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第四巻・反乱VR

 砂の惑星 ジーラ

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 砂漠のど真ん中であった。恒星キャルパを太陽とする惑星ジーラ。キャザーンの故郷である。
 レイチェル・ショーマンリュートは我々を砂の上に転送した後、上空を一巡すると、矢のような速度でその場を離れた。

「レイチェル! これが終わったらお前と再会できるからな」
 青空の彼方に消えていくシャトルへ声を掛けるドルベッティ。少々の時が経ち、シャトルの消えた方角で新たな星が誕生した。

「レイチェル――っ!」
 あふれ出そうになる涙を必死でこらえるドルベッティの悲壮な姿が心に沁みてきた。

「あの子のインターフェースモジュールが残ってるんでしょ?」
 NAOMIさんに尋ねられたドルベッティは、歯を喰いしばり真っ赤な目をして応える。
「ごめん。ちょっと感傷的になりすぎた」
 戦闘服の袖で涙を拭い、ドルベッティは晴れやかな顔に戻した。
「そうさ。NANAが自爆した時もそれだけは肌身離さず持って脱出したんだ」

「なら心配ないわ。こっちにはキヨ子さんも源ちゃんもいるんだから」
 慈愛のこもる優しげな声で慰めるNAOMIさん。

「北野博士の手にかかると、ちょっとエッチなレイチェルくんになるかもしれぬが、キヨ子どのなら完璧に直してくれると思うぞ」
「神経インタフェースならそれほど難解な仕組みではありませんから問題ありません」
 キヨ子の言葉が最も頼もしい。
「みんな、ありがとう」
 深い悲しみの中に沈んだはずなのだが、健気なドルベッティは笑って答えた。


 にしてもである。
「暑い……」
 我輩の口から当たり前の言葉がつい漏れたのは、マジで暑かったからだ。

 アキラも、
「砂しかないね」と遠くを眺め、
「ここがキャザーンの故郷、惑星ジーラですか?」
 6才児は眩しそうにカラッと晴れ渡った大空を仰ぎ、ドルベッティも手で目を覆って遠望する。

「アタイはもっと南の出身で、ジャバルジャって言う町さ」
 とは言われても、南も北も分からないのが現実で……。

「さてこれからどうしたらいい?」
 風に暴れる松葉色のショートヘアーの少女が、我輩の質問に振り返る。
「ここから南西へ50キロ行くと町がある。そこまで歩くんだ」
「げぇ――」
 いとも簡単に言ってくれるけど、ドルベッティくん。ここは乾燥した砂が足を取って歩きにくいのだ。
 でも一つ救われるとしたら、ビーサンで歩いても違和感を覚えないのが救いであるな。

「……いっこもおもろないデ」
 ぽつりと漏らすギアの声が、疲れを倍増させた。


「なにっ?!」
 肩を落とす我輩の前で、それは忽然と起きた。視界の端にとんでもない光景が飛び込んだのだ。
 まるで流れ星が地面から射出されたにも似た速度で、NAOMIさんが空に消えた。
 そしてそれに連鎖する事態が。

「あ――っ。お砂だぁ!」
 ワンピーススカートを翻してイチゴ柄のパンツを丸出しにして、キヨ子どのが駆けだした。

「え――っ!?」

「いきなりなんや。キヨコに変身したがな!」
「ほんとだ。マイボ、インターフェースが切れたよ」
 アキラが辺りを探るが、それに答える人がいない。

 さっきまでドルベッティを慰めていたNAOMIさんが、砂の上から忽然と消えたのだ。

「マイボ? どこ行ったの?」

「おにいちゃーん。お砂であそぼうよ。キヨコがっこうのおべんきょうよりも、お砂であそぶのスキなの」

「おいおい。まずくないか。ここに来て頭脳役の主要メンバーが二人も消えたぞ」
「ほんまや。NAOMIはんがいなくなったら、残るのはアッパラパ―のキヨコはんと、何の役にもたたへんアキラ。ほんでから翼の折れた天使ドルベッティだけや」

「マジでやばいぞ」
 急激に心細くなってきた。なんだかんだ言ってもキヨ子どのとNAOMIさんが頼りであったのに。


 そこへ――。
「おーお。キヨコちゃんが可愛くなっちゃって」
 光がほとばしって、さっそく砂山を作り出したキヨコどのを眺める位置に少女が出現した。

「リョウコくん!」
「量子軍の親玉め!!」
 食いつきそうなドルベッティを無視して、リョウコくんは軽い調子で言う。
「やっと、マイボの侵入経路が見つかったので遮断してあげたのよ」

「そ……そんな」
 絶望的なのである。

 唯一外部と接点を持っていたNAOMIさんが消えたとなると、完璧に孤立したことになる。あとはアキラを説得して元の世界に戻るように悟らすしかないのだが。
「あかんやろな。あのアホはキヨコはんと一緒に砂のお城を作り出したデ」

