上 下
63 / 252

63

しおりを挟む
「おいおい、マジかよ。」
アルトは呟いた。

ムランドというマリア王女の護衛が決勝まで残った。
それだけで第三部隊より強いと証明してしまった。

それだけでもアルトは悔しかったのに…
ムランドに向けたミルアージュの目は本気だった。

真剣にムランドと向き合っていた。

本当なら自分がそんな顔をさせたかった。
真剣に向き合って勝負してもらいたかった。
いや、ミルアージュが手抜きをしていると言っているのではない。
だが…

「面白い試合だな。」
アルトの後ろにクリストファーがひょいっと現れた。

「クリストファー様…」

「こんなに近づかれるまで気づかないなんてどれだけ集中していたのだ?」
ケラケラとクリストファーは笑う。

「申し訳ありません。」
アルトはクリストファーの言葉に反応した。

試合に集中しすぎてクリストファーに後ろを取られるなど軍人としてあり得ない。

「そんなに悔しいか?ミアに本気で構ってもらえなくて。」
クリストファー様のニヤニヤした顔を見ると少し苛立ちを感じた。

「そんな事はない。」
周囲に誰もいないのを見てからアルトは敬語をやめた。

「素直じゃないな。まぁ、いい。じゃあ、ここからが本題だ。ミアがお前を第三隊長に推薦した。受けるか?」

アルトは目を見開いた。
いや、姫からは打診されていた。
だが、そんなものこの国では夢の中の話だ。

平民が隊長になるなど前代未聞だ。
貴族たちの反感を買わないわけがない。
姫を溺愛しているクリストファー様がそんな矢面に立たせるなんて想像もしていなかった。

「クリストファー様は反対しなかったのか?」

「私が?反対しても無駄だろう。ミアの中では決定事項だ。」

そうだとしても立場としては王太子の方が強い。
姫の暴走だって止められるはずだ。

「ミアを止められると思ったら甘いぞ。お前はミアの本当の怖さを知らないからそんな事は言えるんだ。」
俺の考えを見透かすように言う。

姫は厳しさもあるが、決して理不尽な要求はしないし、俺なんかの意見もきちんと聞いてくれる。
クリストファー様のいう怖さがどんなものかピンとは来なかった。

その様子を見たクリストファーはハァと大きなため息をついた。

「わからないならもういい。そのうちわかる。それと羨ましそうに見ているだけはなく、早くその立場にお前が立て。」

なれるものならなっている。
姫に真剣に向かわれる軍人になりたい。
そう思って頑張ってきた。

目の前で繰り広げられる姫とムランドの試合は自分の実力のなさを見せつけられた。

情けない。
姫に隊長に推薦される資格もない。

拳を握る力が強くなる。

「お前に実力がなければミアは推薦などしない。いくらお前と親しくても、そんな理由では選ばない。だからこそ、早くその期待に応えられる者になれよ。」

言われなくてもわかっている。
俺を推薦した時点で姫は敵を多く作ったはずだ。
それがわかっていて俺を推薦してくれたのだから。

「ちなみにお前の言動の責任は全てミアが取る。」

「責任を取る?どういう事だ?」

「そのままの意味だ。お前が何かミスをすれば、その責任はミアにかかるという意味だ。それで推薦を押し通した。」

クリストファー様がどうして俺にこんな話をするのかわかった。

姫に迷惑をかけるなと言いたいのだ。
溺愛する姫が俺のせいで責任を取らされるのは嫌なのだろう。

俺の表情を読み取ったクリストファー様は呆れた顔をした。

「ミアに迷惑をかけるなと私が言いにきたと思っているのならお前はバカだな。私は忠告に来ただけだ。ミアは絶対お前に言わないだろうから。」

「忠告…」

「そうだ。これを好機と捉え、ミアを潰そうとする輩がでるだろう。お前はそんな輩の罠に注意しろと言いに来たんだ。」

「それがわかっていながらどうして俺を推薦した?姫を巻き込んでまで隊長になどなりたくない。」

そういうとギロリとクリストファー様に睨まれた。
「それがこの国のためだとミアは考えている。お前はそれに応えるつもりがないなら辞退しろ。中途半端な気持ちでミアを巻き込む事は私が許さない。」

そういうとクリストファー様は去っていった。

俺が姫に迷惑をかけないという保証がどこにある?今だってクリストファー様に忠告されなければ、そんな事に気づきもしなかった。

嫌なんだ、姫が傷つくのを見るのは…

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

真実の愛に婚約破棄を叫ぶ王太子より更に凄い事を言い出した真実の愛の相手

ラララキヲ
ファンタジー
 卒業式が終わると突然王太子が婚約破棄を叫んだ。  反論する婚約者の侯爵令嬢。  そんな侯爵令嬢から王太子を守ろうと、自分が悪いと言い出す王太子の真実の愛のお相手の男爵令嬢は、さらにとんでもない事を口にする。 そこへ……… ◇テンプレ婚約破棄モノ。 ◇ふんわり世界観。 ◇なろうにも上げてます。

落ちこぼれ公爵令息の真実

三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。 設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。 投稿している他の作品との関連はありません。 カクヨムにも公開しています。

嘘はあなたから教わりました

菜花
ファンタジー
公爵令嬢オリガは王太子ネストルの婚約者だった。だがノンナという令嬢が現れてから全てが変わった。平気で嘘をつかれ、約束を破られ、オリガは恋心を失った。カクヨム様でも公開中。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

処理中です...