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「何を考えているのですか?」
クリストファーの部屋を出たアビーナルはぼんやりしているアルトに声をかけた。
「クリストファー様の話をな、考えていた。俺では姫の力になれていないのだなと…」
クリストファー様はミルアージュを一人にしろと言った。
だが、アルトはミルアージュに頼られたかった。軍部の上官、部下の関係だけではなく…
だが、アルトでは無理だとクリストファー様は言う。その事に対し落ち込む自分がいる事にアルトは気づいていた。
「…仕方ありません。ミルアージュ様と私たちが対等になる日など永遠にないのですから。」
「そんな事はわかっているが…」
ミルアージュが苦しむとわかっていてどうしようもできないなんて。
「あなたが考えるべきなのはそこではありません。被害を少なくし、ミルアージュ様の苦痛を少しでも減らせるように努力しなさい。このままでは今あるミルアージュ様の信頼すら失いますよ。」
アビーナルの言うことももっともだ。
アルトは第三部隊の隊長として今回の任務を完遂させること、その事を考えていかなければならない。
アルトはパンと頬を自分で叩き、そのまま無言で立ち去った。
立ち去るアルトをアビーナルはしばらく見つめていた。
「アルトの気持ちもわかりますがね…」
アビーナルだってミルアージュに思うところはたくさんある。
あれほど他者を大切にするのに。
今だってずっと過去に苦しんでいるのに、さらに自分の罪を増やすのだから。
アルトを見送ってからクリストファーの部屋に戻った。
部屋に入ったかアビーナルはクリストファーに頭を下げた。
「…戻ると思っていた。」
クリストファーが憔悴しているのが見える。
今回の件で一番こたえているのはクリストファーだろう。
アビーナルもクリストファーの補佐官だった事もあり、クリストファーの事はよくわかっていた。
気持ちを少しでも楽にする為、アビーナルはクリストファーにお茶を入れる。
ミルアージュが好きなお茶をクリストファーも好んで飲んでいる。
フワッと香るそのお茶はミルアージュを連想させるからだ。
「ミルアージュ様もあなたもどうしてこう、空回りをするのでしょうね…」
アビーナルはお茶を入れながら小さくため息をつく。
誰よりミルアージュを想うクリストファーにとって今回の件を到底納得などできないだろう。
クリストファーの机にお茶が出される。
ゴクッと一口クリストファーは飲んだ。ミルアージュが前に入れてくれたお茶の香りと味がする。
「ミアをこの国に連れてきたのが間違いだったのだろうか…」
カップを持つクリストファーの手が震えていた。
誰よりも幸せになって欲しい。
アンロックではミアの居場所はない。
ルーマンで幸せになるはずだった。
自分がその環境を作るはずだった。
それなのに、ルーマンのために自国でもないミアは必死で戦ってくれている。
そんな愚かな国にしてしまった自分が悔しい。
アルトにミアが独りになる時間を作れと言ったが、夫である自分にも慰める事などできない。その資格がない。
ミアを巻き込んだのはこの国であり、その国の王太子が自分なのだから…
「ミルアージュ様は天才です。王となるべくして生まれてきた存在。例え自分から望まなくても巻き込まれていきます。」
クリストファーの慰めにはならないだろうが、この国に来なくてもミルアージュの運命は変わらないものだったとアビーナルは確信している。
困っている民を見過ごせないのだから、どこにいたって同じことをしていく。
そんなミルアージュを利用しようと悪意を持つ者が近く可能性だってある。
「ミルアージュ様は変わりません。傷ついても進みます。それならばあなたは夫としてミルアージュ様に尽すしかありません。今までのように。」
クリストファーは黙ったままアビーナルの話を聞いている。
本当にミルアージュ様の事となると弱気になるな…政務面では悩むことなどしないのに。
「クリストファー様との結婚はミルアージュ様のわがままだそうですよ。それならば、あなたがそれを否定してはいけません。」
アビーナルがアイシスとの結婚話を聞きたかったミルアージュが交換条件にクリストファーとの思い出を話した。
本来、クリストファーは悪評の広まった自分と結婚などするべきではなかったとミルアージュは言っていた。
アンロックの後ろ盾なども期待できない以上、厄介な存在でしかない。
だが、クリストファーに強く望まれ、それに応えたい自分がいたと。
「わがままね」
そう言って苦笑いをするミルアージュを悲しくアビーナルは見つめた。
「クリストファー様はミルアージュ様がいてくれるだけで幸せですよ。」
何度も伝えている言葉。そう言い続けなければミルアージュは消えてしまいそう。その時、そんな予感がしたのをアビーナルは思い出していた。
そしてミルアージュと同じでクリストファーにもアビーナルの言葉は届かない事がわかっていながら、どうしても伝えたかった。
「そうだな、ありがとうアビーナル。」
クリストファーは残りのお茶を飲み、目を閉じた。
