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2章 幼少期編 II

50.癒されたいハンサム団長

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私にとっての近衛騎士団のイメージは、ぶっちゃけ『薔薇騎士団』である。

なにせ、略式の正装軍服を折り目正しく着こなし、若く、紳士的で、笑うと白い歯がキラーンと光る……そんな男たちがお父さまやお母さま、そしてアルベール兄さまの背後によく立っていたのだから、勘違いしても仕方がないと思う。

オタク女子・澄子の『近衛騎士=美形』の固定概念もあった。

近衛騎士団長が(口を開らかなければ)見目麗しいルエ団長だったのも追い打ちをかけた。


「うおぉーーーっ!」


野太い雄叫びが響いてきてビクッとする。

〈アルベII〉くんに乗ってやってきたここは、騎士棟の応接室。

今、私たちはソファーに座って、ピンクの姿絵が届けられるのを待っている。


「ぐあぁーーーっ!」


──…気になるではないの! 何なの?!

「王女、見てみるか?」

チラチラ窓の外を気にしている私に気付いたルエ団長が、抱っこしようと手を伸ばしてきた。

腰高窓なので抱っこしてもらわないと外が見られないのだ……けど、アルベール兄さまがその手をバシィッと跳ねのけた。

「可愛がるのは自分の娘だけにしておけと言ったはずだが? シュシューア、来なさい」

アルベール兄さまが手を広げてきたので、私は迷わず飛び込んだ。

「小娘の罠にはまった落ち込みを、子供のかわいさで癒したいのに……」

大人の男が口を尖らせてぶつくさ言う仕草は、ハンサムなルエ団長だからまだ許される…ダンッ!「いてっ!」…シブメンに足を踏まれてる。許さない人もいたようだ。

「ルエ団長、許可なくわたくしを抱っこしたらグーでパンチをお見舞いします。『鼻をつぶせ』とアルベール兄さまに言われているのです。シュッ、シュッ」

丸めた手でパンチングスイングを披露しておく。
私はクリーンな瑕疵なし王女として、高く高く売り込…お嫁に行くつもりなのです。

「くぅぅ、予防線まで張るとは。うちの第一王子の頭は堅い……ん? こっちにも可愛いのがいたな」

ルエ団長は愛弟子に視線を移した。ベール兄さまで癒すことにしたようである。
チッチッチッと、猫の子を誘うように指先を来い来いさせて誘い込もうとしている。ハンサムが台無しだ。

「可愛いがるのではなく、鍛えてください!」

ベール兄さまは顔をキリッとさせて、アルベール兄さまの様にルエ団長の手をベチーンと払った。
しかしルエ団長は諦めない。可愛い愛弟子をかわいがろうとジリジリと近づいていく。
対抗するベール兄さまもソファーから腰を浮かし、組手の姿勢で迎え撃つ。

「部屋の隅でお願いします」

ミネバ副会長に言われて、間合いを保ちながら無言で移動を始めた二人。
その姿を見て私とアルベール兄さまは「うはは」と笑った……とっても面白そうだけど、私は外の「うおぉーーー!」が気になるので、アルベ-ル兄さまに抱っこされて窓際に行ってもらうことにする。

「この部屋からは騎士の訓練場が見える。今日は格闘戦をやっているようだな」

訓練場からの気合声だろうなとは思っていたけれど、やっぱりそうだった。
今までずっと禁止されていて見に来られなかった、戦う男たちの訓練場です。この部屋は2階にあるから障害物無しで眺めることが出来る特等席になるはずです。わくわく。

「……おぉっ♡」

二人一組でガタイのいい男たちがもみ合っている。
学校のグラウンド並みの広さが狭く感じる程、むくつけき男たちがうじゃうじゃと、暑苦しい筋肉ダルマがぐちゃぐちゃと……なんか思ってたのと違う。
みんな泥だらけで、どんな服を着ているのかさえわからないぐらい汚れている。
そういえば昨日は雨だったっけ。水たまりがあちこちに見えるけど、戦う男たちはそんなものはお構いなしで泥をはね上げ、転がりまくっていた。

「あの中に、わたくしの知っている騎士はいるでしょうか」

顔どころか髪までドロドロで見分けがつない。

「王女が見たことある騎士は、近衛と上級騎士だけだろ? 今日の砂地訓練場は新人騎士だけだから、知った顔はないだろ」

ルエ団長が隣にやってきた。

ベール兄さまを抱えて頭をぐちゃぐちゃに撫でまわし、組手勝負にあっさり負けたであろうベール兄さまは、くすぐられている時みたいに身をよじりながらウハウハ笑っている。楽しそう。

「……ん? あの相手の身をかわす動き……見たことがある……が、どこでだったか……」

アルベール兄さまが私の耳元で独り言をもらす。息がかかってくすぐったい。

「あぁ、あれはベールの身のこなしだ。先程見たばかりだったな」

自分で答えを出したようだ。

「そうそう、転びそうな王女をクルッとさせるやつ。狭い場所の乱闘に使えそうだろ? 早速応用させてみた」

おや、ベール兄さまのパクリですか。

「わたくしの膝を守った技ですね。ではベール兄さまにはお礼にオランジェットならぬシプードッテ(適当に命名)を作りましょう。それからルエ団長からも、ご褒美をもらって良いのではないですか? ベール兄さま、おねだりは今ですよ」

ベール兄さまの瞳がパッと明るく光った。

「今度ヨーン領に里帰りする時は、俺も連れて行ってください!」

ヨーン領?……ヨーン……ヨーン……はっ、リボンくんとこのお隣りではないですか!

「いいぞ~。魔獣討伐場で実地訓練させてやる」

「やったーーーっ!」

嬉しさのあまり、ベール兄さまはルエ団長の腕の中でエビ反った。

いいなー、いいなー、私もリボンくんちに~……



ビシャァァァーーーッ!



「………」

「………」

「………」

「………」



窓ガラスに泥水が飛んできた。

”さぁーせーーーん”的な謝罪も飛んできた。



「……騎士訓練場の見学は、今後も禁止とする」

「……はい、それでいいです。急に興味がなくなりました」

泥んこ遊びは好きだが、泥まみれにされるのは嫌だ。それに見てても楽しくなさそう。




…………………………………………
オランジェットの作り方
①オレンジを輪切りにし、砂糖水で煮込む。
(隠し味でレモン汁やブランデーを入れてもOK)
②火からおろして適度に水分を飛ばす。
③鉄板に並べてオーブンで焼く(途中でひっくり返す)
④オーブンから出して冷まし、湯煎したチョコレートに潜らせる。
…………………………………………

……これをシプードでやります。




「絵が届きましたよ」

ミネバ会長の抑揚のない単調な呼びかけが来た。

『ビシャァァァーーーッ!』…でドアのノックが聞こえなかったのね。

振り返ると、見知らぬ騎士と、たぶん宮廷画家のおじさんがいた。



──…ええと、なんだっけ?



「ピンクの姿絵が来たのだ」

アルベール兄さまがポソリと教えてくれた。



そうそう、本当に「建国の聖女」かどうか絵の確認に来たんだった。忘れてないよ。忘れてなかったって。





………続く

オランジェット
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