27 / 33
chapter 3
6話 遠距離最強と近距離最強
しおりを挟む二層に足を踏み入れて真っ先に目についたのは、整然と並ぶ松明の炎だ。
一層ではトラップの存在を知らなかった輩が複数居たためか、至る所で松明の炎が踊っていた。しかし二層では地図を持たない者も、何も考えずに歩く危険を理解したのだろう。必然的に、地図を持っている人間が通る後ろを付いて行くため、炎が一本の線のように動いている。そして、やはり百メートル程先でそれは途切れている。無理に列から外れる利点も無いため、俺とミサは前の人間の背中を追った。
その行為も光景も五層までは全く同じで、一層での危機感が薄れてきた頃、俺たちは六層へと進入した。
六層からは大幅に変化を見せた。まず、圧倒的に広い。地図では全く分からなかったが、横幅も高さも半端無い。光が届かないため、最奥が見えない程度の広さはある。
一応三十層までは緻密に描かれているため、無限に広がっているわけでは無いのだろう。しかしわざわざ端まで行こうという考えは抱かない。他の人間もそうなのか、五層までと同じように列を作って最短距離を移動している。
六層から魔物が出るようだが、それは害の無い蝙蝠やスライムだけのようで目立った戦闘音は聞こえない。やはり俺たちは五層までと変わらず、ひたすら前の人間の背を追う作業に没頭した。
八層からはゴブリンが出て来た。こんな場所までやって来る人間がゴブリンに遅れを取るはずが無いが、ゴブリンはその体躯の小ささから発見が僅かに遅れる事がある。不意打ちで数人が死んだ。しかし前にも後ろにも長蛇の列があり、誰も危機感は抱かなかった。道を塞ぐ死体に何人かが舌打ちをした程度だった。
九層も大した変化は無かった。地図上では変化を見せるものの、どうせ最短距離を突き進むだけだ。強いて変化を挙げるなら、九層では俺自身がゴブリンとエンカウントした事か。近距離は不得意な俺も、ゴブリン一匹には負けない。リーチの差を活かし、先手さえ取ればやられる心配は無い。
――――そして遂に、十層手前まで来た。
一層から九層までとは違い、そこには階段では無く半透明の壁があり、青白く光る『0と1』の数字が上から下へと流れている。ファンタジーかSFかいまいち分からない光景だ。
「…………行きましょう」
前の人間が壁の奥へと消える。俺はミサの言葉に頷くと、ゆっくりと右手を差し込んだ。右手が入った場所は僅かに揺らぐだけで感触に違いは無い。…………意を決し、ミサと内部に飛び込む。
飛び込んだ先は、九層と比べると随分狭かった。身の丈以上はある松明が等間隔で配置されており、広さは体育館ほどか。高さは分からないが、それほど広くは無い印象を受ける。
そして、その空間の中心ではフロアボスである巨大な『ケンタウロス』が佇んでいた。
「…………マジかよ」
思わず声を漏らす。フロアボスである『ケンタウロス』は、通常固体の三倍は優に超える巨体を持っていた。
しかしどれだけでかかろうと脳天をぶち抜けば一発だ。俺は腰に差してある種子島を抜くと右膝を立てて狙いを付けた。仮に俺の異常なまでの狙撃能力が無かったとしても、この距離であの巨体を外す自信は無い。
ゆっくりと引き金を引いた。放たれた弾丸は寸分の狂いも無く敵の頭を目掛けて飛んでいき――――ケンタウロスが持つ重厚な斧の腹にぶち当たり、僅かな衝突音だけを残して地面に落ちた。
「しまっ――――」
慌てて詠唱を始めるが遅い。敵はその巨体から生まれる爆発的な瞬発力を活かし、数秒で俺の目前まで迫った。そしてその勢いが死ぬ前に、滅茶苦茶な狙いで斧を振りかざした。無論、巨大ケンタウロスに見合うサイズの斧から逃れられるようなスペースは無い。
「――――初めに、神は天地を創造された」
響き渡る詠唱。それと同時に飛来した何かがケンタウロスの眼球に突き刺さった。無論そんな状況で振り上げた得物を振り下ろせるわけも無く、ケンタウロスは苦悶の声を上げながら斧を取り落とした。それにより舞う粉塵が頬を叩く。
「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」
だがその程度で終わるならフロアボスなんてやってないだろうし、そもそも種子島の弾丸を弾けなかったはずだ。
ケンタウロスは再び斧を両手に装備すると雄叫びを上げる。こちらを憎らしげに見つめる眼球には、どこかで見た記憶のある串が刺さっていた。
「神は言われた。「剣よあれ」こうして、剣があった」
隣から放たれる眩い光に思わず瞼を閉じる。ミサが何か詠唱をしているのは分かったが、耳慣れない言葉であったため内容を把握する事は出来なかった。
フロア全体を照らす程の強い光が治まり、恐る恐る目を開くとそこには――――ケンタウロス同様、身の丈を越す大剣を構えるミサが居た。
「え……?」
黄金を基調色とし、蒼色の線が銀色の線と絡み合い複雑な紋様を描いている。聖剣と言われたところで違和感は無く、シスターであるミサが持つ事で神々しささえも感じられる。
だが、そのビジュアルを単体で見たとしたら違和は感じられないが、しかし『ミサが大剣を持っている』という視覚情報が圧倒的な違和感を俺に覚えさせている。
何だよ、それは。
その言葉を発する事さえ出来ない。ただ口がぱくぱくと開閉を繰り返すのみで、そこから漏れるのは意味の持たない空気だけだ。
「終わらせます」