クリストファーの部屋を出たアビーナルはぼんやりしているアルトに声をかけた。
「クリストファー様の話をな、考えていた。俺では姫の力になれていないのだなと…」
クリストファー様はミルアージュを一人にしろと言った。
だが、アルトはミルアージュに頼られたかった。軍部の上官、部下の関係だけではなく…
だが、アルトでは無理だとクリストファー様は言う。その事に対し落ち込む自分がいる事にアルトは気づいていた。
「…仕方ありません。ミルアージュ様と私たちが対等になる日など永遠にないのですから。」
「そんな事はわかっているが…」
ミルアージュが苦しむとわかっていてどうしようもできないなんて。
「あなたが考えるべきなのはそこではありません。被害を少なくし、ミルアージュ様の苦痛を少しでも減らせるように努力しなさい。このままでは今あるミルアージュ様の信頼すら失いますよ。」
アビーナルの言うことももっともだ。
アルトは第三部隊の隊長として今回の任務を完遂させること、その事を考えていかなければならない。
アルトはパンと頬を自分で叩き、そのまま無言で立ち去った。
立ち去るアルトをアビーナルはしばらく見つめていた。
「アルトの気持ちもわかりますがね…」
アビーナルだってミルアージュに思うところはたくさんある。
あれほど他者を大切にするのに。
今だってずっと過去に苦しんでいるのに、さらに自分の罪を増やすのだから。
アルトを見送ってからクリストファーの部屋に戻った。
部屋に入ったかアビーナルはクリストファーに頭を下げた。
「…戻ると思っていた。」
クリストファーが憔悴しているのが見える。
今回の件で一番こたえているのはクリストファーだろう。
アビーナルもクリストファーの補佐官だった事もあり、クリストファーの事はよくわかっていた。
気持ちを少しでも楽にする為、アビーナルはクリストファーにお茶を入れる。
ミルアージュが好きなお茶をクリストファーも好んで飲んでいる。
フワッと香るそのお茶はミルアージュを連想させるからだ。
「ミルアージュ様もあなたもどうしてこう、空回りをするのでしょうね…」
アビーナルはお茶を入れながら小さくため息をつく。
誰よりミルアージュを想うクリストファーにとって今回の件を到底納得などできないだろう。
クリストファーの机にお茶が出される。
ゴクッと一口クリストファーは飲んだ。ミルアージュが前に入れてくれたお茶の香りと味がする。
「ミアをこの国に連れてきたのが間違いだったのだろうか…」
カップを持つクリストファーの手が震えていた。
誰よりも幸せになって欲しい。
アンロックではミアの居場所はない。
ルーマンで幸せになるはずだった。
自分がその環境を作るはずだった。
それなのに、ルーマンのために自国でもないミアは必死で戦ってくれている。
そんな愚かな国にしてしまった自分が悔しい。
アルトにミアが独りになる時間を作れと言ったが、夫である自分にも慰める事などできない。その資格がない。
ミアを巻き込んだのはこの国であり、その国の王太子が自分なのだから…
「ミルアージュ様は天才です。王となるべくして生まれてきた存在。例え自分から望まなくても巻き込まれていきます。」
クリストファーの慰めにはならないだろうが、この国に来なくてもミルアージュの運命は変わらないものだったとアビーナルは確信している。
困っている民を見過ごせないのだから、どこにいたって同じことをしていく。
そんなミルアージュを利用しようと悪意を持つ者が近く可能性だってある。
「ミルアージュ様は変わりません。傷ついても進みます。それならばあなたは夫としてミルアージュ様に尽すしかありません。今までのように。」
クリストファーは黙ったままアビーナルの話を聞いている。
本当にミルアージュ様の事となると弱気になるな…政務面では悩むことなどしないのに。
「クリストファー様との結婚はミルアージュ様のわがままだそうですよ。それならば、あなたがそれを否定してはいけません。」
アビーナルがアイシスとの結婚話を聞きたかったミルアージュが交換条件にクリストファーとの思い出を話した。
本来、クリストファーは悪評の広まった自分と結婚などするべきではなかったとミルアージュは言っていた。
アンロックの後ろ盾なども期待できない以上、厄介な存在でしかない。
だが、クリストファーに強く望まれ、それに応えたい自分がいたと。
「わがままね」
そう言って苦笑いをするミルアージュを悲しくアビーナルは見つめた。
「クリストファー様はミルアージュ様がいてくれるだけで幸せですよ。」
何度も伝えている言葉。そう言い続けなければミルアージュは消えてしまいそう。その時、そんな予感がしたのをアビーナルは思い出していた。
そしてミルアージュと同じでクリストファーにもアビーナルの言葉は届かない事がわかっていながら、どうしても伝えたかった。
「そうだな、ありがとうアビーナル。」
クリストファーは残りのお茶を飲み、目を閉じた。
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