2 / 2
雷に授かった子
しおりを挟む
さて、解放された雷はどうなったか。
栖軽の墓の碑文から出してもらったは良いが、雷はどうやって天に戻れば良いかわからなくなって、ピカピカゴロゴロと地上をさまよったのである。
七日目に雷がゴロゴロと至ったのは、尾張の国である。
天に戻る方法を思い出して、ピカっと光ったのはとある農夫の畑であった。雷が光ったので、出てきたばかりの蕪の芽が焦げた。
農夫は怒って、鍬を振り上げ、雷童子の上に落とそうとした。雷は手足を擦って殺さないでくれと懇願したのである。
「何もせずに天に返してくれたら、子どもを授ける」
子のいない農夫は、真っ赤な雷童子を助けてやった。雷は喜んでピカピカ光って、また蕪の芽を焦がして、農夫は頭を抱えた。
雷は言った。
「楠木で船を作っておくれ。竹の葉を帆柱にして、川に流しておくれ」
農夫は薪から楠木らしき枝をよりわけ、丸太船を作って、竹の枝をくくりつけて、川に流してやった。
雷はピカピカ喜んで、「近寄ってはいけない」と言った。雷がピカピカと丸太船に飛び乗ると、たちまち雲が湧いて、雷は天に登っていった。
ゴロゴロと雷鳴が鳴り響き、雨を降らせながら去っていった。
農夫が家に戻ってみると、妻がピカピカと明るい顔をして嬉しそうに言うのである。
「子どもができたみたいよ」
なんともありがたいことではないか。
十月十日経って、妻は雷のように唸り、ピカピカとした子どもを産んだ。
農夫は、雷に授かったこの子を雷児と名付けたのである。
雷児は、ゴロゴロと転がり、ピカピカと笑う赤ん坊であった。すくすくと大きくなり、無事に十三を迎えた。
雷児はまだ子どもである。
さすがにピカピカ光ることも無くなったが、ゴロゴロと笑う、大柄な力自慢の男の子になった。
その頃、大王は栖軽の仕えた大王から、代替わりをしていた。今度の大王は、都を飛鳥に置いた。
さて、新大王には力自慢の皇子がいた。豊かな髪の毛を立派な美豆良に結いあげ、豊かな髭を備えた大男である。
雷児は、その皇子の噂を聞いて、都に向かった。
ちょうど、雷児が都に着いた頃のことである。力自慢の皇子の屋敷には八尺もの高さのある大きな石が立っていた。
何か嫌なことでもあったのか、皇子はその石を持ち上げ、投げると石は屋敷の門口にはまって、人は出入りできなくなった。
雷児はそれを見に行って、こここそ、噂の力自慢の皇子の屋敷だとあたりをつけた。
その晩のことである。
雷児は皇子の邸の前に行くと、その石を指でつついて動かした。
翌朝、皇子が起きると石が動いているではないか。
なんたることか。
皇子はあたりをキョロキョロと見ると、ニヤニヤ笑っている雷児と視線があった。
こんなガキが動かしたか。
皇子は怒って石を持ち上げると、三尺も飛ばしてみせた。
雷児は、笑って片手でひょいと石を五尺飛ばしたのである。
力自慢の皇子が子どもに負けたと、人が笑ったので、皇子は怒って雷児を捕まえようとした。
雷児はゴロゴロと笑って、逃げ出し、寺に駆け込んだ。
その寺は、我が国に初めて作られた法興寺である。
朝廷の有力者の、蘇我氏の寺であり、いくら皇子と言えども、追いかけて寺に入って子どもを捕まえることは躊躇された。地団駄を踏みながら帰って行った。
何の騒ぎかと出てきた僧侶は、栖軽の孫に当たる人だった。
ゴロゴロと笑いながら皇子を怒らせた話をする雷児に何か思うところあったのだろうか。雷児を弟子として雑用を任せることにした。
雷児が法興寺の童子になって数年経った。
雷児はまだ法興寺でゴロゴロと機嫌よく雑用をこなした。
ところがこの頃、法興寺の鐘つき堂では鬼が出て、夜の最後の鐘をつく人を殺すようになった。
三人目が殺されたのを知り、雷児はこの鬼を捕まえてやることにした。
お師匠さまにそう申し出ると、お師匠さまは一か八かやってみることにした。
「四隅に覆いを被せた四つの灯りを置いてください」
そして、雷児が合図をすると、その覆いを取るようにと言った。
夜になった。
静まり返った鐘つき堂の中に五人が潜む。
雷児が夜の最後の鐘をつくと、鬼が現れた。
鬼は雷児に掴みかかるのだがら雷児の手の方が早かった。右手で鬼の手を掴み、左手で鬼の髷を掴んだのである。
「それ!」
雷児が合図をしても、控えていた四人はブルブルと震えて動けない。
雷児は、暴れる鬼を引きずりながら、四隅を周り、足で蹴飛ばして覆いを全部外してしまった。
