アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第三章】追 跡

  奇跡の大豊作  

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 司令室に戻ると、大げさに笑みを浮かべた異星人がビューワーの中で揉み手仕草をして待っていた。
 初めて出会うタイプの異星人で、頭は見慣れたスキンヘッドだが、そのど真ん中に三つの丸い隆起物が三角形を作っている。角(つの)にしては丸すぎる。強いて言えばコブだな。あとは茶色のまだら模様の皮膚以外は俺たちと同じヒューマノイド型だった。

「お待たせしましたな。ワシがゲイツですワ」
《これはゲイツさん、初めまして。組合長のジェデュリュッチヂュディードです。ザゴタさんから連絡を受けております》
「ジェ、ジェデリウ……?」
 下を噛みそうな名前だ。

《お気を使いなさらないでください。ジュディで結構です。ほとんどの人が発音できませんので慣れております》
「ジュディさんでっか。よろしゅうたのんます」

《これはどうも……あの……その……》
 なぜかこの人、気持ちここにあらず状態のようで、こちらの室内をキョロキョロ窺っていた。

「どないしたんでっか?」

《いや。ワタクシ、アーキビストさまと面識を持たせていただくのが初めてなもので……どう接していいか……》
「どうもこうもおまへんで。やーコンニチワでええんちゃいまっか?」

《と、と、とんでもございません。管理者のアーキビスト様ですよ。しかも称号が『S475』とおっしゃられるではありませんか……ワタクシ正直っ言って、昨日からよく寝られておりませんのです。ゲイツさん》

「はぁ……。そうでっか」
 一同の視線が自然とデータ分析装置の前で、ちょこんと座る優衣に集中する。

「え? 何か?」

 キョトンとするのは俺たちだって同じだ。特殊な存在であると言うのは曲げられない事実だが、この銀河でほとんどの人が知っていて崇拝すらされる少女には見えない。

 失言をした。取り消しておこう。
 少女ではない。ガイノイドだった。つまり少女的アンドロイドと言うやつさ。アニメの世界によくいるだろ。あれさ。でもここでは現実だからな。宇宙は謎に満ちてんだぜ。

「あの。ワタシがアーキビストです」

《そんなところに……》
 ジュディさんは大仰に驚いて見せ、
《そんな地味な作業をさせられて……なんとお痛わしい》
 わざとらしく肩をすくめ、目を輝かせる。

《そうだ! アーキビスト様、ワタシの星にいらっしゃいませんか? もっと充実したお仕事を回して差し上げられますよ》

 おいおい就職斡旋までするのか、このおっさん。
「お気持ちはありがたいのですが、ワタシはこのギンリュウに派遣されたアーキビストです。よそへ移ることは許されません」

《そうですか……。なら、そちらの宇宙船で何かありましたらいつでもご連絡ください》

「縁起の悪いこと言う奴だな。何もねえよ」
 俺の声は届かなかったらしく、ジュディさんはニコニコ顔のまま正面に向き直ると、

《それではフリマのお話しに戻させていただきます。えーと、販売ジャンルは野菜となっておりますが。あの。どこかの惑星で収穫したものでしょうか。となると検疫を受けてもらうことになりますが。その惑星特有の病原菌とか寄生虫が後々問題になりまして。このあいだはフミール星系の大根を食べた人がその寄生虫に消化器系を食べ尽くされまして……》

 大根を食べただけなのに自分が食われるって……なんて物騒な話だろ。
「そんな寄生虫いまんのか?」

《はい。狂暴なのがごまんといますよ。腸の血管から神経系に侵入し、脳まで移動して全身を支配するというのもいます。惑星上で作られた生野菜は産地をよく確認しないといけません》

「そりゃ重々知ってますワ。ワシらもこのあいだ何とかちゅう毒草の種を間違って販売されたんでっせ」

《ダリアスラジリウムではありませんか? あれは厄介なヤツでして。種は当然ですが、発芽から本葉の段階までは誰も見極められません》
「ほうでっか。発芽の段階で見極めたヤツがおってな。大事には至らんかったんや」

