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第二巻 第三章 第一部 レクイエム

第三十六話 慈愛なき鎮魂歌・レクイエム

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 ★★★★★★

 私とエータは走って戦場へ向かっていた。
 獄炎に包まれた地、気温がどんどん上昇しているのが肌で分かる。
 息をするたびに、まるで肺が爛れるかのような熱気だ。

 私たちの宿敵であるレクイエムがいる場所は、賀田病院からそう遠くはない。
 カノンやリュート君みたいに魔法を使って空を飛ばなくても行ける距離だ。

「ねぇ、テルさん! レクイエムってアレだよね? クラシックの『怒りの日』って奴!?」

「そう! 相手の魔法は心唱だよ! エータと同じ!」

「そういや、フーガ先生がそんなこと言ってたな! そりゃあもう強いんだろうな!」

「強いよきっと! だから、2人がかりなんだ!」

 エータの手を引っ張る私。
 エータにはとても不思議な力がある。
 手を握っているから分かるけど、彼の力の底が知れないんだ。
 まるでリュート君とそっくりと言うか、なんか特別な感じがするのだ。

「ねぇテルさん! めちゃくちゃどーでもいい話していい!?」

「うん! なに!?」

「テルさんってさ、リュートのことどう思ってるの!?」

「えっ!」

 私は思わず立ち止まってしまう。
 すると、エータも止まって不安そうな顔をするのだ。

「どうしてリュート君の話が出てくるの?」

「だって、カノンさんとリュートが一緒にいた時に、テルさん、リュートを引っ張って逃げたじゃん。ほら、俺とテルさんが初めて会った時! もしかして、テルさんってリュートに、色々思いがあるのかなって」

「んー、あ! えーっと、それはその」

 こんなタイミングで、『リュート君と子作りしたかったから』なんて言えない!
 もう既に、リュート君との子作りをするなんて考えはさらさらないのに!
 だって、リュート君にはカノンがいる!
 友達の彼氏を奪って、今更子作りなんてする気なんて起きないよ!
 それに、今の私はエータのことが――。

 もしかしてエータって、私がリュート君のことを好きだと勘違いしてる!?

「とりあえず、今は急ごう!」

 私はエータの手を引っ張ると、再び私たちは走り出す!

「ねぇ、やっぱりリュートのことが好きなの!?」

「違うよ! リュート君のことは人間的には好きだけど、恋愛感情的なのじゃないの!」

 ――と言うか、よくよく考えたら、なんで私はエータと手を繋いで走ってるんだろ!
 これって吊り橋効果って奴なのかな?
 脅威の前に立たされると、一気に距離が縮まるってアレ!
 でも、エータは私の好意には気付いてくれない。

「私、別に好きな人がいるの!」

「えぇ! 誰!?」

「教えない!」

「もしかして、俺だったり!?」

 エータは私に対して直接聞いてきたのだ!
 私はあまりにも突然の事すぎて、咄嗟に、

「エータじゃないよ!」

 私はふと嘘を口走ってしまった。

 素直になりたい。

 私は結局、嘘をついてしまう。
 私は嘘吐きだ。

「あはは。へぇ、そうなんだ!」

 違う、違うのエータ!
 私が好きなのはエータ、あなたなの!

 でも、私は嘘吐きだから、本当のことが言えないだけなの!

「わ、私はその、その!」

 破壊された公園に到着すると、ジャングルジムの上に1人の女性が足を組んで座っているのが見えた。

 髪の毛はオレンジ色で、頭に白い天使の輪っかが付いている。
 小さな天使の翼が生えていて、左髪に巨大な黒い柵みたいな髪飾りをつけている。
 面白くなさそうな表情で、私たちを眺めている。

「あぁ、あの子だよテルさん! レクイエム!」

「だよね。めちゃくちゃ強い気を感じるもの!」

 私は身構えると、エータは私の前に立ってくれた。

 すると、レクイエムは大欠伸をして、自分の足に肘を付け、

「ハズレかよ。つっまんねーの」

 レクイエムは呆れたような表情で私たちのことを見下してくる。

「ちょっとあんた! ハズレってどう言う意味よ!」

「まんまの意味だぜ。てめぇらみたいなアマチュア以下に当てられて気分最悪だっつの。おい、相手変われよ」

「何を~!」

「なぁに意地張ってんの! 2人がかりで私に勝てるとでも思ってんの? 性欲の勇者かフーガを呼んでこいよ! てめぇらじゃ話になんねぇ」

 レクイエムは、しっしと手の甲で払うかのような素ぶりを見せる。

「テルさん、油断してるうちに攻撃しちゃう?」

「したいところは山々なんだけど、私の魔法は不意打ちに向いてないから……」

 私は手をバキバキと鳴らす。
 私の魔法を使う際は、まずファンファーレのラッパを鳴らす必要がある。
 だから、不意打ちには不向きなのだ。

「何ごちゃごちゃやってんだ! ぶっつぶすぞてめぇら!」

 レクイエムが叫んだ瞬間、彼女の背後から火山が噴火したかのようにマグマが噴き出したのだ!

