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ワテは諜報部員
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しおりを挟むよく理解できないが、つまり舘林さんが近い将来に拵(こしら)える新種の植物が、今の植物界に存在するものでは無く、それが全世界の植物ネットワークを蝕(むしば)んでしまうことになる。そうならないために完成する前に破壊、あるいは作るのを諦めるように説得させるのが、俺たちに与えられた任務だ。
「ということだろ? キヨッペ? しかし大人を説得ってできねえよな」
「でもサンタナさんの言葉を日本語に訳すとそうなるよ」
垂れる前髪を指で弾き、キヨッペは嬉しげに賛辞の言葉を綴る。
「だけどさ。僕まで混ぜてくれてお礼を言わなくちゃ。イッチ、ありがとう」
「鬼ごっこじゃないから混ぜるとか言うなよ、それにお礼なんかもいらんよ。それよりさ、サンタナさんの言葉は元から日本語だったのをまた日本語に直してくれてありがとう。こっちこそ礼を言うぜ」
遠回しにバカにされてんだけど。怒る気力もないほどにワケの解からない事件だった。
「でもさー。植物が喋るってほんとなんだね。昨日なんか、一晩中、東京子(あずまきょうこ)ちゃんと語り明かしたんだよ」
そう、俺に与えてくれた能力をサンタナさんがキヨッペにも与えたのさ。ただし他言無用を条件に。その中にはSFネタにしてはいけないという条件がなかったため、キヨッペは快諾したのさ。
キヨッペの順応の早さには脱帽だ。摩訶不思議な現象なのに疑問を浮かべることもなく、スポンジのように知識を吸収してすべて理解してしまう。あり得んよ実際。すげえな。
「SFは子供の頃から好きなジャンルの一つさ」
と言ったもんだから、先にこの世界へ足を突っ込んだ先輩として一言釘を刺す。
「いいか。調子に乗るなよ。これは物語じゃないからな。マジの任務なんだ、小ノ葉が生まれ育った故郷に帰れるかどうかの瀬戸際だからな」
キヨッペは爽やかに挙手をする。
「了解。隊長! 従うよ」
隊長か……。何か気分いいね。
ひとまず店長の研究がどこまで進んでいるのか。破壊するにしたって、まさか爆破させるわけにはいかないし、意味なく暴れるのは俺の主義に反する。で、悩んだあげくキャサリンをスパイとして侵入させることに。元々植物界から来た諜報員であるからして、その辺のことは任せて大丈夫だろう。
いつもと同じ朝9時半。小ノ葉とフェアリーテールへ向かう。今日はキャサリンも連れてだ。
店から商店街へ出た途端、すぐにUターンして帰りたくなったが、捕まっちまったんだからもう逃れられない。
「おやま。珍し。カズちゃん」
「な、なんすか? オバさん」
そう、半開きになっていたキヨッペの店から顔を覗かせたお袋さんだ。通称、吉沢放送局。あらゆることに顔を出し些細な出来事を数百倍に誇張して町中にふれ回る、吉沢放送局の局長さんだ。
「何も変わってないっすよ」
「何言ってんの。可愛い女子を二人も連れて。あらやだ、小ノ葉ちゃん。今日もおっぱい大きいね」
おいおい。男子高校生でもそんなにストレートに口に出さないぜ。
「うっそ。大きさ間違えた?」
とか言って慌てて両手で胸を鷲掴みにする小ノ葉を急いで背に隠し、
「やだなー、オバさん。日によって大きくなったり小さくなったりしないでしょ」
なんで俺がこんな説明をしなきゃいけないんだ。
「せやけど、ごりょんはん。アンちゃんは日に日におっぱいが大きなってきてまんなぁ」
「あらやだ。誰だっけこの女の子」
「へー。ワテはキャサリンゆいまんねん。よろしゅうたのんますワ」
「んま――」
オバさんは大きく口をぱっかりと開けてからきっかり二秒後、「立花家具の御親戚?」と訊いた。
百人いたら百人がそう思うかもしれないが、
