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chapter 2
7話 太陽
しおりを挟む馬上からアシュラを掴んで地面に落とす。いきなりの事で唖然とするアシュラと周囲の人間を華麗にスルーして俺もそれに続き――――刹那、雷鳴にも似た爆音を辺りに響かせながら、敵の銃弾が一斉掃射された。
馬が嘶き、乗り手を落として一目散に逃走する。軍馬とはいいがたい脆弱さだが、しかし銃声に堪える訓練をしていないのだから仕方が無いか。
しかし――――アシュラ自慢の栗毛色の馬は、逃げるどころか主を守るように堂々と立っていた。…………俺、助けた意味無かった。
「…………ッ!?」
味方はバラバラで軍として機能しておらず、一旦退くために立ち上がり――――そのまま前転をする羽目になる。
何事かと思わず言う事を聞かない自分の足を見やると、赤い染みが一つ。弾が貫通しているのは幸いかも知れない…………なんて思っている間にも血がにじみ滴り落ちる。
独特な熱さと刺すような痛みに思わず顔を顰めつつ、種子島を杖にして立ち上がる。
痛みには慣れている。痛くて辛くて叫びたくなるが、言い換えればそれだけだ。焦点をずらすような感覚で痛みを意識の隅に追いやる。
一人称ではなく三人称。主観的ではなく客観的に自分を動かす。自分は一個の存在で、肉の塊でしかない。
「――――ルカッ! 大丈夫か!?」
――――大丈夫だ。
その簡単な言葉すら今の俺は発する事が出来ない。いくら厨二な事を言ってみても痛いものは痛い。
言葉を返せないため行動で無事をアピールしようとするが、脚は震えて立つ以上の事が出来ない。堅く食い縛った歯は耐久値を越えて今にも割れそうだ。
「くそッ! 取り敢えず掴まれ!」
「…………ぅあ」
痛みに情けない声を漏らしながらも、アシュラに引っ張って貰い同じ馬に乗る。
くそ、脚を撃たれた程度で死ぬわけが無いと思いたい。だが痛い。撃ったやつマジで殺す。っていうか出血やばくね? ゲームだと脚撃たれた程度じゃ死なないが…………現実だとどうなるんだろうか。やはり動脈だとか撃たれたらやばいとか? うん、やばいだろうな。何かそんな気がしてきた。死ぬよこれは。痛みで過呼吸になってきたし。でも何だろう凄く――――気持ち良い。
「ルカッ!」
「うわッ!?」
危ねえ! 今何か確実にトリップしてた。酸素が頭に行き渡らなくて、どんどん意識が薄くなるわ、だけど思考は止まらずぐるぐる廻って…………本当にやばい事になるところだった。
「一応止血はしておいたが、無理はするなよ? これ以上の処置は俺には無理だ」
「悪い、助かった」
見たところ患部はそのまま放置だが痛みは薄れ血も止まっている。簡単な回復魔法をかけてくれたのだろう。
まだ痛む脚に顔を引き攣らせながらも、馬に付けてあるポーチからポーションを取り出す。よくよく考えるとこれはアシュラのポーションであるため、許可を貰ってからコルクを取り、瓶を傾けて直接患部にぶっかける。
「ザッヅァッ!?」
奇妙な言語が口から漏れる。
じゅっ、と熱した鍋に水を落としたような音と同時に、何とも言えない痛みが俺を襲う。傷口に消毒薬を塗った時とは比にならない痛み。酒をぶっかけた時も尋常じゃなく痛かったが、それが可愛く思える痛み。幸いなのはその痛みが一瞬にして消えた事か。
流石に貴族御用達なだけあって効果が高い。若干の痛みと違和感はあるものの、ぱっと見傷は見当たらない。これなら、多少の引っかかりを我慢すれば問題なく銃を撃てる。
幸い、コストの問題か鉄砲隊の数は少ない。敵は一斉に射撃し、装填中は槍隊が前を固め、装填が完了したら再び一斉射撃――――をひたすらに繰り返している。一度でも突撃に成功すれば崩せるが…………問題は、歩兵でそれが可能かどうかだ。
