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小さな来訪者
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アルカの街から旅をしてひと月が過ぎた。
王都のヘルシャフト邸の使用人は私をとても大切にしてくれる。
指示を出しているというヘルシャフトの弟クラーヴィオは、相変わらず
姿を見せることなく、丁寧なカードでメッセージを残している。
朝食も、広い食卓に主の姿はなく、私ひとりが食事をしている状態だ。
たまに、午後のお茶の時間に、ケルドやガルディアがやってきて色々な
王都の事情や流行を話して聞かせてくれる。
このひと月、肝心の王立植物園の募集を調べたけれど今は募集はされていないとのこと。
募集告知が出るまで辛抱強く待つしかないのだそうだ。
しかも、公募がかかった途端に王都のみならず、近隣の街からも応募がある程の人気で
その大勢の中から、実際に採用されるのは少数のみなのだそうだ。
コネがあったとしても、肝心の実力がなければすぐに職を辞さねばならない
厳しい世界なのだそうだ。
到着してしばらくは、荷物らしい荷物を持たない私の為に、クラーヴィオは
王都でも有名な店の商人を呼び寄せて、女性が喜ぶものをいくつも準備してくれた。
仕立て屋さんを呼んでくれて、何着ものドレスを誂えてくれた。
専門の仕立て屋さんにドレスを仕立ててもらうなんて初めてのことで緊張した。
最先端のドレスなんて、私に似合うんだろうか。
そう思ったが、メイドのクラリス(この館に到着した時にバラの花束をくれた人)は
男性からの厚意は素直に受け取るものです。それが大人の女性の嗜みたしなみですよと言われ、
それ以来そんなものなのか、と納得するようにした。
今日は靴の職人が何足かの靴を作って持ってきてくれた。
靴は長旅で随分くたびれてきたから正直ありがたい。
新しい靴は足に馴染み、踊りだしたくなる。
そんな時、クラリスが、私に来客がある事を伝えに来てくれた。
また、ガルディアかケルドかもしれない。
アルカの街からずっと一緒だったから、王都に知り合いの居ない私には話すだけで落ち着く
貴重な存在だった。
しかし、クラリスは意外な人物の名前を口にした。
「お客様は、クアンダー家のご令嬢、サラエリーナ様です」
私は、ハッとして、すぐに立ち上がり、玄関に駆け出した。
広々とした玄関ホールに、丁度到着したばかりの客人がふたりいた。
ひとりは見覚えのある年配の執事。そして、その執事に伴われていたのが、小さな淑女。
ふわふわのドレスを身にまとった、栗色の巻き髪を垂らした知的な眼差しをしていた。
私の姿を見て執事は一礼し、小さな主人にあれが、薬草を運んできた方ですよと伝えた。
それを聞いて、サラエリーナは、優雅に私に近づいてきた。
「私の為に危険を冒して貴重な薬草を手に入れてくださってありがとう。御礼申し上げます」
窓辺から差し込む光を浴びて、キラキラと輝いているような笑顔の少女は、上品に
お辞儀をし、礼を尽くした。
顔の色もやや色白に見えるものの、バラ色の頬はすっかり回復していることを思わせた
「本当に危険を冒して薬草を持ち帰ったのは、ここに居ない、ファザーンとガルディアと
ケルドという人たちです。私は薬草の場所まで案内しただけ」
ここにケルドやガルディア、それにあれ以来会っていない。
ファザーン達に、この令嬢の様子を教えてあげたいと思った。
「いえ、彼らにはもうお目にかかりましたの。彼らも、あなたと同じように、ドゥーラの
おかげだから、お礼は彼女にするべきだとおっしゃいましたのよ」
花がほころぶように、サラエリーナは微笑んだ。
そこへ、メイドのクラリスがお茶の支度が出来たので、と一同を庭のあずまやに案内した。
天気が良い今日は、庭の花々がふわりと香り、木々にとまった小鳥たちのさえずりも爽やかだ。
とびきりの美味しい紅茶と、館の料理人自慢の焼き菓子を出されて、ふたりはとりとめもない
世間話で花を咲かせ、昔からの友人のように打ち解けていた。
さすがに病み上がりの少女には長時間、外にいることは体に負担がかかるであろうと
メイドのクラリスがお開きの合図をさりげなくドゥーラに発した。
そして、執事に伴われてサラエリーナは名残惜しそうに屋敷を後にした。
それからというもの、天気の良い日はサラエリーナが執事を伴って屋敷を訪れることが
多くなった。
王都での数少ない友人のひとりが出来たことに、メイドのクラリスは良かったですね、と
我が事のように笑みを深めていた。
そんなある日のこと。
ケルドが、満面の笑みで屋敷にやって来た。
「ドゥーラ、これ、貰ってくれる?」
ケルドが手にしていたのは、2枚の色付けされた木の札。
「……? これは??」
何が何だかわからない私は、ケルドに聞き返す。
「それはね、俺の幼馴染が開く劇場の初日舞台の入場札だよ」
ケルドは、自分のことのように、幼馴染の偉業を語る。
街の中心部に出来る芝居小屋は、ケルドの友達が長年いろんな街を巡業して技を磨き
資金や出資者を集めて作り上げた世界でも珍しい常設の劇場らしい。
そこに行けば、巡業で回ってくる機会にしか見られなかったものが、
常にそこに行けば芝居が見られるということで芝居好きの女性が心待ちに
しているという話だった。
芝居といえば、町や村では最高の娯楽。
それが常に見ることができると言うのは画期的なことなのだそうだ。
「実は俺も、少しだけ役者で出演するから絶対に観に来てくれよ!」
そう言って、ケルドは用件だけ伝えると、さっさと挨拶回りに駆け出した。
