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12.太陽の剣士

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(だめ。ライファン!)
 声がした。
  暗黒の闇の中で、一条の光のように、その声が、きらりと光った。
  そして、すさまじい絶叫。
「ぬぐああああああ」
  苦悶に叫ぶのは王子だった。
  その背に、光り輝く剣がつきたっていた。
  王子は肩越しに振り返り、信じられぬものでも見るかのようにその赤い目を見開いた。
  ライファンもそれを見た。
  王子の背中に突き刺さっているのは、スカイソード。彼が投げ捨て、床に転がっていたはずの剣。
 そして、その青く輝く剣を握っていたのは
「クシュルカ様!」
「馬鹿な……」
  それは王女だった。
  右手に握りしめた剣を、王女は魔物の背に突き刺していた。
「動けるはずはない。我の魔力が解けるはずが……」
 王女の表情は凍りつたままぴくりとも動かず、その口は閉じられ、瞳に光はなかった。
 まるで、操り人形がかろうじて一瞬だけ動いたというように、王女は魔物の背中に剣を突き刺した形で、そのまま固まっていた。
 だがライファンは見た。まったく感情もなく彫刻のように動かないその王女の目から、ひとすじの涙が流れ落ちるのを。
「王女様!」
「離せ。この人形が!」
  王子は乱暴に王女を振り飛ばした。跳ね飛ばされた王女の身体が床に転がる。
「なんということだ。何故動いたのだ。くそ……抜けん。剣が抜けんぞ。ダイモン、何をしている。さっさとこの背中の剣を抜け!」
「ははっ」
「ああ……」
  ライファンの口から低い呻きがこぼれた。
「まったく……たかが下等な人間風情がこの我に傷をつけるとは……」
「ああ……あ」
  わなわなと両拳を握りしめたライファン。その目からとめどなく涙が溢れ出した。
「あ……ああああ……あ」
「どうした……なにが……ぐぐっ」
  魔物が再び苦痛の呻きを上げた。
「ああああ、あああああ……」
  ライファンは激しく唸り続けた。その形相は凄まじく、血が出るほどに握られた拳を高く突き上げる。
「なんだ?……これは。ぐううう……背中の剣がめり込む。ダイモン!早く剣を……」
「サリエル様。抜けません。いやそれどころか剣が……」
「あああああああ!」
  ライファンの唸り声はいよいよ大きくなり、いまやそれは絶叫となって響きわたった。
  そして、
 その体が光を放ち始めた!  
「ぐうううあ……な、なんなのだ……これは」
  王子の背に突き刺さった剣が、徐々にその体深くにめり込んでゆく。
「苦しい……こんな馬鹿な。お前か……お前が」
「うああああああ」
  絶叫とともにまばゆい光を放つライファンの体。その輝きは今、王子の背を貫いた剣の光りと融合しようとしていた。
「やめろ。もうやめろ!」
  王子はよろめきながらライファンの肩を掴み、その喉元に食らいつこうとした。
 しかしそれはできなかった。
  ぐぼっ、と王子の胸から剣先が突き出した。剣は背中から王子の体を突き抜けたのだ。
「ぐああああっ!」
  その光る剣先は、王子の体もろともライファンの胸に突き刺さった。
「やめろ……やめろおおっ」
  王子の悲鳴とライファンの絶叫が入り交じり、あたりの空気が揺れ、がらがらと塔の外壁が崩れだした。
「おおおおおあああぁぁ」
  王子の体を突き抜けた剣は、青い光となってライファンの胸に吸い込まれた。
  ライファンの輝きが剣の輝きと一つに合わさった。
「ううう……うーっ……、何が……起きたのだ。何が……」
  激痛に耐えかねたかのように、王子の身体は変形し、再び竜人の姿になっていった。
  ライファンの叫びは消えていた。それでも、少年の体から発する輝きは強くなるばかりだった。
「…」
 そして、「彼」は静かに目を開けた。
 その瞬間、
 王子が再び悲鳴を上げた。竜人の左腕が肩から吹き飛んだ。
「ぎゃああああっ」
  かっと開かれたライファンの目が青々と燃えていた。その髪は黄金色に逆立ち、全身に陽光のような輝きをまとい。その右手には、あの青くまぶしい光をを放つ剣を握って。
「それが……真のスカイソード……」
「おお、ついに覚醒したというのか。まさか我が結界の中で……フ、フハハハハ……」
  竜人となった王子は、左肩からどろりとした黒い血を流しながら、目の前の光り輝く少年に対峙していた。
