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第四巻・反乱VR

 反乱シミュレーテッドリアリティ

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 ところでずっと疑問に思っていたことがある。
「キヨ子どのは、シミュレートされているにもかかわらず、NAOMIさんのスピリチュアルインターフェースの下、操縦されておるのであるか?」
「操縦って……。人をドローンみたいに言うのではありません」
「そうよ。インターフェースは健在なの。なぜならあたしはハーレムクラスオブジェクトから分離された存在。だってラブマシンと同じ量子デバイスなんだもの、翻弄されるはずないでしょ。ただ容姿の投影はあの子に任せてるの」

「あの子?」
「カーネルちゃんのことじゃない。忘れたの?」
 リョウコだとかカーネルだとか……。

 だんだん複雑になって来たので、ちょっと整理しておこう。

 我々のいる世界をシミュレートするのはハーレムクラスオブジェクトと呼ばれる、まあ、簡単に言えばスマホのアプリだな。そしてラブジェットシステムはそのアプリを投影する物。つまりスマホの液晶ディスプレイとその周辺回路だと思っていただこう。

 で、次だ。

 リョウコくんはハーレムクラスオブジェクトの中で擬人化したカーネル部分だと説明されている。カーネルとはもうお解りだろう。ラブマシンこと、おっぱい型量子コンピュータの中枢部分に鎮座する物。スマホで言えばその中に備わるOSである。そろそろ『Oreo(オレオ)』も浸透してきたが、その中に包含(ほうがん)されたAPI(application program interface)だと。スマホのアプリはこのAPIの制御の下(もと)に動いておる。
 とまあ、これらはキヨ子どのの受け売りなのだが、そう言うことらしい。

 これ、理解できた人はその道の人であろうな。だいたいは、
「ほげぇぇぇ~~。なにゆうてんのか、全然わからへんワー」
 とまぁ、ギアみたいな反応でいいのではないかと思うな。


 クララは艦長椅子で寝ていたアキラを引き摺り落し、そこへとどっかりと座って命令する。
「さぁ。作戦を開始する。NANAを動かすぞ。準備はいいな」

「あ、痛たたたた」
 さすがに床の上に叩き落とされたら、目が覚めたようだ。

 キヨ子どのは強打した腰を摩りながら起き上がるアキラに、じろりと視線を突き刺して、
「シャキシャキしなさい、ったく」
 この子は小1なのであるぞ。

 6才児は17歳の青年へ湿気た溜め息を吐き、
「仕方ありません。アキラさんと私もドルベッティさんとご一緒します。この人をここに置いて行くと何をするか分かりません」
「じゃあ。あたしも必然的にこっちね」
 ピョンと跳ねてキヨ子の肩口から顔を出すNAOMIさん。

「シャトルは何人乗りですか?」
 レンターカーではないのだ。小型ではあるがこれは宇宙船だぞ。

「5人さ。何か問題でも?」

「同乗者に関西電力と関東電力を追加させます」
「げーっ! 志願した覚えは無いぞ」
「せやせや。そんな危険なこと嫌やデ。なんでワテらまで巻き添えにならなアカンねん」

「もとはと言えば、あなた方が起こした騒動です。責任を取るのが筋です」
 キヨ子にぴしっと言われて、返す言葉が無い。

「ぬなー。バレとるがな」

「やはりね。鎌をかけただけなのに、自ら白状して……」
 まんまとキヨ子どのに嵌められたのだ。

「……あ。そや。忘れとった。ワテは女王陛下の部下やったんや。女王様の命令が無ければ勝手な行動はでけしまへん」
「何が部下だ。オマエは報酬に目が眩んだだけではないか」
 ハッピの袖をピンと伸ばして、ギアは我輩に言い返す。
「アホ。機器操作をさせたら、ワテほどの技術者はおらんちゅう話や」

 クララは冷やっこい目で、
「かまわんぞ。ギアもゴアも連れて行け」
「ほらほら。女王陛下のお許しが出たぞ」
「ぬはぁ……」
 某球団のハッピ姿の肩を落したが、やにわに目を光らせる。

