アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  ジフカまでの長い道程(その2)  

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 5時間経過――。
 たったの5時間でオレは死んだような気分だった。
 6席もあるシャトルの後部座席の4席を占領したワニと恐竜を融合させた巨漢のザグルが、オレの後ろから無言の圧力を与えてくる。長ドスを抜いた野郎が背後に立ったのと同じ圧迫感を覚え、数秒と落ち着かない。

 こんな鬱陶しい奴と、この狭いシャトルの中で2日も過ごすのかと思うと、どんより沈んでくる。
 ヒマ潰しにテレビでも見たいのだが、どこかにないのかと探してみるが、わけのわからない装置ぐらいしかなく、娯楽に関しては何も無いシャトルだった。

「まぁ。そりゃそうだろな」
 独りゴチで時間を潰すほど虚しいことはないと悟った。


 それでもさらに数時間も経つと、その空気にも慣れ、今度はぼんやりと外を眺めていた。
「何で星が横に伸びてんだろ?」

 キャノピーの外に広がる虹色に細長く伸び出した星の光を見つめて、気を紛らせていると、ザグルが操縦席に向かってつぶやいた。
「それは亜光速に近いからだ」
 と言った後、大きく吐息をして、

「オレは……今回の任務ほど志願したことを後悔しておる」

 姐御は化粧直しだとか言って奥の部屋に戻ったし、ユイねえさんはずっとエアコンの前だし。
 ヤスはご機嫌なようすで操縦桿を握り、シャトルのキャノピーに視線を固定している。となると今の言葉はやっぱりオレに投げ掛けて来たんだ。

「志願したんなら自分から望んだんだろ。オレたちは拉致られてここに来たんだぜ」
「ふははは……」
 ザグルは楽しそうに笑い、
「警察に追われてたらしいな」
「ああぁ。そうだ」
「何をやらかしたんだ?」
「敵のアジトを爆破して来た」

「ぶははははははははは」
 今度は腹を抱えて笑った。

「オマエ、悪人なんだな」
「あんたに言われたくねえぜ」
「オレたちの褒め言葉だ。よろこべ」

 素直に喜べねえよ。

「オレには二つの任務がある。一つはヴォルティ・アカネの捜索だ。これは当然だ」
「なぁ。ヴォルティって何だよ?」

「オレたちより強い奴を神と崇める。それがヴォルティだ」
「3人の女神か……。あんたらにしては洒落てるな」

 ザグルはしばらく目を閉じ。
「ザリオンに女神などあり得ん。ザータナスは戦いの神様で、オレはずっと男だと信じてきた。だが性別は定義されていないことに気づいたんだ」
「シラガネさんのことはよく知らねえが、姐御には誰も勝てねえぜ」
「ふははははは。承知しておるワ」

 ふっ。
「オレも承知してるぜ」

 こんな宇宙の果てでワニと分かち合えるなんて、何かおもしれえな。

「もう一つの任務ってのは何だよ?」
 豪快に笑っていた顎をぱたりと閉じ、マジな声に戻してザグルは言った。

「提督の裏の顔を暴くんだ」

「裏の顔?」
「ああ。行けば分かるが、ジフカに入るにはゲートを通る。本来はザリオンではない生命体の不正廃棄を防ぐためなのだが、金を取ってそれを黙認しているらしい。だからミュータントの廃棄場となり果てた……」

 ぎろりと尖ったオレンジの目玉が動き、オレを見て言う。
「それを裏で操ってるのが、最高評議会の総裁、つまり提督だ。それを暴けば、バジル長官の総裁の決定は確実となる。だから奴の不正を暴くのが、裏の任務だ」

「裏とか表とかややこしいな」

「賄賂、ピンハネなどザリオンの精神から最もかけ離れている。オマエらの殺人に匹敵する悪逆な行為だ」
「人種間の隔たりを感じるぜ……」

 ザグルはふっと鼻を鳴らしたっきり、黙り込んだ。
 思ったより、こいつらはまともな生き物だ。オレが言うのもナンだけど……ニュータイプ極道になるまでには厳しい試練が待ち受けていそうだ。