「まさか、スカイソードが鍵になっていたとはな。それとも……あの王女の言葉か」
  無言のままライファンは飛び上がると、凄まじい速さで剣を振り上げた。
「我の体を傷つけられる剣とは。面白い。しかし、忘れるな。今は夜。月が出ているかぎり、しょせん陽光の力では我は倒せぬわ」
  竜人は残った右腕を振りかざし、その黒く鋭い爪をライファンに向けた。
  振り下ろした剣が、燃えるように青く輝いて、光の剣……スカイソードが、竜人の右手に深々と食い込んだ。
「馬鹿な!我の体を……いとも簡単に」
  竜人は天を仰いだ。
「月が……」
  見上げた夜空には、月はもう、
「ないいいぃぃぃ!」
  雲一つない夜空にあった月は消えていた。
「ぐうおおおおぉぉぉぉ」
  断末魔の叫びを上げる竜人の頭を、剣は青い光の尾を引きながら両断した。
  凄まじい絶叫があたりにつんざいた。
  そしていま、
 東の空から、輝ける円盤が姿を見せようとしていた。
「馬鹿なぁぁあ!……月を追いやり、太陽を呼ぶとは。これが……太陽神の力か……」
  壁も天井も崩れ落ちた塔の最上階に、きらりと最初のの陽光が差し込んだ。
「ひいいい。サリエル様、結界が消えますぅ。このままでは私も、私もぉぉぉ……」
  竜人の体がドロドロと崩れはじめていた。その横にのたうち苦しむダイモンのその黒い体も、熱に溶かされるようにぐずぐすと崩れていった。
(これで……我を倒したと思うなよ……小僧)
  唸りとも叫びともつかぬ耳障りな轟音のなかで、ライファンの耳に魔神の最後の言葉が響いていた。
(……必ず貴様ともども、太陽神も……いつか……)
  声が消えた。それとともに何かが天に向けて飛び出してゆくような、巨大な邪悪なものが吹き飛んでゆくような気配を、ライファンは感じた。
 床には崩れた竜人と魔物の体がとろどろと広がり、やがて吸い込まれるようにそれも消え、黒いしみとなった。
  バサッバサッと、どこかで大きな鳥が飛び立つような音が聞こえた。

  朝が来た。
  空はしだいに青さを増してゆき、東の山間から昇ってゆく太陽は、この怪しい一夜をきれいに消し去るように輝きはじめていた。
  ライファンは床に落ちた鞘をひろい、大切な剣を収めた。薄汚れていたはずの剣鞘は、新たな剣の誕生を祝福するようにぴかぴかと紺碧の色に光っている。
(よくやったね、ライファーン)
  頭の中で声がした。
(でも、これであいつがいなくなったとは思わない方が良いよ)
  それは、この城に入るときに聞こえたのと同じ声だった。まるでほっと安堵するようなその声の主を、ライファンは知っていた。いや、思い出したのか。驚くこともなく、ライファンはにっこり笑ってうなずいた。
(ライファーン。目覚めたのかい?)
「たぶんね。君は?もう行ってしまうのかい」
(ああ。まだ君の罪は許されたわけじゃない、私はセレネ様の命で君を見に来ただけだからね。でもまたきっと会うことがあるよ)
「そうか。それじゃまたね。クピード)                                           
 (またね。ライファーン。その王女様にもよろしく。彼女は人間にしては、私が見たなかで一番素敵なお姫様だったよ)
「ああ……」
  ライファンは目を閉じた。精霊が空の彼方へ帰ってゆくのを感じるように。
  再び目を開くと、崩れかけた壁の前に横たわる、彼が守るべき主に近づいた。
「王女様」
  ひざまずいて、その耳にささやくように声をかける。
  王女は瞼を閉じたまま、じっと動かない。その体を大切に抱え起こして、頬に手を当てた。
 彼はじっと美しい王女の顔を見覗き込み、そして、やさしくその唇に唇を重ねた。すると、きらきらとした淡い黄金色の光が、王女の体を包みはじめた。
「王女様……クシュルカ様」
  もう一度呼ぶと、王女の瞼がかすかに揺れた。その目がゆっくりと開かれる。
「ライ……ファン」
「王女様」
  王女の目がしっかりとライファンを見た。その透き通った瞳が、自分を抱き起こす少年を見て嬉しそうに輝いた。
「ご無事で……」
「あなたも……」
  王女は微笑んだ。その瞳には一筋の涙のあとを残しながら。
「クシュルカ様……僕は……」
「何も言わないで」
「……」
「知っています。ライファン……いいえ、ライファーンですね。ずっとあなたの声は聞こえていました。体は動けなくとも、あなたの言葉は私には聞こえていました」
「クシュルカ様……」
  ライファンは驚いたように王女を見つめた。