あとに残された私。手元には2枚の木札。
誰を誘って観に行くか、とても悩むなぁ。
王都のヘルシャフト邸の使用人は私をとても大切にしてくれる。
指示を出しているというヘルシャフトの弟クラーヴィオは、相変わらず
姿を見せることなく、丁寧なカードでメッセージを残している。
朝食も、広い食卓に主の姿はなく、私ひとりが食事をしている状態だ。
たまに、午後のお茶の時間に、ケルドやガルディアがやってきて色々な
王都の事情や流行を話して聞かせてくれる。
このひと月、肝心の王立植物園の募集を調べたけれど今は募集はされていないとのこと。
募集告知が出るまで辛抱強く待つしかないのだそうだ。
しかも、公募がかかった途端に王都のみならず、近隣の街からも応募がある程の人気で
その大勢の中から、実際に採用されるのは少数のみなのだそうだ。
コネがあったとしても、肝心の実力がなければすぐに職を辞さねばならない
厳しい世界なのだそうだ。
到着してしばらくは、荷物らしい荷物を持たない私の為に、クラーヴィオは
王都でも有名な店の商人を呼び寄せて、女性が喜ぶものをいくつも準備してくれた。
仕立て屋さんを呼んでくれて、何着ものドレスを誂えてくれた。
専門の仕立て屋さんにドレスを仕立ててもらうなんて初めてのことで緊張した。
最先端のドレスなんて、私に似合うんだろうか。
そう思ったが、メイドのクラリス(この館に到着した時にバラの花束をくれた人)は
男性からの厚意は素直に受け取るものです。それが大人の女性の嗜みたしなみですよと言われ、
それ以来そんなものなのか、と納得するようにした。
今日は靴の職人が何足かの靴を作って持ってきてくれた。
靴は長旅で随分くたびれてきたから正直ありがたい。
新しい靴は足に馴染み、踊りだしたくなる。
そんな時、クラリスが、私に来客がある事を伝えに来てくれた。
また、ガルディアかケルドかもしれない。
アルカの街からずっと一緒だったから、王都に知り合いの居ない私には話すだけで落ち着く
貴重な存在だった。
しかし、クラリスは意外な人物の名前を口にした。
「お客様は、クアンダー家のご令嬢、サラエリーナ様です」
私は、ハッとして、すぐに立ち上がり、玄関に駆け出した。
広々とした玄関ホールに、丁度到着したばかりの客人がふたりいた。
ひとりは見覚えのある年配の執事。そして、その執事に伴われていたのが、小さな淑女。
ふわふわのドレスを身にまとった、栗色の巻き髪を垂らした知的な眼差しをしていた。
私の姿を見て執事は一礼し、小さな主人にあれが、薬草を運んできた方ですよと伝えた。
それを聞いて、サラエリーナは、優雅に私に近づいてきた。
「私の為に危険を冒して貴重な薬草を手に入れてくださってありがとう。御礼申し上げます」
窓辺から差し込む光を浴びて、キラキラと輝いているような笑顔の少女は、上品に
お辞儀をし、礼を尽くした。
顔の色もやや色白に見えるものの、バラ色の頬はすっかり回復していることを思わせた
「本当に危険を冒して薬草を持ち帰ったのは、ここに居ない、ファザーンとガルディアと
ケルドという人たちです。私は薬草の場所まで案内しただけ」
ここにケルドやガルディア、それにあれ以来会っていない。
ファザーン達に、この令嬢の様子を教えてあげたいと思った。
「いえ、彼らにはもうお目にかかりましたの。彼らも、あなたと同じように、ドゥーラの
おかげだから、お礼は彼女にするべきだとおっしゃいましたのよ」
花がほころぶように、サラエリーナは微笑んだ。
そこへ、メイドのクラリスがお茶の支度が出来たので、と一同を庭のあずまやに案内した。
天気が良い今日は、庭の花々がふわりと香り、木々にとまった小鳥たちのさえずりも爽やかだ。
とびきりの美味しい紅茶と、館の料理人自慢の焼き菓子を出されて、ふたりはとりとめもない
世間話で花を咲かせ、昔からの友人のように打ち解けていた。
さすがに病み上がりの少女には長時間、外にいることは体に負担がかかるであろうと
メイドのクラリスがお開きの合図をさりげなくドゥーラに発した。
そして、執事に伴われてサラエリーナは名残惜しそうに屋敷を後にした。
それからというもの、天気の良い日はサラエリーナが執事を伴って屋敷を訪れることが
多くなった。
王都での数少ない友人のひとりが出来たことに、メイドのクラリスは良かったですね、と
我が事のように笑みを深めていた。
そんなある日のこと。
ケルドが、満面の笑みで屋敷にやって来た。
「ドゥーラ、これ、貰ってくれる?」
ケルドが手にしていたのは、2枚の色付けされた木の札。
「……? これは??」
何が何だかわからない私は、ケルドに聞き返す。
「それはね、俺の幼馴染が開く劇場の初日舞台の入場札だよ」
ケルドは、自分のことのように、幼馴染の偉業を語る。
街の中心部に出来る芝居小屋は、ケルドの友達が長年いろんな街を巡業して技を磨き
資金や出資者を集めて作り上げた世界でも珍しい常設の劇場らしい。
そこに行けば、巡業で回ってくる機会にしか見られなかったものが、
常にそこに行けば芝居が見られるということで芝居好きの女性が心待ちに
しているという話だった。
芝居といえば、町や村では最高の娯楽。
それが常に見ることができると言うのは画期的なことなのだそうだ。
「実は俺も、少しだけ役者で出演するから絶対に観に来てくれよ!」
そう言って、ケルドは用件だけ伝えると、さっさと挨拶回りに駆け出した。
あとに残された私。手元には2枚の木札。
誰を誘って観に行くか、とても悩むなぁ。
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