精霊の加護の科学都市

白石華

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精霊の加護の科学都市

テスト当日

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「―という訳で、我々の住んでいる大陸の大昔には、精霊やそれに対する信仰心があり。
 このような霊殿とまでは行かなくても、遺跡が数多く残されている。
 今後、他の地域でも魔法科学を発展させていこうとしたら。
 精霊の力をこの都市ほど借りずに。
 人間の力でも再現可能な科学の方が重要視されていくだろう。
 もちろん、技術を魔法も発展させていく必要があり――。
 それには他国における精霊信仰の権利を守り、研究する分野を学問として――。」

 学校に着くと魔法科学の必要性と他国への普及のさせ方について講義される。魔法科学を学ぼうと思ったら必修科目だから教わる事ではあるんだけど。

「――はい。今日はここまで。次回は人間に精霊信仰を普及させたシンボルの一つである。
 勇者と、その末裔について講義するぞ。」

 ようやく授業が終わった。

「……ふう、次はテストか。」

 私は授業で疲れた頭を振って、こめかみを指先でぐりぐりしていると。

「リリーシャはお疲れ?」
「げっ。マチルダ。」

 悪いのは周りからの扱いだから本人に恨みはないけどマチルダに声を掛けられていかにもな声を出してしまった。

「なあにー? リリーシャ。また先生に私の事で何か言われたの?」
「あんた、知ってるくせに聞かないでよ。」
「ごめーん。だって話しかけるなりそうなんだもん。相変わらず顔と態度にすぐ出るわね。」
「あんただって私には明け透けに話してくるじゃない。」
「だって、リリーシャにはそう話した方がいいでしょ? 小細工とか嫌いじゃない。」
「うん。話を雑談から始めてダラダラ伸ばすのって。
 要件を言えってぶった切りたくなるからさ。」
「でしょー?」

 マチルダ。マチルダ・ガーダーだが、ご覧の通り、相手によって話術を変えてくるし、それを隠さない相手である。人心掌握術といっても、相手の話やすいペースに持って行き、対応を変える。要するに対人マニュアルを子供の頃から勉強してきたそうだ。今は対人接客は魔法がやってくれるとは言えその仕組みを作ったのは人間でありパターンをいくつも作ったマニュアルだ。
 それを解析して自分でもそういうことが行えるようにしたんだってさ。子供のうちからそういうことをしている人っているのねって最初は感心したものだった。

「リリーシャみたいに、相手にズバズバ言うから、向こうも言い返したくなるのよ。
 リリーシャは言葉を話すときは言われた側の気持ちも配慮すれば言われないわよ。」
「だからってあんたみたいなリーサルウエポンで口を封じないで欲しいのよ。」
「あははっ! 私、リーサルウエポンだったんだ!」
「何でそこで笑う……?」

 こんなことを話しても笑って流すスキルは紛れもなく強者の証であった。話の端々から鍛え抜かれた話術の巧みさが出てくる。あんた本当に学園生か。

「うん。でもさ、リリーシャって私には当たらないから、そこはすごいと思うわよ。」
「何言ってんのよ。あんたは何も悪いことをしてないでしょ。
 日常生活から趣味に至るまで魔法科学の事しか頭にないのを邪魔しないわ。
 アンタはそうしていたいから学園にまで通っているんでしょ? 
 完全にそれ、とばっちりじゃない。
 周りが育て方と関わり方を間違えてるのよ。しかもそれ言うと睨まれるしさー。
 そういう連中と仲良くなれるとは思えないわね!」
「……うん。」

 マチルダは私に声を掛けてくると、最後はこういう話になる。何回もそうしているけど、確認を取らないと本人も安心しないのだろう。人心掌握術を研究していると言っても、相手の心を縛ることまでは出来ないししないのだ。
 本人だってこういう形で褒められるのは不本意でも周りがそうしているんだからバランスの取りようがない。マチルダだって、こんな形で自分を引き合いに出されたくないし、学問に集中したいのだろう。

 キーンコーンカーンコーン……。

 そんな会話をしていたら、休み時間を告げるチャイムが鳴ったのだった。

 ・・・・・・。

「よーし、これからみんなに魔力テストで、魔法を披露して貰う。
 今回は魔法科学にまつわるものだから、君たちが組み合わせて、何かを起こしてみて。
 それが何のためのものなのか先生に説明するように。」
「「「はーい。」」」