「太陽神の力をもった、デッラ・ルーナに抱かれた少年……」
  ライファンの黄金色に輝く髪と空の色をした青い瞳を見つめ、王女は不思議そうにつぶやいた。
「ありがとうライファーン。私たちを助けてくれて」
「いいえ……いいえ」
  ライファンは首を振った。
「ぼくは、そんなのじゃありません。ライファーンじゃなくライファンです。王女様をお助けに来た剣士です。それに、それに助けられたのは僕です。あの時、僕の心を呼んでくれた。動けないはずのお体で、僕の剣を持って……。僕のほうこそ、約束したのに。王女様を……クシュルカ様をお守りするって。それなのに……王女様をこんな目にあわせて、アダラーマの人達にもひどいことが……」
  うつむくライファンの手を、王女は優しく握った。
「いいえ。あなたは立派に守ってくれました。その太陽の力で。そしてあなたの勇気で」
「クシュルカ様」
「あなたは、わたしの、」
 王女は花のように微笑んだ。
「太陽の剣士さんです」
  東の空から昇る朝日が、きらきらと二人を照らした。
  崩れかけた塔の最上階に、希望にあふれた陽光が注ぎ、抱き合う二人の長い影をつくっていた。
  明けぬかと思われた暗い夜が終わった。
  朝が来たのだ。

「いったいどうしたんだ?」
  騎士隊長ラガルドは、歯のこぼれたぼろほろの剣を鞘に収めて、つぶやいた。
「隊長」
  そのそばで激しく戦っていたレアリーも、奇妙な面持ちで隊長の横に来た。
「どうしたのでしょう?敵兵士が……」
「分からん」
  周りの騎士たちも、一様に剣を振り上げたその手を止めて、互いに首をかしげ合い、周りを見回していた。
  最後の城壁だった宮廷の大門が崩され、敵骸骨兵たちが一斉に城内になだれ込んだ。
 そのはずだった。
 騎士たちも、城内に逃げ込んだ市民たちも、その瞬間には絶望に顔をゆがめ、神に祈るのが精一杯だった。そして数千の骸骨騎士たちが、アダラーマの王城に一気に押し寄せてきたのだったが。
  その骸骨達が、いまはまったく、
「動きません。まったくです。どうやら他の場所でも同じようです。報告の騎士たちも皆不思議がっています」
「ううむ。いったいどういうことなんだ」
  隊長のラガルドは、傷だらけの顔を撫でながら、首をかしげた。
  それは朝日が昇った瞬間だった。骸骨騎士たちがぴたりとその動きを一斉に止めた。それまでゆっくりとだが、「ザッザッ」と不気味な足音を立て、恐怖の色も見せずに押し寄せてきた骸骨たちは、今やまるで、その場で固まり、その動きを完全に止めていた。
「もう動く様子はまったくありません。どういたしますか?」
  騎士たちから指示を仰がれて、ラガルドは困り果てた。
「とにかく……しばらく様子をみるのだ。とりあえずだ、今のうちに負傷者の手当てと、交代で休息を……」
 そう言いかけた時だ。
  城壁の上の見張り騎士が奇妙な声を上げた。
「どうしたっ!」
「隊長。……なにかが、空から来ます」
「なんだと?」
「西の空から……あれは、あれは……ラダックのようですが」
「ラダックが空を飛ぶか。馬鹿。しっかりしろ」
  城壁の騎士に向かって怒鳴り、すぐに自分も城壁へ向かった。レアリーもその後に続いた。
「隊長、あれです」
「なに……あれは……」
  城壁の上から、ラガルドは目をそばめて、騎士が指さす方向を見た。
  晴れ上がった青空に、まぶしく昇りゆく太陽。
 そして、その太陽の光を受けるように、こちらに飛んでくるものがあった。
「おお」
「あれはラダックです。それも……その背に誰かが」
  レアリーも認めた。確かに空を飛んでいるのは、普通なら二本足で砂漠を歩くラダックだった。
「そんなことが……」
  あっけにとられて、空を見つめる隊長の横で、レアリーははっとしたように声を上げた。
「ああ……まさか!……まさか、あれは……」
  他の騎士たちも気づきはじめていた。さっきまで必死に戦っていた騎士たちは、皆西の空を見上げて指さしたり、わらわらと城壁に上って来ようとしていた。
  朝日を正面に浴びながら、こちらに向かうそれは、しだいに大きく見えていた。
「ラ……ライファン!」
「なんだと?」
  仰天したように隊長はレアリーを振り返った。再び空に目をやると、彼にも今やはっきりと見えた。
 空を飛んでくる一頭のラダック。そして、その背に乗る人間の姿が。
「乗っているのはライファン……なのか?」
  隊長もレアリーも、信じられぬような面持ちで空を見上げていた。
「王女様も……クシュルカ様もいます!」
