上 下
34 / 54

途絶えたはずの薬

しおりを挟む
 クラーヴィオの私室を訪れた私たち三人は、重々しい扉をノックする。

しかし返事はない。もう一度ノックをするが、やはり反応はなかった。

恐る恐るノブに手をかけると、すぅっと扉は開いた。

中には、書物に集中しているクラーヴィオが居た。

「クラーヴィオ、ちょっと聞きたいことがあります」

ファザーンの問いかけに、ふ、と顔を上げ、こちらを見るクラーヴィオは、どこか

疲れているように見える。

「サラエリーナに使用されているのは、製法が途絶えたとされている幻の薬のようです」

その薬は、大昔に禁断の薬として製法を記された書類は全て燃やされたとされていた。

それは、人の心を強固にし、特定の人間の言葉しか受け入れられなくする、

人の心を操る薬なのだそうだ。他の人間は自分を襲いに来る魔物に見えるように

なるのだという。そのような薬の存在を、時の王は恐れ、使用を禁じ、封印したという。

「そんな恐ろしい薬がなんで……」

そうだ。千年に一度の封印が弱まる時に依代よりしろのサラエリーナを意のままに使うために、

逃げ出さないように使われているんだ!!!これが血の通った人間のすることなのか!!

しかも、秩序の神に仕えるもののすることなの?!

私は怒りで気が遠くなりそうだ。薬を扱うものとして許しがたい。

「どこかに、製法を隠匿していたものがいたのでしょうね。そして復元されてしまった」

クラーヴィオは静かにつぶやいた。言葉では言い表せない怒りの波動が部屋を支配する。

「材料は、私が手配した物もあるようです。とても腹立たしい」

 売った先を調べていくと、あのユーラーティ神殿に関わりのある人間だった。

オイルディネ、というユーラーティの事務官らしい。

「オルディネ?」

なんか、聞き覚えがある。最近聞いたきがする……。

私は、その名前を思い出そうと必死で頭をひねる。

「そうだ! アダラ、という副司祭長が色々なもみ消しをさせてるっていう事務方の名前」

そういえば、確かに聞いた。オルディネ様でも人殺しのもみ消しまでは出来ないって。

「……事件に絡んでいるのは、ユーラーティ全体のことでは無いようで、一部の暴走した人間の

仕業なのは調べがつきました。しかし、ここまで大掛かりなことを起こそうとは」

ファザーンは、悲しげに心情を吐き出した。

「じゃぁ、その一部をユーラーティの上層部は抑えられていないんだな」

呆れたようにケルドは言った。その言葉にファザーンはそのようですね、と頷いた。

「暴走した人間の頂点に立っているのが、全てに絡む、あのペテン医師のようです」

 国一番の名医の地位を手に入れて、それ以上に何を望むのだろうか。

その名医としての地位だって、自らが毒をまき、それを解毒してみせる。

全くの茶番に何人もの人間が人生を狂わされた。絶対に許せない。

「ユーラーティ神殿の教主が知ったら、泣けるだろうなぁ」

ケルドは、呆れ返って言う。

「自分の預かり知らない処とはいえ、このような禍々しい事態になっていて、泣けるなんて

生ぬるい事言っている場合ではありませんよ。多くの人が命の危険にさらされているのです。

首座の教主たるもの、配下の動向をここまで野放しにしたのですから責任は逃れられません。

即刻 教主の身分は剥奪されることでしょうね」

 ファザーンは、バッサリと切って捨てたように吐き出した。

その時、ベテランのメイドが、クラーヴィオの部屋にやって来た。

「クラーヴィオ様、客人の処置が終わりました。目を覚まされてました」

その言葉に、客間に急いだ。なにか、話が聞けるといいのだけれど。


客間に入ると、ベッドに半身起こした状態で、顔に包帯を巻かれた老人がこちらに

声をかけて来た。しゃがれた声がさらに疲れていて痛々しく感じる。

「命を救ってくれたそうだな。礼を言わねばなるまい」

顔にかなりの傷を負ってしまっていて、表情はわからない。

「礼を言うのは私ではなくこのドゥーラです」

クラーヴィオの言葉に、老人は少し考え込む。

「ドゥーラ、か。礼を言う」

言葉少なに、老人は礼の言葉を告げる。

「いえ、ここまで運んできてくれたのはクラーヴィオさんで、私は応急手当をしただけです」

「顔の表情が動かせなくてお辛いでしょうが、いくつか質問に答えてください」

容赦ないファザーンの言葉に、でも期限までに時間がないのでぐっとこらえる。

今は、この人の身に何が起こったかを知らなければならない。

それが、この一件を解決するために大切なことなのだと、自分に言い聞かせた。


「なんでも聞け。これしきの痛み、屁でもないわ」

そう言いつつ、顔の縫いあとが痛々しそうだった。

顔を糸で縫い合わせたようだ。顔が引きつって話すのも辛そうだったので、

ファザーンは、首を降るだけで答えられる質問をしていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私ではありませんから

三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」 はじめて書いた婚約破棄もの。 カクヨムでも公開しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...