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1章 幼少期編 I

78.出でよ炎

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「固まったな」
「固まったのですね」
「固まりましたね」

アルベール兄さま、私、チギラ料理人は、調理台の上の固形物を見下ろす。

「砕いてふるいにかけてください」


ゴリゴリゴリ、サラサラサラ……


───顆粒の山がふたつできた。


甜菜てんさいで作った2種類の砂糖。
茶色っぽい方は黒糖と同じ位置づけ。白っぽい方は上白糖。

「面倒なことになったな。また砂糖利権ともめるのか」

アルベール兄さまが大きなため息をついた。

……………………………………………………………
甜菜糖の作り方
①甜菜を刻む。
②煮て糖分を抽出して濾す(残りかすは家畜の餌へ)
③石灰乳を入れて不純物を取り除く(沈殿します)
④糖液を煮詰めて水分を飛ばす。
⑤とろみがついたら分離機にかける。
……蜜と結晶に分離します。
乾燥させた蜜が黒糖。
結晶を乾燥冷却させたものが上白糖。
……………………………………………………………
石灰乳:石灰を粉末にして水に混ぜた白い液。強アルカリ性です。


「アルベール兄さま。甜菜は北で育つ野菜です。輪作にジャガが入ってますので、北の三領地に権利を譲ってしまいましょう」

説明しよう───
輪作とは、同じ種を植え続けると土の成分が偏って痩せてしまう(連作障害)ため、別種の植物を順繰りに植えることをいいます。
甜菜→ジャガ→秋まき小麦をセットにするとよいです。

「それでは甘液を持つ薬草課が黙っていないだろう………そうだ」

アルベール兄さまは久しぶりに黒い笑みを浮かべた。

「父上に押し付けよう」

甜菜糖の収益は国のもの、巡り巡って新城建設費に回る算段とかなんとか。

「チギラ、甜菜糖を平壺に綺麗に入れてくれ。ランド、いるか?「はい」甜菜を洗って見栄えのいい籠に入れてくれ。種は…「この袋です」よし。リボン、謁見……」

いない。

「王さまに会う手続きをしにいくと、伝言頼まれたっす」

お弟子さんが外からひょっこり顔を出した。

今日は定期的に行われている国王公開謁見の日だ。
謁見名簿に名前を書きに行ったのだろう(平民は出来ないよ)
アルベール兄さまは甜菜を献上の形で手放すつもりなのだ。

「父上は宰相に押し付けるだろうがな、ははは」

宰相は大臣に押し付けるだろうがな、ははは。

大臣は……甘液の権利を持つ魔導部薬草課に押し付けた。
途中経過は知らないが、結局北側の領地で栽培することになったそうな。

めでたし、めでたし。



☆…☆…☆…☆…☆



「魔力は誰でも持っているものですが、それを自身の意思で放出できる者が『魔導士』と呼ばれる存在になります。魔力廻量、魔力粒質、効果客体、得意とする操絡も個々に違い、強弱濃薄においては…… 何ですかな?」

質問するときは手を挙げる。どこでも同じです。

「魔導士からあと、何を言っているのかわかりません」

シブメン、絶対教師に向いてない。
研究院の魔導学長というのは、きっと名誉職なのだわ。

「ふむ」

考えているようなので、待つ。

「庭に出ましょう」

座学から実技へと変更になりました。
庭には、以前シブメンが固めた砂がまだ固まって転がっている。
まさか……

「違いますよ。客体はまだ先です」

そうですか。

「想像を働かせてください。体を廻る魔りゅ……体表面の熱を手に流動させる感覚を……」



シブメン、黙っちゃいました。



「……王女殿下は『出でよ炎』がやりやすかろうと判断しました」

ファイヤーボール覚えてたの!? ヤメテ、ワスレテクダサイ。

「魔力放出は人に向かってやってはいけません。さして悪影響はありませんが、動物に舐められたような感覚があり、非常に不快なのです」

眉間の三本線の上に窪みが……

「それは……気持ち悪いですね。わかりました。嫌がらせの時以外はやりません」

「よろしい」

嫌がらせはしていいんだ。さてはシブメンもやっているな?

では、いっちょやってみますか。
両足を踏ん張って、体のなにかを手に集めて『ファイヤーボール!』


シ~ン。


シ~ン。


お願い、何か言って(泣)

「衝撃はありませんので力む必要はありません」

左様でございますか。

「放出の才はあるようです」
「え? 出ているのですか?」
「出ていますな」
「わたくしには何も分かりませんが」
「100回繰り返せばわかるようになります」

あれギャグじゃなかったの?

「王女殿下。放出はもうよろしいですよ」
「まだ、出ていますか?」
「出ていますな」
「わたくしには何も分かりませんが」
「100回繰り返せばわかるようになります」
「…………」

構えるのをやめて手をおろす。
と、ひざ下に何かがゾロリと這う感覚がぁぁぁ?

「ぎゃぁーーーーっ!」

何もいないけど足を振り払わずにはいられない。

出てる出てる! 私の手から何か出てる!

「そう、それです。だから人に向けてはいけないのです。うっ、こちらに向けないでいただきたい。炎を消す像を頭に浮かべるのです。収まれ炎です。まだ止まっていません。まだです……………む、尽きましたな」

「止まりましたか?」

「止まったのではなく、尽きたのです。現在の王女殿下の魔力は零ですな」

「つ、尽きると、どうなるのですか?」

魔力が尽きると死ぬとかファンタジーネタがあったような。

「どうもしません。しばらくすれば自然に蓄積されていきます。回復の速さは人それぞれなので、明日の授業で確認してみましょう…………蓄積とは器に溜る水と同じです。本人の器以上の魔力はこぼれ落ちて霧散します。破裂すると誤解しているようなので、説明いたしました」




……で、次の日。

「出てますよね」
「垂れ流しですな」
「どうやったら止まるのでしょう」
「ふむ……」

家族の中で魔導士の適性を持つのは私だけなので、魔力のゾロリは皆にウケけたが、昨日今日の限定だ。ずっとは困る。

シブメン、いい案出してください。

「蓋、ですかな」

「蓋……ふた…蓋を閉める……手のひらの蓋……あ」

止まった! なんとあっけない!

「では、放出して、蓋。繰り返してください」

はいな『ファイヤーボール!』


シ~ン。


何か言おうよ。

「出てますか?」
「ご自分で確認できるのでは?」

そうだった。
かざした手のひらの前に、もう片方の手を出してみる。
ゾロリがない。
おかしいな。


「100回です」


やっぱりギャグじゃなかった。

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