「おお、なんてことだ」
  レアリーは剣を取り落とし、隊長のラガルドは口をぱくぱくとさせた。
  城壁に昇ってきた騎士たちも、皆空を指さして、口々に叫んだ。
「王女様だ!」
「飛んでくるのは王女様だ。ラダックの背に乗っておられる」
「ラダックが飛んでいるぞ!」
「ライファンだ」
「ライファンが手綱をとっているぞ!」
「ライファンが……戻ってきたんだ!」
  騎士たちの声は、城壁の下へ、そして城内の人々へと次々に伝わっていった。
「ライファンだって?」
「王女様が戻って来られた!」
「ラダックに乗って飛んでくるんだってさ」
「本当かよ?」
「行こうぜ」
  王城の門が開き、今まで城中にこもっていた人々……騎士たち、貴族たち、女官たちも、恐る恐る城の外へやってきた。そして空を見上げて「あっ」と叫ぶと、その後は誰もが我を忘れて城壁の方へ集まってきた。
「ライファン!」
「クシュルカ様、ご無事で!」
  朝日を浴びて空を飛んでくる一頭のラダック。その背に乗る騎士と王女。
 そのまるで神話のような、物語の中のような光景に、人々はただただ見入っていた。
「帰ってきた……。ライファン……ああ」
  城壁の上で座り込みそうになるレアリーを、隊長が支えた。
「見ろ。こっちに来るぞ」
  その通り、二人の乗ったラダックは、まるで天からの使者のように、城壁に舞い降りてきた。
  ラダックの上でライファンは剣を抜いた。空に突き上げるように高々とかざすと、剣は朝日を浴びてまぶしく輝きはじめた。
  人々があっという間もなかった。動きを止めていた城壁の周りの骸骨騎士たちは、その剣の光を浴びると次々にその場に崩れて、砂になってしまった。数千の骸骨兵士は一瞬にして姿を消した。
  人々があっけにとられるなかを、空中からラダックが降りてきた。
「な……」
  レアリーは目を見張った。
  ラダックから降り立ったライファンの髪は、見たこともないような黄金色に輝いていたのだ。それだけでなく、その体も、手に持った剣もがまぶしい光を放っている。
  ライファンが王女の手を取った。二人は城壁の上に降りたった。
「ライファン」
  走り寄ったレアリーに気づいて、ライファンはにこりと笑った。
「クシュルカ王女殿下も。ご無事で」
  進み出た隊長が、うやうやしくひざまずいた。
「心配をかけました。この通り私は大丈夫です」
 王女は晴々とした笑顔で言った。
「そして、悪も消えました。すべてこのライファンのおかげです」
  そのプラチナの髪が陽光にきらめいた。着ているドレスはところどころ破れ、その頬には擦り傷もあったが、それでも王女の姿は誇りと愛に満ちて、ただ美しかった。
  隊長は、そんな王女とライファンとを見比べながら、驚きを隠せぬ様子で尋ねた。
「悪とは……いったい、それはあの骸骨騎士のことなのでしょうか。それにバルサゴ王国はどうなったので……」
「それはあとあとお分かりになるでしょう。とにかく……」
  王女は、隣にいるライファンを見てうなずきかけ、それから城壁の上に集まったすべての騎士たちに微笑みかけた。
「大いなる危機は去りました。アダラーマのために戦った騎士たち、勇敢なる市民たち、すべてに……」
  王女は両手を広げ、そして言った。
「デッラ・ルーナの祝福を」  
 王女の言葉を聞いた騎士たちは一斉に喝采した。
  拍手が沸き起こり、歓喜が爆発した。
「王女様はご無事だ!」
「敵は滅びた。勝ったんだ!」
 騎士たちの叫びは、城壁の下にも伝わり、そしてすぐに城内すべてに広がっていった。 
「おお、デッラ・ルーナよ」
「助かったんだ」
「アダラーマ万歳」
「万歳」
「王女殿下万歳!」
 城内は、騎士たち市民たち、貴族たちも入り乱れて、大変な歓喜に沸きかえった。
  もはや危険は去ったとばかりに、王城からもぞくぞくと人々が出てきた。騎士たちは剣を地面に突き刺し、友人と抱き合った。女官たちは普段は見も知らぬ市民たちに片端から飛びついては、その頬にキスをした。へたへたと座り込む貴族もいた。勇ましく戦っていた貴族は王女に捧げる剣を天に向けて高々と突き上げた。祝いの酒を振る舞おうと、下男や侍女たちは葡萄酒の樽を運びはじめた。傷ついたものは、横たわったまま看護人に抱きしめられた。立っていたものは皆、王女のいる城壁の周りに集まった。そして手を振り、拳を上げて「王女万歳」を唱えた。
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