「アシュラ、突撃するぞ。タイミングを合わせろ」
「は? たいみんぐ? いや、それより突撃って――――」
しん、と周囲の雑音が消える。本当は騒がしいなんてレベルでは無いのだろうけど、俺の世界からは音が消える。
あまりの静寂に堪えかねた空気が悲鳴を上げるが、俺の集中は途切れる事が無い。一層世界は俺色に染まり――――ついには、俺と一人の兵士を残して全てが消えた。
兵士――――否、将兵はどこかに、誰かに指示を飛ばしている。だけど、この世界に俺たち以外の存在は無い。虚ろで、空しい。だけどそれこそが狙撃手が居る世界。
馬に乗っているため視界は激しく上下に揺れる。だけどそれは特段気にすべき事じゃない。俺にとってそれは、ハンデになり得ない。
「…………アシュラ、突撃だ」
視界が上にずれ、下に戻るその刹那。止まった音の無い世界でただ引き金を引いた。
ぱすっ、と空気の抜けるような音。消音器サプレッサーを付けた時のようなごく小さい音を発して弾丸が放たれる。魔力で押し出されるそれは射手に殆ど反動を残さない。
俺は弾の行方を追う事なくアシュラの背に掴まる。見ずとも、撃った時点で弾丸の行方は分かっている。撃ったから当たるのでは無く、当たるから撃ったのだ。
「うおおおおッ!!」
アシュラは小剣を投げ道を作り、その精練された剣技を以て敵を屠る。
本来なら命令を下す人間が倒れた所為か敵は酷く混乱し、鉄砲隊を守るどころかその鉄砲隊が弾を詰めることすら忘れている。槍隊はもちろんの事、攻撃の要である鉄砲隊が機能していない今恐れる物は何も無い。
味方はアシュラの動きに鼓舞され、手近な得物を持って敵に突撃する。
もう、敵軍に数的有利は存在しなかった。完全に瓦解し、戦う兵より逃走する兵の方が多い。こうなってしまえば、あとは戦争では無くただの狩りだ。無論窮鼠猫を猫を噛むとか言うし、掃討戦もかなり危険だ。しかし追い詰めず、逃げ切れると思わせてじわじわとやれば手痛い反撃をくらう事無く敵を殲滅……とまではいかないが、甚大なダメージを与える事が出来る。
大事なのは自暴自棄にさせる事ではなく希望を持たせる事。俺はそれを念頭に、アシュラ経由で指示を下す。
「行くぜ、アシュラ。この戦いは俺たちの勝ちだ。あとは――――」
チカッ、と強い光が目に差す。まるで雲に隠れていた太陽が顔を出し、悪戯に光を乱反射させているかのようだ。
しかし、生憎今日は雲一つ無いと言っても過言では無い程の晴天。太陽はずっと俺たちを蒸し殺さんと、凶悪なまでに光を放っていた。…………だったら、この光は何なのだろうか。嫌な予感? 違う。これはただの悪寒だ。身体が震えて種子島を取り落としそうになる。
何が起こっているのか。俺は確かめるために上を見なければならない。誰よりも早くその原因に気付き、的確な判断の下命令を下さなければならない。仮にも参謀なのだから当たり前だ。
だけど――――本能がそれを拒絶していた。
見てしまったら全てが終わりそうで。この戦も、俺の人生も。総てが消えて、意味の無いモノになってしまいそうで。
恐怖。ごく普通に、当たり前に、一般的に。俺はその感情を抱いた。
だけど、上に立つのだから俺が見ないといけない。大丈夫だ、ただ上に存在するナニカを視界に収めるだけでいい。
――――そうして仰ぎ見た空には、大きな太陽が在った。
ガシャ、と俺の手から滑り落ちた種子島が音を立てて地面とぶつかる。拾う気はさらさら無かった。どちらにせよ、俺が種子島を拾うより太陽が落ちて来る方が速い。
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