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第二巻 第三章 第一部 レクイエム

第四十四話 柔らかな翼が留まる所で

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 足の力が抜けて、私の体がエータに預けられていく。

「え、エータぁ」

「嘘だ、テルさん、テル! テル!」

「ははっ、ざまぁみろってんだ。私を仕留めねぇからこうなんだよバァカ」

 レクイエムはフラフラしながら立ち上がると、エータに向けて指揮棒を向ける。

「おいてめぇ。思い出したぜ、『聖戦』の時の記憶をよ!」

「な、なんだよ!」

「さては、『食欲の勇者』だな?」

『食欲の勇者』!?
 私たちの世界には、三大勇者が存在し、『性欲の勇者』、『睡眠欲の勇者』、そして彼女が言った『食欲の勇者』がエータだと言ったのだ。

「な、なんだそりゃ! 知らないよそんな事!」

「いや、間違いない! たしか、そんときも回復魔法を使ってやがったなぁ! てめぇのパラレル体は殺してねぇ、殺せなかったんだ! 何しても攻撃が通りゃしねぇから、見逃してやったんだよ!」

 レクイエムは目の前に手のひらほどの十字架を召喚すると、それをナイフの用に掴んだ。

「取引だ、食欲。私と一緒に魔王軍に来い。そうすれば、この人狼の命は助けてやる。断るなら、こいつを殺す。そして、てめぇを拘束して無理やり連れて行く。二つに一つだ、選べ」

 ……ダメだよエータ!
 レクイエムの言うことを信じちゃダメだ!
 何があろうとも、レクイエムは私を殺すつもりだ!

「――レクイエム」

「うるせぇ、口答えすんじゃねぇよ!」

「レクイエム。何があった?」

「んだと!?」

「なんで、君は魔王軍にいるんだい?」

「どうでも良いだろ、そんなこと! さぁ、早く選ばないと人狼娘を殺すぞ!」


「心唱解放! アン・ディー・フロイデ!」

 エータの背後に、再び劇場が現れたのだ!
 王子様の様な服に魔法で着替えた彼。
 光背により、エータは神々しく照らされる。

「――食欲の勇者ってのはよくわからない。レクイエムが何を背負ってるかは知らない。でも、君はもうこれ以上苦しむ必要はないと思うんだ。」

 レクイエムはそれを前にすると、あまりの輝きに指揮棒を落とす。

「か、神様……」

「レクイエム。君は、何かに頼って生きていきたいだけだと思う。神様に縋って、誰かに縋って、魔王軍に縋ってないと生きていけない。だから、君はここにいる」

 レクイエムは膝をつくと、片目からポロポロと涙を溢す。

「俺は、善人も悪人もみんな等しく救おうと思うんだ。レクイエムの罪は許されることではないかもしれない。だけど、俺は許されるために、光を差してあげようと思うんだ」

「……私は、空っぽなんだ。生きている意味が分からない。誰も信用出来ないし、自分だけでは何も考えたくない! だから、魔王軍に拾ってもらったんだ!」

 レクイエムは右腕に刻まれた紫色の紋章に手をやる。
 すると、レクイエムは唇を噛みながら、さらに泣き出した!

「全部、嘘だ! 魔王軍に入らなければ、天使族を皆殺しにすると言われたんだ。私は、その生贄の一人だ。ヘルもそうだ。全部、魔王のせいだ、魔王の――」

 瞬間、レクイエムは大声を上げてその場に倒れる!

「レクイエム!?」

「はぁ、はぁ! 呪いだ、魔王の呪いが暴走して……! 苦しいっ! 頭が割れるっ」

 レクイエムは、涎を垂らしながら悶え苦しんでいる!
 ――レクイエムは、魔王に操られていたんだ!

「エータ!」

「ああっ!」

 エータは大きく息を吸い込んで、劇場に向けて合図を出す!
 ウサギさん、ネコちゃん、クマさんのぬいぐるみが、一斉に口を開け、大声を張り上げたのだ!

Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium, 歓喜よ、麗しき神々の輝きよ、天上楽園の乙女よWir betreten feuertrunken, Himmlische, dein Heiligtum! 我々は火のように酔いしれて、崇高なる歓喜――汝の聖所に入るDeine Zauber binden wieder, was die Mode streng geteilt; 汝が魔力は再び結び合わせる、時流が強く切り離したものをalle Menschen werden Brüder, wo dein sanfter Flügel weilt. すべての人々は兄弟となる、汝の柔らかな翼が留まる所で

 エータの歌が私たちを優しく包み込んだ。
 私の胸にぽっかりと空いた穴がきれいに塞がり、魔力も一気に回復する!
 先程まで苦しんでいたレクイエムも、だんだんと安らかな顔を取り戻して行く。
 ――そして、邪悪の根源である魔王軍の刻印も、金色の光が包むとともにパラパラと砕け落ちて行く。

「優しい心地になる。やはり、てめぇは『食欲の勇者』だ」

 レクイエムは、満たされたかのようにそのまま眠りについた。

Deine Zauber binden wieder, was die Mode streng geteilt; 汝が魔力は再び結び合わせる、時流が強く切り離したものをalle Menschen werden Brüder, wo dein sanfter Flügel weilt. すべての人々は兄弟となる、汝の柔らかな翼が留まる所で
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