《おほう。優秀なスタッフをお持ちのようで……で、農場はどこの惑星で?》
「農場はここや。ほんで商品はシンゼロームでっせ」

《ぷっ……》

 いま明らかに笑った。

《あの……失礼を承知で申し上げますが。シンゼロームと言えば発芽率の悪さとその市場価値の高さから野菜のダイアモンドと呼ばれる物です。結実だけでなく一枚の葉から販売は可能ですが……。いやいや、宇宙船の中でシンゼロームが発芽するなど奇跡ですよ。皆さんで分け合って食(しょく)されたほうがいいかと存じますが?》

「いや、ワシらの分は充分あるんや。ほれ、これぐらいのがあと68個あんねん」
 ミカンがサンプルにと運んできた丸々とした青果。肉厚の葉を敷き詰めた上に載せられた青と緑のグラデーションに彩られた結実。

《な――っ!》
 ジュディさんは絶句。瞬きも停止。
《た、確かにシンゼロームですが……》

「どうでっか。この実。大きいでっしゃろ?」

《ちょ、ちょっと待ってください。大切なシンゼロームの葉の上に何を置いておられるんです。葉が痛みますでしょ。もったいないですよ》

「ほーでっか? いやこの実の柔軟材にちょうどええなって思っとったんやんけど。もったいないでっか?」

《どぁぁぁあ――っ!》
 さっきからこの人うるさいな。

《そ、そ、その青い実……シンゼロームの実…………》
「せやデ。立派やろ? 漬物(つけもん)にするのにもってこいの大きさでっせ」

 ジュディさんの喉元がゴクリと鳴ったのが聞こえてきた。
《ば、バカな……シンゼロームの実を漬物にするなんてあり得ません。ま、マジですか? そんなレベルのが68個ですか?》

「ほうや。ワシらの分を足したら97個や。シロタマは大収穫やゆうとったけど」

《し、信じられません。超超超大豊作です。世界がひっくり返りますよ。それと社長さん、葉だけでも相当な金額で売買される物なのですよ。それを下に敷いて柔軟材にするなんて……神をも恐れない所業です。おお。ワタシの心臓が止まりそうです》

「そんな大げさな……」
 ところが興奮したマジでジュディさんは、さらに唾を飛ばしまくった。

《おおげさでもなんでもありませんよ。これまでもシンゼロームの実を持ち込まれた方はいますが、最高で十何個ですよ。それも宇宙船の中ですか!? 信じられません》

 しばらく放心状態が続き、
《と、とにかくお会いしてからお話を再開させてください。こりゃあフリマ開設以来の目玉商品です。山積みになったシンゼローム……おおおぉ。オーマイガ!》
 よく分からないがジュディさんは十字を切ったような仕草をしたが、異星人の意味不明のボディランゲージは気にしない事にしている。


 社長も最初は呆気にとられていたが、気を取り直すように振り返り俺たちに命じた。
「なんやおもろい展開になってきたやんか。とにかくワシと玲子は市場調査を兼ねて舞黒屋の名を売りに出るワ。宇宙に舞黒屋ありっちゅうデビューや。ええタイミングでっせ。ほんで裕輔はその野菜を売るんや。愛想ようすんねやで。おまはん言葉遣いがなってないから要注意やデ。以上、出発や!」

「えー? わたしも連れってってくらさーい。せっかくお着替えしたんですよぅ」
「きゅー」
 慌てて茜とミカンが飛びつく。ま、ミカンの場合は茜の物まねだからどこまで本心かは不透明だ。

 両脇から飛びつかれた社長は困惑した顔で受け。
「ミカンは言葉が話されへんから行ってもしゃあないやろ、アカネはユイの過去体や。何か遭ったらユイにまで影響が出る……」

「わたしたちは生産責任者ですよー。どちらか連れてってくらさーい」
「生産責任者って……。そんな難しい言葉、誰に教わったんでっか」

 ちらりと玲子に視線を振り、溜め息と一緒に肩を落とし、それからゆるゆると優衣の微笑みを確認してから言う。
「ほな裕輔。おまはんが2人の上司や。きっちり世話すんねやで」

 上司って──。
 こいつらが付いて来ると、幼稚園の園長さんみたいになるから嫌なんだ。

「アカネだけでなくミカンまで俺に押しつけるのかよ」
「せや。玲子は社長秘書やろ。ワシがあっちのエライさんと会っとるあいだに裏を探るんが仕事や。ワシらの中ではくノ一(くのいち)ちゅうんやデ」