断定。宣告の如く発せられたそれを実行するかのように、ミサは大剣を下段に構える。ケンタウロスは蛇に睨まれた蛙のように動かない。…………いや、動けないが正しいのだろう。
ミサは憐れみの表情すら見せず淡々と、まるでまな板の肉を捌く時のように力を溜めると、跳躍のようなダッシュを見せる。それは移動と言うより、瞬間移動に等しかった。
「Amen」
華麗で苛烈な姿をした天使は、肉を捌くかのように、罪人を裁くかのように…………一片の慈悲も無く大剣を横凪ぎに振るった。
ケンタウロスはそれだけで両断され、血飛沫を撒き散らす。
『はいっ、それはもちろんです。――――遠距離型で足を引っ張らない、私が望んだ以上の逸材です!』
俺はふと、ミサのそんな言葉を思い出した。
なんて事は無い。最初からその言葉に、嘘偽りなどなかったのだ。
0
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました
今卓&
ファンタジー
その日、魔法学園女子寮に新しい寮母さんが就任しました、彼女は二人の養女を連れており、学園講師と共に女子寮を訪れます、その日からかしましい新たな女子寮の日常が紡がれ始めました。
祝☆聖女召喚!そして国が滅びました☆
ラララキヲ
ファンタジー
魔物の被害に疲れた国は異世界の少女に救いを求めた。
『聖女召喚』
そして世界で始めてその召喚は成功する。呼び出された少女を見て呼び出した者たちは……
そして呼び出された聖女は考える。彼女には彼女の求めるものがあったのだ……──
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
異世界転移でのちに大陸最強の1人となった魔剣士 ~歌姫の剣と呼ばれし男~
ひぃ~ろ
ファンタジー
とある過疎化の進んだ地区で地方公務員として働いていた 橘 星那 《たちばな せな》高卒30歳独身、彼女無しが近くに住んでいた祖父の家に呼ばれ
蔵の整理をしたところ大きく古びた櫃のようなものを開けるとその中に吸い込まれてしまい きづいた時には見慣れぬ景色の世界、異世界へと飛ばされていた
そこで数々の人々と出会い 運命の人に出会い のちにナンバーズと呼ばれる
大陸最強の13人の一人として名をはせる男のお話・・・・です
※ おかげさまで気づけばお気に入り6、000を超えておりました。読んでいただいてる方々には心から感謝申し上げます。
作者思いつきでダラダラ書いておりますので、設定の甘さもありますし、更新日時も不定、誤字脱字並びにつじつまの合わないことなど多々ある作品です。
ですので、そのような駄作は気に入らない、または目について気になってしょうがないという方は、読まなかったことにしていただき、このような駄作とそれを書いている作者のことはお忘れください。
また、それでも気にせず楽しんで読んでいただける方がおられれば幸いとおもっております。
今後も自分が楽しく更新していけて少しでも読んで下さった方が楽しんでいただければと思います。
喫茶店フェリシア夜間営業部
山中あいく
ファンタジー
公園の近くにある小さな個人経営の喫茶店。そこは夜間営業をしている。
扉の向こうから来るお客様は皆異世界のお客さま!時間も場所もバラバラで、種族すら越えた者同士が集うこの喫茶店に私は務める事になった。
この店でのルールはただひとつ。争いは起こさないこと。
皆さまのご来店お待ちしております!
「喫茶店フェリシア夜間営業部」の表紙イラストはじゆ様に描いていただきました。
訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?
naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。
私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。
しかし、イレギュラーが起きた。
何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
駆け落ちした姉に代わって、悪辣公爵のもとへ嫁ぎましたところ 〜えっ?姉が帰ってきた?こっちは幸せに暮らしているので、お構いなく!〜
あーもんど
恋愛
『私は恋に生きるから、探さないでそっとしておいてほしい』
という置き手紙を残して、駆け落ちした姉のクラリス。
それにより、主人公のレイチェルは姉の婚約者────“悪辣公爵”と呼ばれるヘレスと結婚することに。
そうして、始まった新婚生活はやはり前途多難で……。
まず、夫が会いに来ない。
次に、使用人が仕事をしてくれない。
なので、レイチェル自ら家事などをしないといけず……とても大変。
でも────自由気ままに一人で過ごせる生活は、案外悪くなく……?
そんな時、夫が現れて使用人達の職務放棄を知る。
すると、まさかの大激怒!?
あっという間に使用人達を懲らしめ、それからはレイチェルとの時間も持つように。
────もっと残忍で冷酷な方かと思ったけど、結構優しいわね。
と夫を見直すようになった頃、姉が帰ってきて……?
善意の押し付けとでも言うべきか、「あんな男とは、離婚しなさい!」と迫ってきた。
────いやいや!こっちは幸せに暮らしているので、放っておいてください!
◆本編完結◆
◆小説家になろう様でも、公開中◆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる