69 / 186
1章 幼少期編 I
57.境の森 1(Side ヨーン男爵)
しおりを挟む【20年前】
ティストーム王国北方
国王直轄地にて───
トルドン王国に隣接するこの地は、国境線である「境の森」が深いおかげで、国家間の諍いは今まで一度も起きたことがない。
年老いた官人たちが代官として余生を送るような、そんな長閑な田舎であった。
騎士爵を持つ我がヨーン家は、国王からお預かりしている国境兵をまとめ、安穏な地であろうとも厳しく訓練を欠かすことはない。
俺は、ウリード・ヨーン。
親父が引退して襲爵した、なりたてほやほやのヨーン家当主である。24歳だ。
「そっちに行ったぞーっ!」
「気をつけろ!でかいぞ!」
「弓が利かん!罠の方に追い立てろ!」
「俺が囮になる! おーい、こっちだ!デカブツ!」
「やめてください、ウリードさま!」
「ウリードさまっ!うわーまたかーっ!」
訓練とは名ばかりの狩猟が、俺たちの主な活動だ。
魔獣討伐も兼ねているから立派な仕事なのだと、胸を張るよう新人の兵士には強く指導をしている。
深い落とし穴に落ち、魔獣の怒哮が重い振動と共に尽きた。
木槍を仕掛けた穴に落ちれば大型動物はひとたまりもない。
「黒猪の魔獣……雄だな。賭けはルエの勝ちだ」
「そういう賭けはするなって、奥さまに言われてるんですけど」
「堅いこと言うな。よし、引き上げるぞ!」
兵たちがわらわらと罠の周りに集まってくる。木槍をよけて縄網を敷いてあるから引き上げは簡単だ。
「三で引くぞ! 一、二、それっ!」
ブツブツ言いながら手伝う少年は、俺の従者のルエだ。
『北の針』と異名を持つほどの凄まじい突き剣の技の持ち主である。
14歳になったばかりで体が出来上がっていないせいか、いや、繊細な顔立ちのおかげで、女に間違われることが度々ある。
見た目に騙されて舐めた真似をしてくる男衆は、ことごとく容赦のないルエの細剣で撃退されているのだが、男にとって微妙な場所を突かれることでも名を轟かせている。
この技の持ち腐れは惜しいと、ここよりもっと平和な地から嫁いできた妻が連れてきた。
「鼻の肉はルエ坊のものだな」
「ルエ坊は耳のコリコリが好きじゃなかったか?」
「鼻が一番旨いのに? 変だぞルエ坊」
「どっちも好きですよっ。その3か所の肉は俺がもらいます。それから坊って呼ぶな!」
生意気だが裏表がない性格は兵士たちに気に入られ、皆から弟のようにかわいがられている。
「賭けはしないと言いながら、勝った時だけは報酬を持ってくんだよな」
「何か言いましたか、ウリードさま」
そんなわけで肉には困らず、森の恵みも豊富。土が悪くて麦は育ちにくいが何とか豊かにやっている。
帰りがけに群生した白きのこを見かけたので、明日の訓練はキノコ狩りになりそうだ。
☆…☆…☆…☆…☆
「境の森」を挟んだ隣国のトルドン側は「ノッツ伯爵領」だ。
川魚が大漁でわいたある日、そのノッツ伯爵から代官当てに書状が届いた。
「魔獣に迷惑していると書いてあるんじゃが、どうしたもんかの」
代官は困惑している。
共に茶を飲んでいた副代官と副代官補佐も困惑する。
そりゃ困惑もするだろう。境の森は誰の所有でもないのだ。にもかかわらず、その森から魔獣が領地に入り込んでいると苦情を申し立ててきたのだ。
「あの森、ティストームのだったんですか?」
文字の練習をしていたルエが顔をあげた。
代官たちの休憩時間は無学だったルエの勉強時間でもある。
「そんなわけあるか。単に討伐隊を出したくないだけだろう」
代官たちの休憩時間は俺のサボり時間でもある。茶菓子の持参が必要だが。
「ルエ坊、この間地図を見せたじゃろ? 聞いてなかったのかいな」
「坊って呼ぶなっ、じじい!」
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ」
その爺さんは俺より身分が高いのを忘れたか?
「魔獣が豊猟だとは思っていたが……あちらにも流れているとなると、魔素溜りが大きくなっているかもしれないぞ。参ったな」
魔獣は魔素溜りから出現する。
現在確認されている森の魔素溜りは、海側の端にある洞穴がひとつと、今回とは関係のない小さな魔素溜りがいくつか。
「討伐隊を組むなら、俺も行きますよ」
『行きますよ』ではなく『行きたい』だろう?
「馬足の速いやつを偵察に行かせてからだ。おい、勉強道具を片付けるのはやめろ」
魔素溜りの大きさ如何では、魔導士を呼んで魔素溜まりを消失させなくてはいけなくなる。
「魔獣の狩場が無くなるのは惜しいのう」
まったくだ。
……………………………………………
【騎士爵】次代当主に騎士になる者がいない場合、爵位は返上することになる……というどうでもいもいい設定。
……………………………………………
144
お気に入りに追加
1,828
あなたにおすすめの小説

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

辺境貴族ののんびり三男は魔道具作って自由に暮らします
雪月夜狐
ファンタジー
書籍化決定しました!
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~』です)
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!
小択出新都
ファンタジー
異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。
跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。
だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。
彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。
仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる