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梅雨の明けない頃に
梅雨の明けない頃に
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ざあああ……。
「うん。見事なまでに雨だね。」
ゴールデンウイークから約1ヶ月後。梅雨に入ったばかりで明ける気配は微塵もなく、大粒の雨が降り注いでいた。
「これじゃあ、今日も山に行けそうにないな。」
ホノカちゃんと別れたその後。纏まった休みを貰える機会は終わり。俺は特に何もする気が起きなくて、ダラダラと過ごしている内に梅雨に入ってしまった。
「んんー。」
窓を眺めて何の気無しに考え事をする。ここ1ヶ月で印象的だったことと言えば。
(ホノカちゃん、ホノカちゃん……。)
何と言っても桜の精の女の子、ホノカちゃんであろう。ビスケットとミルクであんなに喜ぶ女の子もいるんだなー、とか思って。というか、あそこまで喜びを表現する女の子を見たこと自体、初めてだったような。ビスケットを美味しそうに食べたり、貰って喜んだりしているところを見て可愛いなー、と思って眺めてて。そうしていたら……まさかえっちにまでなだれ込むとは思わなかった。
(それに……。)
桜のいい匂いがして。サクランボの味がして……。身体はスベスベで柔らかく産毛がビロードみたいで。抱き心地は羽根のように軽くてフワフワで。
(だーっ、何考えている、俺。)
ブンブンと首を振る。ホノカちゃんの回想なのかえっちの余韻に浸っていたのか分からなくなってしまった。
「次に山に行けるのは……梅雨が明けてからだな。その頃なら連休も。」
俺はいつの間にかもう一度、ホノカちゃんに会いたくなっているようだった。山登りに行って、可愛い女の子に会えて、ビスケットをあげたら、とても喜ぶって、よくよく考えたら充分に楽しいよな。会えなくても山歩き自体が好きだから。それでも収穫になるんだけど。うん、期待はしない。でも……ちょっとはしてる。
「今日はどこにも出かけられそうにないし、部屋の片付けでもするか。」
気を紛らわせるために身体を動かしたくなり、掃除をすることにした。
「ええと、まずはベッドから。」
もう桜の匂いはしないベッドの下に溜まった埃を掃除機で吸い取る。それから部屋全体。独り暮らし用のアパートの一室だから、あっさり終わる。
「こうして掃除をすると、普段、いかに自分が何もしていないかが分かるな。」
読まなくなった雑誌を纏め、掃除機で吸いきれなかった落ちている大きなゴミを拾い。棚や本棚、机にテーブルと軽く雑巾で拭く。それが終わったら今度は台所から玄関をモップで拭く。
「終わった。窓でも開けよう。」
玄関前とベッドの脇に取り付けてある窓を雨が入らない程度に開けて空気を入れ換える。
「ん……休憩でもするか。」
リュックサック担いで山登りするほど身体は動かさなかったがクタクタになった俺は掃除したばかりのマットが敷いてある床にクッションを枕にして寝そべる。埃まみれの身体でベッドを使うのは気が引けたからだ。
「う、んん……眠い。」
横になったら唐突に睡魔が襲ってくる。
「ああ……窓、閉めないと。雨……。」
外のことが心配だったが眠気には勝てず、意識が落ちていった。
・・・・・・。
かららら……。
「窓、開けっ放しでしたよ。」
「ああ、うん、ごめん……。」
誰かの声がするが俺は夢うつつで返事をする。
「あの……茂樹さん?」
「うん、んん……。」
「窓から来ちゃいましたよ。茂樹さん。」
聞き覚えがあるような声。
「茂樹さん。眠ってらっしゃるんですか。」
「そうそう。俺、寝てるから後で……。」
「ええと。山の神様に教わった起こし方で。」
俺の耳元でゴソゴソと物音がする。
「喰っちまーぞ!」
「ギャー!?な、何だ何だ!?強盗?山姥???」
大声がしてガバッと起き上がるが。
「へ。」
「おはようございます、茂樹さん。」
目の前には妖精さんがいた。新緑っぽい淡い黄緑色に色づいているけど、格好はまさしく。
「ホノカ……ちゃん。」
「はい。」
さっきまで俺が会いたいと思っていた女の子だった。
***
「ホノカちゃん。寝ている人の耳元でいきなり大声で『喰っちまーぞ!』って叫んだらびっくりするから駄目だよ。」
「そうだったんですか。山の神様はコレで誰でも起きるって言ってたんです。
先代の山の神様によくこうして起こされていたって。すみません、茂樹さん。」
「そこにも突っ込みを入れなきゃいけないのか。」
俺は気力を削られた。
「突っ込み?」
「ああ、うん、いいやもう。それで、ホノカちゃんは何しに来たの?」
「それなんですけど。あの、茂樹さん。」
「ん?何?」
「山に……次は何時、来られるんですか?」
ホノカちゃんも俺に会いたかった?
「あ、ああ。纏まった休みが貰えて、晴れが続いた日にしようかと。」
内心、少し驚きながら話をする。
「ええ……。」
ホノカちゃんが途端にがっかりした表情になる。
「どうしたの?」
「それじゃあ、梅雨明けまで、あと1ヶ月は来られないんですか。」
「うん。そうだね。」
「そうだったんですか……。」
みるみる内にしょんぼりとなる。
「ホノカちゃん?」
「いえ。私……茂樹さんから頂いたビスケットを食べきってしまって。」
「あれから1ヶ月だもんね。」
「それで……茂樹さんがもう一度、山に来られないかなと思って待って。」
「うんうん。」
「ずっと待ってたんですけど。とうとう待ちきれなくなって茂樹さんに聞きに行こうと。」
「ああ。それで。」
俺の部屋に再びやってきたと。そんなにビスケットが美味しかったのか。というか。ホノカちゃんにとって俺の認識って。
(美味しいビスケットをくれる人ってカンジ?)
(ついでに精……ご馳走もくれる人ぐらいとか。)
(モロ、餌付けだよな、それって。)
それまでの経緯を考えたらそんなモンなんだろうけど。俺だってホノカちゃんとは親密になるほどの関係を築けたとは思ってないし。だがしかし目の前でビスケットを期待してしょんぼりしているホノカちゃんをそのままにするのも可哀想だと思った。
「折角、来てくれたんだ。お茶でも出すよ。ビスケットとミルクで良いんだっけ?」
「!」
ホノカちゃんの表情が一遍に輝く。本当に食べたかったのか。
「ありがとうございますっ、茂樹さん。」
ホノカちゃんが嬉しさの余り、俺に飛びつこうとするが。俺は掃除したばかりで身体が汚れているのを思い出した。
「そ、それは待った!」
そのため手で制する。
「茂樹さん?」
「今、俺、埃だらけだから。抱きつくのは身体、洗ってからで。」
「お風呂に入られるんですか?」
「うん、そう。食べ物あげるしそれからの方が良いと思って。すぐ出てくるから待ってて。」
立ち上がって浴室に行こうとするが。
「それなら私も茂樹さんの身体洗うの、お手伝いします。ご馳走になるのに何もしないのって。」
「え……。」
ホノカちゃんの提案は魅力的で。
「あ、じゃあ。お願いしちゃおうかな。」
「はいっ。」
あっさり乗ってしまう俺だった。だけど。
(またお菓子が理由か……でももういいか。)
俺は葛藤しようとするも考えるのを止めた。
(ホノカちゃんにまたこうして会えたんだし。)
俺もホノカちゃんに馴染んだものである。
「うん。見事なまでに雨だね。」
ゴールデンウイークから約1ヶ月後。梅雨に入ったばかりで明ける気配は微塵もなく、大粒の雨が降り注いでいた。
「これじゃあ、今日も山に行けそうにないな。」
ホノカちゃんと別れたその後。纏まった休みを貰える機会は終わり。俺は特に何もする気が起きなくて、ダラダラと過ごしている内に梅雨に入ってしまった。
「んんー。」
窓を眺めて何の気無しに考え事をする。ここ1ヶ月で印象的だったことと言えば。
(ホノカちゃん、ホノカちゃん……。)
何と言っても桜の精の女の子、ホノカちゃんであろう。ビスケットとミルクであんなに喜ぶ女の子もいるんだなー、とか思って。というか、あそこまで喜びを表現する女の子を見たこと自体、初めてだったような。ビスケットを美味しそうに食べたり、貰って喜んだりしているところを見て可愛いなー、と思って眺めてて。そうしていたら……まさかえっちにまでなだれ込むとは思わなかった。
(それに……。)
桜のいい匂いがして。サクランボの味がして……。身体はスベスベで柔らかく産毛がビロードみたいで。抱き心地は羽根のように軽くてフワフワで。
(だーっ、何考えている、俺。)
ブンブンと首を振る。ホノカちゃんの回想なのかえっちの余韻に浸っていたのか分からなくなってしまった。
「次に山に行けるのは……梅雨が明けてからだな。その頃なら連休も。」
俺はいつの間にかもう一度、ホノカちゃんに会いたくなっているようだった。山登りに行って、可愛い女の子に会えて、ビスケットをあげたら、とても喜ぶって、よくよく考えたら充分に楽しいよな。会えなくても山歩き自体が好きだから。それでも収穫になるんだけど。うん、期待はしない。でも……ちょっとはしてる。
「今日はどこにも出かけられそうにないし、部屋の片付けでもするか。」
気を紛らわせるために身体を動かしたくなり、掃除をすることにした。
「ええと、まずはベッドから。」
もう桜の匂いはしないベッドの下に溜まった埃を掃除機で吸い取る。それから部屋全体。独り暮らし用のアパートの一室だから、あっさり終わる。
「こうして掃除をすると、普段、いかに自分が何もしていないかが分かるな。」
読まなくなった雑誌を纏め、掃除機で吸いきれなかった落ちている大きなゴミを拾い。棚や本棚、机にテーブルと軽く雑巾で拭く。それが終わったら今度は台所から玄関をモップで拭く。
