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09.帰れない帰り道と狂宴の始まり

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――――二人を乗せた車は、森林を軽やかに抜け、帰りの高速道路までもうすぐだった。

そんなとき、運転手が道端に車を停車し、二人に声をかけた。

「このまま家に戻っても大丈夫かな?」

その一言に驚いた智宏は、即座に運転手に食ってかかった。

「もう変なところに連れて行くなよ! 家に戻せ!」

「あぁ……、いえ……このまま帰宅すると、バイトはどうしたんだと親御さんが不審に思わないかと思ってね……」

春太はこのやりとりを聞いてポソリと呟くように言葉を吐いた。

「そういえば……、お給料貰ってないね……」

それを聞いた運転手は、すかさず言葉を返す。

「お給料は私が預かってきたよ。総額で500万円だね」

「えっ!?」「ぇえっ!?」

智宏と春太は、その金額に驚き、同時に声を上げ運転手から250万円ずつ入った封筒を受け取った。

「この金額には、蕪木さんの気持ちが入っていると聞いてるんだ。二人が仲睦まじくいられるように、ゲームでもパソコンでも自由に買って楽しんで欲しいって言っていたよ」

焦った智宏と春太は顔を見合わせ、目をぱちくりさせていた。

「アルバイト終了期日まで3週間、まだ2日しか経っていないから、親御さんに気付かれないように、そのお金でどこかに泊まって期日まで居た方がいいのではと私は思うけどねぇ……」

「僕もそう思う……」

春太がそう返すと、智宏はそのまま頷くしかできないままでいた。

「じゃあ、この近くに温泉街があるから、そこに行こうか」

運転手は爽やかな笑顔で二人を誘った。しかし、智宏はその言葉に反応し、低い声で運転手に返す。

「今度は変なホテルじゃないんだろうな……」

「疑われているねぇ……、まぁ、当たり前だけど……」

クスクスと笑いながら運転手は春太にも聞いてみた。

「春太くんはどんなホテルに泊まりたい?」

「ん~と……、変なお客さんが来なくて、智宏と寝られるようにベッドが大きいところがいい」

可愛い受け答えに、思わず運転手はもっと笑いながら答えた。

「はっはっはっ、大丈夫だよ。これから行くホテルは普通のホテルだから……」

智宏はそう運転手に言われても懐疑的で、眉をひそめながら春太の手を掴んでいた。

「運転手さんはまたお迎えに来てくれるの?」

「もちろん伺いますよ。ただ……」

「ただ……?」

春太と運転手のやり取りが続く。

「次に来るときは蕪木さんを連れて来なければ……」

「なんでアイツが来るんだよ!」

智宏は運転手の言葉に食ってかかった。

「智宏くんには理解できないかも知れないけれど、二人が帰って来るということは、蕪木さんがお客様に対しての責任を取るっていうことなんだよ。二人の代わりになって、お客様をもてなすんだ。何をするかは、もう言わなくても分かるよね?」

運転手の言葉に、智宏はぐっと唾を飲み込み、春太は目を見開き泣きだし叫んだ。

「戻ってくださいっ!僕の代わりになんて、酷すぎる……っ!!」

「まぁまぁ落ち着いて、春太くん。蕪木さんはね、今夜のお客様をもてなしたら、あそこから逃げるって言っていたんだ。だから、私が迎えに行く算段になっているんだよ」

「で……、でも……」

「大丈夫だよ。逃げる方法は簡単で、蕪木さんが心を決めれば、最早誰も見張っていないしね。昔は逃げられないようにボディガードがいたけど、彼が支配人になってからは、彼が見張る役目になっているぐらいだからね」

ポロポロと涙を零す春太の手を智宏はしっかり握ってやっていた。

「脱走がうまくいったら、四人で食事をしよう。もちろん、蕪木さんの奢りでね」

運転手はくつくつと笑うと、クーラーのパワーを一段階上げた。

「もうだいぶ外は暑いね。さて、そろそろ私は君たちをホテルに置いて3時間ほど時間を潰して戻らないといけない。ホテル選びは君たちに任せるから、どこか決めてね。この先に温泉付きホテルがたくさんあるから、まずはそこに行こう」