「あはははは。子供は無邪気だね」
 リョウコくんは楽しげに笑って、
「焼きハマグリの悔悟(かいご)や……」
 と言ってギアは肩をすくめた。

「何だそれ?」
「開いた口が塞がらん」

「おにいちゃん。もっと大きな山をつくってからアナをほるのよー。こんなにお砂があるもの。もっともっと、キヨコの見たことのない、おシロをつくるの」
「はいはい。分ったよ」
「6才児にケツ叩かれとるで。アホちゃうか」

「アホとか言ってる場合ではないぞ」
「何が?」
「我々は孤立したのだ」

「そうね。マイボも天才キヨ子さんもいなくなったよ。ねえ? どーする?」
 いけしゃあしゃあと言いのけるリョウコくん。

「ほんで?」
「鈍い奴だなオマエ。ここから近くの町まで50キロもあるんだぞ」
「タクシーかバスは無いんでっか?」

「オマエ! 乗り物に乗るのが嫌いじゃないのか!」
「今は一文無しや。怖いモンは無い」
 我輩は力いっぱい腕を水平に振る。
「これを見ろ。周りは果てしなく続く砂の山だぞ」

 リョウコくんはからかうように言う。
「そうだ。大きなお城が作れるよ。みんなでそこに住んじゃいなよ。あははは。あたしが女王さまになってあげようか?」
 この子。だんだん鼻についてきたぞ。

「それじゃあね。キヨコがおしめさまするー」
 こっちは情けない。お姫様な、キヨコちゃん。

「じゃあ、僕が王子様だね。むふふ、仲良くしようよ、リョウコちゃん」
 って。鼻の下を伸ばすな、アキラ。女王と王子なら親子の関係であるぞ。

「ほんまポンコツやな、コイツ」

「それよりもこんなアホを連れて50キロも歩けるのか? なんだか我輩、喉が渇いてきたぞ」
「そうさ。ここからほんとに死ぬ思いをしたんだ」
 ドルベッティくんは記憶を遡り、我輩はそれへと質問する。
「と言うと?」
「町まで丸三日水が飲めずに、最後は汗を舐めてしのいだんだぜ」
「ぬはー」

「きゃはははは。見てぇ。お砂のオフロよ。みんなはいりましょう」
 呑気なのはキヨコだけ。アキラに大きな穴を掘らせてお風呂だとはしゃいでおる。

「ねえ。見てぇ。キヨコおよげるよー」
 砂の上で仰向けに寝て平泳ぎを見せた後、背面を砂につけて背泳ぎでターンする……マネ。

「誰もオマはんの洗濯板みたいな胸や、メリハリの無い体は見とうないねん」

 ドルベッティは握っていた砂を叩きつけて立ちあがる。
「とにかく砂遊びは終わりだ。キヨコとアキラ、起きろ。行くぞ」
 深碧の髪を風になびかせて方角を探る少女へ、キヨ子は純真で無垢な目玉を向けた。
「えー? どこへ?」

 ドルベッティくんはキヨ子の小さな手を握り、
「おいで。レイチェルが待っている町まで歩こう」
「うん。歩こう、歩こう」

 素直に立ちあがったキヨ子を連れて砂の山を歩き出そうとしたドルベッティに向かって、リョウコくんはくっくっと笑った。
「あなた……またあの苦しみを味わうわけ? バッカじゃないの?」

「アタイはレイチェルを本当の親友だと思ってる。苦しい時も楽しい時もいつも一緒なんだ。それを取り戻すんなら何度だってやってやるさ」
「被虐性欲女の典型例ね」
 ドルベッティはリョウコくんを無視して進みだした。

「どうする、ギア?」
「どうするも。着いて行くのが正解やろ。あの子は過去にこの危機をくぐり抜けたんやろ? ほな従うまでや」
「だよねー。僕も喉渇いてきたし、歩いて行けばどこかに自動販売機ぐらいあるでしょ?」
 危機管理の崩壊した日本のお坊ちゃまくんの言い出しそうな言葉だ。

「砂漠のど真ん中に自動販売機なんかおまっかいな。もしあってもタバコの自動販売機やったらどないすんねん?」
「コイツもどこかずれたバカだな」

 おバカな二人に言い聞かせてやる。
「いいか。オマエら。我々は全員一文無しなんだ。自動販売機があっても小銭が無いのだ。買うことはできない」

 白衣の右ポケットを確認しつつ、
「もう小銭は期待できんだろうな……」
 後ろからニヤニヤしてついて来るリョウコくんに首だけを捻って、忌々(いまいま)しくすがめた。
  
  
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