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エピローグ・その2
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その夜のことである。
夜半もとうに過ぎたフェスーン城内の一角……ひと気もなく静まり返った、離宮の長い回廊を、小走りに駆けてゆく、二つの影があった。
複雑に入り組んだ離宮の、最も奥まった回廊の突きあたり……そこにある扉の前で、人影はぴたりと立ち止まった。しばらく気配を伺うように、それはじっと動かなかったが、やがて扉が開けられ、二つの影は吸い込まれるようにそこへ消えた。
「いてっ」
「しっ、音をたてるな」
暗がりのなかに声があがった。
「見張りは眠らせたんだろう?」
「ああ。しかし不夜番がいないとも限らん。なにせ、ここは国王の離宮だからな」
囁きかわすふたつの声。
「この部屋で間違いないんだろうな?」
「確かな話だ。さっきの晩餐会で、王に仕える奥侍女から聞き出したんだからな」
「へっ、さすが」
「おや、待て……あったぞ、ここだ」
そっと壁掛けが外されると、そこにぽっかり黒い空洞が現れた。
「地下室への階段か……おい、灯を」
「ほいよ」
松明が空洞を照らした。石造りの狭い階段が、下に向かって続いていた。
「降りられそうか?」
「ああ、たぶんな」
松明の火に照らされ、浮かびあがった二つの顔……それはもちろん、レークとアレンの二人だった。
「なんかこう、どきどきしてきたな……」
「いいから、早く降りろ。灯を見られたらどうする」
「はいはいと」
階段に足を踏み出すと、ひんやりと湿ったした空気が下の方からただよってくる。滑らないよう慎重に、苔むした階段を降りてゆく。
階段の下まで来ると、狭い石造りの地下通路が奥の方へと続いていた。松明の灯を頼りに通路を進むと、突き当たりに扉があった。頑丈そうな鉄の扉の前で、二人は顔を見合せた。
「どうやら、ここで間違いないな」
アレンは、形のねじれた針金を取り出すと、それを鍵穴に差し入れた。松明を照らすレークがいくらも待たぬうちに、カチリという音とともに鍵が外れた。
「いつもながらお見事。もしかしたら、オレたちは泥棒でも食っていけるかもな」
「馬鹿なこと言っていないで、入るぞ」
重い鉄製の扉をゆっくりと押し開ける。
「よし、灯を……」
差し出した松明が部屋を照らした。
そのとたん、
「おお……」
二人は、息をのんだように部屋を見回した。
いくぶんカビ臭く、さほど広くはない部屋のあちこちに木箱が積み上げられていた。そして、辺りには金の王冠やら、金の彫刻、白銀の兜鎧、金細工のベルト、宝剣、宝石の散りばめられた装飾品などが、無造作に置かれていた。そのどれもが、とてつもなく高価な品々であるのが一目で分かる。それらはまるで、久しぶりの光に喜んででもいるように、きらきらと輝いていた。
「こりゃ、すげえや……」
ある木箱からは、何千枚あるのか見当もつかないほどの金貨が溢れ出し、部屋の隅に放り出された麻袋からは、拳ほどもある大きなエメラルドが次から次へと出てきた。
「うわ。こっちはもっとすげえや」
レークが開けた箱には、ルビー、エメラルド、サファイアなどを、まるできちがいのように贅沢にあしらった飾り鎧と盾があった。
「こんな鎧を誰が着るんだよ、おい」
呆れた笑いを浮かべながら、さらに別の箱を開けてみる。
「へええ。こっちは金のワイン壺だぜ。一個もらってこうかな。お、待てよ、こっちにはいろんな彫像が入ってる……」
とにかく、そのようにして、この部屋には、金銀細工や宝石の類が、ごったになって並べられ、転がり、積み上げられていた。
「レーク。いいかげんにしろ。そんなものよりも、俺たちが探すのは……」
「ああ、分かってますって。そのために、こうして試合に勝って、わざわざ騎士にまでなってここに忍び込んだんだから」
「そうだ。賞金の百万リグなどより、はるかに大切な目的が俺たちにはある」