 学園の中で危険なく魔法を発動可能な結界を貼れる、訓練所に着くと、テストの時間になり。精霊信仰により魔法を起こすためにはそれなりに専用の衣服がそれぞれの生徒にあり、それに着替えた生徒たちが各々、魔法を発動させる媒体――杖とかそういうのね――を、構えているが。

「マチルダってルーンソードなんだ。」

 マチルダの構えていた魔法を発動させる媒体は、刀身に刻み文字……ルーンが浮かび上がる魔法剣だった。細身で長いその剣は、柄と鍔にも細工が施されていて見た目もかっこいい。

「ええ。体術も学んでいるからね。どっちも扱おうとしたらこれがしっくりくるの。」
「魔法戦士まんまね。」
「そう言うリリーシャは、魔導士まんまじゃない。」

 私は合体魔法が起こしやすいように得意属性の魔法をブーストさせる細工やマジックアイテムがジャラジャラ付けられる、ストラップやらチェーンやらが付いている、巻きついたタイプの杖である。空気と重力の精霊の加護のお陰で見た目よりもずっと軽くて持ちやすいから、とても気に入っている。更に科学の発展のお陰というほどではないが、杖本体は折り畳み収納式だから普段は縮めて収納可能である。

「よーし。二人は仲がいいみたいだから、リリーシャと、マチルダからやって貰おうか。」
「えっ。」
「はーい。」
「マチルダはいいみたいだぞ。リリーシャ、返事は。」
「はい。」

 喋っていたらまたいつもの展開になってしまい、返事をする私。

「それじゃあリリーシャから。何をするんだ?」

(この流れは……また比べられるんだろうな。)

 心の中でゲッソリしながら聞いていると。

「はい。まずは。ここに暮らす人たちの生活から家事を解放した魔法を研究して。
 私でも行える合体魔法を作りました。」
「うん。リリーシャも、そういうことはキチンと押さえているんだな。」

 何か話し方がカンに触るけど気にせず魔法を発動する。

「満ち潮の渦! 重力開放によるブースト!」

 ゴオオオオオッ!

 重力の精霊によって風の勢いを調節した、強大な水と風の渦がその場で巻き起こる。仕組みだけみればかっこいいけど、要するに洗濯機のように水がぐるぐる回るのが精霊魔法の装置で起こす場合の仕組みを、その場でやって見せたのであった。

「更に……火照(ほで)り!」

 ……シュボッ!

 周りが水でびしゃびしゃになったのを炎の精霊で乾燥させる。

「うんうん。洗濯機の仕組みだな。確かに。これを覚えていれば家事は一つ、楽になる。」
「はい。」
「よし、次はマチルダだ。リリーシャの後で緊張するなよ?」
「はい。」

 毎回だがこの言い方、何とかならんのかと思いながら聞いていると。

「私は科学を発展させるには……雷の精霊と、炎の精霊、光の精霊の加護が必要だと思い。
 これを発動させます。」
「あ、ああ。雷は当然電気、炎と光は灯だな。科学には基本だが、これらがあれば――」

 電気と灯。科学文明を支えるには当たり前すぎて見過ごされている部分だけど。無くなった時は都市機能がマヒするところまで来てしまうだろう。

「ライトニング……ボルト! 炎によるブースト!」
  
 カッ……ガゴオオオオンッ!

 私の所では、光は炎の精霊との合体魔法で光熱のブーストが起こり、更に雷で威力が増す。それをやって見せたのである。

「周りには……暗闇!」

 ボウッ、……ウウウウンッ。

 周りを暗くして、光のまぶしさを中和したようだ。そういうこともあるんだ。

「とまあ、こんな感じです。」
「あ、ああ。確かに。これを覚えていれば。
 今後の科学どころか文明の進歩も魔法によって進むだろうし。
 魔法科学を普及させるにも基礎の部分だろう。
 リリーシャ、マチルダのやったことはどちらも重要だ。
 しかしそうだな……。ううん。」

(いいわよ、マチルダの方がすごいって言いたいんでしょ。)
(家事から解放したのは本当だから重要じゃないって言えなくて黙ってるだけで。)

 先生は言葉を濁していたし、周りも便利なのはどちらも同じだからだろうけど。今回ばかりは周りが気を回しているのが感じ取れて、何にも言えない雰囲気がこびりついていたのだった。

「……あ……。」

 マチルダはマチルダで、私に声を掛け損ねているようだった。

 ・・・・・・。 

「ただいまー。」
「パパ。お帰りなさいっ。」
「どうだった、試験は。」
「うん……家事に役立ちそうな精霊魔法を覚えて披露したんだけどさ。」
「ああ。すごいじゃないか。」
「マチルダが文明を発展させた基本の精霊魔法を出してきてさ。
 今回ばかりは周りもマチルダがすごいって思ってても。
 家事から人を解放したのも文明を発展させたのも、どっちの面からも批判できなくて。
 みーんな評価に困っていたみたい。」
「……また難しい問題を抱えてきたんだね。」

 パパがまた、絶句しそうになっていたが、すぐ私に言ってくれた。

「でも、それなら、そうだな……みんなが言えなかったのは。
 どっちも必要な事だとみんなが思っていた事だからじゃないかな。」
「それは知ってるけど。だからって能力について言えなくなるんじゃ。
 テストで正当な評価が無ければ進歩はしないわ。」
「正当な評価を受けたいのかい?」
「そうよ。だって、そうじゃなかったらマチルダも私も。
 何のために勉強しているのか分からないじゃない。」
「だったら、リリーシャが正解を出すんだ。」
「えっ。」

 パパの随分、強い口調に私は弾かれたようになる。

「リリーシャは、家事から人を解放した魔法が便利だから覚えたいと思ったんだろう?
 それと同じくらい、マチルダは人が文明を発展させてきた魔法の基礎を伝えたいと思った。
 みんなはそれを見て、どちらがいいか、判断できなかった。先生もだ。
 正直、パパも、目にしていないからかもしれないけど、パパも判断できないくらい。
 難しい問題だと思っている。だって、家事から解放されたから。
 パパが仕事をしながらリリーシャを育てられたって言うのは。
 リリーシャだって知っていたから学ぼうと思ったんだろう?」
「う……うん。」

 パパの言葉にうなずいてしまう私。

「それは確かに、この国の便利さをみんなが知っているからだ。リリーシャもそうだろう?」
「うん。」
「周りから正当な評価を受けられないことは、きっとこの先もある。
 リリーシャがそうしてしまう側に立つことだってある。
 リリーシャがいい目に遭うことだってあれば、マチルダがそうなることだってあるだろう。
 特にリリーシャはマチルダと比べられているみたいだし。
 だから、その時、自分がぶれないようにするためには。
 自分の評価を自分で付けられるようにするんだ。それも、自分が信頼可能なようにね。
 周りの評価を絶対視しないようにするんだよ。
 そのためには何が必要だと思う?」
「自分でも、判断する知識や技術みたいな要素を身に着けること?」
「ああ。それに、リリーシャは、マチルダの方がすごいって思えたんだろう?」
「う、うん。」
「だったら、リリーシャにはもう、それがやれているってことさ。」
「うん……。」
「どうしてもテストの結果が不服だって思ったら、リリーシャは先生にそう言いなさい。」
「い、言えないわよ。家事からの解放が文明の発展より重要じゃないなんて。
 どれだけの人が便利になるか計り知れないわ。」
「じゃあ、マチルダと同じ評価でいいのかな?」
「それは……。マチルダの努力が報われないじゃない。」

 段々、私も分からなくなってきた。どれだけ悩んでも分からなくなってくるから先生や他の生徒たちも判断できなかったんだろう。

「まあ、今のリリーシャが思っていることを、先生にも話してみることだね。
 先生も、他の生徒も、そういうところでは気を利かせてくれる人たちだって。
 知れただけでも学園での教養は必要だってことだよ。
 どうしても一人じゃ言えなかったら、パパも付いていくよ。」
「ううん。いい。」

 パパの言葉を一旦、私が断った。

「もうパパには話したから。一人でやってみて、出来なかったらパパにまた相談する。」
「……ああ。それだけ決まったら、リリーシャはもう悩まないで、寝なさい。」
「はーい。」

