しんぽり物語

クルクル

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IF世界

回顧録

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『は、はは……』

壁に背を預け、笑っている人がいた。
袈裟斬りに切り裂かれた傷口から流れた夥しい血が、赤い水溜まりを作る。
やったのは、私。

『…私達も…ごほっ……ここまで、ですか』
『………』

渇いた笑みを浮かべ、科学者は言う。
殺すべきはコイツともう1人。向こうはとっくに終わっているだろう。
今更コイツの言葉を聞く義理はない。
さっさと殺して終わらせよう。

『はぁーっ……はぁっ、はは……ただで死んでやると、思ったのかい?』
『………?』

目の前で見下ろす私に向けられたその目は、いつもの様にギラついている。
この期に及んでまだ何かする積りなのか。
今にも死にそうなその傷で、何が出来るというのか。
疑問に思って動きを止めた私に、科学者は血塗れの手でリモコンを取り出すと私の後ろへそれを向けた。
私の後ろにはスモークガラスの仕切りがあるだけで、何も無いはず。

『お前も、知らなかっただろう……?私も、気付いたのは…はぁ……ついさっきさ』
『……何を、言って…』
『はは、とんだ喜劇だよ…全く』

ボタンを押す。
ガコン、と何かが外れる音に振り返れば仕切りが外れていた。
隠されていたものが露になる。
そこには1つの台座と、薔薇の花。

『………蕾?』
『青、薔薇の…花言葉は』

まだ咲かせていないその蕾に困惑している私を余所に、科学者は言葉を紡ぐ。

『不可、能……だけどね』

嫌な予感がする。

『無理…なら、、良いんですよ…』


青い蒼い薔薇の花が開く。

『いま、アレの花言葉は…変わった。……に、ね…』

花言葉の反転。その言葉で私は科学者の最後の足掻きの正体を悟った。
慌てて止めをさす為に科学者へ槍を突き刺す。
しかし全てが遅かった。

『お前達も、この、研究も……×××以外の全てが、道、ずれだ!』

その科学者の言葉呪いと共に、私は全てを失った。

◆❖◇◇❖◆

『単独任務、ですか?』

月日は流れ、私-絵優奈-は『CinderellaPolice』という警察組織に所属していた。
あの研究所での反乱で半身にも等しい絵優菜と師匠を喪ってから1年と少し。
琥珀Ambroid』の力によって蘇生した私は、遺された青薔薇を回収。研究所を潰して回る日々を送っていたところを拾われた。
生物兵器として扱われていたあの頃の経験もあって、それなりには貢献出来ていると思う。
幹部級の1人として、こうして会議に出席するくらいの地位にはいた。

『そう、今回は複数の任務を早期に解決する必要がある。だから単独任務、またはバディで任務に当たって欲しいんだ』

会議に参加している私を含めた7人の1人、CinderellaPolice長官トップの朱歌さんがそう言った。

『それで、肝心の任務についてはどうなってる?』
『任務の詳細については後で順次資料を渡す。割り振りに関しても此方で既に決めてある』
『言っていた通りほぼ全員が単独、か…まぁ良い。俺は特に問題ない』
『一応内容を考慮しての人選だ。殲滅戦が予想される夜優綺さんのみ、カンサキさんにも同行してもらう。それ以外は先程言った指示通りだ』
『…そうか。なら俺は下がるぞ。準備がいる』

任務について話していたのは、組織最強の実力者、紅魔クレアさんと長官代行のRuffさん。歴とした幹部で、特にクレアさんは創設初期から所属しているだけあって実績も多いと聞いている。

『絵優奈さんとわかめさんは、最悪戦闘に発展する可能性もある。くれぐれも注意してくれ』
『分かりました』
『……了解しました』

クレアさんが下がった後も説明は続いた。
今回私に課せられた任務は調査任務。余程のことが無い限り戦闘になる可能性はないだろう。

『皆には、もう1つ注意してもらいたいことがある』

任務についての説明が終わり、解散かと思ったらRuffさんが再び話し始めた。
言葉と共に備え付けてある大型モニターに1人の男が表示される。

『こいつは最近活動が目立つ指名手配犯のテロリスト、通称『フラスコ』だ。階級は特A級、単独犯だが神出鬼没で動きが読めない。そして…』
『こいつも『夢理民』の1人だよ』

つらつらと男について解説するRuffさんが言葉を切る。後を継いで口を開いたのは長官だった。

『フラスコの活動範囲はかなり広いけど、それでも一定区間に絞られている。今回絵優奈さんとわかめちゃんの担当はどちらもその範囲内にある街なんだ。だから覚えておいて欲しい』

