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この世界は嫌だ

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コトミがアイーダになって2週間が過ぎた。
前向きに、ポジティブに!
考えたって事実は変わらない。なら楽しく過ごしていこう。そう考えて過ごしていた。

2週間もするとそのテンションを維持することが難しくなってきた。

自分を知っている人は誰もいない。価値観も合わない。心が許せる家族もいない。

今、なんでここにいるのかだんだんわからなくなってきていた。

来たばっかりの頃は全部を受け入れて生きていこうと思っていた。
自分ならできると信じていた。
元々、前向きだ、明るいといつも言われてたし、自分でもそう思っていた。

それは家族がいて、友達がいて‥
信頼できる人達がいたから私らしくいる事ができたんだと知った。
ここで明るく振舞ってたのはただ無理してただけ。
いつまでも終わりが見えない状況でそんなものが続くわけがない。
コトミ自身、その事はよくわかっていた。

この世界は私の世界ではない。私はこの世界で独り‥

ホームシックなのだろうか。もう二度と戻れない世界‥みんなに会いたい。どうしても会いたい。


「アイーダ‥」
ソファに座ってボーと窓の外を見ていたら後ろからルイードが声をかけてきた。

「ルイードさん‥」
ルイードさんは心配そうに近づいてくる。

「ミルダから元気がないと聞いた。何があった?」
ルイードさんは優しい口調だが、余計に悲しくなった。
ミルダさんがルイードさんに私の状態を報告した。
見張られている‥そんな風に思ってしまった。
心配されているではなく、そんな風にしか考えられない自分が嫌だ。

「別に何もないよ。」
そう、何もない。何があった訳ではない。

「じゃあ、今何を考えている?俺はアイーダの婚約者だ。思いを知りたい。」
ルイードさんは変わらず優しい声で話しかけてくる。
アイーダの婚約者だ。コトミの婚約者ではない。

「何もないと言ってるじゃない!ほっといて。」
思わず、大きな声が出た。
ルイードさんは少し驚いた顔をしたが、すぐに悲しそうな顔になった。
私に近づいて手をギュと握った。

「ほっておけない。」
ルイードさんに真っ直ぐ見つめられた。

アイーダの婚約者だ。
だけど、こんな風に見つめられると勘違いしそうになる。
私の心配をしてくれていると‥

「こんなところにいたくない‥」

「うん。」

「家族がいない、友達がいない。」

「うん。」

「ここは独りぼっちだ。」

「うん。」

「自由がない。何も自分でできない。」

「うん。」

「どうしたら私らしく生きられる?こんな世界じゃ生きていけない。私の世界じゃない。」

「うん。」

涙が溢れる。いえば言うほどこの世界は嫌だ。

もう言葉が出てこない。

ルイードさんはそんな私を見て抱きしめた。

「すまない、アイーダをここから出せないが、できるだけ希望は叶える。そして俺がそばにいる。独りではない。」
耳元でルイードさんは言う。
ルイードさんの体温は温かい。久しぶりに感じた人の温もり。

私の婚約者じゃないのはわかっているが、その温もりに包まれて私は目を閉じて泣いた。

声を出して泣いた。その間ずっとルイードさんは何も言わずに抱きしめてくれていた。
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