「小ノ葉の友人で遊びに来てんすよ」
「そうなの? じゃあブラジルの人ね。でもさー。口調からいったら立花家具の御親戚かと思うじゃない。そー。ブラジルからねぇ。遠いんでしょブラジルって。日本の真裏にあるって言うじゃない……」
「あ、あの。オバさん。バイトに遅れますんで、ごめん。行きます」
スタコラ、吉沢放送局から遁走する俺たち三人であった。
「いやー。相変わらずアキ子はんはよう喋りまんな。ワテも真っ青や」
たぶん明日には立花家具とキャサリンの関係が出来上がっているだろう。
そしてバイト先、フェアリーテールである。
「と、まぁそういうことなんです。早く日本に慣れるためにどこかのお店で働くのがいいんですが、どこも不景気でバイトはいらないって言うし」
「でもさ。給料無しでいいっていう条件はどうなの? あの子の生活は大丈夫なの?」
どこか不安げな顔をする店長だが、
「うちにホームステイしてるので、生活の面は問題ないです。小ノ葉と一緒で居候ですから、こき使ってください」
「カミデンのオヤジさんも太っ腹だからな。面倒見がいいというか……昔からこのあたりの年少者から慕われていたっていう話だろ?」
舘林さんはこの町の出身者ではないので、過去の親父たちの活躍は知らない。正確に言うと、慕われていたのではない、牛耳っていたが正しい。
「でもオヤジさんの気持ちはよく解かるんだ。若い子を育ててこそ立花商店街だからね。オッケー。給料は気持ち程度しか出せないけど手伝ってもらおうかな。ウチはただの花屋じゃないからね。自家栽培もする花屋って数少ないと思うよ。でさその子は園芸の経験はあるのかな?」
どう答えよう。園芸の経験どころか園芸の中から出てきた少女だし……。高校生に向かって『学校生活したことある?』って訊くようなもんだし。
「小ノ葉の住んでいた村の隣だって言ってるので……その辺のことは大丈夫かと……」
「ま。連れておいでよ。それから適所を探そう」
「いやぁ。無理ゆうてすんまへんなー」
「ええっ!」
店長が絶句するのは無理もない。流れる金色の髪。端正な面立ち。幼げな雰囲気を滲ませた超絶美少女である。
その少女が、
「うほぉー。今日もガーデンは賑やかでんなー。おーい。ワテや。キャサリンやー」
てな調子で、園芸用地に植えられた数々の草花や樹木の茂みに向かって手を振っていた。
「どうなってんだ?」
そう、店長は大阪弁に関しては寛容だった。それよりも驚いたのは植物に対して異常なまでの親密さのほうさ。
《そらそうだろな。このあいだまではあっち側なんだもんな》
〔悪魔の言うことはわかるが……こりゃマズくね?〕
「おーぅ、北畠義空はん。元気そうや。どないや樹皮の炎症は直ったんかいな? ほぉーかー。まだアカンの。よっしゃ。後でええクスリもろて来まっさ。待っときなはれ」
勝手に奥へグイグイ入って行き、
「なんや。ステラ・スカーレットの小百合はん。まだしょぼくれてまんのか? あ? なんや、褐斑病(かっぱんびょう)やがな。よっしゃカビの付いた葉っぱは処分して、殺菌剤まいといたるワな。かまへん。礼は無用や。ええって」
「か、カズくん、彼女何者? 専門家なの?」
「あ。いや。たぶん。あそうだ。小ノ葉? キャサリンの家って何屋さんだっけ?」
急いで小ノ葉の腕を取ってテレコミ開始だ。俺の思考は奴の頭の中に流れ込む。
察しの良い小ノ葉は瞬時に理解して、
「実家も園芸をやってるんです。大きな植物園みたいなお家なの」
「だろうなぁ。褐斑病の処置が完璧だよ。あ、ほら。茶色い斑点が出た葉っぱだけをビニール袋に入れてるだろ。ああやって菌が周りに飛ばないようにしてんだよ」
「ちょ、ちょっとキャサリン。樹木との挨拶はそれぐらいにして、肝心の店長と挨拶しないか。だめだろそんなことしたら」
こっちは冷や汗タラタラさ。
風に舞う花びらみたいに植物のあいだをすり抜けてキャサリンがやって来た。