いついかなるときも、常に冷静なはずのアレンが、今はその声をやや高ぶらせていた。
「はるばる旅をして、トレミリアの大剣技会に出場し、騎士たちの目をかいくぐり、陰謀に巻き込まれながらもそれを乗り越え、こうして城内の宝物庫に入り込んだ。すべては、それを見つけるためだ。リクライア随一の歴史を誇るこの国に、それがあると信じてな」
「ああ、じゃあ探すか。ともかく剣だな」
二人は、さっそく宝剣のたぐいを探し始めた。
やがて半刻ほどののち……二人の前には、十数本の剣がずらりと並べられた。どれもが、それぞれに美しい金細工や宝石などの入った、じつに見事な宝剣である。
「さって……これでこの部屋にある宝剣のたぐいはあらかた集めたぜ。はたしてこの中に、お目当ての剣があるのやら。で、すぐにどれだか分かるのか?」
「分かるはずだ」
アレンは懐から例の短剣を取り出した。
「この短剣は、俺たちの探す水晶剣と対になっているものだ。本来は、二本が揃って初めてその魔力が発揮される。お互いの剣に埋め込まれている水晶は、近づければその魔力で反応し合うはずだ」
「ふうん、なるほどね」
「集めた剣を一本ずつ鞘から抜いてくれ。剣の刃を触れ合わせれば、魔力のある剣は確実に反応する」
「分かったよ」
さっそくレークは、並べられた剣のうちから適当な一本を取ると、鞘から抜いた。その剣の刃をアレンの持つ短剣に近づける。
「どうだ?」
「なにも起きない。違うな……次だ」
「ほいさ」
レークは次の剣を鞘から抜き、同じように短剣に重ねた。だが、またすぐにアレンは首を振った。
「これも違う。次だ」
「そらよ……じゃあこれはどうだい?」
「これでもない。次だ」
そうして、並べられた剣を、次々と短剣に近づけてみるが、どれもいっこうに変化は現れない。
「剣はあと何本ある?」
「これを入れて……あと三本だ」
集めた剣には、それぞれ精巧な細工や彫刻が施され、その鍔や柄頭には色とりどりの宝石が埋められていたりして、見ようによっては、そのどれもがいわくありげなのだが。
「ダメだ、これも違う」
普段はけっして苛立つことのないアレンが、珍しく声を荒らげた。
「あるはずだ。きっと、どこかにあるはず……」
「あと一本だ……」
最後にレークが手にしたのは、いくぶん汚れと傷が目立つ、古めかしい剣だった。
「これが最後だ」
ゆっくりと鞘から引き抜いた剣の刃には、この剣がかつて実戦に使われたとおぼしき傷がいくつも残っていた。その銀の柄には、くすんだ色をした宝石がはめ込まれている。
「……たのむぜ」
レークは祈るように、その剣をアレンの持つ短剣に近づけた。
「ふむ。これは、なにか……」
剣柄にはめ込まれた、水晶のようにも、またサファイアのようにも見える宝石に、アレンはじっと目を凝らした。
「どうだ?」
見守るレークがごくりと唾をのむ。
「待て……なにか、ある」
ぴくりと眉を寄せると、アレンはそっと目を閉じた。剣の魔力を感じてでもいるように、短剣を握るその手がかすかに震えていた。
やがて……アレンが目を開けた。
「……」
放心したように、しばらく無言のままだったが、やがてその顔にふっと笑みを浮かべた。
「どうだ。見つかったか?」
「うむ。これは、確かに魔剣……といっていいだろうな」
その剣を手にして、アレンは静かに言った。
「おお、じゃあそれが……水晶剣なのか?」
「いや……違う」
「なんだって?」
「魔力はたしかに感じる。だが、これは水晶剣じゃない」
「なんだよ。なにがどう違うんだ?」
「どうもこうもない」
アレンはぶっきらぼうに答えた。
「ただ、これは水晶剣の魔力とは、まったく……そう、まったく異なるものだということだ。おそらく、昔どこかの魔術師がかけた魔力かなにかだろう。それが人の血をすって増幅したのかもしれん。どちらにしても、これは俺たちには用のない剣だ」
その剣を床に置く。アレンの顔は変わらず静かに見えた。
「……行こう」
「行こうって……おい、アレンよ」
足早に部屋から出てゆく相棒を、レークは慌てて追いかけた。
夜闇に包まれた庭園を、二人は歩いていた。夜明けまでは、まだ少し時間はあるだろう。辺りは静まり返り、闇夜の石畳を歩くものはかれらの他にはない。
前をゆく背中を見つめるレークは、水晶の剣を見つけ出すという目的において、とても落胆しているのが、ほかならぬアレンの方であることをよく知っていた。
「……」
その相棒に、いったいどんな言葉をかければいいのかと悩んでいると、唐突にアレンが振り返った。
「どうする?」
「どうって、何がだ?」
「このまま、宮廷の屋敷に戻って眠るのか、ということだ」
言葉の意味を計りかね、レークは首をかしげた。
「他にどうするんだ?」
「水晶剣はなかった。この国にはなかったんだ」
「ああ……」
「可能性として、この国が一番高いとふんだんだがな……しかし、違ったわけだ」
アレンの口調は穏やかではあったが、そこにわずかな口惜しさと自嘲の響きがあるのを、レークは感じとった。
「まあ、仕方ないさ」
「そうだな。そして、この国にとどまる理由は、もうなくなったわけだ」
「……つまり?」
「今ならこのまま抜け出せる。いますぐこの国を出て、また旅立つのもいいだろう。どうする?」
「どうって、アレンよ」
「お前が決めろ、レーク」
この聡明な金髪の相棒の頭には、すでに次の計画が何通りもあるのだろう。確かに水晶剣が見つからなかったからには、あえてこの国にとどまる理由はもうないはずであった。
「また、各地を点々としながら過ごす……浪剣士の生活に戻るか?」
「ああ……それもいいな」
レークはにやりとした。
どこまでも続く大草原と、心地よい風の音……自由きままに馬を走らせ、朝露に目覚め、日が沈めば、草のしとねに横たわり、町から町へと流れ歩き、ときに行きずりの出会いを楽しむ……そんな生活を、彼らは愛していたし、実際に何年もの間、二人は旅から旅へという流浪の生活に、その身をやつしてきたのだった。
「それに、この国は、そろそろ大きないくさに巻き込まれるかも知れないしな。この大剣技会を開いたこと自体が、優秀な傭兵を集めるための国策だったのなら。つまらぬ戦などにかかわって危険な目にあうのは、まったく俺たちの本意ではないし、馬鹿らしい。誰かの命令で動いたり、無駄に命の危険を侵すのは、俺たちの柄ではないだろう」
アレンの言葉はいつも正しかった。
「こうして賞金も手に入れたわけだしな。しばらくは、贅沢な旅ができるだろう」
「そうだな……」
「では、これからすぐに宮廷の壁を出るか。どうせ大した荷物もないしな。夜明け前に抜け出せれば、国境までは馬でほんの半日だ。また風まかせの旅を楽しむとしようか」
「……」
歩き出した相棒の背中を見つめ、レークは、奇妙な、とまどいを含むような調子で言った。
「なあ、アレン……。屋敷には……騎士の剣が置いてあるんだ」
「ああ、あの剣ね……王様にもらった。そんなにいい剣だったかな?」
「すまねえ。オレはさ、前から一回、騎士ってやつになってみたかったんだよ……」
「お前が、騎士か」
肩越しに振り返った相棒の目は、笑っても怒ってもいない。それから視線をそらし、レークはつぶやいた。
「しばらくの間だけさ」
「しばらくね」
アレンは肩をすくめると、気を取り直したようにふっと笑った。
「まあいいさ。トレミリアの騎士なら、その友好国にも入り込みやすいしな。悪い肩書じゃない。そうだな……ウェルドスラーブとか、まずはそのへんからあたるのもいいかもしれんな。ところでレーク」
「ああ?」
「あの女騎士どのは美しかったな」
「あのなあ……」
口元を歪めたレークは、照れたように抗議した。
「オレは単に、騎士ってやつの生活をしてみたいだけだ」
「ふむ」
金髪の美剣士は、満足したのか、ただ静かに笑みを浮かべた。
「では、そろそろ戻るか。夜が明ける前に。なにせ明日からは、騎士としての一日が始まる身だからな」
「そう。お互いにな」
かすかに白み始めた東の空には、フェスーン城の尖塔がそのシルエットを濃くしている。
木々の梢の間から白い顔を覗かせる女神ソキアは、暁を待つ空の色にしだいに溶け込んでゆく。やがて、この大陸随一の豊かな王国は、また新たな朝の訪れを迎えるだろう。
