上 下
105 / 183
1章 幼少期編 I

92.オマー子爵領2(Side ロッド王)

しおりを挟む
 
─翌日─……収穫祭前日。


今日は昨年とは違う視点で邸内の観察に集中する。

事務方の経領陣は、昨年同様裏方に徹していて出てきていない。
領兵の指揮系統が越権しすぎる感も昨年同様。

しかし前オマー子爵の存在が無いせいか、前線の砦のように張り詰めていた空気が幾分か和らいでいるように感じる。

その分、新しい空気に馴染まない者との二極化が際立った。

特に、大男の領兵長が幅を利かせている姿が悪目立ちをしている。
前子爵に似た振る舞いで露骨に新領主を軽んじていた。釣られて心得違いをする従事者も多そうだ。

目が合ったリボンは肩をすくめて同意を返してきた。
夫人の方も苦笑いだ。

しかし、ふたりだけで今後の人事を話し合う姿からは焦燥を感じない。

……いや、リボンから直接指示を受けている中堅の兵士が側にいた。
彼の兵上部のやからを見る目は、既に見切りをつけたものになっている。この男が次期兵長になる。そんな予感がした。


◇…◇…◇


午後になると、邸門の前には領都周辺の畑人が集まり、前夜祭の準備が始まった。

舵取り役の良く通る声がここまで聞こえてくる。まずは天幕張りから取り掛かるようだ。

天幕は昨年のうちに捨てるほど配ってある。
仮設の厨房として、休憩所として、そして女子供おんなこどもが雑魚寝できるように。
畑人たちは祭りが終わるまで畑の集落には帰さず、天幕で過ごさせる。遠方の村や町でも同じ様子になっているはずだ。
やむなく集落に残った者たちは時が着たら被害を受ける事になるが、もう切り捨てるしかない。すべての民を救う力など私にはないのだ。

昨年配ったものは天幕以外にも、種芋…ジャガ、甘ジャガの苗、開墾費から、調理道具、調味料の食材、無料配布用の荷車など。全て国家予算から大量に出している。

今回は畑人たちのみを開催側にしているが、今後は多様化する予定だ……いや、今後があるかは不明だ。毎回国庫から補助金は出せん。他の領から苦情が出る。

もしかしたら、シュシューアがリボン会いたさに祭りに参加したがるかもしれんな。
戻ったら煽ってみるか。
本人は知らないが、娘はアルベール商会の役職付きの高給取りなのだ。アルベールがきっちり商業ギルド口座に積み立てているのを、父は知っているぞ。いやいや、娘の金を当てにしているわけではない……決して。

「出てきた、出てきた。リボン、お待ちかねの兵長だよ」

窓辺で本を読んでいたルベールが、指先でリボンを呼び寄せる。
部屋にいるのは、昨夜の酒席の5人。
全員が窓辺に集まる。

この領主邸で主のように君臨してる兵長が、中庭で騒いでいる姿が見える。

天幕張りを手伝っていた非番の兵士たちを叱責しているようだ。
栄誉ある子爵領兵士が下働きをするとは何事だ!…とかほざいている。
畑家出身の兵士もいるであろうに、何を言っているのだか。

「彼は南部侯爵家の次男です。前オマー子爵の友人の伝で兵長の役を得ています。職務実績なし。実戦経験なし。人望なし。妻なし。財なし。能なし」

リボンの中では、あやつの未来はないようだ。

「聞いてくださいませ。あの男、私の夫になって子爵になるつもりでいましたのよ」

サハラナの、この物怖じしなさは良し。
城の侍女にならなかったのが惜しまれる。

「今は止めなさい、サハラナ」
「僕は聞きたいよ」
「うむ、私もだ」
「……お二人とも」

リボンに睨まれた。
こういう若者も城に従事して欲しかった。

「父と兄の訃報を聞いて修道院から戻ったその日の夜、何故かあの男が私の寝所にいたのですわ。事もあろうに湯あみ後の姿で寝台に腰かけておりましたの」

修道院から付添ってくれた尼僧の部屋へ就寝の挨拶に行き、戻ってきたところでの衝撃。
そのまま気付かれないように尼僧の部屋へ取って返し、匿ってもらったそうだ。

そして、暫くして邸内が騒がしくなり、サハラナの不明が知られるところとなる。

聞き耳を立て届くのは、兵長と家令の声が初夜の是非を問うている会話。
サハラナを探す使用人たちの報告も胡乱じみていた。

子爵家乗っ取りを計っているのだと、サハラナは気づいた。

邸人は誰も信用できない。

サハラナと尼僧は隙を見て脱出し、領都の小神殿に身を隠した。


サハラナの純血を散らし、夫の座に就こうとするとは見下げ果てた男だ。
なるほど、リボンの口が辛くなるわけだ。


そこから先は我々の知るところである。

サハラナは小神殿の神官に手紙を託して、隣のガーランド領に送り出した。

婚約者リボンは遠い王都。
友人のユエン侯爵令嬢も王都。
母親の実家は王都よりもずっと先。

一番近くにいる未来の義父に助けを求める以外、案など浮かばなかったのだ。

……結果として、それは正しい選択であった。

サハラナからの手紙で、オマー子爵と子息の死を初めて知ったガーランド伯爵は、即座に動いた。

訃報の知らせを鳥に託して王都へ飛ばし、同時にオマーに向けて密かに手練れを走らせる。
次いで神官を連れて急ぎ駆けつけた中には、ガーランド伯オレドガ本人もいた。見知りでないと安心できぬであろうという配慮からである。

