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第一巻・我輩がゴアである

 カメムシ暴れる

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 格納庫から一歩外へ出たアキラは、天井を見上げて戸惑った声を上げた。
「ねぇキヨ子ぉ。このカメムシちょっと大きすぎるよ。この通路だと頭が当たる」

《高さはいかほどですか?》

『アキラ、キヨ子どのが高さを訊いてるぞ』
「ん~と。約3メートルってトコかな」
 ブルッとカメムシが震えると、瞬時にひと回り小さくなった。

「すっごい。大きさも自在なんだ。ホロデッキって便利なものなんだねぇ」

「こっちにいたぞ!」
 目を丸めてスーパーカメムシを見上げるその前をチャイナドレス風のオレンジ色のノースリーブワンピースで固めた、炎のように色鮮やかでいて、かつ魅惑的な戦闘コスチュームを纏った集団が遮った。

「で、でかい。こんな昆虫が地球に生息するのか!」
 先頭に立ち、強張った眼差しで見上げる金髪のショートカットヘアー。
 さっきまで胸を大きくはだけた衣装だったが、今はハイネックになったプロテクターを装着している。その二つの膨らみがさらに色っぽさを倍増させていた。

 その子をいち早く見つけたギアがカメムシの背後から小声で告げる。
『ほら、アキラ。生リリーのお出ましでっせ』
 キャラメルみたいに言うな。

「えへ……。ほんとぉ?」
 ホロデッキ映像の背景画の後ろに隠れていたアキラが、高揚した面持ちでカメムシの後ろ足から背伸びをした。

「ほんとだ。女の子の宇宙人だ」
 女ならロズウェルで見つかったグレイでもいいのであろうか?

「あっ、あの子も可愛いよ。ほらあの青い髪のツインテールの子」
『ほんまや。いやいやこっちの赤毛のポニテもエエ感じやで』
 なんなんだ、こいつら。地球を救う気はあるのか?

 カメムシと対峙したキャザーンの保安チーム。リーダーであるリリーはその大きな茶色い瞳に怜悧な光を瞬かせて兵士に命じる。
「二班と三班は後退。次のロビーで迎え撃て、あとは私に続くのだ」
 決然とした態度は頼もしい限りであった。
「らじゃー」
 リリーを入れて3名がその場に残り、他のメンバーはバラバラと後部へ走り去った。

「フェイザーのパワーを最大にして、一斉に撃つぞ。いいな!」
 リリーはチャイナドレス風のコスチュームを大きくひらめかせて目映いばかりの肢体を披露。
「アイアイさぁー」
 挙手をするツインテールの女子。こっちはノースリーブの隙間から健康的な肌をチラつかせた。

「うひょぉ~。色っぽーい」
 それを見て色めき立つのは、我が地球防衛軍である。

『見てみいアキラ。やっぱ体育会系の女子は堪りまへんで。ムチムチやがな』
「うほほほ。だねぇ」
 ホロ映像に隠され、向こうから見えないと思って、これではただのノゾキではないのか?

 ドンッ!

 いきなりスーパーカメムシが後ろを振り向き、足踏みを一発。
 大きな振動が起きて、ひっくり返るアキラ。

「あだだだだ……」

《バカなことを言っていると、踏み潰しますわよ!》
 しっかりキヨ子に聞こえていたのである。情けないヤツらである。


「て――っ!」

 バババババッ

 リリーの合図で眩しい閃光を上げて娘子軍(じょうしぐん)の持つ携帯銃(ハンディガン)から光線が放たれるが、キヨ子製のカメムシにはなんら影響はない。

「キャロライン! オマエはフェイザーライフルに切り替えろ。この大きさのボディだ。ハンディタイプではムリだ」
「はいっ、主任!」
 青いロングヘアーをツインテールにした極端に脚の長い美少女兵士が、持参する小型の銃をフォルダーに突っ込み、背中に回していた銃身の長い大型銃を胸の前で持ち替えようとした。
『うひょー。ツインテールの子。パイスラッシュ(パイ=おっぱい)が堪りまへんで。見てみぃアキラ』
「えへへへ。ほんとだ。あの丸いふくらみがいいねぇ」

『いい加減になさい』

 どどーん。

 カメムシが味方であるアキラを一蹴する。

「いたたた」
 と言いながらも、急いでとんぼ返り。三輪車の陰から鼻の下を伸ばす。

「主任~。アタシにも大っきぃの撃たせてくださ~い。派手なの大好きでぇーす」

「イレッサ、オマエは何でもやり過ぎなんだ。このあいだ実践訓練でG型主系列星(太陽もその一つ)の恒星を吹き飛ばしただろう。標的は小惑星だったんだぞ」
「だってぇ。枯れた爺さんのより、燃え盛る若いほうがー、やっぱ好みだし~」

