アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第一章】旅の途中

アイ子

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 懐かしいアダムスキー型の丸い物体が私の前に鎮座していた。だいぶホコリにまみれてな。
「おい、大河内。リモコンを貸せ」
「は?」
「入り口を開けるときは、リモコンと決まっておろうが」
「いや。ハリボテだと思っていたので……」
「失くしたのか? ちっ。しょうがないな。マイナスドライバーあるか?」

 なんで私がクルマ泥棒のマネゴトをここでしなければいけない……の……だっ、と、よし。開いたぞ。

 ふん。私の手に掛かれば、車上狙いなど容易(たやす)いことなのだ。
「──おい、私はクルマ泥棒などしたことないぞ! 大河内!」
「わ、ワタシは何も言ってない」



 久しぶりに見る機内は当時のままで、中央に座席が一つあり、前方にマルチスクリーンビューワー、後部に慣性ダンプナーコンジットを搭載した、まん丸いカタチをしている。お世辞にも広いとは言えないが、一人乗りとしてはこんなものだ。

「よし座席の足下にW3Cとの通信リンクリピーターを置け。そう。よし、いいだろう」

 科学局の局長を顎で使えるのは私ぐらいのものだろうな。いい気味だ。

「そ、それでワタシはどこに座ったらいいのだ?」
 私は呆れて奴の顔をまじまじと見てしまった。

「なんとトンマなことを言うのだ、大河内よ。だからお前は局長どまりなのだ」
「う、うるさい。犯罪者に言われたかないワ」

「この機は一人乗りなのだぞ。設計者が言っておるのだ。間違いはない」
「黙って聞いていたら、お前はどえらいことを言ってることに気付いていないようだな」
 大河内は偉そうに胸を張り、
「ワタシが監視をしないと逃げるに決まっておろうが、今田よ。どこの世界に拘束もしていない犯罪者へ宇宙船を渡すバカがいるんだ。」

「私の目の前におるではないか。いいかよく聞け、大河内。私はW3Cの命で動いておるのだ。それが証拠に脳内に埋め込まれたBMIポッドの指令に従わばければ死ぬほどの苦しみに襲われる。これが拘束以外の何だというのだ」

「うぬぬ……」
 大河内は裸足でゴキブリを踏んずけた時みたいな顔をして黙り込んだ。

「理解したようだな。だったらとっと外に出てハッチを閉めろ」

「くそっ! お前なんかイクトにぶつかって死んじまえ」
 奴は子供みたいな捨てセリフを吐くと、船内を一顧だにせずに外へ出て、バンッとハッチを閉めた。


 一刻の静けさが浸透する。

「さてと……」
 ちょっと。狭苦しいが何とかなる。
 メインシステムの電源を入れつつ、起動プロセスが終了するのを見とどけ、おもむろにビューワを点けた。
 アホ面をした大河内がホールのど真ん中で部下どもと立ち尽くしている姿が映った。

「よし離陸準備だ。大河内、聞こえるか! ブレインタワーの最上階に人を寄せ付けるな。できたら全員退避だ」

 部下と並んでポカンとした大河内が、年に似合わぬ可愛らしい丸い目を見開いたので、私の声が船外に響いたことを確信。続いて吠えてやる。
「いいか! 銀龍が十数分掛かったところを数分で駆けつけるんだ。その分の反動をブレインタワーの頂上に配置してあるリアクター式カタパルトが受ける。どうせ芸津のことだ、金と手を抜いてグラビトンブラストディフレクターなど取りつけておらんのだろ?」

「グラビトンブラスト?」
 ビューワのスピーカーから大河内の間の抜けた声がした。

「オマエは何年科学研究所の局長をしておるんだ。グラビトンブラストディフレクターだ。重力子を真っ向から受ける頑強な壁だ。無ければそれをブレインタワーが受けるんだ。想像してみろ。イクトまで数分で到達する加速を得るためには、どれだけの反作用が起きるか」



 私の警告ですぐにブレインタワーから全員退去の命令が出されたのは、W3Cからの報告がBMIを通して頭脳に入って来たのですぐに分かった。

 準備万端である──。
 あ……。
 機体の前で棒立ちになっていた大河内の間抜け面が、まだマルチスクリーンに映っていた。
「そこをどけ、離陸するぞ」

 私の愛機がホコリを被っていたのは外側だけで、内部は没収された直前の状態を維持しており、いつでも出発可能だった。たぶん誰もハッチを開けることができなかったのだと思われる。

 完全に起動したシステムのパネルに手を添えて天井辺りに訊ねる。
「おい。アイ子。リアクターの調子はどうだ?」
 アイ子とは、この機の操縦系統を担っているコンピューターの名前だ。

『あんた。長いあいだどこ行ってたんだい。このトウヘンボク!』

 むぅ。何も変わっておらんな。
「ああ、ちょっとな。遠くへ行っていた」
『あんたが手入れをしないから大変だったんだよ。偏向ヨークは歪んでくるし、リアクターの燃料だって結晶化していくし。誰がお守(も)りをしていたと思ってんだい、この、モウロク亭主!!』

「うるさいのぉ。オマエなんかと夫婦(みょうと)になっとらんわ。さぁ行くぞ、アイ子。離陸だ」
『なんだい。帰って来ていきなり亭主面かい。この甲斐性なし!』

「黙れ。お前は宇宙船なのだ。私の女房ではない。どこで歪んだのだ。計画では清楚なお嬢様風に育つようにディープラーニングを施していたのだが、なんでこうも狂ったのだ?」

 制御パネルを平手でバンバンと叩き、
「なんでもいいから離陸開始だ。急げ」

『偉そうなことを言うんじゃないよ。この与太郎! 燃料が無いって言ってるだろ。ハラペコでは1メートルも飛べないよ』
 にしても口が悪いのう、アイ子。
「分かっておる。科学局のパワーセンターへ寄っていくから安心しろ」
『レギュラーはやだよ。これだけ待たせたんだ。ハイオクを頼んでおくれよ』
「ああ。約束するから……さっさと飛んでくれ」



 愛機をなだめすかせて、ようやくブレインタワーの屋上付近までやって来た。

 ここからの説明は必要ないと思う。後は銀龍と同じだ。ブレインタワーの屋上に設置された反重力子の爆発的な浮力を圧し返すリアクターは、タワーの上部を吹き飛ばした。おそらく屋上から下、数階のフロアーを鉄骨剥き出しにしたと思う。すぐにW3CがBMIを通して報告して来たが、エモーショナルサージを受けずに済んだということは、W3Cが黙認したのだろう。なにしろ約束どおり、数分でイクトの表側に停船していた銀龍に到着したのだからな。


「じゃあ、アイ子。銀龍へ行ってくる。オマエはここの位置を維持してW3Cとのリンクを繋ぎ続けてくれよ」
『あー。あんたも気をつけて行っておくれよ。お腹の子にもミルクが必要なんだから。ちゃんと稼いで帰ってくんだよ』

「あ……あのな」
 W3Cから受けるサージよりも頭が重くなった。
  
  
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