車は滑るように静かに走り出し、市街地を抜けてゆく。

15分ほど走った頃、温泉街が見えた。
ホテルなど自分たちで決めたことがない二人は、春太の希望通り大きなベッドがある眺めの良い部屋を探しに車を降り、ちょこちょこと歩き回ってはフロントに部屋があるかどうか聞いて回った。

数件目で、運良くも最上階の眺めの良い部屋が見つかり、二人は荷物を取りに車に戻った。

「その顔だと見つかったようですね。どれ、荷物運びを手伝いましょう」

運転手はホテル間近まで二人を乗せ車を横付けすると、荷物をもってフロントに言い、部屋まで荷物を運ぶよう指示をした。最初は家出少年かもしれないと訝しげだったホテルマンたちは、運転手が荷物を運ぶ様子を見て、どこかのお坊ちゃまたちだと考えたようで安心した様子だ。

「では、私はこれで……。明日また蕪木さんを連れてここに来ますので、二人はゆっくり休んでください。あ、そうそう、智宏くんにはこれを渡さなければ……」

運転手は小さな黒いビニール袋を手渡すと、クスリと笑って運転席に戻っていった。

瞬く間に車は見えなくなり、智宏がそのビニールを覗き込むと、そこにはコンドームの箱とローションが入っていた。

「何が入ってたの?」

覗き込もうとする春太の顔を手で押し返し、智宏はズンズンと顔を真っ赤にしながらホテルに入っていった。春太は智宏の後を追いかけ、フロントでカードキーをもらうと、二人は荷物を運ぶホテルマンとエレベーターで最上階を目指したのだった。







二人が部屋に到着しホテルマンが下がると、そこには静寂を纏った空気が流れ、二人はやっと大きな溜息と共にへなへなと座りこんでしまった。

部屋はホテルという名称ではあったが、和室作りの部屋とベッドルームが別れている大きな部屋だった。暫くしてどちらからともなく窓際に行けば、そこには大きな夕焼けが差し、昨日の夜までの記憶を消し去りたい二人に温かい光を届けている。しかし、あの館でのことがあったからこそ、二人の心は近付いたのだ。

「智宏……、僕のこと気持ち悪いって少しでも思ったら、いつでも僕を無視していいよ」

春太は自信なげな様子でポソリと呟いた。

「今日も言ったけど、気持ち悪くなんかないし……、むしろ好きだから……」

智宏は恥ずかしそうに窓の外を見ながら春太に声をかける。

「智宏、ありがとう……」

春太が返事をすると、智宏は春太にぐっと近付き、キスをした。

「風呂の続き、しようか……」

二人はベッドに行き、待ち兼ねたように貪るようなキスを重ね、お互いを欲した。智宏は運転手に渡されたビニールを枕元に置き、いざ中身を取り出したが、ローションの使い方が分からない。

