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第二巻 第三章 第二部 ボレロ

第四十七話 アイネの過去

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 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 私は、常に押しつぶされるほどプレッシャーを感じていた。

 私は、神樹を守る運命を課せられた妖精王――いわゆる巫女である。
 血を一滴垂らした蒸留酒を神樹に捧げ、2時間ほど舞い踊る。
 これをずっと続けてきた。
 正直言って、自分がこの舞をすることによって、何があるかとかはよく分からない。
 ただ、王家の慣わしだからやってるだけだ。

 本来は、その宿命は私のものではない。
 本当は、お姉ちゃんがする仕事だった。
 神樹に処女の鮮血を捧げ、神の御心に寄り添う巫女、それが姉の仕事。
 我が王家の神の化身である神樹と一生添い遂げる……それが、巫女の使命なのだ。

 お姉ちゃんは儀式を行うその日に、突如襲来した魔王軍が攻めてきたのだ。
 ある日の出来事、世界を巻き込んだ大戦争である『聖戦』の最中。

 お姉ちゃんは戦死した。

 私は何もできずに倉庫の中で丸くなっていた、幼少期の思い出だ。
 私はその過去を死んでも後悔しきれなかった。

 聖戦は、たった一週間で鎮まった。
 燃えて炭になった神樹を蘇らせるためにはやはり処女の鮮血が要求された。
 私は倉庫の中から連れ出されると、長老たちは私の体を拘束したのだ。
 私の血によって、神樹を復活させようとしていることは、みんなの目を見るだけで分かった。
 ――そして、私の命よりも、神樹の方が大事なんだと悟った。

 ぐるぐる巻きに拘束された私は、抵抗などはしなかった。
 姉を助けず、見殺しにした罰だと思ったからだ。
 長老はナイフで私の手首を切ると、真っ赤な血が神樹にポタポタと落ちていく。
 血が私の中から溢れ出ると、黒く焦げた神樹の幹に染み込んでいく。

 数十分間、私は血を捧げ続けた。
 ふると、枯れ果てた神樹の右から、新しい芽が出てきたのだ。

 皆は神樹の復活を喜び、聖戦が終わったお祝いをしようと祭りを開催した。
 でも、私の姉は帰ってくることはない。

 そして、私は姉の代わりに巫女を継ぐことになった。

『神樹に処女の血を捧げることこそ、最大の名誉である』

 そう言い聞かされて、私は生きてきた。

 その日から、私はお姉ちゃんの代わりに神樹を見守る役割を任せられ、多くの人から崇められる存在に成り上がった。
 私の事を『巫女の妹』と呼んでいた人たちも、その日からは『巫女』と呼んで目の前で跪いた。

 その時、私は世界がどれだけくだらないかを知った。
 何が一番大事なのか、それはどれだけ大切なものを失えるかに比例すると私は考えている。
 私は、お姉ちゃんを失った代わりに名声を手に入れた。
 お姉ちゃんは命を失った代わりに名誉の死を手に入れた。
 何かに称えられるような存在になるためには、大切なものを壊す必要がある。

 何かを得るためには、何かを失わなければならない。

 今の私は、自分の意思を捨てる代わりに、他人から栄誉を貰っている。
 つまり、指示待ち人間である。
 誰かに命令されれば、その通りに遂行する。
 すると、みんなが褒めてくれる。
 逆に、私が意思を持てば、他人は白い目で見てくる。

 私は、私の意思を持ってはならない。
 それが、上手に生きていく方法の答えだ。

 私は巫女になって以来、言われるがまま育ってきた。
 血を差し出せと言えば、手首を切る。
 舞を踊れと言われれば、舞を踊る。
 勇者の子を作れと命じられれば、子を作る。

 全てを捧げます、それが我が王家の純潔を示す最も簡単な方法だ。

 私は巫女だ。
 汚された巫女だ。

 あの日の経験が心の傷として私の心臓に強く根付いていた。
 だから、私はその日からお姉ちゃんを恨んだ。
 お姉ちゃんが死んだせいで私はここまで惨めな姿を晒さなければならなくなった事を。

 勝手ながら、私はお姉ちゃんが巫女として生きていく事は『仕方がないこと』と思っていた。

 姉の優しい手のひら、女神様の様な神々しさ、煌びやかな青色の髪、男性を虜にする様な美貌。
 お姉ちゃんは、『妖精のヴィーナス』として君臨する予定だった。

 なぜ、私も連れてってくれなかったのだと、倉庫の中に閉じ込めたのかと。
 なぜあの日、私と共に死んでくれなかったのかと。

 あの日、私に起きた事を思い出す。
 走馬灯を見るように、記憶の中をかき回すように思い出そうとする。
 あの日の美しい青い髪の色、艶やかな月の輝きを纏った柔らかな表情。
 煌びやかな彼女の透き通った羽。

 姉は私とよく似ていて、いつも比較されながら生きてきたっけ。
 有能、天才、美貌を全て持ち合わせたまさに神童の中の神童。
 私の姉は、私と違ってちゃんと自分でやりたいことを決めて、やりたいことをしている人だった。

 私は、おそらく一生姉の様に気高く、誇れる人間にはなれない。
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