 そんなところへワインを持って来たレイコ姐さん。
「休暇だと思えばいいのよ。飲む?」と誘われて吹っ切れた。

 オレたちに明日はねえ――。


 姐御に付き合って、丸一日掛けてワインを飲んだ。
 ユイねえさんの料理の腕もたいしたもんで、あのサイ肉が美味く食えたのは驚きだ。しかし料理をするとき以外は、一時(いっとき)もエアコンの前から離れようとしなかったことを付け加えておこう。




『ザグルの旦那。ゲートの監視塔から通信が入ってるぜ』
 と言う、シャトル・ユースケの声で目が覚めた。
 いつ眠りに入ったのか、何時間寝ていたのか、それすら記憶がない。完璧な熟睡状態だった。

「ふあぁぁ。気分爽快だ」
 後部座席で背筋を伸ばすオレにザグルが告げた。

「オレとヴォルティ・ユイは面が割れてるので隠れなければマズい」
「あなたの身体を隠すような部屋は無いわよ」
 と言うレイコ姐さんに苦笑を浮かべるザグル。

 奴はちょっと考えて、
「シャトル・ユースケ。通信の映像を床に固定しておけ」

『いいのかい? 相手に舐められるぜ』
「故障中だと言っておけばいい。恒星間飛行ではよくある話だ」

『了解した、ザグルの旦那。カメラの向きはヤスの手元辺りに固定しておくから、あとは適当にごまかせよな』



《航行中のシャトル、聞こえるか。こちらはザリオン帝国特別行政区域保安課の者だ。速度を落として、3万キロ先にあるマーカーで停船するんだ》

『何だか居丈高な野郎だな。どうする旦那。突破しやすか?』
「バカヤロ。目立つ行為はするな。指示に従うんだ」
 ザグルはシャトル相手に小声で凄み、オレはそんなザグルの横顔をすがめる。
 お前は組長か……。


《何だそのカメラ。室内を映せ! 危険物を運んでないだろうな》
 こちらのビューワーに映った姿。前に突き出た口からまばらに見え隠れする牙。ゴツゴツの鱗に覆われた肌。鋭く相手を射すくめるオレンジの眼玉。ひと目でザリオンだと分かる。

「わりぃっすね。昨日、流星雨に遭った時にカメラの位置がずれちまったんだ。後で直すよ。いま手一杯なんだ」とヤスが応え、
《まぁいい。今スキャンしたが危険物は積んでないようだな。で、今回の接近目的を述べよ。着陸を希望するのか? それか遊覧目的か?》

「へっ。バカ言うな。こんな薄気味悪い星で遊覧する奴がいるかよ。オレたちゃ、はるばるアルトオーネからやって来たんだ。着陸するのに決まってんだろ」

 なかなかアドリブが利く奴だな。さすが元族頭だぜ。

《アルトオーネ? 星間協議会に所属してないな。聞いたことが無い……。ま、どこでもいい。金さえ払えば来るもの拒まずだ》
「金は取らないはずだ」とザグル。

「おい。ザリオンの特別行政区域だろそこは? なんで着陸するのに金をとるんだ?」

 いい感じだぜヤス。

《オマエらの目的などお見通しだ。おおかたミュータントでも捨てに来たんだろう。それとも囲まってるバケモンでも逃がすのが目的か? ザリオンではそれを認めていない》

 と言った後、ワニ面(つら)をカメラに近づけ、無骨な笑みをそれへと灯し、
《袖の下って言葉を知ってんだろ? それで目ぇつむってもいいぞ》
 兵士は素知らぬ表情に戻して、椅子に座り直した。

