上 下
117 / 252

117

しおりを挟む
「アビーナル、こっちに来てくれ。」

「いや、こっちが先だ。」

ダミアンが在籍する治安部隊の横にある執務室ではアビーナルは引っ張りだこで目も回りそうな忙しさだった。

アビーナルは自分を仕事ができる人間と思っていた。

今の今までは…
仕事内容がわからない訳ではない。
だが、量が多すぎるのと必要なものが何もない状態に困惑していた。

これをミルアージュが一人でこなしていたと思うとアビーナルは驚きしかなかった。

ミルアージュはのんびりお茶を飲みながらアビーナルの足りないところを指摘してくる。

王城と違い話が進まない。
物も知識も人材も何もかも足りない。

アビーナル自身こんな環境で仕事をした事がなく知らなかった。
どれだけ恵まれた環境で仕事をしていたのかを。

そしてミルアージュはアビーナルの不足部分を的確にピンポイントで指摘してくる。
アビーナルの自信というものが粉々になりかけていた。

「ミルアージュ様、王城では手を抜いていたのですか?」
アビーナルはミルアージュを睨む。

「抜いていた訳ではないけど、優秀な人材がいるのに私が出しゃばる訳にはいかない。国の損失にしかならないもの。」

そう王城は専門家が集まって議論をし、色々と融通がきかないところもあるが、役割分担もしっかりされた組織だった。

そこに王太子妃のミルアージュが口を出せば、クリストファーの手前話を合わせてくるものたちがいるのをミルアージュは知っていた。

この領には何もない。
だから、ミルアージュはこの領の者たちに知識を身につけさせようとした。

素人に教えることは自分でするより何倍も時間がかかる。
それをミルアージュは何ヶ月も行なっていたのだ。

「ミルアージュ様は欲張りすぎです。」

「そうね、よく言われる。でもこの街が変わるのを想像したらワクワクしない?」

「そうですね…」
アビーナルはこんなに打ち込んで仕事をした事がなかった。

はっきりいって素人に毛が生えただけのような者たちだが、ミルアージュから必死に学ぼうととしている姿はアビーナルから見ても好感が持てた。
明日の生活がかかっているのだ。
必死にならないわけがない。

街の立て直しを領主ではなく領民主導で行う。
そんなものを目の当たりにするなんて信じられないとアビーナルは心の中で思った。

そんな事は自分なら思いつきもしなかった。
貴族が領地を治めるのが当たり前で領民は守られる人間だけと決めつけていた。

こうやって皆で領の改革を行えば、とても大きな力になる。

たとえ一人一人は小さな力だったとしても。

「フフッ、王城では味わえない達成感を味わってみたくない?」
ミルアージュはアビーナルに笑いかけた。
こういう時のミルアージュは何かを企んでいる。

「どういう意味ですか?」
怪しむようにアビーナルはミルアージュを見た。

「言葉の通りよ。第三部隊が予定通り到着したら味わえないわよね?」

「まぁ、そうでしょうね。」
ミルアージュの身分もばれてしまうし、これ以上ここで仕事も続けられないだろう。

「じゃあ、少し足止めをしましょうか。もちろん、あなたも共犯よね。」

「何をするつもりなのです…」

アビーナルは嫌な予感しかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

信用してほしければそれ相応の態度を取ってください

haru.
恋愛
突然、婚約者の側に見知らぬ令嬢が居るようになった。両者共に恋愛感情はない、そのような関係ではないと言う。 「訳があって一緒に居るだけなんだ。どうか信じてほしい」 「ではその事情をお聞かせください」 「それは……ちょっと言えないんだ」 信じてと言うだけで何も話してくれない婚約者。信じたいけど、何をどう信じたらいいの。 二人の行動は更にエスカレートして周囲は彼等を秘密の関係なのではと疑い、私も婚約者を信じられなくなっていく。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

最強の男ギルドから引退勧告を受ける

たぬまる
ファンタジー
 ハンターギルド最強の男ブラウンが突如の引退勧告を受け  あっさり辞めてしまう  最強の男を失ったギルドは?切欠を作った者は?  結末は?  

処理中です...