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狂い咲きの花

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 洞窟特有の湿り気のある空気は、外の暖かさからは想像がつかないほどに冷ややかだ。

「しかし不思議だなぁ。なんかさ、妙に明るくない?」

 身軽なケルドが先導しながら中を進んでいくが奥に進むほどに冷気は増していく。
ところどころ薄い緑色の光を放つ壁の明かりのおかげで周囲はぼんやりと
浮かび上がり、松明を付けることなく進んでいける。
ケルドが不思議に思うのも無理はない。
この洞窟は天井がところどころ隙間があり、光が差し込んでいるようだった。
その光で壁に生えた蛍苔が溜め込んだ光を発しているのだろう。

「不思議と言うか、あまりに整いすぎているというか……違和感がありませんか」
眉を寄せながら、ファザーンが呟く。
確かに、天井の亀裂も、上手く蛍苔に当たるように開いている。
しかも、一定の間隔を開けて。
儀式の為に神官が歩きやすいように作ったのかと思わなくもない。

細かいことを気にしている余裕はないし、今はこの入り組んだ洞窟から、
薬草を探し出さないといけない。

進んでいくと、少し開けた場所に出る。どこかで水の流れる音もする。

「水の流れる音の方へ行きますね。ブリスコラは冬の水辺に咲く花なんです」

そして、程なくして洞窟の奥の地下水脈の流れる場所へとたどり着く。

「うへー、寒ぃなぁ!!」
ケルドは南国生まれで寒いのは苦手なのだという。
そして、注意深く水辺を見ていると、蕾をつけたブリスコラがいくつか揺れていた。

「みなさん!!ありました!!これですよ」

 そう言ってそっと採取道具で土ごとすくい上げる。根っこも傷つけないように慎重に
掘り出した。 陶器の入れ物に入れて蓋を閉める。
これで王都までは咲かないでいてくれるはず。

「じゃ、さっさと外に出るか!!」
ガルディアが言うと元来た道を戻ろうとした。

その時、壁から何かくぐもったような音がする。
空耳……?

よく耳を凝らすと聞き取れはしないがなにか金属が何かに叩きつけられる音がした。

壁の中からだ!!!

振り向くと、ファザーンもガルディアも険しい顔をしている。
ケルドが壁をコツコツと叩くとにやりと微笑む。

「仕掛け扉だな……どうする?」

「もし隠し部屋でも有って背中からバッサリってのも物騒ですねぇ」
ファザーンが思案している。

「ケルド、開けられそうか?」

ガルディアは耳をそばだてたまま聞く。

「愚問だね」

言うが早いか岩の中に妙な細工を見つけた。
私に隠れていろ、と合図するとケルドが小声で3・2・1!とカウントを取り始める。

それと同時に扉が開き、3人は隠し扉の中へと雪崩込む。

すると、先ほどよりも鮮明になった金属の音と怒鳴り声があたりに響き渡る。

剣のぶつかり合う音と、助けを求める何か、そして逆に何者だ!!と怒鳴る声。
しばらくするとあたりに静寂が戻ってきた。

不安が私の心を支配する。

あの時みたいにまた、3人が帰って来なかったら!!

もう私は待つだけしかできない子供じゃない!そう自分に言い聞かせて
隠し扉の中に入っていく。

そこには、むっとするほどの血の匂い。そして転がっているのは武装した……神官だった。
ユーラーティ神殿兵の出で立ちをしていた。

「!!!!」

その先には、いくつもの道具が散らばっていて、いろんな匂いが入り乱れている。
三人の姿を探すと奥底に倒れた誰かを抱き上げていた。

虫の息なのだろうか、その人はファザーンに何かを一生懸命伝えようとしている。

「仲間が……王都に……助けてやってくれ……」

ヨロヨロと近寄ると、その人に見覚えがあるような気がした。

「ファザーン……さん?」

私の声にその瀕死の男は、ゆっくりと私に顔を向けて驚愕した。

「ドゥー……ラ……」
私に血まみれの手を差し伸べてくる。

誰だっただろう?