「あの……それヌルヌルする液体だよ……、挿れるときに使うの……」

春太は智宏の様子に使い方をアドバイスする。

「春太はコレ使ったことあるの?」

「……うん、おうちで智宏を思ってオナニーするとき、指入れたりするのに使ってた……」

春太はかぁっと頬を赤く染めつつ答えた。智宏は早速手にローションを垂らすと、驚きの声を上げる。

「うわ、何コレ本当にヌルヌルする……! 春太、ベッドにうつ伏せになって……」

火が付いたように、智宏は春太の後孔に指を忍ばせ、ローションを纏わせた指をグチュリと挿入した。

「あ……ッ!」

そのまま智宏はグチュリグチュリと指を何度も出し挿れし、やがて指は2本に増えた。

「……ぁあっ、あああああ……ッ」

激しい指の動作に春太はただ喘ぐしかできなくなり、智宏自身が挿入しやすいように腰を上げた。智宏も待ちわびたようにゴムを付けると、一気に奥まで貫く。

「あああああ……ッ!!」

「くっ、ぁあっ……」

ぱちゅっぱちゅっという水音を伴う音が部屋に充満し、二人はひとつになり、そこで愛を育んだ。

「ぁあっ、あんっ……ぁあッん……」

何度も何度も肌がぶつかり合い、淫靡な音を奏でながらシーツの海の中に二人は沈む。ときには体位を変え、快感の渦に巻き込まれながら、今まで得られなかったお互いの衝動はやっと叶ったのだ。やがて智宏の腰は素早く動き、登り詰めようとしていた。

「……ッ、も……イきそ……ぅ……ッ」

「俺も……イ……っく……ッ」

春太と智宏は、二人同時に果てた。

二人はやっと安堵したのか、お互いを抱き締め合い、平和な時間が戻ってきたことを改めてかみしめた。そして、どちらからともなく再度口付け、また力をこめてお互いを抱き締めた。

「怖かったな……」「うん……」

たった2日。されど恐怖と日常ではない時間と空間を味わい、二人は3週間あそこにいたらと思い返すと身震いするしか出来なかった。

「蕪木さん、あそこから逃げられるかな……」

春太がぼそっと呟くと、智宏はまださすがに受け入れられないようで、大きな溜息と共に言葉を発した。

「まだ騙されてるかも知れないじゃないか、春太は信じすぎてるよ……」

「そうかも知れないけど、僕は蕪木さんが逃がしてくれたと思ってるよ」

純粋な瞳でそう言われると、智宏はもう何も言えなかった。




**

一方その頃、蕪木はいつもの通りディナーの支度をしながら、どう逃げようか考えを巡らせていた。逃げようと思えばディナー前にも逃げることは可能だが、それだと追っ手がかかる時間も早い。

蕪木はディナー後の客が寝静まった深夜に逃げ出すことを決め、ディナー前に荷物と今まで支払われても使えなかった現金を無造作にバッグに詰め、時を待つ。

ディナー時に少年がいないということは、何が起こるか蕪木は分かっている。それは、客の怒りを鎮めるために、自分自身が慰み者になるということだ。

暫くすると、客達がディナーの席に着き始め、春太と智宏の登場を今か今かと待っている。しかし、二人はもうここにはいない。客達はそんなことは露知らず、狂宴の始まりを待っていた。

客席が埋まると、蕪木はレストランの壇上に立ち、マイクを持ってまずは深々と頭を下げた。

蕪木が暫く深く深く頭を垂れれば、客達は少しざわめき始める。

「何故頭をそんなに下げているのかね」
「何かあったのか?」

次々に客からの声がすると、やっと蕪木は頭を上げ、マイクを握り直して一歩前に出た。

「本日は皆さまに大きなお詫びをしなければいけなくなりました。実は、春太と智宏が逃げてしまい、本日のディナーでの花の献上ゲームができなくなってしまったのです」

「なんだと!?」
「それはまた、ゆゆしきことですなぁ……」
「他の用意はないのか?」

客達はザワザワとし、蕪木を見つめていたが、客の一人が口角をニヤリと上げて大きな声を放った。

「今夜のディナーは蕪木に花を与えませんか?久しぶりに……」

「おぉ、蕪木に花を……いい趣向ですなぁ!」
「まだ幼かった頃を思い出すねぇ……」

蕪木は再度大きく頭を垂れると、口を開く。

「それでは、今夜は私に花の献上をお願い致します。1番テーブルより回りますので、本日は宜しくお願い致します」

そう言うと、蕪木はジャケットとスラックスを脱ぎ、シャツ1枚の姿になって下半身はシャツで隠れているだけという露わな姿になった。

指でパチリと合図すれば、奥で控えていた富田が花の回収係として蕪木の背後に立つ。


蕪木の最後の狂宴は、幕を開けた。


 
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