「あ、せや。搭乗人数に問題ありや。ほれ、NAOMIさんやろ、キヨ子はん、アキラに、ゴアにワテ。ほんでパイロット。みてみい6人や。定員オーバーやがな。後ろ髪を引かれる思いやけど、ワテが下りたるワ」
「NAOMIとキヨ子は小さいから二人で一人さ。問題ねえぜ」とドルベッティ。
「ぬはぁ………」


「では決定だ。特命部隊はお前ら6名だ。頑張ってこい!」
「そんな……クララどの」


「さぁ。幕を開けるぞ! ジュン大岡! 敵艦から見て彗星の死角となる部分へゆっくりと発進させろ」

「了解。NANA発進します」

 すぐにナビゲータが速度計を読み上げる。
「微速前進。3000……5000。秒速1万メートル」

「上手く死角に入るんだぞ。キヨ子。タスクキラーのほうはどうだ?」
 キヨ子も手持ちのスマホっぽい物を見つめた。
「順調ですわ。我々の思考をスキャンするイベントをスルーしています」

「よーし。特命部隊はドルベッティのシャトルクラフトが待っている。ドッキングベイへ行ってくれ」

「さぁ、いよいよ出撃よー」
 って、呑気なもんだな、このお人形さんは……。

「なんでここに来て宇宙戦艦の攻撃クルーにならなければいけないのだ。我輩は白衣の下が真っ裸でビーサン姿なんだぞ」
「ワテかて野球帽にハッピとステテコや。ほんでツルの切れたビーサンを紐で修繕したみじめな格好やデ。かつてこんなみすぼらしいSF映画がおましたか? SFとナニワって絶対に融合させたらアカンやつやー」

「痛ててててて。キヨ子ぉ眠いよ」
 アキラはキヨ子にスネ毛を引っ張られて、眠い目を擦りつつ発艦デッキへと移動。

「ナビゲーター。現在位置は?」
「彗星表面から1万5千メートル。敵機から見て死角に入っていまぁす」
 朝比奈くんの可愛い声を背に受けて溜め息一つ。
「はぁ~あ。重力の変化があったわけでもないのに、こうも足の動きが鈍くなるのだな」

「そうでっか? ワテは気持ちを切り替えたデ。こうなったら面白そうな土産話でも持ち帰って、銭に替えたるワ」
「オマエは、お金のことを考えれば、気が収まるから羨ましいな」

「地獄の沙汰も金次第や。だいたいな、ドルベッティの操縦を見ただけでも銭になるデ」
「そんなもんか?」
「アホやな。ぼぉーっと見るんとちゃう。後日、尾ひれをつけて文章に書き起こしてSNSで大々的に発表すんねん」
「オマエ、そんなことしておるのか?」
「せや、宇宙人から見た地球人の視点でやっとるんや。意外と受けてフォロワーかて10万人は越えとるデ」
 タダで起きない奴だ。


「ねぇねぇ。さっきのシャトル、可愛い声が聞こえて来たけど、女の子が乗ってるの?」
 ドルベッティのケツに張り付いたアキラの言葉はバカ丸出しである。

「女の子って?」
 と訊きなおすのはドルベッティ。でもすぐに思い直して笑い顔になり、
「ああ。そうだな。可愛い子だぜ」
 適当にあしらわれているのに、アキラは有頂天である。
「やったぁー。連絡先聞いてもいいかな?」
「いいぜ。仲良くしてやってくれな」
 キヨ子どのも真相を知っておるので、ドルベッティとアキラの会話を横から聞いていても睨むだけで放置した。



 ターボリフトに乗ること数分。一行はシャトル格納庫にやって来た。
「すっごーい」
 各機が出動体勢に入った活気のある騒然とした中に、一際(ひときわ)美しい機体が我輩たちを待っていた。