「そうよ。社長のお供をするだけが秘書じゃないわ。まず先方に出向いて根回しをしつつ相手の弱点を見つけるのよ」

「うちの秘書の中で玲子がもっとも成績がええからな。お前にそれができるんやったら代わってもエエけど。無理やろ? ほならアカネとミカンの世話はお前の仕事や。とくにアカネは何ごとにも好奇心が強い。迷子にならんよう頼んまっせ」

 やっぱり幼稚園じゃねえか。野菜売りだけでも重荷なのにな。

「それとな………裕輔」
「まだ何かあんのかよ?」

 社長は目を剥いて半歩下がった。
「おまはん。上司に向かって何やその言い方。ワシはおまはんの何や?」

「す、すみません。社長です」
「ほやろ。ほないちいち大声出しぃな。ひと仕事終わったら、晩酌にビール一本タダで付けたるから」

 たったの一本。

「売るのは野菜だけやないで。これも売って来なはれ」
 と出された箱の中に、ずらっと並んだ茜のフィギュア。『Fシリーズ・アカネ』が24体。

「ヒマに任せて気が付いたらこんなに作っとったんや。これも銀龍の断熱材が材料や。何ぼかでも銭に替えな大損やで」
 社長はフィギュアに関してはかなり否定的だが、田吾は自慢げに鼻の頭をひと擦りした。

「オラの作品ダす。精魂込めて作ってるからきっと高値で売れるだすよ」
 たしかにこいつの手先の器用さは認める。だからってヲタが作ったFシリーズのフィギュアが売れるわけが無い。

「それで。これが最高の作品なんダよ」
 ドンとデスクに置いたのは、24体のアカネフィギュアの倍はある大型の物。

「フィギュアがどんなもんか、ワシもよう分からん。そやけどな、物の売り方は心得てまっせ」
 社長はなぜか目をぱっと見開き、
「エエこと思いついた。今商売の神様が降りて来たがな」

 嫌な神様だな。

「ええか、小さいフィギュアでヲタ連中を誘い込み、その大型のフィギュアは一つしか無い特注品やゆうて、オークション形式で値を吊り上げるんや。そのためにアカネを利用しなはれ。本物の生きたFシリーズや。そりゃ大騒ぎになりまっせ。そのどさくさに紛れて高値で売ったらエエ。商売ちゅうたらそんなもんや」

「アカネを利用するって?」
「握手会でもサイン会でもエエがな。アカネの人気はアイドル級なんやろ?」
「それ以上かもしれない」

「ほなら何でもアリや。売れたらそれでええねん。いてこましたれ」

「おいおい……」
 えげつない反面を曝け出されて、すっげぇ引いた。
 はっきり言ってこの人がドゥウォーフの救世主だったなんて、ちょっと管理者が気の毒だ。

「それなら田吾を連れて行くほうがいいじゃないか。そしたらヲタどうしで盛り上がるぜ」
「甘いな、裕輔。同種の人間が売るほうに回ったら商売にならへん。互いに甘え合うんや。何も知らんおまはんが適任や。行きなはれ」

 商売を語らしたら、このオッサンはどこまでも熱くなるから、これ以上反論しても無駄だなのだ。

 仕方なく俺は承諾する。
「分かったよ。野菜とフィギュアの販売に従事して来るよ」
 それにしても何ちゅう取り合わせだ。うちの会社、まじで業種変更するかもな。




 ほどなくして銀龍がコルス3号星の周回軌道に入った。
 ジュディさんのマダラハゲでコブ付き頭がビューワーに再登場。

《ゲイツさん。こちらからお迎えのシャトルを飛ばしましたので、それで商品とスタッフさんを移動させてください》

「何から何まですんまへんな。スタッフはワシ以外に男女一名ずつや。それとガイノイド一人、救命ポッド型アンドロイドも連れて行きますワ」

《ガイノイドって、まさか。アーキビスト様ですかっ!!》
「いやあ、アーキビストは仕事が残ってますから。そのプロトタイプが代わりに行きますワ」

《プロトタイプと言えばFシリーズですよ。しかも救命ポッド型アンドロイド、ルシャール星のですよね。ほぉぉ。ゲイツさんは一体どのようなお方なのでしょうか? 興味をそそられます》

 何でも詳しい人だな。
 それが俺の感想だった。

 社長はジュディさんに薄ペラな笑みを返しながら、
「どんな、も何も。タダの商売人でんがな」

 たぶん、どこの宇宙域でも立派に通用する商売人だろうよ。
  
  
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