「卑劣なザリオン兵だ」
 ザグルが牙を噛みしめる音がした。

 ヤスはザグルの様子をチラチラ窺いながら、
「お前ら、そういうやり方は、死ぬほど嫌ってんじゃないのか?」

《昔のしきたりはここでは通じない。今は新しい流れになってんだ》
「おいおい。オレたちはここに来る前にザリオン連邦軍のお偉いさんに多額の寄付を払って航路の許可を貰ってんだぜ。まだ払うのかよ」

《お偉いさんって誰だ?》
「知ってるくせにとぼけるなよ? 連邦軍一番のお偉いさんだ。知らないのかよ? 提督に決まってんだろ」

《へっ。あのオヤジめ、先に徴収するときは連絡するとか言って、忘れてやがるな。くそタヌキ!》
「そうさ。オレの知り合いから手を回してもらったんだ」

 立ち上がりかけたザグルの肩をいつもの模造刀で抑えて制する姐御。
「静かになさい。今、あなたが出たら、ヤスくんの苦労がおじゃんでしょ」
「ぐぉぉぉ……」
 牙を折らんばかりに噛みしめて、もう一度、座席を軋めつつ座り込んだ。

《ま、オマエが真実を言うとは限らんから。悪いがやっぱりタダで通すわけには行かない》
「おいおい。問い合わせてくれよ? 二重取りされるとは聞いてないぜ」

 勝負に出たヤスの横顔を固唾を飲んで見つめる。嫌な汗が背筋を伝わるが、
《そんなこと訊けるか。提督はお忙しい方なんだ。じゃぁ。気の毒だから少しはマケてやるよ》

 ふっ……。
 不覚にも微笑してしまった。
 緊張の頂点に立っていた操縦席に弛緩の空気が浸透し、ザグルのでかい肩が静かに沈んでいく。

「しかたない。ここでゴネて追い返されても困るし。そういうことなら払うよ。いくらだ?」
 冷や汗モノだったが、最高評議会の幹部が賄賂に関与していたことはこれで決定的だ。抜け目のないザグルのことだ、おそらくこの会話は記録されているに違いない。

 そんなこととはツユ知らず、監視塔のザリオン兵は、いけしゃあしゃあと言い切る。
《賢い選択だ。オレたちのバックにはザリオン連邦軍の幹部がついてることを忘れるな》
「分かってるよ。オマエら怒らすと怖ぇからな」

《ふふっ。賢明だ。で、代金だが、大きさと重さによるな。オマエらが連れてきたミュータントはどんな奴だ?》
 今にも爆発しそうなザグルのぶっとい腕を押さえて姐御がずいっと前に出ると、近くをふらついていたシロくんを鷲掴みにして、カメラの前に突き出した。
「これがそうよ。大きさ10センチ。重さゼロよ。浮かぶんだモノ」
 向こうにもそれが映ったようで、

《しけたバケモンだな。そんな物、そこらの宇宙空間に捨てておけばいいじゃねえか》

『対ヒューマノイドインターフェースは量子フィールドのエネルギーを利用した高機能人工生命体です。遺伝子操作で作成された……むぎゅ』
 途中で姐御のふくよかな胸の辺りに突っ込まれ、シロくんは会話を遮断。その様子をオレとヤスは思わず凝視する――嫉妬の目線でな。

《1センチ1000ギルだから、1万のところを8500ギルでどうだ?》

 それがどれぐらいのものかはよく分からないが、ザグルの旦那の片目が(片目しかないが)ピクリと吊り上がったところを見ると、かなりの高額なのだろう。

「分かった。で、どうやって払うんだ。銀行振り込みか?」

《バカヤロー。銀行を通して、袖の下を送るバカがどこにいるんだ。こういうものは、いつもニコニコ現金払いだ!》

「でもオレたち持ち合わせが……」
 ぐいっとヤスの腕を引くザグル。
 ポケットから札束を出し。一枚抜き取り、
「釣はイラねぇと言っとけ」
 おどろおどろしいデザインの紙幣をヤスが受け取り、カメラの前に突き出す。
「ほらよ。オレたちのスポンサーは気前がいい。釣はいいそうだ。あんたのポケットマネーにしとけよ」