「終わった。窓でも開けよう。」
玄関前とベッドの脇に取り付けてある窓を雨が入らない程度に開けて空気を入れ換える。
「ん……休憩でもするか。」
リュックサック担いで山登りするほど身体は動かさなかったがクタクタになった俺は掃除したばかりのマットが敷いてある床にクッションを枕にして寝そべる。埃まみれの身体でベッドを使うのは気が引けたからだ。
「う、んん……眠い。」
横になったら唐突に睡魔が襲ってくる。
「ああ……窓、閉めないと。雨……。」
外のことが心配だったが眠気には勝てず、意識が落ちていった。
・・・・・・。
かららら……。
「窓、開けっ放しでしたよ。」
「ああ、うん、ごめん……。」
誰かの声がするが俺は夢うつつで返事をする。
「あの……茂樹さん?」
「うん、んん……。」
「窓から来ちゃいましたよ。茂樹さん。」
聞き覚えがあるような声。
「茂樹さん。眠ってらっしゃるんですか。」
「そうそう。俺、寝てるから後で……。」
「ええと。山の神様に教わった起こし方で。」
俺の耳元でゴソゴソと物音がする。
「喰っちまーぞ!」
「ギャー!?な、何だ何だ!?強盗?山姥???」
大声がしてガバッと起き上がるが。
「へ。」
「おはようございます、茂樹さん。」
目の前には妖精さんがいた。新緑っぽい淡い黄緑色に色づいているけど、格好はまさしく。
「ホノカ……ちゃん。」
「はい。」
さっきまで俺が会いたいと思っていた女の子だった。
***
「ホノカちゃん。寝ている人の耳元でいきなり大声で『喰っちまーぞ!』って叫んだらびっくりするから駄目だよ。」
「そうだったんですか。山の神様はコレで誰でも起きるって言ってたんです。
先代の山の神様によくこうして起こされていたって。すみません、茂樹さん。」
「そこにも突っ込みを入れなきゃいけないのか。」
俺は気力を削られた。
「突っ込み?」
「ああ、うん、いいやもう。それで、ホノカちゃんは何しに来たの?」
「それなんですけど。あの、茂樹さん。」
「ん?何?」
「山に……次は何時、来られるんですか?」
ホノカちゃんも俺に会いたかった?
「あ、ああ。纏まった休みが貰えて、晴れが続いた日にしようかと。」
内心、少し驚きながら話をする。
「ええ……。」
ホノカちゃんが途端にがっかりした表情になる。
「どうしたの?」
「それじゃあ、梅雨明けまで、あと1ヶ月は来られないんですか。」
「うん。そうだね。」
「そうだったんですか……。」
みるみる内にしょんぼりとなる。
「ホノカちゃん?」
「いえ。私……茂樹さんから頂いたビスケットを食べきってしまって。」
「あれから1ヶ月だもんね。」
「それで……茂樹さんがもう一度、山に来られないかなと思って待って。」
「うんうん。」
「ずっと待ってたんですけど。とうとう待ちきれなくなって茂樹さんに聞きに行こうと。」
「ああ。それで。」
俺の部屋に再びやってきたと。そんなにビスケットが美味しかったのか。というか。ホノカちゃんにとって俺の認識って。
(美味しいビスケットをくれる人ってカンジ?)
(ついでに精……ご馳走もくれる人ぐらいとか。)
(モロ、餌付けだよな、それって。)
それまでの経緯を考えたらそんなモンなんだろうけど。俺だってホノカちゃんとは親密になるほどの関係を築けたとは思ってないし。だがしかし目の前でビスケットを期待してしょんぼりしているホノカちゃんをそのままにするのも可哀想だと思った。
「折角、来てくれたんだ。お茶でも出すよ。ビスケットとミルクで良いんだっけ?」
「!」
ホノカちゃんの表情が一遍に輝く。本当に食べたかったのか。
「ありがとうございますっ、茂樹さん。」
ホノカちゃんが嬉しさの余り、俺に飛びつこうとするが。俺は掃除したばかりで身体が汚れているのを思い出した。
「そ、それは待った!」
そのため手で制する。
「茂樹さん?」
「今、俺、埃だらけだから。抱きつくのは身体、洗ってからで。」
「お風呂に入られるんですか?」
「うん、そう。食べ物あげるしそれからの方が良いと思って。すぐ出てくるから待ってて。」
立ち上がって浴室に行こうとするが。
「それなら私も茂樹さんの身体洗うの、お手伝いします。ご馳走になるのに何もしないのって。」
「え……。」
ホノカちゃんの提案は魅力的で。
「あ、じゃあ。お願いしちゃおうかな。」
「はいっ。」
あっさり乗ってしまう俺だった。だけど。
(またお菓子が理由か……でももういいか。)
俺は葛藤しようとするも考えるのを止めた。
(ホノカちゃんにまたこうして会えたんだし。)
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