相手が夢理民だからか、長官の纏う雰囲気もどこか重かった。

▷▶︎▷

『絵優奈ちゃん!』

会議を退室した後、直ぐに声をかけられた。
振り返って見れば、予想通りわかめさんがそこに居た。

『絵優奈ちゃん、また単独任務だけど、気をつけてね?』
『……わかめさんも、同じじゃないですか』
『そうだけど!絵優奈ちゃん、直ぐに怪我するでしょ。皆心配してるんだよ?』
『……そうですか。ありがとうございます』
『本当に気を付けてね?無茶しちゃダメだよ?』

そう言うと彼女は自分の準備があるからと去っていった。どうやら気に掛けてくれたらしい。
同年代で同性ではあるが、実はわかめさんについて知っていることは多くない。
把握しているのは世界でも稀少なXXX族の末裔であること、もう1人の同性の同僚、夜優綺さんが拾ってきたということくらいだ。
それでも、こうして私に話しかけてくれるから、いい人なのだとは思う。

『おい、アイツ』
『ああ、あの生物兵器の……』

ヒソヒソと話し声が聞こえた。
声の方へ目を向ければ、2人の構成員が私を横目で見ながら陰口を叩いていた。
実の所、ここでも私は良く思われていないらしいという感覚はあった。今のような事も一度や二度じゃない。
実力を見せれば見せる程、仲間であるはずの彼らは異物を見る目を向けてきた。
悪どい研究の被害者や訳ありが多い構成員には、私の経歴は受け入れ難いものなんだろう。
普通に接してくれるのはわかめさんや上位幹部だけだ。

『はぁ…』

言い様の無い疎外感に思わず嘆息し、私も自分の任務へ向かう。

私の居場所は、どこにあるのか。
そんな言葉が不意に浮かんだ。

◆❖◇◇❖◆

2人の少女ー絵優奈と乾燥わかめーが退出した後。
会議室に残った3人の間には思い空気が流れていた。

『……これ以上あの子達を前線に向かわせるべきじゃない』

重苦しい空気を破って口火を切ったのは、赤いメッシュの入った白い長髪の、片眼鏡モノクルをかけた白衣の男ー副長官のカンサキももだった。
開発室、医務室、整備局、その他雑務の大半を統括する以外にも自身も戦力第4位として前線に立つカンサキは、まだ若いわかめや絵優奈、夜優綺を始めとする準幹部の事を気に掛けていた。
特に情緒が酷く不安定な夜優綺と、自傷に躊躇いのない絵優奈に対して心を痛めていた。
カンサキは険しい目付きで言葉を重ねる。

『今回の任務だって、急を要すると言っても余裕が無いわけじゃないんだ。絵優奈ちゃんと夜優綺は本部待機にさせた方が良い』

カンサキの言葉は、構成員とはいえ年相応とは思えない彼女達に対する憂いから来たものだった。
それが分かっているからこそ、朱歌もRuffも返す言葉がなかった。

『それは考えが甘いと言わざるを得ないな、半神の子』

一時の沈黙を破ったのは、いつの間にか姿を現していた1匹の猫。
黒と赤の毛並みを持つその猫は、尾が二又に別れている以外には唯の猫にしか見えない。
人事部長ロムねこ。
それがその猫、否、猫又の正体。
カンサキの意見に甘いと断言したロムねこは猫であるのに流暢に人語を操り、その黄金色の瞳でカンサキを凝視した。

『人手の足りなさは理解しているはずだ。半神の子』
『だからと言って、あの子達がボロボロになるまで働かなきゃいけない理由にはならないはずだ!』
複製の子絵優奈も、改人の子夜優綺も、戦力としては最上位。あれの子らが前線に出ることで被害は減る』
『……駒として使い潰す気ですか、ロムさん』
『真に命の価値が等しいと考えているなら、私の言う事も理解出来ると思うがね。半神の子』

組織人としての立場を崩さないロムねこに対しカンサキは食い下がる。面倒を見ている子供に情が移ったと言われれば否定出来ないのはカンサキ自身も認めている。しかしどうしても子供に負担を強いる現状を看過出来なかった。
諦める様子の無いカンサキに、ロムねこは目をモニターに映る男へと向けて静かに溜息を吐いた。

『犯罪組織や違法な科学者を擁する研究施設など、敵は上げればキリが無いのが現状。ましてこのテロリストのような夢理民は、自重などしてくれない』
『……構成員の中にも、彼らの戦闘に巻き込まれて殉職した者が数多くいます』
『人の子の言う通り、あれの子らを優遇して多くの人の子を切り捨てれば、組織全体の士気にも関わる。身内可愛さに甘やかすのは他の部下を見捨てるようなものだ』
『………』

ロムねこの言い分にカンサキは黙るしか無かった。仕事が多岐に渡る関係で部下に深く慕われている彼は、そう言われてしまえば引き下がるしか無かった。

『………今回は、既に各所にも通達を済ませてあります。カンサキさん』
『…………分かった』

話は終わったと言わんばかりに立ち去るカンサキ。Ruffも長官も、厳しい言葉を述べていたロムねこも、閉じるドアをただ眺めることしか出来なかった。

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