90 / 184
1章 幼少期編 I
78.出でよ炎
しおりを挟む「固まったな」
「固まったのですね」
「固まりましたね」
アルベール兄さま、私、チギラ料理人は、調理台の上の固形物を見下ろす。
「砕いてふるいにかけてください」
ゴリゴリゴリ、サラサラサラ……
───顆粒の山がふたつできた。
甜菜で作った2種類の砂糖。
茶色っぽい方は黒糖と同じ位置づけ。白っぽい方は上白糖。
「面倒なことになったな。また砂糖利権ともめるのか」
アルベール兄さまが大きなため息をついた。
……………………………………………………………
甜菜糖の作り方
①甜菜を刻む。
②煮て糖分を抽出して濾す(残りかすは家畜の餌へ)
③石灰乳を入れて不純物を取り除く(沈殿します)
④糖液を煮詰めて水分を飛ばす。
⑤とろみがついたら分離機にかける。
……蜜と結晶に分離します。
乾燥させた蜜が黒糖。
結晶を乾燥冷却させたものが上白糖。
……………………………………………………………
石灰乳:石灰を粉末にして水に混ぜた白い液。強アルカリ性です。
「アルベール兄さま。甜菜は北で育つ野菜です。輪作にジャガが入ってますので、北の三領地に権利を譲ってしまいましょう」
説明しよう───
輪作とは、同じ種を植え続けると土の成分が偏って痩せてしまう(連作障害)ため、別種の植物を順繰りに植えることをいいます。
甜菜→ジャガ→秋まき小麦をセットにするとよいです。
「それでは甘液を持つ薬草課が黙っていないだろう………そうだ」
アルベール兄さまは久しぶりに黒い笑みを浮かべた。
「父上に押し付けよう」
甜菜糖の収益は国のもの、巡り巡って新城建設費に回る算段とかなんとか。
「チギラ、甜菜糖を平壺に綺麗に入れてくれ。ランド、いるか?「はい」甜菜を洗って見栄えのいい籠に入れてくれ。種は…「この袋です」よし。リボン、謁見……」
いない。
「王さまに会う手続きをしにいくと、伝言頼まれたっす」
お弟子さんが外からひょっこり顔を出した。
今日は定期的に行われている国王公開謁見の日だ。
謁見名簿に名前を書きに行ったのだろう(平民は出来ないよ)
アルベール兄さまは甜菜を献上の形で手放すつもりなのだ。
「父上は宰相に押し付けるだろうがな、ははは」
宰相は大臣に押し付けるだろうがな、ははは。
大臣は……甘液の権利を持つ魔導部薬草課に押し付けた。
途中経過は知らないが、結局北側の領地で栽培することになったそうな。
めでたし、めでたし。
☆…☆…☆…☆…☆
「魔力は誰でも持っているものですが、それを自身の意思で放出できる者が『魔導士』と呼ばれる存在になります。魔力廻量、魔力粒質、効果客体、得意とする操絡も個々に違い、強弱濃薄においては…… 何ですかな?」
質問するときは手を挙げる。どこでも同じです。
「魔導士からあと、何を言っているのかわかりません」
シブメン、絶対教師に向いてない。
研究院の魔導学長というのは、きっと名誉職なのだわ。
「ふむ」
考えているようなので、待つ。
「庭に出ましょう」
座学から実技へと変更になりました。
庭には、以前シブメンが固めた砂がまだ固まって転がっている。
まさか……
「違いますよ。客体はまだ先です」
そうですか。
「想像を働かせてください。体を廻る魔りゅ……体表面の熱を手に流動させる感覚を……」
シブメン、黙っちゃいました。
「……王女殿下は『出でよ炎』がやりやすかろうと判断しました」
ファイヤーボール覚えてたの!? ヤメテ、ワスレテクダサイ。
「魔力放出は人に向かってやってはいけません。さして悪影響はありませんが、動物に舐められたような感覚があり、非常に不快なのです」
眉間の三本線の上に窪みが……
「それは……気持ち悪いですね。わかりました。嫌がらせの時以外はやりません」
「よろしい」
嫌がらせはしていいんだ。さてはシブメンもやっているな?
では、いっちょやってみますか。
両足を踏ん張って、体のなにかを手に集めて『ファイヤーボール!』
シ~ン。
シ~ン。
お願い、何か言って(泣)
「衝撃はありませんので力む必要はありません」
左様でございますか。
「放出の才はあるようです」
「え? 出ているのですか?」
「出ていますな」
「わたくしには何も分かりませんが」
「100回繰り返せばわかるようになります」
あれギャグじゃなかったの?
「王女殿下。放出はもうよろしいですよ」
「まだ、出ていますか?」
「出ていますな」
「わたくしには何も分かりませんが」
「100回繰り返せばわかるようになります」
「…………」
構えるのをやめて手をおろす。
と、ひざ下に何かがゾロリと這う感覚がぁぁぁ?
「ぎゃぁーーーーっ!」
何もいないけど足を振り払わずにはいられない。
出てる出てる! 私の手から何か出てる!
「そう、それです。だから人に向けてはいけないのです。うっ、こちらに向けないでいただきたい。炎を消す像を頭に浮かべるのです。収まれ炎です。まだ止まっていません。まだです……………む、尽きましたな」
「止まりましたか?」
「止まったのではなく、尽きたのです。現在の王女殿下の魔力は零ですな」
「つ、尽きると、どうなるのですか?」
魔力が尽きると死ぬとかファンタジーネタがあったような。
「どうもしません。しばらくすれば自然に蓄積されていきます。回復の速さは人それぞれなので、明日の授業で確認してみましょう…………蓄積とは器に溜る水と同じです。本人の器以上の魔力はこぼれ落ちて霧散します。破裂すると誤解しているようなので、説明いたしました」
……で、次の日。
「出てますよね」
「垂れ流しですな」
「どうやったら止まるのでしょう」
「ふむ……」
家族の中で魔導士の適性を持つのは私だけなので、魔力のゾロリは皆にウケけたが、昨日今日の限定だ。ずっとは困る。
シブメン、いい案出してください。
「蓋、ですかな」
「蓋……ふた…蓋を閉める……手のひらの蓋……あ」
止まった! なんとあっけない!
「では、放出して、蓋。繰り返してください」
はいな『ファイヤーボール!』
シ~ン。
何か言おうよ。
「出てますか?」
「ご自分で確認できるのでは?」
そうだった。
かざした手のひらの前に、もう片方の手を出してみる。
ゾロリがない。
おかしいな。
「100回です」
やっぱりギャグじゃなかった。
134
お気に入りに追加
1,801
あなたにおすすめの小説
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語
京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。
なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。
要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。
<ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
野草から始まる異世界スローライフ
深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。
私ーーエルバはスクスク育ち。
ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。
(このスキル使える)
エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。
エブリスタ様にて掲載中です。
表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。
プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。
物語は変わっておりません。
一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる