48 / 60
第二巻 第三章 第二部 ボレロ
第四十七話 アイネの過去
しおりを挟む♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
私は、常に押しつぶされるほどプレッシャーを感じていた。
私は、神樹を守る運命を課せられた妖精王――いわゆる巫女である。
血を一滴垂らした蒸留酒を神樹に捧げ、2時間ほど舞い踊る。
これをずっと続けてきた。
正直言って、自分がこの舞をすることによって、何があるかとかはよく分からない。
ただ、王家の慣わしだからやってるだけだ。
本来は、その宿命は私のものではない。
本当は、お姉ちゃんがする仕事だった。
神樹に処女の鮮血を捧げ、神の御心に寄り添う巫女、それが姉の仕事。
我が王家の神の化身である神樹と一生添い遂げる……それが、巫女の使命なのだ。
お姉ちゃんは儀式を行うその日に、突如襲来した魔王軍が攻めてきたのだ。
ある日の出来事、世界を巻き込んだ大戦争である『聖戦』の最中。
お姉ちゃんは戦死した。
私は何もできずに倉庫の中で丸くなっていた、幼少期の思い出だ。
私はその過去を死んでも後悔しきれなかった。
聖戦は、たった一週間で鎮まった。
燃えて炭になった神樹を蘇らせるためにはやはり処女の鮮血が要求された。
私は倉庫の中から連れ出されると、長老たちは私の体を拘束したのだ。
私の血によって、神樹を復活させようとしていることは、みんなの目を見るだけで分かった。
――そして、私の命よりも、神樹の方が大事なんだと悟った。
ぐるぐる巻きに拘束された私は、抵抗などはしなかった。
姉を助けず、見殺しにした罰だと思ったからだ。
長老はナイフで私の手首を切ると、真っ赤な血が神樹にポタポタと落ちていく。
血が私の中から溢れ出ると、黒く焦げた神樹の幹に染み込んでいく。
数十分間、私は血を捧げ続けた。
ふると、枯れ果てた神樹の右から、新しい芽が出てきたのだ。
皆は神樹の復活を喜び、聖戦が終わったお祝いをしようと祭りを開催した。
でも、私の姉は帰ってくることはない。
そして、私は姉の代わりに巫女を継ぐことになった。
『神樹に処女の血を捧げることこそ、最大の名誉である』
そう言い聞かされて、私は生きてきた。
その日から、私はお姉ちゃんの代わりに神樹を見守る役割を任せられ、多くの人から崇められる存在に成り上がった。
私の事を『巫女の妹』と呼んでいた人たちも、その日からは『巫女』と呼んで目の前で跪いた。
その時、私は世界がどれだけくだらないかを知った。
何が一番大事なのか、それはどれだけ大切なものを失えるかに比例すると私は考えている。
私は、お姉ちゃんを失った代わりに名声を手に入れた。
お姉ちゃんは命を失った代わりに名誉の死を手に入れた。
何かに称えられるような存在になるためには、大切なものを壊す必要がある。
何かを得るためには、何かを失わなければならない。
今の私は、自分の意思を捨てる代わりに、他人から栄誉を貰っている。
つまり、指示待ち人間である。
誰かに命令されれば、その通りに遂行する。
すると、みんなが褒めてくれる。
逆に、私が意思を持てば、他人は白い目で見てくる。
私は、私の意思を持ってはならない。
それが、上手に生きていく方法の答えだ。
私は巫女になって以来、言われるがまま育ってきた。
血を差し出せと言えば、手首を切る。
舞を踊れと言われれば、舞を踊る。
勇者の子を作れと命じられれば、子を作る。
全てを捧げます、それが我が王家の純潔を示す最も簡単な方法だ。
私は巫女だ。
汚された巫女だ。
あの日の経験が心の傷として私の心臓に強く根付いていた。
だから、私はその日からお姉ちゃんを恨んだ。
お姉ちゃんが死んだせいで私はここまで惨めな姿を晒さなければならなくなった事を。
勝手ながら、私はお姉ちゃんが巫女として生きていく事は『仕方がないこと』と思っていた。
姉の優しい手のひら、女神様の様な神々しさ、煌びやかな青色の髪、男性を虜にする様な美貌。
お姉ちゃんは、『妖精のヴィーナス』として君臨する予定だった。
なぜ、私も連れてってくれなかったのだと、倉庫の中に閉じ込めたのかと。
なぜあの日、私と共に死んでくれなかったのかと。
あの日、私に起きた事を思い出す。
走馬灯を見るように、記憶の中をかき回すように思い出そうとする。
あの日の美しい青い髪の色、艶やかな月の輝きを纏った柔らかな表情。
煌びやかな彼女の透き通った羽。
姉は私とよく似ていて、いつも比較されながら生きてきたっけ。
有能、天才、美貌を全て持ち合わせたまさに神童の中の神童。
私の姉は、私と違ってちゃんと自分でやりたいことを決めて、やりたいことをしている人だった。
私は、おそらく一生姉の様に気高く、誇れる人間にはなれない。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる