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碧のガイア

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 川沿いを走っていく。夜は危険だから歩くなとイホークから言われていたが、今はそんなことも言っていられない。足下が見えなくて、何度もつまずいた。

 遠くでは大きな火の手が上がる。きっとイホークだ。酸素を操る術を覚えたのだろう。ならば大丈夫だ。きっと大丈夫。

 頭の中では、イホークは無事かだとか、龍司から離れてしまうだとか、追っ手に追いつかれるだろうかだとか、そんなことばかりが浮かんでくる。覚悟を決めたといっても、この行動が正しいかはわからなくて不安だった。

 もうどれくらい歩いたのかわからない。今どこなのかもわからない。ただ無言で歩き、気が付くと空がうっすらと明らみ始めていた。

「朝だ」

「えぇ。疲れましたか」

「うん」

「休みましょう」

 木の陰に座りようやく人心地つく。ジェムも疲れている顔をしていた。

「ここはどこ?」

「もう少し行くと恐らく門が見えてきます。アンティカ人が作った祝福の門です」

「川にかかっているの?」

「はい。大きくて壮大です。遠い昔に、どうやって作ったのかわかっていないそうです」

「そうなんだ。見てみたいな」

 言いながらも、律はイホークが気になって仕方がない。それに龍司に会いたくて堪らない。近くにいるかもしれないのに、このまま遠ざかるのは我慢できなかった。

 朝日が昇るのと同時に、昨日から続いているモヤモヤした気持ちも晴れていった。なんだか悩んでいたりするのが馬鹿みたいに感じる。このまま逃げて、それで生き延びられる保証もないのに、何をやっているのだろうかという思いも湧いてきた。

 近くに龍司がいる。それを考えただけで心臓が激しく動いた。龍司に会うためにこの世界で生きてきたのに離れてどうする。

 律はずっと龍司を探しながらも、心の奥深くではもう死んでいるのかもしれないと考えていた。もう会えないとも思っていた。だが、ようやく会えるのだ。インターネットもない広いこの世界で再会できるなど奇跡に近い。この奇跡を逃すなど愚かなことなのではないか。

「これ、持っていって。ジェムならオスカーにも、炎軍にも保護してもらえるだろ。もしリュウジに会ったら今度は花火を一緒に見たいって言ってたって言って。そうしたら俺の友達だってわかるはずだから。俺は戻る」

 律はダガーをジェムに差し出す。ジェムは怪訝な顔をした。

「何をおっしゃっているんですか」

「まさか敵もまた戻ってくるとは思わないだろ。だから戻っても安全だ」

「安全のはずないでしょう。敵と鉢合わせる可能性もあるのですよ」

「そうだけど、でも、俺は戻るよ」

「いけません!」

 必死な顔をしているジェムは律にだけはどこまでも忠実で優しい。龍司を抜かせば初めてできた大切な友だ。ジェムに出会えたことを考えると、この世界に来た価値はあるのかもしれない。律はジェムの体をギュッと抱きしめた。

「ねぇ、ジェムはもう自由なんだよ。俺、わかるんだ。ジェムはこの状況を俺達ほど辛いとは思っていない。むしろ生まれて初めて得た自由を喜んでもいる」

「そんな……私は……」

「否定しなくていい。自由は悪いことじゃない。俺のいた国では誰もが自由だった。勿論そうじゃない場合も多かったけど、この世界よりはよっぽど自由だった。だから、ジェムはもっと自由を求めてもいいと俺は思うし、俺に縛られることもない」

 ジェムはぎゅっと抱きしめ返してくると、律の肩に頬をつけた。

「でも、私は自由なんかよりもリツ様の方が大切です。そんなことを言ってくださるリツ様が、何よりも大切で大好きなんです」

「ありがとう。嬉しいよ。でも、こんな話をしているのは、俺も自由になりたいからなんだ。俺は俺の意思で龍司に会いにいく。俺の心も体も俺のものだからそれは誰にも邪魔できない。本当はもっと早く行動できたのに、俺は臆病で飛び立てなかった。もう後悔はしたくない」

 ジェムは律の背中を軽く叩くと体を離した。

「だったら私も行きます」

「だめだよ。危ない」

「行きます。それがリツ様の言う、私の『自由』だ」

 律は苦笑いをする。忠実なジェムは、律に対する心だけは変わらない。それはなんて幸せなことなのだろうか。

「ありがとう。取りあえずイホークが心配だ。まずはイホークの無事を確かめにいこう」

 水を飲み、パンと干し肉を口にした後立ち上がる。体力は限界に近かったが、今は無理をしても歩くときだとわかっていた。

「なんだか、リツ様ちょっと変わりましたね」

「え?」

「顔つきが違います。リュウジ様の力ですね」

「そうなのかな」

 自分ではわからなかったが、龍司から力を貰っているというのは感じていた。それが表に出ているのだろう。

 明るいので来たとき以上に時間はかからず戻ることができた。幸い追っ手には遭遇しなかった。

「焦げ臭いね」

 律が鼻を押さえて顔をしかめると、ジェムも鼻をつまんだ。

「はい」

 焦げた匂いがどんどんと強くなってきたので、その臭いを辿っていった。

「ひどい」

 視界が開ける場所につくと、ジェムが呟く。一帯は焼け野原のようになっており、焦げた死体が転がっていた。

「イホーク!」

 律も顔をしかめて口を押さえるが、すぐにイホークを見つけ駆け寄っていく。イホークは木により掛かり座っていた。遠くからでも怪我をしているのがわかり、傍らにしゃがみ込むと睨まれた。
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