何ですか?」
「今田薄荷を第四格納庫に閉じ込めるから手伝って」

「いやな言葉だな……」

 さっさっとすり足で近づくと、ガイノイドが私の腕にすがり付く。
「では今田さん。第四格納庫まで参りましょう。お供します」
「本当に人工物なのか? オマエの柔らかげなボディはまるで……どわぅっ! 痛いじゃないか!」
 いきなり後頭部でサージが突き抜けた。宙に浮かぶ白い球体をギュッと睨む。

「今、エッチな考えが過(よ)ぎった」
「ば、バカ者。私は科学者だ。変なことを言うな!」
「シロタマには解るよ。ユースケと同じ種類の脳波を検知したもん」
「勘違いするな。ヒューマノイドの脳は複雑なのだ。数種の脳波だけで判断されてたまるか!」
「ふんっ。シロタマを騙すことはできないレしゅ。BMIとフルコンタクトができる権利があるからね。よーく覚えておくことでしっ」

「………………」
 ロボットのくせに人間様を脅(おど)すとは、いやはや。これは衝撃的なのだ。




 二人は私を誘い込むように第四格納庫に押し込むと、少女がドアを背にして立った。

「そこのロックレバーを潰して、扉を開かなくするデしゅ」
 私の目前でシロタマがそう言い、少女がこくりとうなずく。

「のぁぁぁぁぁあぁ!」
 何をやるのかと思って彼女の手の動きを追っていたのだが、叫ばずにはいられなかった。
 まるで紙だ。銀龍の側壁に張り巡らされた硬質な金属製の板面を指先で引き裂いたのだ。

「その金属ポールを穴に通してひと捻じりして開かなくして」
「そんなことしたら自動ドアが壊れます。後で社長さんに叱られますよ。それならシロタマさんがシステムをハッキングしてドアを開かなく処理したほうが傷が残りませんよ?」

「タゴやユースケならバカだからいいけど、イマダは簡単にデバッグしちゃうの。だから根本的に扉を潰して開かなくするのが一番安全なの」

 むぅ。小賢しいやつだ。言い得ておる。
 コントロールシステムを書き換えたところで私には通じん。しかし鉄骨で扉を固定してしまえば初老の身だ。元に戻す力など無い。にしてもあの金属柱はチタニウム製だぞ。まるで飴細工ではないか。

 少女は金属加工を簡単にこなすとくるりと振り返って小首を傾けた。
「この後、ワタシは何します?」

「ユースケたちの空腹が限界なの。後で持ってくから、ギャレーで何か食事を作ってくれる? お茶もギャレーのを準備してね」
「お茶なら司令室にもありましたよ?」
「あれはお茶じゃないよ。謎の液体デし」

 おぉ。的確な表現をしておる。あれは飲み物というより謎の流動体である。

「わっかりました……。あれえ? ワタシ、どうやってギャレーへ行けばいいんでしょ?」
 中から閉じ込めておるからな。所詮ロボットの知恵であるな。

「簡単だよ」
 シロタマの言葉が部屋の中を占有する時間よりも短く、ガイノイドは緑の光に包まれ部屋から消えた。

「まさか。ドアツードア転送か!」
「そうだよ。転送機もシロタマの自由になるの」
 この船のすべてのコントロールが手中にあるのか。
 まさに王様の中の王様、大帝王さまである。キングオブキングと呼ぶべきだな。

 ふぬ……これは利用できる。
 コイツをうまく丸め込んでこちらの味方につければ、怖いモノは無い。
「あっ、ぎゃぁぁ、あっあっあぁー! ごめんなさい。二度とよからぬことは考えませんから。あぎゃぁぁ! 痛いですぅぅ」

 キングオブキングは鼻も無いのに、フンとひと吹きし、
「さあ。スフィアの中にはびこるドロイドを外へおびき出す算段を考えるんデしゅ」

 電撃ショックの制裁を受けながら、思考活動なんかできるか!

「どぎゃっ、はぁぁぁぁぁ! いいかげんにしてくれ。精神錯乱したらどうしてくれるんだ」
「ぢゃ、ちょっと休憩させるでシ」
 私の懇願を聞き入れてくれたのか、数分間はおとなしくしてくれた。

「ふぅぅ」
 激痛の治まった体を引き起こし、私はデスクの上に直接腰を掛けた。
「うぎゃぁぁぁぁ!」
 いきなりの電撃ショックである。 

「何でサージを受けなきゃならんのだ!」
「シロタマ専用のデスクに尻(ちり)をつけるなんて、侮辱以外の何モノでもない!」
「椅子が無いんだから仕方なかろう……どっぎゃぁ~」

