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弐章 親思ふ心にまさる親心

弐話 礼と覚悟

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「さっ、内蔵助。ぐっすりと快眠できるように楽しい話をしてちょうだい」

「楽しい話、ですか」

 果たして世の中の高校生で、楽しい話を求められて上手く話せる人間はどれだけいるのだろうか。

 もちろん数で言えばかなり大勢いるだろう。だがそこに「殿様の前で、面白くなかったら腹を切らされるかも知れない状況で」と加えて、面白い話ができる強者(つわもの)は一体何人残るのやら。

 ちなみに俺は最初の「楽しい話」の段階で脱落する。

「えっと……楽しい、話……」

 真剣を扱うのに慣れて、調子に乗った中二の夏。四針。とか綱吉さんなら笑ってくれそうだ。

 しかし白雪様は果たして武士枠に入れていいのか。戦国の世で殿様ならきっと腕も立つだろうが、江戸ともなればそうとは限らない。いやまあ、ここは戦国でもなければ江戸でもないのだが。

「安心して、小洒落た話なんて期待してないわ。何なら白国に来て、内蔵助が見たこと聞いたこと、思ったことを話してくれるだけでもいいのよ?」

「あ、それなら何とか」

 一気にハードルが下がりほっとひと安心する。見聞きしたことをありのまま伝えるだけなら俺でもできそうだ。

「えっと、じゃあ……」

 しかしいざ話すとなると、俺には決定的に話をまとめる能力が欠如していることに気が付いてしまった。まさか一挙一動全てを伝えるわけにはいかないため、要所を抜きだそうとするがそもそも何があったかあんまり思い出せない。

 衝撃というか驚愕というか、そんな感情の残滓はあるが「じゃあそこには何があった? 雲の様子は? 大地を踏みしめた時の感触は?」何て聞かれたとしてら、俺は何も答えることができない気がする。

