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第三巻・ワンダーランド オオサカ

 ネコまんまはネコの餌にあらず

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 NAOMIさんがひょんなことを思い付いた、みたいなことを言う。
「ね。このまま朝を迎えたら。ラビラスとメルデュウスは合体しないの?」
 そうなってくれたらコトは簡単なのだが、クララは虚しく頭を振る。
「二匹を引っ付けないと変化は無い」
「やっかいやな」
 再度映し出された市内の地図。そこに点在する赤い点々は確実に道なりに並ぶのだが、大阪市内は広い。それだけに行き先を決定するのは難しかった。

「この道をまっすぐ行ったとしたら、汐見弁天町でっせ。そっち方面に先回りしてみまひょか?」
「あ――これは!」
 さっきから地図を睨んで黙考に落ちていたクララが金髪をなびかせた。
「もしかしたら……。ちょっと待っててくれ」

 我輩たちに合図をして小走りにして部屋を去ったクララ。すぐに薄い冊子を持って戻って来た。
「今度、キャロとドルベッティがテレビの番組でレポートする『ぐるり大阪周遊食い倒れ遊び倒しマップ』の台本だ」
「ぎょうさん倒れまんのやな」
「うむ、大阪は杖無しで歩くことはできないようだな。知らぬがな」
 む……っ。クララもすでに関西人化しておるな。デュノビラ人を蝕む関西、恐るべし。

「ほんで、その台本が何でんの?」

「うむ……」
 ひとうなずきすると、クララはページをペラペラと捲って、
「メルデュウスは番組で訪れる順番に移動しているような気がするのだ」
 その一部を指差し、
「ほらこれだ。『天神ノ橋筋商店街』『大阪之城公園』『鶴の端』『道頓堀』だ。すべて順番通りだろ。部屋で二人がセリフを覚える時に横から見ていたのだ、きっと」

 クララは次のページをめくる。
「となると次は……『通天乃閣』だ」
「よっしゃ急げ!」
「ここからではまだ遠いわ。その次はどこなの?」
「UFJパークに行く」
 銀行が拵えた公園であるか?
「違うわ。外資系の遊園地よ」
「ああ。●●●ー●ル●●●●●ャ●ンでんな」
 いらないことを言うな、ギア。ここが炎上するぞ。
 精力的に常に新しい出し物をチャレンジする素晴らしい遊園地なのだ。

「みんなはひとまずそこへ急行して。そしてあたしは『通天乃閣』に現れたらすぐ知らせるワ。そうなりゃ確実にUFJへ行くから」


「お待ちなさい!」

「キヨ子どの!」
 気が付くと、とっくに夜が明けており、時刻は午前6時を回っていた。
「早起きは扁桃体、および海馬を活性化します。私は常に5時には起床しています」
 相変わらず小難しい理屈を唱えておるな。

「スーパーキヨ子ではないか。接続したのか?」
 キヨ子どのの肩越しにNAOMIさんを窺うクララ。
「もちよー。さっきスピリチュアルインターフェースを起動させておきましたー」
「これで心強い。ではUFJへ行くぞ。ゴア、ギア! ついて参れ」
 クララどの。我々はちりめん問屋の隠居にくっ付いてお供をする家来ではない。

「だから待ちなさい。今、乳デカ乳子(ちちこ)がこちらに向かっています」
 すでに、恭子ちゃんの『き』の字も跡形無(あとかたな)しなのだ。

「え~~~恭子ちゃん来るの?」
 ヨダレを垂らしたアキラも起床。椅子(いす)の上で大きくの背筋を伸ばした。
「あてててて。腰が痛いや」
 当たり前だ。そんなところで眠れるのは、ミケぐらいのモノである。

「乳子は私の拵えた飛行制御システムを搭載したドローンを持って来るそうです。それよりアキラさん。顔を洗ってきなさい。いくら愛妻の前だといっても許しがたきダラケ姿ですよ」
「乳子じゃないって、恭子ちゃんって呼んであげてよ~」