「文句言うな!」

「わ、分かった。以後気を付けるから許してくれたまえ」
 ひぃぃ。この暴君は私の比ではないのだ。ここまで非人道的にならなければ真のタイラントとは言えないのか。ためになるな。

「ぐがぅわぁぁぁぁあっ!! キングオブキング。私の体で遊ばないでくれ。筋肉痛で明日起きあがれなくなるかも知れんぞ」
 クタクタになって床に崩れた私の真上では、我が君主が旋回を繰り返しておった。そこへと進言する。

「なぁ。キングオブキング。誘い出すのではなく。すべてのドロイドを一網打尽にしたほうが、効率よくないか? 全筐体がELF帯通信でリンクしておるんだろ?」

『間違い有りません。連中は常に新しい情報を共有し、一つのタスクを全CPUで並行処理しています』
「ふーむ。いいぞ、私の考える理想的な構造だな……ふむ。それと一つ訊いてもいいかな?」
「なに?」
「ときどき、キミの音声と態度が入れ替わるのはどういうワケだ?」

『シロタマは各フェーズによって最適なモードに自動的に切り替わります。現在のモードを、ヒューマノイドたちは報告モードと呼んでいますが、そのような呼称はあまり好みません。せめてシフトアップと呼んでもらいたいです』

「レポートモードは言語マトリックスを切り替えるのか。理論的だな」
 ますます。こちらの君主に従いたくなってきた。

「キングオブキング。一つ提案があります」
「なんでシュ?」

 ほう。シフトダウンしたな。
「コンピューターウイルスを撒くのはどうです?」

『その手の技法は使い古されています』

 ふむ。世間ずれもしておらぬし、洞察力も申し分ない。
「私はハッキングのプロだ。世界一のクラッカーだと世界中の人間から恐れられている者だ」

『ハッカーとクラッカーを明確に切り分けての宣言は評価に値します』
「悪役としては称賛の言葉だな。ありがたい気分だ」

『詳細な説明を求めます』
「コンピューターウイルスとは誰が言い出しのか知らんが、生やさしい表現だ。つまりワクチンありきで作られたものだとは誰も気付いていない。製作者は自分のコンピュータに他人のウイルスが入る場合を想定しておるのだ」

 そう。わざと逃げ道を作ってある。自分のマシンは可愛いからな。

「私のは違う。一度食らいついたら中枢に入り込み、時期が来れば暴れ出す。それを製作した側にも容赦なく入り込み、必ず喰らいついてシステムを内部から破壊するのがロジカルワームだ」
 いや。まだネーミングが優しげだな。

「言い直させてくれ。ロジカルボンバーワームとでも言ったほうがしっくりくる」

『通常のウイルスとどこが異なるのですか?』

「一般的なコンピューターウイルスが静的活動をしているのは承知のとおり。ファイルを通して広がるものだ。通常はファイルを開かなければ感染しない。ようするに流された情報がプロセッサーのカーネル部分を通過しなければいいことだ。ところがボンバーワームは動的なのだ。侵入した時点では意味のないNOPとしてカーネルに侵入……。ところでシロタマくん、理解できておるかね?」

 ここからは専門的な知識を要するのだ。念のため探りを入れるが、キングオブキングは飄々と返してきた。

『理解しています。NOP、つまりノーオペレーティングとはハンドアセンブル時代の名残で、現在はまったく命令としての意味を持ちません』
「おおお、素晴らしい。やはり管理者製のアンドロイドは人知を超えた理解力を持っておる」

 ブタオヤジの一本抜けた顔を思い浮かべ、急いで振り払う。
「NOPは意味のない命令であるが、ヤツラの習性として必ず取り込む。するとボンバーはカーネルに常駐して、外部からのトリガーをひたすら待つ。トリガーを受けると……ボンッ、だ。中枢で暴走を起こす。最初は小さな規模だが、正常な命令形態を蝕(むしば)み、徐々に大きくなっていくのだ」

『その作戦は称賛に値します。ただ、ウイルスと呼ぶより、悪性腫瘍と呼んだほうが的確です』
「悪性腫瘍……癌(がん)か。気に入ったぞ、イメージどおりの命名だ。感謝するぞシロタマくん。いい響きだ。万人が持っておる災いなのに、いつ動き出すか不明なところが酷似しておる」

『ドロイドのキネマティクスコントローラーは低機能ですが、知能はかなりハイレベルの位置まで進化しています。短時間で広範囲に感染させるには、連中が興味を示すもので包み込まないと、ネットワークに拡散させることはしないでしょう』