「いやあ。久しぶりやからはしゃいでもうた。スンマヘン。ワテがキャサリン・ジャスティーノでおます」
「いいねー。合格だよ。キャサリンくん」
ずりんっ。
思わず肩からずっこけるところだった。マジで関西弁には感化されないんだ。
「どーして? 立花家具の社長と同じじゃないか。それよりどうだい。まるで園芸界の天使のようだよ」
とまぁ、店長は有頂天さ。
「キミ、園芸やってたんだって? すごい知識だね」
「いやぁー。園芸やってたちゅうか、園芸の中におった……あ。あの……ええっと」
これ以上つまらないことを言わないように、きつい視線を振りまくって強制的に黙らせた。
小一時間もして……。
「ちょ……っと、カズくん」
元々この店のナデシコなんだから当然っちゃ当然なのだが、キャサリンの仕事っ振りが舘林さんにとっては驚異的だったのだろう。目を剥いて俺を呼んだ。
「キャサリンくん、すごすぎるよ。さっきバナナの木の日陰になる部分の樹皮を治療するからって、ファイトプラズマという細菌を死滅させる薬を塗っていたんだ。こうなると樹医さん顔負けだよ。正式に雇いたい気分になってきた」
目の色を濃くして興奮した店長は早口で言い続ける。
「あのさ、知ってると思うけど、ボクは樹木の販売もしてるんだ。だから時々販売した先で木が病気になっていないか見て回るんだけど、その時にキャサリンくんに付いてきてほしいと思うんだけど、お願いできるかな?」
「いやそれはどうでしょ。本人に訊いてみないと、なにしろ園芸をやるためにブラジルから来てないと思うし」
やばいなー。いろんな意味であいつは目立つんだよな。こんなに熱烈な店長を見るの初めてだ。
なんて言い返そうか思案する俺へ、店長はまだ熱く語り続ける。
「そうそう。きみんちの庭に松の木を植えたのはボクなんだぜ。キミが生まれた記念にするって。思えばあれがフェアリーテールでの初仕事だったよな」
「へぇ。松野さんって、店長に植えてもらったんっすか」
無意識に答えてしまった。
「え? キミんちは松の木をそう呼んでるの? へぇ。殊勝だな。さすが神祈家は一風変わってる」
「そ……そうですね。あの親父ですから……松野剛三って呼んでます」
もうヤケクソだぜ。フルネームで言ってやったぜ。
「おいおい、苗字だけでなく名前まであるんだ。すごすぎるね。そこまで家庭的に付き合ってもらってあの松の木も生まれてきて本望だろうし、ボクも嬉しいよ」
店長の熱き言葉を聞いていて閃いた。
《何を?》
この人はここまで園芸に身を粉にする人なんだ。
〔うんうん、それで?〕
それを利用するのさ。まあ見てろって。
「そうだ。今思い出しましたよ」
「唐突にどうしたんだい?」
「キャサリンが日本に来た理由っす。確か新しい植物を作る研究がしたいとか言っていたような、いなかったような」
〔さっきは知らないって言っておきながら……〕
だが店長はそんなことにこだわらない。
「そうなのかい。そりゃあ奇遇だな。実はボクも新種の植物をずっと研究してんだ」
「そうなんですか。そりゃあ奇遇ですよ。やっぱあれですねー。なんだか赤い糸で結ばれていたんですよ」
《おいおい。それは女子との会話で使うもんだ》
うそ。マジ?
「やだな。赤い糸は無いだろ。ボクは既婚者だ。奥さん一筋なんだぜ」
「あ。あの。いや、すみません。言葉知らずで、そういう意味じゃなくてですね」
「あははは。冗談だよ。言いたいことはわかるさ。巡り合わせを感じるって言いたいんだろ?」
「そ、そうです」
「納得だね。人と人の縁ていうのはひと言で言い表せるものじゃないんだ。そうだ。よければキャサリンくんを連れて来てくれ。今から僕の研究室を見せてあげるよ」
〔よっしゃー! ゲットだぜ!〕
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