「黙らっしゃい!!」
 相変わらずの高圧的な態度でアキラを一喝し、
「ところで……」
 ちらりと食堂のテレビを一瞥する6才児。
「ネットワークカメラですね」

 ほっそりした顎をくいっと引くと、テーブルの上のスマホへと向かって吠える。
「現状報告をしなさい、関東電力!」
 総司令官気取りである。

「キヨ子どの。我輩にはゴアという、」
「うるさい!」
 んのやろ――ケンもホロホロである。
「けんも ほろろや、言うたやろ。もう忘れたんか?」

 言ってみただけだ、ギア……。


 で、我輩の報告をひとうなずきだけでいなしたキヨ子どの。
「今朝のニュースです。ご覧なさい」
 録画した早朝のニュースをタブレットから流した。

 最初は交通事故を伝えるニュース。
 アナウンサーは何度も繰り返しておった。
 クルマが十字に切断される事故はどうやったら起きるのか、とな。

「なははは……」
「珍しいこともおまんねんな」
 なぜ我々が白を切らなければならないのか、よく解らないが、次のニュースではごまかし切れないこととなる。

 次のニュースは――。
 朝方、スーパーの精肉倉庫が荒らされて赤身の牛肉が大量に盗まれたとのことだ。
 そこに映し出された映像を見せられて、我輩たちは息を呑んだ。
「鉄の扉が……」
 うめき声にも似たNAOMIさんのセリフだ。それは大きな業務用冷凍倉庫の扉が斜めに切断された映像。

「この切れ口は、ただものではありませんわね」

 キヨ子どのはそれが何で切断されたかは、まだ知らない。だが尋常でないことは察しているようで、
「地球にはあのような分厚い金属製の扉を一刀のもとに切り開くモノはございません。いいですか、地球製にはという意味ですよ」
 言葉を溜めてから、じろりとクララに睨みを利かせた。

「ご説明を……」
 怖ええのである。6才児の表情ではない。

 だがクララもキャザーンのクイーンである。
「ソニックシェーバーと言う、ただの文房具だ」
 しゃあしゃあと言い切った。

「あなたの世界ならそうでしょう。あの巨大な宇宙船だって大したことないと言うのでしょうね」
「ああ。あれは軽トラだ」

「どこがやねん。光子魚雷の砲門がずらっと並んだ軽トラなんかおまっかい」
「キャザーンの武器装備などどーでもいいんです。ただネコにそのように物騒な物を持たせた、」
「持たせたのではない」
 すかさずキヨ子どの言葉を遮るクララ。

「ドルベッティの私服を着込んだのだが、そのポケットに入っていただけのことだ」
 そんなものを平然と持ち歩いて……テレビ局の入り口でチェックは……ないだろうな。可愛らしいドルベッティである。
「これからは空港並みの所持品検査をしなあきまへんで」
「くだらぬことを言うな! そんなことしてみろ。KTN全員がしょっ引かれるぞ」
 あんたらは何しに放送業界にいるのだ。

 キヨ子どのは長く尾の引く溜め息をし、
「済んでしまったことを責める気はありません。とにかく作戦を立て直しましょう」

「捜索方法はNAOMIさんにお任せします。それとこれは私見ですが……」

 6才児が、『私見』って。なんか末恐ろしいのだ。
「何か意見がおありでしたら、私の主張を聞いてからにしてください」
 クララを射貫いていた鋭い視線を我輩に当てた。
 ぐえっ。やっぱ怖ぇえのである。
「は――い。これは失礼したのである」

 キヨ子どのは重々しく宣(のたまう)のであった。
「まず、なぜ焼き肉店や精肉店へ忍びこんで赤身のお肉ばかりを食べるのか?」
「ネコやから肉食……でっしゃろ?」
「なぜ肉食獣は野菜を食べないか?」
「そりゃ。ライオンがキャベツの葉っぱをかじっとったら強そうに見えへんからちゃいまっか?」

