上 下
141 / 249

141

しおりを挟む
ミルアージュが部屋に入った時にはもうピリピリした空気が流れていた。

「お前たちで話し合え。私は口を挟まないから安心しろ。」
クリストファーは最初にそう宣言した。

王太子の宣言をそのまま信じる者はこの場にはいない。
口を挟むつもりがないならこんな国境近くの王都から離れた地に来るはずなんてないのだから。

「では私から領主にお聞きします。なぜこのタイミングで兵を連れて来たのですか?」

ダミアンは領主に聞いた。

「領主が領地の見回りに来て何が悪い?」
悪びれる事なく領主は返答する。

「いえ、それが悪いとは言っておりません。なぜこのタイミングで兵を連れているのかと聞いています。今年は税もしっかりと払っていたはずです。」

「それは…」

「私たちに何か怪しい動きはありましたか?しかもなぜ王軍がここまで来るのですか?」

「…」
ダミアンは領主のみを見据えていたが、領主はチラチラとクリストファーの反応を見ていた。

自分の発言一つで危うい立場となるのがわかっていたから。

その様子をミルアージュは満足げに見ていた。

これを狙っていたのか。
クリストファーはミルアージュの狙いを理解した。

皆の前で領主よりもダミアンの方が地を治めるのに優れている。
そうアピールしたいのだ。

クリストファー自身もこの茶番がミルアージュによって仕組まれたものだとわかるが、それでもダミアンの好感度を少し上げていた。

王太子の前でも堂々と自分の意思を貫き、自分の主人である領主にも理不尽があれば屈しない。
貴族のような身の保身でも自己の欲でもない。
民衆の代表としての立場を優先する。

ミアが見込んだ人間ということか。
どこで見つけてくるのか。本当に。

「王軍が動いた理由はなんですか?」
ダミアンがクリストファーに聞いた。

「暴動の可能性が高いとの申請が出ていた為だ。」
クリストファーの返答にその場にいた者たちは動揺していた。

「私たちが暴動を起こすと言っていたのですか?」
ダミアンは青ざめているが、何とか言葉を発した。

ダミアンだって王軍が出てくるということは援軍を領主が求めた事はわかっている。
それでも信じたくはなかった。

「そうだ。」
そんなダミアンの思いをクリストファーは簡単に崩してしまった。

「領主様、これはあんまりです。私たちはこの地で飢えて死ぬところまで追い詰められたのを頑張って立て直しただけです。どうしてそれが暴動になるのですか?」
ダミアンは領主を皆の前で非難した。

「誰に向かって口を聞いているんだ?平民であるお前にそんなことを言われる覚えはない!この街をどうしようと所有者の私の勝手だろう。」
領主はダミアンに怒鳴りかえした。
こんな場にも関わらず、貴族である自分が平民であるダミアンから非難されるなんてプライドが許さなかった。

「平民ではないわよ?ね、アビーナル。」
ミルアージュは待ってましたとばかりにアビーナルに話を振った。

「…はい。ダミアンは私の家門の者です。」
アビーナルはダミアンが家門の一員である証明書を出した。

領主はそれを奪い取り内容を確認し愕然としていた。

「なぜ?こんな名門に平民が…」

アビーナルの家門はルーマン王国内でも王の側近も務めるほど力のある家門だった。
キュラミールが軍人、アビーナルの家門は文官として活躍する場面が多かった。

アビーナルをこの地で働かせるのはアビーナル自身の成長のため。
だが、他にも理由があった。

アビーナルの家門にダミアンを入れるためにはダミアンの優秀さや人間性をアビーナルに示す必要があった。
いくら王太子妃の依頼であれ家門の害となる恐れがある人間を引き込むことなどできないとアビーナルが断る可能性があったから。

アビーナルは用心深い。
取引するにもダミアン自身を認めなければ進まない話だった。

フフンとミルアージュは笑った。
この地を守る貴族がいないのなら作ればいい。
このやり方は貴族の反発を大きく買うのもわかっている。
だが、要の地をキュラミールの好きにはさせられない。

だからこそ正攻法を選んだ。
大義名分が大好きな貴族が何もいえないように。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなた
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

ガラスの靴をもらわなかった方は

柑橘 橙
恋愛
王太子の婚約者候補であるイオリティ・カスリットーレ公爵令嬢は、ほんのちょっぴり前世の記憶を思い出した。 もう一人の婚約者候補のサンドレッド・コンタスト伯爵令嬢はシンデレラかも……と疑いながら、学園で過ごしている。 イオリティは伝説の光魔法の属性持ちだと判明したが、婚約者として有利なのはサンドレッドだと思うので、魔道具作りを楽しむことにした。 サンドレッドのヒロイン気質のせいで、イオリティはシンデレラの魔女をやることに……。 ☆お読みくださり、ありがとうございます。  他サイトでも掲載中です。 ☆☆ゆっくり更新です。 ☆☆☆誤字脱字をおしえてくださる方、ありがとうございます! ☆☆☆☆感想をくださってありがとうございます。公開したくない感想は、承認不要とお書きください。  よろしくお願いいたします。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編の予定&完結まで書いてから投稿予定でしたがコ⚪︎ナで書ききれませんでした。 苦手なのですが出来るだけ端折って(?)早々に決着というか完結の予定です。 ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいですm(_ _)m *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

処理中です...