『お客さんも乗るの?』
 と尋ねた機体の一部がガルウイング式にゆっくりと開き、中から出てきた少女は飛び切りの美人であった。

「キミー! 何て名前……あがうっ!」
 飛び出そうとして6才児に足を払われたアキラは、前に突き出した両腕をぴんと弓なりに反らし、そのまま顎から床に向かって胴体着陸。まるで空母に降り立った戦闘機の着艦ワイヤーが切れた勢いで向こうの方へ滑って行った。幸い隣の機体を整備をしていた娘子軍の兵士に、足の裏で頭を押さえられて滑走停止。

 顔をもたげて、エビ反りの無理な体勢なのに、
「ねえキミー。可愛いね。名前は?」
 頭を踏んづけられていても、ナンパは実行するのである。その執念が勉強に……もういいか。

「レイチェル。今日はたくさんの客人を連れて飛ぶからよろしく頼むぜ」
『楽しそうね。ワタシ賑やかの好きなの。さぁ。みなさんこのハッチから乗り込んでくださーい』

 ドルベッティとレイチェルと呼ばれた少女は旧知の仲のようだが、こちらもすべての量子軍を知ってるわけではないので、この子とは初めてなのだ。

 我輩は愛想を振りまく北欧系の美少女を示して尋ねる。
「ドルベッティくん。この子も娘子軍の一人であるか?」
 キヨ子も一緒になって頭を下げ、
「整備の方ですか? この度はご苦労様です」
 6才児にしては丁寧な労いの言葉だな。

「やだなー」とドルベッティが緑のショートヘアーを掻き、少女は愉快に笑う。
『うふふふ。こんにちは』
 北欧から来ましたと言われても信じてしまいそうな、蒼い目とサラサラの銀髪ロングヘアー。すらりと細身のボディにぴっちりフィットした薄い布の衣服で、ボン、キュっ、ボンの三大美人要素を浮き彫りにした美少女であった。

『ワタシは2号機のアバターで、レイチェル・ショーマンリュートと言う名前があります。これからはレイチェルとお呼びください』

「なんとなー。シャトルの擬人化でっかー。ほぉぉー。ええチチしてまんなー」
 どこを感心してんだ、ギア。

「そうか。そう言う意味では我輩たちもアバターであるな」
 キヨ子は違う意見を持っておった。
「VR(バーチャルリアリティ)ではそのような形態をアバターと呼びますが、ここはシミュレーテッドリアリティ。インスタンスオブジェクトと呼ぶべきです」

「呼び方なんかどうでもええやんか」
 水を差すギアをキヨ子はしかめっ面でフンと鼻であしらい、ドルベッティはレイチェルくんの肩を寄せて満悦な顔。
「あのさ。レイチェルはこの2号機の神経インターフェースのマザーシステムなんだよ。つまりこの機体の分身だと思えばいい」

 キヨ子どのは、水で泥を洗い流すみたいに機嫌を好転させた。
「あーなるほど。さきほどシンクロ率と言われていましたが、お二人は相互制御構造ですか。これは心強いばかりです」
 それだけの説明で理解してしまうとは……恐れ入ったのである。

「ねえ。シャトルに入りましょうよ」
 NAOMIさんはピョンピョンと跳ねて短いタラップを上がってから振り返る。
「アキラさん。発進するから、ナンパは後でしなさーい』
 NAOMIさんは、整備士に足で押さえつけられているアキラを軽く咎めたが、コイツは素直に従うわけがない。
「ねえー。キミ。バストいくつ? ムラサキの髪ってキレイだね。名前は?」
 初対面の女子に尋ねる順番がおかしいぞ、アキラ。




 ゆっくりとハッチが閉まっていくのを機内から恨めしげに見つめる。もう二度とここに戻って来れないかもしれない。何とも言えぬ重苦しい物体が腹の中に沈む感触を覚えた。まったくもって、ヒューマノイドの感情とともに揺れ動く生体変化は意味不明なのだ。

「キミらはゲスト席に座ってシートベルトを締めてくれ」
 ドルベッティは我々に指示を出し、横に立つレイチェルへ告げる。
「インパルスエンジン起動。左右ナセルの誤差調整から始めてくれ」