「バカヤロ。あの星系には生物がいなかったからいいようなもの。生息していたら絶滅を招いたんだぞ」
「アタシはー、やっぱ活き活きしたので試したかったんですぅ」

「オマエ……謹慎処分が解けたばかりだぞ」
「だって興奮するんですものー」

 リリーの会話があいだに挟まっていなかったら、エロっぽい話のように聞こえるのは我輩がデリケート過ぎるのであろうか?
『ちゃうちゃう。おまはんもベースケや、ちゅうことや』
『………………』


「まぁいい。今回は許可する」
 満面の笑みをこぼし、イレッサは大きく赤毛のポニテを揺らして首肯すると、巨大なロケットブースターが突っ込まれた、小柄な彼女にはそぐわないほどの大きさを誇る大型火器を取り出した。

 それをツインテールのキャロラインが唾を飲んで凝視。
「あんた、また派手なの持ってきたね。それってフェイズキャノンでしょ」
 イレッサは額に上げたゴーグルに被さる赤い髪の毛を自慢げに指の先で絡めながら、
「えへへへ。先輩、見ててくださいね。アタシが一発で仕留めて差し上げますよぉー」
「ちょっとでも逸れたら、格納庫ごと吹き飛ぶよ」とはキャロライン。

 おいおい。なんだか物騒なことになってきたぞ。
『キヨ子どの……相手が本気になってきたぞ』
 我輩は心細くなって格納庫でカメムシをコントロールしている6歳児に伝えた。

《あなた方がエネルギーを惜しまない限り、このホロデッキ映像は揺るぎません》

『え~。我々次第だと言いたいのか?』

《そんなことはありません。その女の手がブレて映像を直撃しなければ、弾頭は逸れてこの船の三分の一は吹き飛びますわよ》
『そんなおっそろしいモンをこの子らは撃つ気なのか?』

《知りませんわ。そこのバカ連中が勝手にやることです》
 つ、冷たい……。とても幼児の口から出た言葉だとは思えませんが。

『こ、こらギア、女の子を盗み見しておる場合ではないぞ。気合入れて掛からないと、撃ち込まれた途端、我輩たちは吹き飛ぶぞ』
『ほぉーでっかぁ? あ、アキラ見てみぃ。照準合わせるのに夢中になっとるから、あの子、胸の谷間が丸見えでっせ』
「え~? どこどこ?」
『赤毛の子やんか』
「うあぁ。ほんとだぁ」

 ――だめだこりゃ。


「主任。ブースターロケットセットおっけーでーす」と赤毛の谷間、じゃないポニテと、
「パワー充填100パーセント。セーフティロック解除!」
 緊張感満杯のツインテの少女。

『ここで見られてるとも知らず……おぉぉ。あんなに脚をおっぴろげて……』
「むふふふふふ」
 それにしても緊迫の度合いが向こうとこっちとで、こうも異なるとはな。

 青テールを後ろに振り払い、キャロラインは金属音を上げてグリップを右胸の少し上に当てた。
「フェイザーライフル撃ち方よろしっ!」
「私の合図で同時発砲だ。いいな。イレッサ! 外すなよ、外したら後部デッキが吹っ飛ぶからな」
 控える赤毛のポニテの子も腰に力を込め、大型の銃を構えてうなずいた。

「アタシの燃えたぎる気持ちをこの一発に注入するでーす。先輩、見ててくださぁーぃ」
 額に上げてあったゴーグルを目の位置に下げ、イレッサがビューワーを起動。小柄なくせに大型のバズーカにも似た銃を担いで構える姿は優美でいて勇ましく、そしてそれはこちらに向けて照準を合わせたのだ。そうこれは超ヤバ状態なのだ。なのについ見入ってしまったのはアキラが発した次のセリフが起因した。

「あ、ほら、あの子。コスチュームからあんなに足を出して……ほら太ももの奥まで……」
『なんやて――っ!』
 おいっ! スマホのレンズをそっちに絞るんじゃない、ギア!

「フェイズキャノン、準備よろしぃぃーっ!」

「撃(て)ぇーっ!」
 リリーの絶叫めいた号令と共に真っ白い閃光がほとばしる。目の前で三尺球の花火が弾けたかのような光の束が飛び散り、
「あっ、見えた~」
 何が見えたのだ?

