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【第二章】時を制する少女
特殊危険課出動
しおりを挟むなんだかよく解らないうちに、特殊危険課の次のミッションが決まってしまった。
今度はゴキブリ退治だそうだ。
それなら害虫駆除業者に頼めばいいだろうと言いたいが、どこの業者も拒(こば)むような案件なので、自分たちでやるしかない。わずかなりともその歴史に関与してしまっているからだ。そういう理由から、ナナは俺たちの前に再び現れたのだ。
そのナナが言うには、それほど難しいことでもないらしい。
今田薄荷の作ったコンピュータウイルスに感染しなかったドロイド1匹をぶっ潰すだけのこと。そのためには崩壊惑星からの脱出するスフィアを予定より早く打ち上げてしまえばいいだけの話だ。そうするとそのドロイドが生まれなくなり、あとは連鎖的に歴史がいい方向へ流れて、ダークネブラは消滅するそうだ。
ところでスフィアというのは球形の宇宙船のことで、内部に田畑やコロニーまである巨大な方舟(はこぶね)さ。惑星にはいくつもあったそうだが、一つを除いて全てをドロイドが襲っており、暮らしていた人々は全滅に追い込まれた。その中で唯一つ最後まで残ったコロニーにいた人々を社長が救ったわけだ。
ついでに喜ばしい報告をしよう。今回はシロタマを連れて行かず、ヤツのメンテナンスをW3Cに頼む予定だそうだ。
社長曰(いわ)く。
「そらそうやろ。流動性金属というのがシステムに悪影響を及ぼすかも知れへん。ワシらの大切な仲間やからな、そのへんのところをみっちりと検査してもらわなあかん」
「それって本音じゃねえっすよね、社長?」
「当たり前や」
と小声で言ってからニヤリと唇の端を持ち上げた。
「ナナの与太話……いや信じてやりたい気持ちはあるんやけど、限度を超えてまっしゃろ。そんな話にシロタマがしゃしゃり出てきてみぃ……」
やっぱり社長も信じていなかったのだ。俺も黙って同意して小声で返す。
「だよな……。あいつのことだ、ムチャクチャに引っ掻き回すぜ」
「せや。ワシらのことを常々馬鹿にしてまっからな」
内密な話は囁くにかぎるのだ。気を付けないとシロタマはどこの天井に張り付いて、聞き耳を立てているか分からない。
たとえば、ほらあそこの照明器具の後ろとかな。ヤツはまるでゴキブリだからな。
三日後。
銀龍にて特殊危険課の招集がかけられた。せっかく新調した特殊危険課の部屋でなく宇宙船銀龍にだ。意味が解らない。
ナナの話では、どうやら例のゴキブリ退治の詳しい打ち合わせの後、どこかへ行くと言ってたが、気分は疑念で満杯だった。
ピザやら写真やらを見せられて、俺は最初から信じちゃいねえが、その時は納得させられたメンバーだが、さすがに日にちが経つとすっかり忘れていた。考えようによっては、ここがヒューマノイドの都合のいいところだね。今じゃ誰も信じていないし、懐疑心の塊に戻っていた。
田吾を除く他のメンバーは、銀龍の搭乗口からのんびりとした動きで司令室に集まって来ており、そしてあのパーサーでさえ浮かない顔をして俺に言う。
「明日、トランスポーターの技術セミナーに出向きたいんですが、今日中に終わりますかね、裕輔くん?」
「し……知らないっすよ。何の話しをするのか。それより後でどこかへ行くって言ったけど、銀龍を飛ばすんすか?」と今度は俺が機長に訊くが、
「え? 聞いてないよ。飛行許可なんか申請していないし、どうするの、裕輔くん? 無許可で飛ばすのはまずいぜ」
「えっ?」
またまた俺に訊かれたって、知らないっすよ。
みんながそれぞれ俺に尋ねてくるのは、ナナのコマンダーだからで、でも、そのコマンダーがまったく彼女を信じていないのが、ちょっと気の毒に思うが、それは別の話さ。
魚河岸(うおがし)から帰って来たばかりの魚屋の兄ちゃんみたいに血色がいいのは田吾だけだ。今日は無精で伸ばした中途半端な長い髪を頭の後ろでひっつめていた。珍しく髪に艶があると思ったら、整髪料ではなく自分の頭皮から滲み出た天然の整髪オイルだと言う。あー汚ねえヤツだぜ。
「早く来ないダすかな」
油膜(ゆまく)でギトギトしたメガネの位置を直しながら、アニヲタはデジカメのファインダー覗いたり、通路の奥に首を伸ばしたりを交互に繰り返していた。
興奮を押さえきれないでいる田吾の様子に眉根を寄せる。
「そのカメラは何すんだよ?」
「ファン倶楽部の会報で使う写真を撮るんダよ」
「また勝手なことして……。秘書課はそんなこと許してないわよ」
怖い顔をして見せたのは、ナナの幼けない顔とは対照的で大人の色気を撒き散らす美人の玲子だ。
美人……麗人……美女。
言い方はいろいろあるが、ヤツの前で唱えると口が腐る呪文だが、うむ。こればかりは認めざるを得ない。たしかに表向きは今日も美しい。
「ファン倶楽部って……いくらナナくんが可愛らしいからって、人が集まるのですか?」
と疑問を抱くのはパーサーと機長だ。その二人に補足を入れる俺。
「80人も集まったらしいっすよ」
「ほうぅ。たいしたもんだ」
パーサーと機長は社内勤務ではなく航空機部門だから内情をよく知らないのは仕方が無い。
その肩をつんつんとする田吾に、俺、振り返る。
「なんだ、やっぱ減ったのか?」
「逆ダす。100人を超えたっす」
「「「「 ひゃく……ニンっ! 」」」」
「社内でそれだけの会員がいれば、たいへんではないですか?」と尋ねるパーサーへ、
「んダ。でも、皆、目的が同じだから別に問題は起きないダ。とりあえずいい写真を撮れば、それでみんな満足ダすよ」
ナナの人気は思ったよりもすごそうだ。こうなったら社外にも目を向けてだな。ここはコマンダーだけでなくマネージャーとなって、ひと儲けできるチャンスかもしれない。
「そうなるとコマンダーとして鼻が高いな」
「なによそんな低い鼻」
「おっ。やけに挑戦的だな、お前。ナナに先を越されてくやしんだろ?」
「べ、別に……いつもと同じよ。だいたいね、これからの女は精神修行をして武道をたしなむ必要があるのよ。見てなさい」
玲子は剣を持つ格好をして宙を薙ぎ払う型を披露。目を見張る切れっ切れの動きをして見せるが、秘書課の短いスカートではある程度の限界がある。
もっと披露しててほしいのだが、こちらの不埒な思惑は見透かしているようで、早々と架空の剣をどこかに仕舞い込むと、玲子はふんと鼻を鳴らして長いポニテをユサユサさせた。
今日はいつものように黒髪を結いあげて丸めていない。美容院へ行く時間が無かったのだろう。でもこれだけ綺麗な髪をしてんだから行かなくてもいいんじゃね?
腹の中を読まれると恥ずいので、俺の言葉は自然と反転する。
「お前のは精神修行じゃなくて、喧嘩修行だろ。ちったぁ女らしくしろ」
「べぇ~だ。あたしは美しさと強さを両立させた大人の女なんだからね。こんどナナを道場に誘ってみようかしら」
「それはいいダ。ファン倶楽部の連中も見学できたら一石二鳥ダす」
「あなたバカ? 精神修行よ。アイドルのコンサートじゃないわ。男子禁制なのよ! どうしてもと言うのならあたしに勝ってからにしなさい」
「せや! 悔しかったら、玲子とケンカで勝ってみい」
そんな無茶を言うのは誰だ?
振り返る必要はない。俺は急いで肩をすくめた。この方言丸出しの喋り方は、この銀龍の持ち主であり特殊危険課の総監督、社長以外にいない。今日も照りの美しいスキンヘッドをキラキラさせながら司令室に現れた。
「玲子に勝てるヤツなんていないっすよ」
社長はツカツカと近寄ると、俺の耳元に向かって囁く。
「あのな裕輔。勝たんでもええ。おとなしくさせてくれるだけでエエんや」
「そりゃあ、戦車でも持ち出さないと無理だな」
袖口や裾のシワを入念にチェックし始めた世界最強格闘技女王、別名、世紀末オンナ。そいつへ向かって俺と社長は渋そうな顔をした。
「まあ。ええ……それはそうと」
社長は空気を払拭するためか、軽く咳払いをして今度は田吾へ厳しい目をする。
「おまはん。ナナから手を引けちゅうたやろ」
「んダども……」
「ここは会社や! 学校やないんやで。仕事に支障が出てどないすんねん」
玲子は左右に捻っていた体を静止させ、
「そういえば、このあいだも秘書課の廊下に若い男性社員がカメラを持って大勢で押しかけて来たんですよ」
「あの騒動もおまはんが先頭に立ってたらしいな!」
田吾は喉を上下させつつも強気で答える。
「んダが。ファン倶楽部のほとんどが開発部の主力メンバーだスよ。無理に倶楽部解散を宣言したら、時期開発商品に支障が出るダすよ」
「それやがな……」
スキンヘッドは大仰に溜息を吐き、テカテカの頭を平手打ち。
「なんで開発の連中は、あぁゆう萌え系が好きなんや? 理解できんワ」
なんだか雲行きがおかしい。こういう時のために田吾は切り札を持っていたはずだ。玲子の家から家具を運ぶときに豪語していたじゃないか。
ちょっと腑に落ちないので、ヤツの肩を抱き寄せて訊きだすことに。、
「お前、あの話はどうなったんだよ? ナナを使えば金儲けできるって言えば、社長のことだから全部チャラにしてくれるってやつさ」
田吾は悲しそうに頭を振った。
「向こうのほうが上手だったダす」
「どういうことだよ?」
「社内で金銭を得る行為をした場合、一旦全額没収して、働きに応じて配当するらしいダ。それからナナの保護者は社長なので、自分が仕切ると言いだしたダ。つまりプロダクションの社長になるって。で、結局オラはそこの社員ってことになったダす」
「なんだよそれ。今と何も立場変わらないじゃないか」
「んダ。プロマイドの売り上げは全部没収されたダ」
「そりゃ、ちょっと横暴じゃねえか。よし。俺がひとことガツンと言ってやるぜ」
「あわわわわ。いいダ。このままで問題ない」
「なして?」
「仕事中にフィギュア作っていたのがバレて、クビと引き換えになってるダよ」
「な……なさけねえヤツ」
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