『了解……』

 ドルベッティは最も先頭の座席に深く腰を落し、レイチェルは正面のコンソールとその上に広がる透き通ったキャノピーを視線で一巡させ、
『左右ナセルのパワー配分誤差、許容内。インパルスエンジン起動、内部温度593ケルビン。もう少し温めてから発進するわね』

「今のセリフはどういう意味であるか?」
「そうだな……」
 元気のいいドルベッティはにこやかに、
「ハンドルの遊びは許容内で、もっか暖機運転中、ってとこかな」
 と答えてから、パネルを操作。

「お姉さま。発進準備残り1分だぜ。で? 敵船へはどうやって忍びこめばいいんだい?」

 すぐに機内にクララの声が響き、透明だったキャノピー前にその姿が浮かび上がる。クララもいつもの戦闘服に着替えておった。
「クララさんの衣装も大胆だねー」
「アキラ。衣装って……」

「あの服装は、初めて会(お)うたときのボンデージファッションやがな。ホンマ色っぽいスタイルやで。レザーの超ミニから貫き出た白い脚と、胸の膨らみ具合が堪らなんなー」
「うん。堪らん堪らん」
 アキラとギアはヒューマノイドと電磁生命体と言う、異生物間の隔たりを越えていた。


『いいか、ドル。今NANAは彗星の陰に入って一緒に移動中だ。あと1万メートル進んだ後、彗星の一部を破壊して氷塊を分離させる。多かれ少なかれ破片は激しく回転しながら敵船に向かって飛んで行くだろう。オマエはそれに隠れて近づくのだ。どうだ出来るか?』

「お安い御用さ。アタイの腕とレイチェルの繊細さがあれば容易いもんだ」
『よし。エンジンが温まったら知らせろ……砲舵手! 光子魚雷準備だ!』
 途中から他のクルーへ命令を飛ばし始めたクララが画面から消え、ドルベッティは隣にたたずむ少女へ視線を振る。
「レイチェル。反物質チャンバーも起動しておくれ。氷塊の後ろについて飛ぶんだから、どんな体勢で機体を移動させても追従しなけりゃダメなんだ。できるか?」
『大丈夫。ぬかりはないワ』

「それと……」
 緊迫する操縦席から後ろへ体を捻ったドルベッティは、
「少々揺れるけど慣性ダンプナーが利いてるから気にすんなよ」
 なんとも爽やかな少女である。回転する氷の破片に紛れて敵船に近づくというクリティカルな行動をする直前とは思えない明るさであった。
 我輩はいたく心を打たれた。この子ならディープレイゾンの磁場嵐の中を平気で飛ぶと。
 このあいだ遊覧用の軽飛行機を操縦して大阪湾上空で見せたアクロバティックな行為などは、この子にすれば、三輪車で公園を走るようなものである。


『ドル! NANAから離脱しろ』
 突然渡ったクララからの命令を耳にして、ドルベッティは跳ねるように背筋を引き伸ばした。
「よし発進だ、レイチェル!」
『了解!』
 シャトルはふんわりと格納庫内で浮かび上がり、開いていたドッキングベイのハッチから銀河の外へと出た。


「ってぇぇ! なぜあなた方はファミレスでハンバーグンアンドシュリンプなどを頼んでるのですか!?」
「え? あ? ああぁ? なんだこりゃ!」
 我輩も狼狽(うろた)えたのである。NANAのドッキングベイから離脱し、宇宙空間がキャノピーの外に広がったと思ったらこの有様なのだ。

「あ。ネエチャン、食後のアイスコーヒも忘れんといてなー」
「承知しました」
 おいおい。マジでファミレスではないか。何がどうなってんだ?

 急激な場面展開。スピーディと言うべきか、大胆と言うべきか。いっそ無茶苦茶と言うべきだろうな。
 何を考えておるのだリョウコくん。このストーリーの作者はいったい誰なんだ。

 解釈不能の状態ではあるが、ひとまずこう言っておこう。


「続くぞ――っ!」
  
  
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