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焦燥の暗闇

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 嘆きの谷の底では、儀式の祭壇の準備が整った。

上質なローブを身にまとった男 ザーコボルは、ほの昏い微笑みを浮かべ祭壇を見つめていた。

この時の為に、どれほどの犠牲と時間と資金をつぎ込んだだろう。

もうすぐだ。

成就するまであと少し。

大きなことを起こすのに、障害はつきものだ。

しかし、何か見えない力に導かれるかのように、必要なモノはすべて手中に落ちてきた。

そして、不可能とさえ思われた望すら、手の届くところまで来ている。

何人なんぴとたりとも行く手を阻むことはできない。


かつて、様々な障害が立ちふさがった。
だが、それらを乗り越えて、現在の自分がいる。

自分から愛する女を奪った男と、自分を捨てた女の血を継いだ娘を依代よりしろとし、
嘆きの谷に封印された邪神の力を我が物とし、世界を破滅させること。

それが自分を裏切った者たちへの報復となる。

「 もうすぐだ……。そろそろ姫巫女への仕上げをしなければな……」

ザーコボルは、ローブを翻しひるがえしサラエリーナのいる部屋へと足を向けた。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・

「 まだ動かせねえのか? 」

儀式の準備が整い、あとは依代よりしろとなるサラエリーナが祭壇に

運ばれれば、儀式が始まってしまう。

 必ずサラエリーナを助け出すと約束をしたガルディアは、

じりじりと焦る思いを抱え、漆黒の髪のトラヴァーに詰め寄った。

トラヴァーは、苛立ちを隠せないでいるガルディアに静かに告げる。

「 今動かせば、この子供の心が壊れてしまう……身体だけ救ったところで
意味はあるまい……救い出す機会はただ一度だけだ。落ち着け 」

静かな瞳で諭すように言葉をかけるトラヴァーに、歯ぎしりをして視線を外す。

「 いつまで待てばいいんだ? こんなことしてる間にも、時間だけ無駄に流れてる 」

「 必ず機会は訪れる。焦りは好機を潰すことにもなりかねない 」

張りつめた空気が漂う。

 そこへ、黒装束の男が足音を忍ばせて現れた。

「 トラヴァー様、これを……」

男は、眼光鋭く懐に忍ばせた封書を取り出し、差し出した。

無言で封書を受け取り、封印の蜜蝋を確認し封を切り中身を一瞥する。

「 ガルディア……ようやく出番が来たようだぞ 」

 トラヴァーは、ニヤリと微笑む。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・


少女は、必死に闘っていた。

漆黒の闇の中、上なのか、下なのか、立っているのか横たわっているのかさえ分からない

そんな中、必死で走っていた。

何から逃げるのか、どこへ逃げるのかさえ分からない、ただただ前へ前へと進んでいこうとしている。

そんな少女の頭に、地面を這うかのような声が響く。

《 人間は奪っていくぞ。お前から大切なものを何もかもな……》

体中を這いずるようにまとわりつく影が、得体のしれない蔦のように伸びてくる。

(来ないで!!!来ないでーーーーーー!!!)

《 我に身をゆだねよ。お前は私とひとつとなるのだ。そうすれば誰もお前から奪えない》

(嫌ーーーー嫌嫌嫌嫌ーーーーー)

聞いてはいけない。

この声を聴いてはいけない。

信じちゃいけない。

足を止めてはいけない。逃げなくちゃ、逃げなくちゃ逃げなくちゃ

必死で走って、そして、前方に、かすかな光を見つける。

あの光のところまで行けば……

少女は、最後の力を振り絞った。


そして


光までなかなか手が届かない。

走って走って。

光まで手が届こうとした刹那、闇色の蔦が足に絡みついた。

そして、蔦は凄まじい勢いで全身をとらえた。

《 我に身をゆだねよ。お前は私とひとつとなるのだ。そうすれば誰もお前から奪えない》

全身を覆う闇色の影は、ささやく。

《 我に身をゆだねよ。お前は私とひとつとなるのだ。そうすれば誰もお前から奪えない》

ーーああ、なんて甘いささやき。

ーー何とも言えない安心感。

ーーこのまま身をゆだねれば、私、逃げなくていいの……?

《 我に身をゆだねよ。お前は私とひとつとなるのだ。そうすれば誰もお前から奪えない》

闇色の声は、さらに少女にささやきかける。

( 誰からも、奪われないの……私から、何も……)

《 我に身をゆだねよ。お前は私とひとつとなるのだ。そうすれば誰もお前から奪えない》



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