鬼の姿が光にあらわになった。
血の気のない青白い肌に、ぼうぼうの髭、そして長く伸びた爪が恐ろしげで、控えていた人たちはますます怯えた。
青白い肌の鬼は、なおも暴れ回り、雷児が掴んだ髪の毛が抜けていくが、血は出ない。
朝日がのぼり始めると、その様子はもっとはっきりとした。
ははん、これはただの死人だな、と雷児は、鬼の手を掴んでいた右手を離してやると、鬼はズッと前のめりになり、雷児の手に、髷ごと髪の毛が残された。
雷児たちは朝靄の中、鬼を追いかけた。
鬼が消えたところにあったのは、とある墓である。
人が墓を掘り返したところ、たしかに髪の毛が髷ごとなくなった死体があった。先だって、盗みに入ったところを見つかって、打ち殺された男であった。
寺では男を火葬し、葬り直してやったという。
力自慢の雷児はあいかわらず、寺で雑用をしている。
栖軽の墓の碑文から出してもらったは良いが、雷はどうやって天に戻れば良いかわからなくなって、ピカピカゴロゴロと地上をさまよったのである。
七日目に雷がゴロゴロと至ったのは、尾張の国である。
天に戻る方法を思い出して、ピカっと光ったのはとある農夫の畑であった。雷が光ったので、出てきたばかりの蕪の芽が焦げた。
農夫は怒って、鍬を振り上げ、雷童子の上に落とそうとした。雷は手足を擦って殺さないでくれと懇願したのである。
「何もせずに天に返してくれたら、子どもを授ける」
子のいない農夫は、真っ赤な雷童子を助けてやった。雷は喜んでピカピカ光って、また蕪の芽を焦がして、農夫は頭を抱えた。
雷は言った。
「楠木で船を作っておくれ。竹の葉を帆柱にして、川に流しておくれ」
農夫は薪から楠木らしき枝をよりわけ、丸太船を作って、竹の枝をくくりつけて、川に流してやった。
雷はピカピカ喜んで、「近寄ってはいけない」と言った。雷がピカピカと丸太船に飛び乗ると、たちまち雲が湧いて、雷は天に登っていった。
ゴロゴロと雷鳴が鳴り響き、雨を降らせながら去っていった。
農夫が家に戻ってみると、妻がピカピカと明るい顔をして嬉しそうに言うのである。
「子どもができたみたいよ」
なんともありがたいことではないか。
十月十日経って、妻は雷のように唸り、ピカピカとした子どもを産んだ。
農夫は、雷に授かったこの子を雷児と名付けたのである。
雷児は、ゴロゴロと転がり、ピカピカと笑う赤ん坊であった。すくすくと大きくなり、無事に十三を迎えた。
雷児はまだ子どもである。
さすがにピカピカ光ることも無くなったが、ゴロゴロと笑う、大柄な力自慢の男の子になった。
その頃、大王は栖軽の仕えた大王から、代替わりをしていた。今度の大王は、都を飛鳥に置いた。
さて、新大王には力自慢の皇子がいた。豊かな髪の毛を立派な美豆良に結いあげ、豊かな髭を備えた大男である。
雷児は、その皇子の噂を聞いて、都に向かった。
ちょうど、雷児が都に着いた頃のことである。力自慢の皇子の屋敷には八尺もの高さのある大きな石が立っていた。
何か嫌なことでもあったのか、皇子はその石を持ち上げ、投げると石は屋敷の門口にはまって、人は出入りできなくなった。
雷児はそれを見に行って、こここそ、噂の力自慢の皇子の屋敷だとあたりをつけた。
その晩のことである。
雷児は皇子の邸の前に行くと、その石を指でつついて動かした。
翌朝、皇子が起きると石が動いているではないか。
なんたることか。
皇子はあたりをキョロキョロと見ると、ニヤニヤ笑っている雷児と視線があった。
こんなガキが動かしたか。
皇子は怒って石を持ち上げると、三尺も飛ばしてみせた。
雷児は、笑って片手でひょいと石を五尺飛ばしたのである。
力自慢の皇子が子どもに負けたと、人が笑ったので、皇子は怒って雷児を捕まえようとした。
雷児はゴロゴロと笑って、逃げ出し、寺に駆け込んだ。
その寺は、我が国に初めて作られた法興寺である。
朝廷の有力者の、蘇我氏の寺であり、いくら皇子と言えども、追いかけて寺に入って子どもを捕まえることは躊躇された。地団駄を踏みながら帰って行った。
何の騒ぎかと出てきた僧侶は、栖軽の孫に当たる人だった。
ゴロゴロと笑いながら皇子を怒らせた話をする雷児に何か思うところあったのだろうか。雷児を弟子として雑用を任せることにした。
雷児が法興寺の童子になって数年経った。
雷児はまだ法興寺でゴロゴロと機嫌よく雑用をこなした。
