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chapter 3

6話 遠距離最強と近距離最強

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 二層に足を踏み入れて真っ先に目についたのは、整然と並ぶ松明の炎だ。

 一層ではトラップの存在を知らなかった輩が複数居たためか、至る所で松明の炎が踊っていた。しかし二層では地図を持たない者も、何も考えずに歩く危険を理解したのだろう。必然的に、地図を持っている人間が通る後ろを付いて行くため、炎が一本の線のように動いている。そして、やはり百メートル程先でそれは途切れている。無理に列から外れる利点も無いため、俺とミサは前の人間の背中を追った。

 その行為も光景も五層までは全く同じで、一層での危機感が薄れてきた頃、俺たちは六層へと進入した。

 六層からは大幅に変化を見せた。まず、圧倒的に広い。地図では全く分からなかったが、横幅も高さも半端無い。光が届かないため、最奥が見えない程度の広さはある。

 一応三十層までは緻密に描かれているため、無限に広がっているわけでは無いのだろう。しかしわざわざ端まで行こうという考えは抱かない。他の人間もそうなのか、五層までと同じように列を作って最短距離を移動している。

 六層から魔物が出るようだが、それは害の無い蝙蝠やスライムだけのようで目立った戦闘音は聞こえない。やはり俺たちは五層までと変わらず、ひたすら前の人間の背を追う作業に没頭した。







 八層からはゴブリンが出て来た。こんな場所までやって来る人間がゴブリンに遅れを取るはずが無いが、ゴブリンはその体躯の小ささから発見が僅かに遅れる事がある。不意打ちで数人が死んだ。しかし前にも後ろにも長蛇の列があり、誰も危機感は抱かなかった。道を塞ぐ死体に何人かが舌打ちをした程度だった。

 九層も大した変化は無かった。地図上では変化を見せるものの、どうせ最短距離を突き進むだけだ。強いて変化を挙げるなら、九層では俺自身がゴブリンとエンカウントした事か。近距離は不得意な俺も、ゴブリン一匹には負けない。リーチの差を活かし、先手さえ取ればやられる心配は無い。

――――そして遂に、十層手前まで来た。

 一層から九層までとは違い、そこには階段では無く半透明の壁があり、青白く光る『0と1』の数字が上から下へと流れている。ファンタジーかSFかいまいち分からない光景だ。

「…………行きましょう」

 前の人間が壁の奥へと消える。俺はミサの言葉に頷くと、ゆっくりと右手を差し込んだ。右手が入った場所は僅かに揺らぐだけで感触に違いは無い。…………意を決し、ミサと内部に飛び込む。

 飛び込んだ先は、九層と比べると随分狭かった。身の丈以上はある松明が等間隔で配置されており、広さは体育館ほどか。高さは分からないが、それほど広くは無い印象を受ける。



 そして、その空間の中心ではフロアボスである巨大な『ケンタウロス』が佇んでいた。



「…………マジかよ」

 思わず声を漏らす。フロアボスである『ケンタウロス』は、通常固体の三倍は優に超える巨体を持っていた。

 しかしどれだけでかかろうと脳天をぶち抜けば一発だ。俺は腰に差してある種子島を抜くと右膝を立てて狙いを付けた。仮に俺の異常なまでの狙撃能力が無かったとしても、この距離であの巨体を外す自信は無い。

 ゆっくりと引き金を引いた。放たれた弾丸は寸分の狂いも無く敵の頭を目掛けて飛んでいき――――ケンタウロスが持つ重厚な斧の腹にぶち当たり、僅かな衝突音だけを残して地面に落ちた。

「しまっ――――」

 慌てて詠唱を始めるが遅い。敵はその巨体から生まれる爆発的な瞬発力を活かし、数秒で俺の目前まで迫った。そしてその勢いが死ぬ前に、滅茶苦茶な狙いで斧を振りかざした。無論、巨大ケンタウロスに見合うサイズの斧から逃れられるようなスペースは無い。

「――――初めに、神は天地を創造されたIn principio creavit Deus caelum et terram

 響き渡る詠唱。それと同時に飛来した何かがケンタウロスの眼球に突き刺さった。無論そんな状況で振り上げた得物を振り下ろせるわけも無く、ケンタウロスは苦悶の声を上げながら斧を取り落とした。それにより舞う粉塵が頬を叩く。

地は混沌であって、Terra autem erat inanis et vacua闇が深淵の面にあり、 et tenebrae super faciem abyss神の霊が水の面を動いていた et spiritus Dei ferebatur super aquas

 だがその程度で終わるならフロアボスなんてやってないだろうし、そもそも種子島の弾丸を弾けなかったはずだ。

 ケンタウロスは再び斧を両手に装備すると雄叫びを上げる。こちらを憎らしげに見つめる眼球には、どこかで見た記憶のある串が刺さっていた。

神は言われた。「剣よあれ」dixitque Deus fiat gladiusこうして、剣があった et facta est gladius

 隣から放たれる眩い光に思わず瞼を閉じる。ミサが何か詠唱をしているのは分かったが、耳慣れない言葉であったため内容を把握する事は出来なかった。

 フロア全体を照らす程の強い光が治まり、恐る恐る目を開くとそこには――――ケンタウロス同様、身の丈を越す大剣を構えるミサが居た。

「え……?」

 黄金を基調色とし、蒼色の線が銀色の線と絡み合い複雑な紋様を描いている。聖剣と言われたところで違和感は無く、シスターであるミサが持つ事で神々しささえも感じられる。

 だが、そのビジュアルを単体で見たとしたら違和は感じられないが、しかし『ミサが大剣を持っている』という視覚情報が圧倒的な違和感を俺に覚えさせている。

 何だよ、それは。

 その言葉を発する事さえ出来ない。ただ口がぱくぱくと開閉を繰り返すのみで、そこから漏れるのは意味の持たない空気だけだ。

「終わらせます」

 断定。宣告の如く発せられたそれを実行するかのように、ミサは大剣を下段に構える。ケンタウロスは蛇に睨まれた蛙のように動かない。…………いや、動けないが正しいのだろう。

 ミサは憐れみの表情すら見せず淡々と、まるでまな板の肉を捌く時のように力を溜めると、跳躍のようなダッシュを見せる。それは移動と言うより、瞬間移動に等しかった。

Amenエイメン

 華麗で苛烈な姿をした天使は、肉を捌くかのように、罪人を裁くかのように…………一片の慈悲も無く大剣を横凪ぎに振るった。

 ケンタウロスはそれだけで両断され、血飛沫を撒き散らす。



『はいっ、それはもちろんです。――――遠距離型で足を引っ張らない、私が望んだ以上の逸材です!』



 俺はふと、ミサのそんな言葉を思い出した。

 なんて事は無い。最初からその言葉に、嘘偽りなどなかったのだ。
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