「体裁を繕っていると?」
「……あ、いや。そんな……こと……おまへん」
 ギア、撃沈である。

「肉食獣は生肉を食べることで、恒常的に必要とされる各種ビタミンやアミノ酸を補うことができるからです」
「なぜ生肉なのだ?」とクララが疑問を投げかける。
「ガスコンロを持っとらへんから……あ? す、スンマヘン、冗談でんがな。なんや怖いなキヨ子はん」

「草原に住む猛獣が生肉を食べるのは当たり前ですが、家で飼われているネコがなぜ肉食を続けさせなければならないか……」
 まるで教師である。吊り上った切れ長の目で一同を見渡すと、
「タウリン不足を補うためです」
 ひぃぃ――。
 生物学か栄養学の講義を聞いておるようだ。

「タウリン?」
 ポカンとするのはクララ。何しろこの人は宇宙人であるからして。
「ラビラスたちにどのような食事を与えていました?」
 びしり、とクララを指し示すキヨ子栄養博士。
「お前からレクチャーを受けた味噌汁と白米のぶっかけごはんだ」
「私はレクチャーした覚えがありませんが?」
「そう言えば……お前ではない。幼女のキヨコにだ」
 キヨ子はふんっと鼻で笑い。
「子供のたわ言を信用するのではありません」

 お――いっ。
 あんただ。あんた自身のことだぞ。

 クララも呆れ顔で肩をすくめた。
「そうか。聞いた相手がまずかったわけか」

「具は何を入れてます?」
「キャベツ。玉ねぎ……野菜が主だ。今だから打ち明けるが、キャザーンは菜食主義の者が多いからな」
「最悪ですね……」
 額に手をやりサラサラのおかっぱ頭を左右に振った。
「どうして? ネコマンマってそういうもんでしょ」と、まだ半分寝ぼけ顔のアキラ。

「人間が食べる分には問題ありませんが、ネコやイヌには最悪。特にネコに対しては典型的なタウリン不足に陥ります。それから味噌汁では塩分が過剰です」
 ノーマルキヨコの時と100パーセント逆のことを言っておるが、たぶんスーパーキヨ子の言うことだから、こっちが正しいと思う。

「あと、玉ねぎやネギ類を与えてはいけません。赤血球を破壊し貧血になります。理想は生のカツオ、特に血合い、あるいは良質な生肉です。このあいだも言ったように、良質なたんぱく質ですよ。脂肪ではありませんからね」
 得々と語ったキヨ子どのは、今度は48インチテレビをびしっと指差し、
「メルデュウスはタウリン不足を補うために赤身の生肉を求めています」

「なんで生肉なのさ?」とはアキラ。
「タウリンは、加熱調理されるとかなりの量が失われます」
 そちらへ体を向き直し、毅然とした態度で説明を続ける、去年まで幼稚園児だったキヨ子、6才。

「ほな、次も肉屋系を探したほうがエエんでっか?」
「いえ。今はもう十分食べたと思われますので、違う方法を取ります」
「なんやねん。今までの講義はなんやってん?」
「私は、『今は』、と申し上げたのです。時間が経てば再び生肉を求めて彷徨い始めます。精肉店の警備が厳重になると、メルデュウスは人を襲うかもしれません。それまでに捕まえなくては大騒動になります」

 動物園のオリからライオンが逃げ出したみたいなことをキヨ子どのは言うが、状況はもっと悪いのである。少女の姿をしたライオンであるぞ。
「ほんまや。ナンパ橋に現れたら、若い男が食べ放題やで」
「しかも地球上には無い武器を持参してうろついておるし……」

「やばいがな……」
「どうする? やっぱアメリカ空軍でも呼ぶ?」
 なぜにそこへ持って行くのか、NAOMIさん。
 マジでこの人の能力もってすれば呼んでしまうから恐ろしい。その費用は誰が払うのであるか?
「税金ちゃいまっか?」

 くだらない心配をしつつ、まだ続くのだ。
  
  
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