 いやそんなことより。
 スマホのレンズに飛び込んで来た光量がその限界輝度を越えてしまい、一時的に真っ暗になった。

「発射の反動でスカートがめくれ上がったんだよ」
 それでも娘子軍から目を放さないアキラ。何がお前をそこまでさせるのか。それだけの意気込みがあればもう少し学校の成績も上がるのに。

『ほんまや。薄い水色や……はぁぁ……ええもん見させてもらいましたワ』
 恍惚とするなギア。何を満足げに力を抜くんだ。スマホのレンズが見えなくなってしまったのだぞ。

『光学回路が麻痺する前に、ワテの脳髄に焼き付けてまんがな。それもハイビジョン画像やで』
 それではブルーレイレコーダーじゃないか。

「撃ち方やめぇぇぇー!」
 リリーの声が響き渡る。
 同時にスマホのカメラも復旧して外の様子が映し出された。

『どないなりましたんや?』
 辺りはもうもうたる噴煙が立ちこめ何も見えない状態であった。

 とりあえず赤毛の女の子の照準も正しく、我輩らの頑張りもあり、弾頭はカメムシを正面から直撃したようだ。

「げほげほ。何も見えないよ……」
 アキラが腕を振って煙を拡散させようとしているが……。
 キヨ子どのの作ったスーパーカメムシはどうなった?

「うぁ。なんか臭いよ」
『フェイザーの熱線が飛び散り、隔壁の塗料を焦す臭いです。問題ありません』
 キヨ子の声がスマホから流れた。ここの光景は向こうでも見えるらしい。

「ダメです主任。最大パワーのフェイザーライフルとフェイズキャノンでさえも効果ありません」
 煙の中からスーパーカメムシの三角頭が覗き、空を切り裂くようにびゅんびゅんと触覚が唸っていた。

 すぐに大きなショックと音がして通路の横壁に亀裂が走った。激しくしなる触覚が通路の壁を破壊したのだ。

「すごいよキヨ子。ビクともしてない」
 アキラが驚嘆の声を上げるものの、6歳児は平たい口調で返事をする。
《当たり前です。ホロデッキのエネルギー照射は負のエネルギーです。フェイザーみたいな正のエネルギーは逆に吸収してしまうのです》

「じゃ、じゃあいくら撃たれても平気なの?」
《ジャーもポットもついでに魔法瓶もありません。撃たれても相殺されますから平気なんです》

『ホンマでっか! ほなエネルギーを吸収すんねんやったら、外からパワーを与えることはいりまへんやろ。ワテらを解放してくれまへんか?』
《バカですかあなたは。打ち消しあってゼロになっているだけです。映像を投影するにはやっぱり外部からの補給は必要なんです》

『はぁ……。ほーでっか』

 地球防衛軍はへんな脱力感にまみれていたが、キャザーンの娘子軍(じょうしぐん)はさらに緊迫していた。
「フェイザー照射に平気な昆虫がこの世にいるのか……。なんという星だ。人類はこんなのを相手にしてよく平気だな」
「どうします主任。光子魚雷、撃っちゃいます?」
 ツインテールの子が期待を込めた顔でリリーをうかがい、
「ラジャー」
 赤っぽいポニテを振り子みたいに揺らして、イレッサがさっきよりもさらに大型の銃器を持ち出した。

「馬鹿者。そんなモノをここで撃ったら、艦の壁が溶けるだろ。誰がそんな物騒なものを持って来いと言ったのだ」
 慌ててその少女を戒めるリリー。
「だってぇ、派手なほうがいいしぃ……」
 苦々しい顔をしてリリーは拳骨を作ると赤毛の子の脳天を一打する。
「オマエは派手さで武器を選んでるのか? とにかくここでは狭すぎる。いったんロビーまで下がるぞ」
 イレッサは頭の天辺を擦りつつ、青髪のキャロラインが気の毒そうに見つめながらリリーは追い立てるように、3人の美少女兵士はそれぞれに持った武器の先をカメムシに向けて後ろへと下がって行く。

「キヨ子ぉ。このまま進んでいいんだろ?」
 キヨ子に代りNAOMIさんの声が、
《10メートル進んだら十字路に出るからそこを右折よ》
 カーナビみたいだな。

『10メートル先にある十字路を右に曲がるそうだアキラ』
「はいよー」

 アキラは三輪車を押し続けた。
「うんしょ」
 ドシン。

「うんしょ」
 ドシン。

 巨大な昆虫が地響きを立てながら狭い通路を進み、武器を向けた娘子軍がそれを睨みながら後退するというSF映画さながらの緊迫するシーンなのであるが、すべてはホロ投影装置から照射された特殊なエネルギーが作りだした3D映像である。だからその舞台裏はチンケなモノなのだ。
 こっちは大きな機材が乗った三輪車を押し進める男子高校生が一人だけだ。何が悲しくてこの子はこんな宇宙船の通路で三輪車を押すことになったのであろう。

 だからと言って、呆けているヒマは無いぞ。まだまだ続くのだ……。
  
  
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