新たな朝、新たな運命とともに、また、ひとつの物語が始まってゆく。その流れの中に、かれらはいま確かに足を踏み入れたのだ。
二人の浪剣士たちは、月明かりのもと、それぞれのさだめに導かれるかのように、トレミリア王国の歴史が刻まれた石畳の道を歩きだした。
水晶剣伝説1 「トレミリアの大剣技会」 完
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複雑に入り組んだ離宮の、最も奥まった回廊の突きあたり……そこにある扉の前で、人影はぴたりと立ち止まった。しばらく気配を伺うように、それはじっと動かなかったが、やがて扉が開けられ、二つの影は吸い込まれるようにそこへ消えた。
「いてっ」
「しっ、音をたてるな」
暗がりのなかに声があがった。
「見張りは眠らせたんだろう?」
「ああ。しかし不夜番がいないとも限らん。なにせ、ここは国王の離宮だからな」
囁きかわすふたつの声。
「この部屋で間違いないんだろうな?」
「確かな話だ。さっきの晩餐会で、王に仕える奥侍女から聞き出したんだからな」
「へっ、さすが」
「おや、待て……あったぞ、ここだ」
そっと壁掛けが外されると、そこにぽっかり黒い空洞が現れた。
「地下室への階段か……おい、灯を」
「ほいよ」
松明が空洞を照らした。石造りの狭い階段が、下に向かって続いていた。
「降りられそうか?」
「ああ、たぶんな」
松明の火に照らされ、浮かびあがった二つの顔……それはもちろん、レークとアレンの二人だった。
「なんかこう、どきどきしてきたな……」
「いいから、早く降りろ。灯を見られたらどうする」
「はいはいと」
階段に足を踏み出すと、ひんやりと湿ったした空気が下の方からただよってくる。滑らないよう慎重に、苔むした階段を降りてゆく。
階段の下まで来ると、狭い石造りの地下通路が奥の方へと続いていた。松明の灯を頼りに通路を進むと、突き当たりに扉があった。頑丈そうな鉄の扉の前で、二人は顔を見合せた。
「どうやら、ここで間違いないな」
アレンは、形のねじれた針金を取り出すと、それを鍵穴に差し入れた。松明を照らすレークがいくらも待たぬうちに、カチリという音とともに鍵が外れた。
「いつもながらお見事。もしかしたら、オレたちは泥棒でも食っていけるかもな」
「馬鹿なこと言っていないで、入るぞ」
重い鉄製の扉をゆっくりと押し開ける。
「よし、灯を……」
差し出した松明が部屋を照らした。
そのとたん、
「おお……」
二人は、息をのんだように部屋を見回した。
いくぶんカビ臭く、さほど広くはない部屋のあちこちに木箱が積み上げられていた。そして、辺りには金の王冠やら、金の彫刻、白銀の兜鎧、金細工のベルト、宝剣、宝石の散りばめられた装飾品などが、無造作に置かれていた。そのどれもが、とてつもなく高価な品々であるのが一目で分かる。それらはまるで、久しぶりの光に喜んででもいるように、きらきらと輝いていた。
「こりゃ、すげえや……」
ある木箱からは、何千枚あるのか見当もつかないほどの金貨が溢れ出し、部屋の隅に放り出された麻袋からは、拳ほどもある大きなエメラルドが次から次へと出てきた。
「うわ。こっちはもっとすげえや」
レークが開けた箱には、ルビー、エメラルド、サファイアなどを、まるできちがいのように贅沢にあしらった飾り鎧と盾があった。
「こんな鎧を誰が着るんだよ、おい」
呆れた笑いを浮かべながら、さらに別の箱を開けてみる。
「へええ。こっちは金のワイン壺だぜ。一個もらってこうかな。お、待てよ、こっちにはいろんな彫像が入ってる……」
とにかく、そのようにして、この部屋には、金銀細工や宝石の類が、ごったになって並べられ、転がり、積み上げられていた。
「レーク。いいかげんにしろ。そんなものよりも、俺たちが探すのは……」
「ああ、分かってますって。そのために、こうして試合に勝って、わざわざ騎士にまでなってここに忍び込んだんだから」