「問題はそこだ。ただのNOPでは興味を沸かさない。取り込むこともあるが、自ら進んで取り込むとは考えにくい」
 ますますシロタマくんが気に入った。ちゃんと理解して欠点までも指摘する。私の片腕としてずっとそばに置いておきたいほどだ。
 と想起するが、またサージを喰らっては堪らない、すぐに意識を拡散させる。これはW3Cの監視の目から逃れるために私の編み出した精神活動の一つだ。

「話によると、ドロイドは新たな技術や情報をむさぼり喰っておるようだが?」

『これはシロタマの推測ですが、ドロイドが作られた経緯は新天地へ到着後、数少ない移住民に代わって新たな土地の開拓をすることが目的だったと思われます。正しく切り拓くためには未来を見据えた多くの情報が必要になります。ところが長い時間と共に解釈が歪み始め、それが誇張、あるいは、スフィア内部だけでは単調なため情報不足に陥り、ヒューマノイドの精神的活動部分から情報を得るようになったのではないかと推測されます』

 田畑を耕さず、人類の脳細胞を耕す結果になったのか。ドロイドにしてみたらそっちのほうが百倍面白いと感じたのだろう。要するに興味を持つ対象が変化したのだな。

「ふむ。つまり好奇心の旺盛な子供みたいなものか。ならロジカルワームを摩訶不思議な情報に包み込んでダウンロードさせるといいな」

『地表に集結中のドロイドは生存する最後の人類を捜索中ですが、このままでは発見されるのは時間の問題。それを逸らすために、別の場所へ誘導することも兼ねて、囮の餌を複数追加するのがいいでしょう』

「なるほど。最初は無料だと謳っておき、美少女で翻弄し、気付くと大金をむしり取られておる網ゲーと同じだな。奇妙なもので引き付け、一度にたくさんの筐体に感染させる。中身も興味をそそるデータで包んでおけば、必ず展開してカーネルに取り込むはずだ。後はネットワークを通じて全体に広がった頃合いを見て、ワームを起動させ一網打尽にする。二重のゴキブリ捕獲器だな」

 それはそうと──。
 ロボットにとって興味を沸くものとは、何だ?

 少し思案する沈黙の後。
「きみらにとって、味覚や嗅覚の情報などはどう感じるのだ? あのガイノイドは食事を作りにギャレーヘ行ったが、一人で作れるのか?」

『学習型のシステム、特にヒューマノイドの側近に位置するアンドロイドには必須の機能です』

「高機能なガイノイドだな、あの少女は……」

『Fシリーズのガイノイドからは味覚と嗅覚センサーの強化がなされています。システムとしては最高のランクに位置する高性能です』

 溜め息ものであった。可愛げな少女風でありながら、最新技術の粋を集めた作りなのだ。
「なら、いい方法がある。司令室にあった謎の液体。あれをどこかに撒いて、おびき寄せたらどうだ。不可思議な味がしたぞ」

 キングオブキングは興奮したのか、言語マトリックスをシフトダウンさせた。
「それはおもちろい。レイコの淹れたお茶が役に立つ時が来た。あんな意味不明な有機物は絶対に連中の興味をそそるでしゅ」

「マジカルワームを包み隠す情報はどうする?」
「そっちはシロタマのアイデアが有効でシ。これもレイコの作るオムライスのレシピがいい」
「オムライス? 言うほど珍しくもないが?」

『何度挑戦しても、最終的に “謎の物体X” と化します』
「れ……レイコくんが手を出すとすべてが謎に包まれてしまうのか……。しかしオムライスぐらい誰でも作れるだろうに。ある意味、無敵だな」

「そんなところで感心している場合ぢゃないよ。ここのシステムを使うことを許可するから、イマダはワームをすぐに作るでしっ」

 瞬時に緑の光りが広がり、先ほどの少女モドキのアンドロイドがドアツードア転送で現れた。

「あ、はーい。お食事の準備ができましたよ」
 てんこ盛りになったサンドイッチから美味そうな匂いが漂ってくる。

「私も空腹なので、一つ頂いてもいいかな?」
 キングオブキングの顔色を窺うが白一色だった。何も言わないのでそっと手を出し、一つ頬張る。

「美味い! 美味いぞ、これ! むおぉ。究極のサンドイッチだ」

「あ、はーい。みなさんの味覚は学習しましたので、だいたいの物は作れますよー」
 恐るべし管理者。完璧なメイドではないか。これからはメイドロイドとでも呼ばせてもらおう。この子を連れて宇宙を旅すれば……うっぎゃぁ!
「くだらないこと考えていないで、それを食べたら、ちゃっちゃとワームを作るでしっ!」

 か……かしこまりました。ご主人様。

 我が主君は、血も涙も無いのである。
  
  
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