「あの時は子供の様に泣いてしまいましたわ」

思い出したサハラナは目元を潤ませる。

「良いところを父親に取られたな」

「……私が到着した時も泣きましたよ」

父親に対抗する息子。
唇を尖らせる子供っぽいリボンをシュシューアが見たらどう反応するか。『眼福!』とか叫びそうだ。


王都にオマー子爵と子息の死の知らせが届いたのは、ガーランドからの鳥が最初であった。
同時にリボン宛のサハラナの危機も……リボンが急に出立した理由がここにある。

オマー領からの知らせは定期書簡にて、そのずっと後であった。
意図的に遅らされたのは明白である。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

追放されましたが、私は幸せなのでご心配なく。

cyaru
恋愛
マルスグレット王国には3人の側妃がいる。 ただし、妃と言っても世継ぎを望まれてではなく国政が滞ることがないように執務や政務をするために召し上げられた職業妃。 その側妃の1人だったウェルシェスは追放の刑に処された。 理由は隣国レブレス王国の怒りを買ってしまった事。 しかし、レブレス王国の使者を怒らせたのはカーティスの愛人ライラ。 ライラは平民でただ寵愛を受けるだけ。王妃は追い出すことが出来たけれど側妃にカーティスを取られるのでは?と疑心暗鬼になり3人の側妃を敵視していた。 ライラの失態の責任は、その場にいたウェルシェスが責任を取らされてしまった。 「あの人にも幸せになる権利はあるわ」 ライラの一言でライラに傾倒しているカーティスから王都追放を命じられてしまった。 レブレス王国とは逆にある隣国ハネース王国の伯爵家に嫁いだ叔母の元に身を寄せようと馬車に揺られていたウェルシェスだったが、辺鄙な田舎の村で馬車の車軸が折れてしまった。 直すにも技師もおらず途方に暮れていると声を掛けてくれた男性がいた。 タビュレン子爵家の当主で、丁度唯一の農産物が収穫時期で出向いて来ていたベールジアン・タビュレンだった。 馬車を修理してもらう間、領地の屋敷に招かれたウェルシェスはベールジアンから相談を受ける。 「収穫量が思ったように伸びなくて」 もしかしたら力になれるかも知れないと恩返しのつもりで領地の収穫量倍増計画を立てるのだが、気が付けばベールジアンからの熱い視線が…。 ★↑例の如く恐ろしく、それはもう省略しまくってます。 ★11月9日投稿開始、完結は11月11日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

異世界に召喚されたんですけど、スキルが「資源ごみ」だったので隠れて生きたいです

新田 安音(あらた あのん)
ファンタジー
平凡なおひとりさまアラフォー会社員だった鈴木マリは異世界に召喚された。あこがれの剣と魔法の世界……! だというのに、マリに与えられたスキルはなんと「資源ごみ」。 おひとりさま上等だったので、できれば一人でひっそり暮らしたいんですが、なんか、やたらサバイバルが難しいこの世界……。目立たず、ひっそり、でも死なないで生きていきたい雑草系ヒロインの将来は……?

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜

アーエル
ファンタジー
女神に愛されて『加護』を受けたために、元の世界から弾き出された主人公。 「元の世界へ帰られない!」 だったら死ぬまでこの世界で生きてやる! その代わり、遺骨は家族の墓へ入れてよね! 女神は約束する。 「貴女に不自由な思いはさせません」 異世界へ渡った主人公は、新たな世界で自由気ままに生きていく。 『小説家になろう』 『カクヨム』 でも投稿をしています。 内容はこちらとほぼ同じです。

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

恋愛
セラティーナ=プラティーヌには婚約者がいる。灰色の髪と瞳の美しい青年シュヴァルツ=グリージョが。だが、彼が愛しているのは聖女様。幼少期から両想いの二人を引き裂く悪女と社交界では嘲笑われ、両親には魔法の才能があるだけで嫌われ、妹にも馬鹿にされる日々を送る。 そんなセラティーナには前世の記憶がある。そのお陰で悲惨な日々をあまり気にせず暮らしていたが嘗ての夫に会いたくなり、家を、王国を去る決意をするが意外にも近く王国に来るという情報を得る。 前世の夫に一目でも良いから会いたい。会ったら、王国を去ろうとセラティーナが嬉々と準備をしていると今まで聖女に夢中だったシュヴァルツがセラティーナを気にしだした。

処理中です...