ところがこの頃、法興寺の鐘つき堂では鬼が出て、夜の最後の鐘をつく人を殺すようになった。
三人目が殺されたのを知り、雷児はこの鬼を捕まえてやることにした。
お師匠さまにそう申し出ると、お師匠さまは一か八かやってみることにした。
「四隅に覆いを被せた四つの灯りを置いてください」
そして、雷児が合図をすると、その覆いを取るようにと言った。
夜になった。
静まり返った鐘つき堂の中に五人が潜む。
雷児が夜の最後の鐘をつくと、鬼が現れた。
鬼は雷児に掴みかかるのだがら雷児の手の方が早かった。右手で鬼の手を掴み、左手で鬼の髷を掴んだのである。
「それ!」
雷児が合図をしても、控えていた四人はブルブルと震えて動けない。
雷児は、暴れる鬼を引きずりながら、四隅を周り、足で蹴飛ばして覆いを全部外してしまった。
鬼の姿が光にあらわになった。
血の気のない青白い肌に、ぼうぼうの髭、そして長く伸びた爪が恐ろしげで、控えていた人たちはますます怯えた。
青白い肌の鬼は、なおも暴れ回り、雷児が掴んだ髪の毛が抜けていくが、血は出ない。
朝日がのぼり始めると、その様子はもっとはっきりとした。
ははん、これはただの死人だな、と雷児は、鬼の手を掴んでいた右手を離してやると、鬼はズッと前のめりになり、雷児の手に、髷ごと髪の毛が残された。
雷児たちは朝靄の中、鬼を追いかけた。
鬼が消えたところにあったのは、とある墓である。
人が墓を掘り返したところ、たしかに髪の毛が髷ごとなくなった死体があった。先だって、盗みに入ったところを見つかって、打ち殺された男であった。
寺では男を火葬し、葬り直してやったという。
力自慢の雷児はあいかわらず、寺で雑用をしている。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
もぐらちゃんたちのおはなししゅう
佐伯明理(さえきあかり)
児童書・童話
もぐらちゃんたちの日常を描いた短いおはなし。
1〜4は絵本ひろばに掲載された絵本のノベライズなので、内容は同じです。
5以降は新作なので絵本はありません。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
バースデイカード
はまだかよこ
児童書・童話
双子の女の子とパパとママの一家です。 パパはブラジル人、ママは日本人ていうか関西人。 四人は、仲良しだけどたまにはけんか。 だってね。 そんな家族のお話です。
徹夜でレポート間に合わせて寝落ちしたら……
紫藤百零
大衆娯楽
トイレに間に合いませんでしたorz
徹夜で書き上げたレポートを提出し、そのまま眠りについた澪理。目覚めた時には尿意が限界ギリギリに。少しでも動けば漏らしてしまう大ピンチ!
望む場所はすぐ側なのになかなか辿り着けないジレンマ。
刻一刻と高まる尿意と戦う澪理の結末はいかに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
凄く良くできた神話だなと思います。日本霊異記を元にした創作ということですが、完全にご自身の物語にされていて、感動致しました。
雷を捕まえてこい、というのは一休さんの襖絵の虎にも通じる非現実的な無理難題ながら、スガルは本当に捕らえてくるから驚きます。
その捕らえ方がまた凄い。卓越した筆力が生んだ迫真の捕縛シーンはまさに圧巻でした。
こうして次世代にまで引き継がれた人と雷との因縁は、見事なオチをつけて終わりを迎えます。一体どのようなラストになったか?
それはぜひ読んで感じていただきたいところです。
お勧めです!
凄く良くできた神話だなと思いました。元ネタなどあるのでしょうか?
時代は違いますが、宇治拾遺物語のような説話集に収録されていてもおかしくないほど素晴らしかったです。
雷を捕まえてこい、というのは一休さんの襖絵の虎にも通じる非現実的な無理難題ながら、スガルは本当に捕らえてくるから驚きます。
その捕らえ方がまた凄い。卓越した筆力が生んだ迫真の捕縛シーンはまさに圧巻でした。
こうして次世代にまで引き継がれた人と雷との因縁は、見事なオチをつけて終わりを迎えます。一体どのようなラストになったか?
それはぜひ読んで感じていただきたいところです。
お勧めです!
ありがとう!元ネタは書いてる通り、日本霊異記ですよー。