 日記を書く時は、振り返るよりもあらかじめ「ここを書こう」と思って行動した方が当然捗るが、それと一緒だ。

 こうやって振り返ると俺は随分とおざなりに生きてきた。日々に明確な目標がないのである。

 多分面白い話をいくつもストックしている人は、自分から面白い話を探しながら生きているのだ。そして面白いことがあればそれをメモする。

 御伽衆としてやっていくなら、そういう日々のアンテナが大事になるわけだ。

「……正直、俺は話をまとめたりするのが苦手みたいです。なので今日は話すことに慣れるため、俺がいた国の物語を話してもいいですか?」

「内蔵助がいた国の物語? それは気になるわね。こっちとどれだけ違うのかしら」

 まず俺は人に話を聞かせる練習から始めることにした。殿様(ほんばん)相手に練習するのはおかしな話だが、幸い白雪様は興味を持ってくれたようだ。

「それじゃあ今日は人々を苦しめた鬼を倒した英雄……『桃太郎』の話をさせていただきます」




「――――かくして、見事鬼を打倒した桃太郎は島にあった財宝を村の人々に分け与え、おじいさんとおばあさんと幸せに暮らしましたとさ」

 めでたしめでたし、と心の中で付け加える。

 どうにか目立ったミスもなく語り終えた。今の話を白雪様がどう思ったのか、このまま御伽衆として俺を雇ってくれるのかは分からない。ただ。

「――――すぅ………すぅ」

 今は白雪様がぐっすりと眠られたことに安堵しておこう。少なくとも睡眠を妨げるほど酷い仕事振りではなかったというわけなのだから。

「えっと、綱吉さん……?」

 帳から這い出て、座ったまま動かない綱吉さんに声をかける。寝ていたりしないよな? と思ったが、どうやらきちんと起きていたようで明確な返事がすぐに返ってきた。

「明日」

「え?」

「明日も同じ時間だ」

「同じ時間って、……あっ、仕事が…………はい、分かりました」

 認められた、と喜んでいいのだろうか。

 いや、そんな暇があったら次にする話を選んでまとめることの方が大事だ。

「……失礼します」

 明日は金太郎にしようかな、と考えながら俺は白雪様の寝室を後にした。


 ※ ※


「おい、聞いているのか?」

「へ!? あ、すみません! ちょっとぼーっとしてました!」

 気が付けば眼前に綱吉さんの整った顔があり、俺は驚きで仰け反りながらもなんとか言葉を返した。

「全くお前は……まあいい。今日の話だ」

「今日の話?」

 意図が汲み取れず、俺はおうむ返しに答えた。わざわざ改まってする話があるのだろうか。

「ああ、すまない。そこまで重要な話ではないのだ。ただ今日話す内容だが、物語よりも内蔵助の日常が聞きたいと殿が仰っていてな」

「日常、ですか……」

 あれから……初めての仕事の時、上手く話せなかった時から俺は寝る前に一日を振り返るようにしていた。

 そのおかげか、今ではなんとか話のタネというかストックと数えられる話題がいくつかある。

「内蔵助は事前に話す内容を用意しているみたいだったから、念のため先に伝えておこうと思ってな」

「ああ、それは非常に助かります」

 御伽衆の仕事に慣れた……とまではいかないが、大分緊張しなくなってきた。だがいきなり日常を話してくれなんて言われたらテンパっていたかも知れない。

「私から助言するとすれば、背伸びをしないことだ。殿は本当に、お前の日常を聞きたがっているのだからな」

 その言葉を聞いて純粋な疑問が湧く。

 白雪様にとって俺は何なのだろうか。いや、ただの臣下であることは分かっている。

 だが御伽衆とはいえ、そのただの臣下である俺を連日呼んでいるのは何故だろう。ちゃんと話したことはないが他の御伽衆らしき人とは顔を合わせたことがあり、その時はめちゃくちゃ睨まれた。

 いただいている禄から考えるに、俺は下の上くらいの下っ端である。そんな俺が上司……言うならば副社長とかそんなトップの存在である綱吉さんとこうして飯を食べているのだ。我ながら一体何者だろう。

「食べ終わったか。持って行くぞ」

「あ、ありがとうございます」

 しかも配膳とその後片付けすらしてくれる始末。副社長をパシる平社員……事件のにおいがする。

 疑問は解決するどころかどんどん積もっていくが、中心人物であるというのに下っ端であるため何の情報も手に入らない。

 俺はやきもきしながらも、今日話す内容を考えることにした。




「……失礼します」

 亥の刻。

 俺は手慣れた雰囲気を醸し出しながら白雪様の寝室に入った。

 中ではいつもと同じ位置に刀を佩いた綱吉さんが座っている。俺はその横を通り、白雪様が待つ帳の奥に進んだ。

「待っていたわ、内蔵助」

 いつもは凛々しさというか妖艶な雰囲気すら持つ白雪様は、布団の中では見た目通りなごくごく普通の少女だ。むしろもっと幼くすら見える。

「綱吉から話は聞いたのでしょう? 早速聞かせてちょうだい」

「はい。……俺は以前も言いましたが、行く宛てのない一人旅をしていました。ですから当然家族や親戚の者、それどころか友人知人すらいません」

 それは半分嘘で半分本当の話。

「だから俺ができる話と言えば、俺が一人でぼーっとしているだけのツマラナイ話か……ここ最近の、楽しい話くらいです」

「引っ張るわね! ここ最近ってことは、内蔵助に何か変化があったのかしら」

 そりゃあもう、異世界で一番大きな変化と言えば決まっている。

「……白雪様と出会ったことですよ」

 そういうと白雪様ははっと目を見開き、そして唇を尖らせてそっぽを向いた。

 異世界に来たこと自体が大きな変化だ。だけどこの世界で俺が衣食住を気にせずに生きていられているのは全て白雪様のおかげであるし、そもそも命を救われたのだ。

 俺はこの世界に来てからずっともらってばかりで、恩を返せていない。

 それどころか俺は、そう簡単に白雪様に会えないという立場に甘んじてまともに礼すら言っていないのである。

 確かにそう簡単には会えないが、他の人に比べて屋敷住みという大きなアドバンテージがあるのだ。それをしなかったのは俺の怠慢である。自分で自分が恥ずかしい。

 だから遅くはなったが、この機会を利用させてもらう。

「あの時は助けてくれてありがとうございました。俺の命は、白雪様に捧げます」

 それは紛うことなき本心だった。当然衣食住を得るためという打算はある。

 だがそれと同時に、それ以外の俺が捧げられるもの……たとえばこの命、それを白雪様のために使おう、使いたい……そう思ったのもまた事実。

「別に……たまたまよ。偶然あそこに私がいて、偶然あなたが望み、偶然私はそれを叶える力を持っていた。……ただそれだけよ」

 そっぽを向いたままやや早口で言う。

 それが可愛らしくてつい余計なことを言ってしまいそうだったが、俺は白雪様が望むままに口を噤んだ。
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