上 下
29 / 36

コトミとルイードの決別(ルイード視点)

しおりを挟む
「聖女様、ルイード様。こちらで一時間ほどお待ちください。次の出席の頃にお迎えに参ります。」
神官が頭を下げ出て行く。
待ちに待ったコトミとの再会。

コトミの嫌そうな顔が見えた。
一時間二人っきり‥
それを嫌だとはっきり態度に出ている。
その様子に胸が痛む。

兄上が段取りしてくれた時間だ。
コトミと話せるチャンスなどもう回ってこない。
しっかりしろ!

「‥‥」
俺を視界に入れたくないのか、俺を背に座っている。

「コトミ、話がある。」
俺から話しかける。

「その名前は呼ばないでと言ってあったはずよ。」
コトミは振り返らない。
コトミの瞳に俺を映してはくれない。

屈託がない笑顔が好きだった。
人間の醜さなど知らない澄んだ心が好きだった。
いつも憎まれ口を叩きあうが、それもコトミとなら嬉しかった。
コトミとそんな風にできるのは自分だけだと優越感にも浸れた。
コトミの全てを愛している。

そんなコトミからの拒否。
冷たい視線。

伝えたい事はきちんと考えて来ていたが、声にならない。
フラフラとコトミに近づき、背を向けるコトミに膝を折って頭を下げる。

「俺を嫌わないでくれ‥お願いだ。」
王族として人の上に立つように求められてきた。
それを当たり前だと思ってやってきた。
それがどうだ、コトミの足元で縋るしか引き止める手段がないなんて。
情けない。
だが、俺には他にどうすることもできない‥

「そんなに聖女様に嫌われるのが嫌なの?」
コトミが横目に俺を見て、鼻で笑った。

「聖女などどうでもいい。コトミに嫌われたくない。コトミの事を愛している。お願いだ‥俺を拒否しないでくれ。俺はお前を失ったら生きていけない。」

頼むから俺を拒否しないでくれ。
それ以外ならなんでも受け入れる。

「‥‥言いたいことはそれだけ?名前を呼ばないでと言わなかった?私の存在は簡単に命令を無視できるほど軽いのものなの?」

コトミは俺の方を見た。
冷たい視線のまま。
コトミは俺を受け入れる事を拒否した。
今まで築き上げて来たものは全て俺のバカな言動のせいで消えてしまった。
もう時間は戻せない。
どんなに言葉を紡いでもコトミには伝わらない。

コトミにこれ以上嫌われたくはない。
これ以上、この冷たい視線に耐えられない。

俺を拒否する事がコトミが望みならそれを叶えよう。
自分の心を殺しても。

できるはずだ、そうやって今までこの王城で生きてきた。
コトミの側で素の自分でいる事ができたのは奇跡だったんだ。

自分の気持ちをありのままに伝えず、誤魔化した俺への罰。
コトミの苦しみを理解せず、傷つけた代償‥

俺の心は決まった。

立ち上がり、頭を下げ、臣下の礼を取る。
「申し訳ありませんでした。今後は一切そのような事は致しません。聖女様のご命令に従います。この行事が終われば、婚約解消をすすめましょう。」

背を向けている聖女様の表情は見えない。
俺にとってもその方が良かった。
今、ホッとした彼女の顔を見たら立ち直れないから。

「‥‥」

「私が側にいるのは苦痛でしょう。隣の部屋におります。この行事が終わるまでは婚約者のままです。もうしばらくご辛抱ください。」
とだけいい、その場を離れた。

この行事が終われば兄上に伝えなければならない。
婚約解消は俺の方からはできない。
全ては聖女様の一存で決まる。

俺に会いたくないだろう。
俺ももう拒否するあの目を見る勇気はない‥

俺と会わず、その手続きを進めるには‥
兄上に代わりに行ってもらうしかない。
俺の代理サインができる人間などこの国に少ないのだから。

「聖女様のお望みのままに。」
隣の部屋に向かい一礼をする。
もし聖女様がここを出て行きたいというのなら、できる限りその協力をしよう。
そのことで、もし兄上の敵になろうと国を裏切ろうとも俺はもう聖女様を傷つける事はしない。
影から一生守る。

「あなたを私の全てをかけて一生守っていく。だから私の側にずっといてほしい。」

前に伝えた聖女様への誓い。
その時は流されたが、俺の中で一生消える事のない誓い。

「私の側にずっといて欲しいなんて図々しい事がよく言えたものだ。」
自分の言葉に笑いがこみ上げる。

その時の俺はこんな風に拒否されるなんて考えた事もなかった。
一番幸せだった時‥
もう一度、もう一度だけ戻れないだろうか。
笑いあえ、何でも話し合えたあの頃に‥

涙が流れる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!

近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに! どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…? 幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り 後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが 他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています ※完結しました!ありがとうございます!

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

処理中です...