「す……まな……い……お前の 親父は……おう   と」

ケルドが男の持ち物を探ると何かの書付が出てきた。

数字がいっぱい書き込まれ、文字が意味不明に並んでいる。

そして、薬草採取用の独特の飾りの入った小刀。世界にひとつのものだ。
この小刀と、瀕死の男がつながった。

「クラルおじさん!!!お父さんの親友の!!!」

 そうだ、10歳で両親を亡くした私を幾度か手助けしてくれた。
王都に店を出すって言って街を去っていった腕の良い薬草師だったおじさんだ。
それがなんで?!恰幅の良かった面影がない。やせ衰えて肋骨が見えている。
 そして、悔しさをにじませた瞳を見開き事切れた。

「ドゥーラ、知り合いなの?」
ケルドがいたましげな表情で問いかける。

「父の親友だった人で、今は王都に居るはずだったんだけど……どうなってるの?!
それに、お父さんが王都って……どういうこと?!生きてるの?!」

そんな私の混乱ぶりを察して、ファザーンがクラルおじさんの最期の言葉を教えてくれた。

「どうやらここは毒薬を精製する場所だったみたいだな。薬草の知識のある人間を
ここに連れてきては毒薬の精製をしていたらしい。
彼はここにずっと閉じ込められていたようだ。そして、ドゥーラさん、君のお父さんも
最近までここで囚われていたようだ」

「とんだユーラーティ神官も居たもんだな!何が死神の通り道だ!笑わせやがって」

ガルディアが精製された毒薬の瓶を地面に叩きつける。
瓶は砕け散り中から出てきた液体が地面に染み込んでいく。

「ここの瓶をいくつか持っていきましょう。ヘルシャフトに聞いたらこの毒が
どんな効能なのか分かるでしょうし」

 とにかく一刻も早くアルカの街に戻らないと。
そう思いつつ足が動かない。混乱に体がついてこないのだ。

「行くぞ!!」

ガルディアが私を抱えて走り出した。

遠ざかる隠し扉。クラルおじさんの亡骸を置いていくしかなかった。

子供だった私を幾度も助けてくれたおじさん。
そのおじさんの亡骸を、大人になったというのに助けることができない無力な私。

悲しいけれど、これが現実なのだ。私は何もできない子供と同じ。

ごめんなさい、おじさん。必ず、また来るから!!


どの位走っただろうか。街の入口は目前だった。

すっかりと夜は明け、朝日が私たちを照らしている。

そのままの勢いでヘルシャフトの屋敷についた私たちは、もう起きている下男に
ヘルシャフトに取り次いで貰うように頼む。

少しの時間の後に、応接間に通された私たちを夜着の上にガウンを羽織っただけの
この館の主、ヘルシャフトが出迎えてくれた。

「この瓶の中身の調査をお願いします。そして結果は王都の屋敷へ……」

なにかこそこそと話をするファザーンとヘルシャフト。
そして、二人は私を見てなにか話をしている。

 頷いたヘルシャフトは、あらかじめ用意していたのであろう、2通の封筒を私に
差し出した。

「今回の報酬だ。こちらが王立薬草園への推薦状。そして、こちらが私の王都での
屋敷を預けている弟への手紙だよ。お前が不自由なく生活出来るように頼んでいる。
まぁ、頼まなくてもお前の世話は喜んでするだろうが……気をつけてな」

少し陰りを帯びた眼差しで私を見つける街の長ヘルシャフトは弱々しい笑顔で
私に告げる。

「ドゥーラさん、君は僕たちと一緒に王都に向かいます。よろしいですね」

いきなりそう告げたファザーンは、少し険しい顔で私を見つめた。
そうか、もしかしたら神域を犯したことが発覚した時に街に手が及ばないために
私はここにいてはいけないのかもしれない。

「別れの挨拶ができなかったのが心残りだけど……」

「良かったよ!!ムサイ男ばっかの旅って味気ないもんね!!よろしくドゥーラ!」
ケルドが明るく声をかけてきた。

「ムサイ男ってお前も入るんだろうな?!」
ガルディアの地を這うような低い声にケルドが引きつった笑を漏らす。

「では、ドゥーラさん、改めてよろしくお願いしますね!」

ファザーンが微笑む。私は、頷いた。


 そして、王都に向かって歩き始めた私は、この先に大きな謎が待っていることを、この時はまだ知らなかった。
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