「うわあっ!」

「熱いっ!」

「ほら、分かっただろ? 私は天使だ。死ぬ必要の無い命は取らねぇ主義だ。分かったら、さっさと帰れ。強い奴と戦いたいんだ私は」

 レクイエムはさらに私たちを嫌悪する表情を見せる。
 あと一度でも怒らせれば、戦闘が始まるだろう。

「ん? 待てよ? あの男、どっかで見たなぁ。誰だてめぇは?」

 レクイエムは急にニヤリと笑い、エータに問いかける。

「お、俺の名前は四谷瑛太だ!」

「んだよ、この世界のやつかよ。私の見間違いかぁ」

「そういえば、フーガ先生が言ってたぞ! 俺の事をそっちの世界で見たって!」

「ほう、なるほどなぁ。聖戦の時のパラレル体か。つーことは、私と戦ったことがあるやつってことだな?」

 パラレル体……。
 おそらく、異世界のエータのことをパラレル体と呼んでいるのだろう。

「全然覚えてないけどよ、聖戦の時の話っつーことは、私はてめぇのパラレル体を殺してると思うぜ?」

「俺の異世界バージョンが死んでる……?」

 エータの顔が一気に曇る。
 エータのパラレル体が殺されたとなると、今の彼じゃ勝ち目がないと同意だ。
 二日間の付け焼き刃で、本物の演奏家(シンフォニカ)に叶うはずがない、そう思っているのだ。

「エータ! あいつの言うことは信用しなくていいよ! 殺したかわからないって言ってるし!」

「だ、だけどよ。異世界の俺が倒せなかった相手に、俺が勝てるわけがないよ」

「大丈夫! 今度は私がいるから!」

 私は胸に手を当てて、胸の中に強く念じる。
 ――私は嘘吐き。
 実際、私も勝てるとは到底思ってはいない。
 でも、私たちはそれでも挑むしかないんだ!
 嘘でもなんでも、抗うしかないのだ!

「心笛解放! ムーンライズ!」

 私の遠吠えと共に、私の体の周りに黒くて赤い鎧が纏われる!
 私の魔法は心笛!
 体の全てが楽器になる、戦闘特化型の魔法なのだ!

「て、テルさん!」

「戦うしかないんだよエータ!」

 私のムーンライズ……この鎧は、走り回ることで音を奏でられる仕組みになっている。
 もう一度叫べば、ファンファーレが始まるのだ。

 赤い煙が当たりを包み込んでいく。

「はぁ。戦う気満々じゃん。最終警告だ、てめぇらはここで死ぬことになっちまう。つまんねぇ意地なんて捨てて、今すぐ逃げれば命は助けてやんよ。さぁ、選べ。生きるか死ぬか」

「ふん! 私たちは死なないよ! レクイエムをけちょんけちょんのぼっこぼこにするからね?」

 私は見栄を切り、彼女の心の炎にガソリンをぶっかける!

「――テルさん、後戻りは出来なさそうだね」

「大丈夫! 私とエータは強いから!」

「はぁ。分かったぜ。また悪戯に魂を鎮めなきゃならねぇのか。もう、考えるのめんどくせぇわ」

 レクイエムはまた欠伸をして頭を掻くと、いきなり目を見開いた!
 瞬間、私の体の危険信号が鳴ったのである!
 格上の相手にしか鳴らない、一種の感覚のようなものだ!
 それが酷く警報を鳴らしいている!
 肌がビリビリとする!
 表情が強張る!
 それほど強力な相手なのだ!

「てめぇらの魂、私が貰い受けてやんよ! 心唱解放! ディエス・イレ!」

 レクイエムが叫ぶと、ジャングルジムが破壊され、下から劇場が迫り出てくる!
 その劇場は公園を破壊する勢いで飛び出し、空中へと浮上していく!

「さぁ、審判の時だ! 私の名はレクイエム! 魂の解放を仕る使徒なり!」

 劇場の上には、無数の人形が並べられていて、彼女は指揮棒を構えている!

「この鎮魂歌を前に、てめぇらは死ぬことになるんだよぉ! 私の逆鱗に触れたこと、地獄で後悔するんだなぁ!」

 ――ディエス・イレ。
 意味は、怒りの日である!

「テルさん! 俺も戦うよ!」

「うん! 行くよっ!」

 エータは胸の前に手を置くと、彼の体が輝き始める!
 その神々しい光に包まれ、エータはゆっくりと目を開けた!

「心唱解放! アン・ディー・フロイデ!」
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