 その日はそれで終わったが、パパに相談して、良かったと思った。

 ――次の日、職員室――

「再試験をお願いしたい?」
「はい。昨日の試験は、マチルダが正当な評価を受けられなかったと思って。」

 私はパパの言う通り、先生に自分の思ったことを話しに行っていた。

「ううん、でもな。確かにまだ、未発達でも。家事から人を解放することは。
 それだって文明を発展させられるんだよ。だからリリーシャだって評価を受けていいんだ。」
「でも純粋に、魔法としてすごかったのはマチルダです。それに文明の根源に関わる魔法です。」
「純粋にすごいだけじゃなあ……文明は進歩しないからな……。
 しかし文明を進歩させた魔法なんだよな……。だけど家事もな……。」

 先生は随分と悩んでいた。

「だから再試験をお願いしたいんですが。」
「いいや、再試験は必要ない。リリーシャも家事の魔法を覚えたいならそれを止めなくていい。
 マチルダにもそう言っとけ。」
「えっ。」
「リリーシャが昨日、そこまで悩んで先生に尋ねてきてくれたんだろう?
 それだけでも先生、嬉しいなあ。」
「せ、先生。嬉しいだけじゃ評価は出来ないんじゃ。」
「いいや、せっかくだからクラスのみんなで意見を出し合って。
 家事と文明の研究会でもするか。
 これだけ判断が鈍るんじゃリリーシャだって本当の判断が付かないんだろう?」
「は……はい。」
「こういうのはな、決着がつかない時は研究するのさ。いや~いいお題が見つかった。
 これだけ答えが見つかっているのに悩んでしまう議題の時は。
 なぜそう思うのかみんなにも聞くのさ。それが授業だからな。」
「はあ……。」
「どっちも教えたいことだったから対立なんてしなくていいが。
 みんなも思ってても言えなかったことだし、言いやすい雰囲気を作ろうとしてくれたんだろう?」
「は、はい。」
「答えの見つからないことで悩んで、自分なりの意見を出して。
 それをみんなにも聞いて貰うのはこれからも必要になる。
 その訓練だと思えばいいさ。」
「はあ……。」
「これで家事も文明の進歩も。授業を通して。大人になる前に。
 両方大事だって思っててもやれなかった奴らに身に沁みたらめっけもんさ。
 じゃあな。戻っていいぞ。」
「はい……。」

 先生は随分と嬉しそうに私を教室に帰してくれた。

「先生、嬉しそうだったな。」

 その後の研究会というか発表会はホームルームに意見交換という形で行われ、決着はつかなかったが、どちらも必要だけど、強いて言うなら自分はこっち、という形で切り口を見つけ、ずっと続いていた。私の方の人がいれば、マチルダと言う生徒だっていて、そういう形でも私を推してくれた人がいたのが意外だった。

(私が覚えようとしていた魔法って、そんなに必要な事だったんだ。)

 そして私も、昨日よりも、自分が覚えていた魔法は悪いもんじゃないと思えてきていた。

 ・・・・・・。

「ただいまー。」
「お帰りなさい、パパ。」
「ああ、ただいま。どうだった、学園は。」
「ええ。先生に話したらホームルームで取り扱ってくれたの。
 そうしたら、どっちも必要だってことで収まったわ。
 結論は同じだけど、深堀はした感じ。」
「おお、まあ、どっちも必要だって先生もみんなも思っていたんだろう。」
「うん。」

 また家で帰ってきたパパを出迎え。私は昨日よりはわだかまりがない気持ちでパパに返事をしたのだった。

「まあ、でも、そういう時は先生に話しても大丈夫だってリリーシャも分かっただろう。
 学園は、そういうことをさせて貰える場所だからね。」
「うん……。」
「ははは。昨日よりもご機嫌だな。」
「私も、家事を手伝う魔法って必要だと思ってくれていた人が他にもいると思ってなかったから。」
「うん、いいじゃないか。パパだって便利だと思っているよ。」
「私も、頑なだったのかな……。」
「リリーシャはそうだと思ったら譲りたくなかっただけだろう?」
「うん……。」
「じゃあ、お風呂に入って、ご飯を食べようか。暖かい思いをするのも、文明の発展のお陰だからね。」
「はーい。」

 この世界の仕組みのありがたさは、知っていたはずなのに、随分と暖かいものだなと、その日は特に、思ったのだった。それは、私にパパがいてくれたからでもあろう。
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