《へへっ、そうかい。悪いな。気をつけて行けよ》
 ヤスの手に摘ままれていた紙幣が、滲むように空中へと消えて行った。

「なるほどな。紙幣だけを転送できるんだ……」
 オレの声がポツリと響き、兵士の映像も同時に消えていた。

「ふーー」
 誰ともなく溜め息を吐き、
「ザグルの旦那。いい映像(え)が撮れたんじゃねえか?」

「ああぁ。今回はオマエらに礼を言わねばならないな。うまくあの言葉を誘い出してくれた。助かったぜ」
「ヤス。お手柄だぜ。オメエ慣れてやがるな」

「以前、交通課のクソ野郎を嵌(は)めてやったことがあんだ。その時とよく似ていたんでさ」

「ねぇ、みんなー。バジル長官の提督就任をお祝いして、一杯やる?」
 ワインのボトルとグラスを持ち上げ、朗らかにそう告げる姐御。

「おいおい……」
 ザグルの旦那と揃って、桜色の顔をマジマジと眺めるのは当然だろ。

「まだ飲むのかよ。アネゴ?」
「いいじゃない。お祝いなのよ」


《玲子。お前、いい加減にしろよ!》

「裕輔!」
 忽然とスクリーンに映ったのは、あの刈り上げオヤジ。ユウスケの姿だった。

「な、何よ……」
 やけに色っぽく口の先を尖らせた姐御の目の輝きが増したのを、今確かに見たぜ。

《お前、仕事忘れて酒ばっかり飲んでないだろうな?》

 お見通しだった。

 さっとワインを背に隠し、
「飲んでないわよ。それより、あなたこそ何よ。どこから通信して来てるのよ?」

『あれじゃねえっすか? アネゴ……』
 シャトル・ユースケの遥か先に、銀色に輝く宇宙船。
「銀龍……」
「コルス3号星にいたんじゃないのか?」

 オレたちは3日掛けてザーナス経由でここにたどり着いたのに、舞黒屋はどうやって先回りしやがったんだ?

《ユイから連絡を受けて……ちょっと遠方から、やって来てんだ》

「遠方……?」

《やぁ。マサさんもそこにいたのか。そっちのカメラ変なところが映ってんぜ……あぁそれでいい……あっ。ザグルもいたのか》
「いて悪かったな。それよりオレたちだけでは信用ならんということか?」

《ち、ちがうよ。今回は捜索範囲が広いんで。応援を求めて来たんだ。で、俺たちまで借り出されたんだ。》

 誰が求めたんだよ……?

 そう言えば数日前に応援を頼んだとか言っていたが、どうも辻褄が合わない。
 しかもユウスケの旦那は『俺たちまで』と、ぬかしやがった。言葉がおかしい。お前たちの問題じゃないのか。なぜ他人事みたいに言うんだ?
 さっぱり解からん。これだから舞黒屋の連中は怪しいって言うんだ。


 理解不能の会話はまだまだ続く――。

「あなたこそ怪我してんのに……。足手まといよ」
《捻挫なんて、とっくに治ってるワ》

「え? あなたいつの裕輔よ?」

《半年先だよ》

「半としぃぃぃ !?」
 ヤスが頓狂な声を上げてユウスケの坊主頭に視線を据え、ザグルの旦那は一つしかない眼玉をギラリと輝かせた。

「ヤス、悩むな。舞黒屋はこういう怪しい会社なんだ。気にすると髪の毛が抜けるぞ」

 オレは姐御が後ろ手に隠したワインをひったくって栓を開けた。飲まなきゃやってられない。
「そのうち数年前のユイねえさんでも現れるんだろ」
 と言ったオレの言葉が、そのまま真実になるとは……。

 ったく。宇宙は謎に満ちているぜ。
  
  
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