「そうだ。賞金の百万リグなどより、はるかに大切な目的が俺たちにはある」
いついかなるときも、常に冷静なはずのアレンが、今はその声をやや高ぶらせていた。
「はるばる旅をして、トレミリアの大剣技会に出場し、騎士たちの目をかいくぐり、陰謀に巻き込まれながらもそれを乗り越え、こうして城内の宝物庫に入り込んだ。すべては、それを見つけるためだ。リクライア随一の歴史を誇るこの国に、それがあると信じてな」
「ああ、じゃあ探すか。ともかく剣だな」
二人は、さっそく宝剣のたぐいを探し始めた。
やがて半刻ほどののち……二人の前には、十数本の剣がずらりと並べられた。どれもが、それぞれに美しい金細工や宝石などの入った、じつに見事な宝剣である。
「さって……これでこの部屋にある宝剣のたぐいはあらかた集めたぜ。はたしてこの中に、お目当ての剣があるのやら。で、すぐにどれだか分かるのか?」
「分かるはずだ」
アレンは懐から例の短剣を取り出した。
「この短剣は、俺たちの探す水晶剣と対になっているものだ。本来は、二本が揃って初めてその魔力が発揮される。お互いの剣に埋め込まれている水晶は、近づければその魔力で反応し合うはずだ」
「ふうん、なるほどね」
「集めた剣を一本ずつ鞘から抜いてくれ。剣の刃を触れ合わせれば、魔力のある剣は確実に反応する」
「分かったよ」
さっそくレークは、並べられた剣のうちから適当な一本を取ると、鞘から抜いた。その剣の刃をアレンの持つ短剣に近づける。
「どうだ?」
「なにも起きない。違うな……次だ」
「ほいさ」
レークは次の剣を鞘から抜き、同じように短剣に重ねた。だが、またすぐにアレンは首を振った。
「これも違う。次だ」
「そらよ……じゃあこれはどうだい?」
「これでもない。次だ」
そうして、並べられた剣を、次々と短剣に近づけてみるが、どれもいっこうに変化は現れない。
「剣はあと何本ある?」
「これを入れて……あと三本だ」
集めた剣には、それぞれ精巧な細工や彫刻が施され、その鍔や柄頭には色とりどりの宝石が埋められていたりして、見ようによっては、そのどれもがいわくありげなのだが。
「ダメだ、これも違う」
普段はけっして苛立つことのないアレンが、珍しく声を荒らげた。
「あるはずだ。きっと、どこかにあるはず……」
「あと一本だ……」
最後にレークが手にしたのは、いくぶん汚れと傷が目立つ、古めかしい剣だった。
「これが最後だ」
ゆっくりと鞘から引き抜いた剣の刃には、この剣がかつて実戦に使われたとおぼしき傷がいくつも残っていた。その銀の柄には、くすんだ色をした宝石がはめ込まれている。
「……たのむぜ」
レークは祈るように、その剣をアレンの持つ短剣に近づけた。
「ふむ。これは、なにか……」
剣柄にはめ込まれた、水晶のようにも、またサファイアのようにも見える宝石に、アレンはじっと目を凝らした。
「どうだ?」
見守るレークがごくりと唾をのむ。
「待て……なにか、ある」
ぴくりと眉を寄せると、アレンはそっと目を閉じた。剣の魔力を感じてでもいるように、短剣を握るその手がかすかに震えていた。
やがて……アレンが目を開けた。
「……」
放心したように、しばらく無言のままだったが、やがてその顔にふっと笑みを浮かべた。
「どうだ。見つかったか?」
「うむ。これは、確かに魔剣……といっていいだろうな」
その剣を手にして、アレンは静かに言った。
「おお、じゃあそれが……水晶剣なのか?」
「いや……違う」
「なんだって?」
「魔力はたしかに感じる。だが、これは水晶剣じゃない」
「なんだよ。なにがどう違うんだ?」
「どうもこうもない」
アレンはぶっきらぼうに答えた。
「ただ、これは水晶剣の魔力とは、まったく……そう、まったく異なるものだということだ。おそらく、昔どこかの魔術師がかけた魔力かなにかだろう。それが人の血をすって増幅したのかもしれん。どちらにしても、これは俺たちには用のない剣だ」
その剣を床に置く。アレンの顔は変わらず静かに見えた。
「……行こう」
「行こうって……おい、アレンよ」
足早に部屋から出てゆく相棒を、レークは慌てて追いかけた。
夜闇に包まれた庭園を、二人は歩いていた。夜明けまでは、まだ少し時間はあるだろう。辺りは静まり返り、闇夜の石畳を歩くものはかれらの他にはない。
前をゆく背中を見つめるレークは、水晶の剣を見つけ出すという目的において、とても落胆しているのが、ほかならぬアレンの方であることをよく知っていた。
「……」
その相棒に、いったいどんな言葉をかければいいのかと悩んでいると、唐突にアレンが振り返った。
「どうする?」
「どうって、何がだ?」
「このまま、宮廷の屋敷に戻って眠るのか、ということだ」
言葉の意味を計りかね、レークは首をかしげた。
「他にどうするんだ?」
「水晶剣はなかった。この国にはなかったんだ」
「ああ……」
「可能性として、この国が一番高いとふんだんだがな……しかし、違ったわけだ」
アレンの口調は穏やかではあったが、そこにわずかな口惜しさと自嘲の響きがあるのを、レークは感じとった。
「まあ、仕方ないさ」
「そうだな。そして、この国にとどまる理由は、もうなくなったわけだ」
「……つまり?」
「今ならこのまま抜け出せる。いますぐこの国を出て、また旅立つのもいいだろう。どうする?」
「どうって、アレンよ」
「お前が決めろ、レーク」
この聡明な金髪の相棒の頭には、すでに次の計画が何通りもあるのだろう。確かに水晶剣が見つからなかったからには、あえてこの国にとどまる理由はもうないはずであった。
「また、各地を点々としながら過ごす……浪剣士の生活に戻るか?」
「ああ……それもいいな」
レークはにやりとした。
どこまでも続く大草原と、心地よい風の音……自由きままに馬を走らせ、朝露に目覚め、日が沈めば、草のしとねに横たわり、町から町へと流れ歩き、ときに行きずりの出会いを楽しむ……そんな生活を、彼らは愛していたし、実際に何年もの間、二人は旅から旅へという流浪の生活に、その身をやつしてきたのだった。
「それに、この国は、そろそろ大きないくさに巻き込まれるかも知れないしな。この大剣技会を開いたこと自体が、優秀な傭兵を集めるための国策だったのなら。つまらぬ戦などにかかわって危険な目にあうのは、まったく俺たちの本意ではないし、馬鹿らしい。誰かの命令で動いたり、無駄に命の危険を侵すのは、俺たちの柄ではないだろう」
アレンの言葉はいつも正しかった。
「こうして賞金も手に入れたわけだしな。しばらくは、贅沢な旅ができるだろう」
「そうだな……」
「では、これからすぐに宮廷の壁を出るか。どうせ大した荷物もないしな。夜明け前に抜け出せれば、国境までは馬でほんの半日だ。また風まかせの旅を楽しむとしようか」
「……」
歩き出した相棒の背中を見つめ、レークは、奇妙な、とまどいを含むような調子で言った。
「なあ、アレン……。屋敷には……騎士の剣が置いてあるんだ」
「ああ、あの剣ね……王様にもらった。そんなにいい剣だったかな?」
「すまねえ。オレはさ、前から一回、騎士ってやつになってみたかったんだよ……」
「お前が、騎士か」
肩越しに振り返った相棒の目は、笑っても怒ってもいない。それから視線をそらし、レークはつぶやいた。
「しばらくの間だけさ」
「しばらくね」
アレンは肩をすくめると、気を取り直したようにふっと笑った。
「まあいいさ。トレミリアの騎士なら、その友好国にも入り込みやすいしな。悪い肩書じゃない。そうだな……ウェルドスラーブとか、まずはそのへんからあたるのもいいかもしれんな。ところでレーク」
「ああ?」
「あの女騎士どのは美しかったな」
「あのなあ……」
口元を歪めたレークは、照れたように抗議した。
「オレは単に、騎士ってやつの生活をしてみたいだけだ」
「ふむ」
金髪の美剣士は、満足したのか、ただ静かに笑みを浮かべた。
「では、そろそろ戻るか。夜が明ける前に。なにせ明日からは、騎士としての一日が始まる身だからな」
「そう。お互いにな」
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