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1章 幼少期編 I

71.焙煎

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昼食が終わると、いつも通りあっさりと解散された。
アルベール兄さまはデート。
ルベール兄さまはまだ外遊視察の残務処理が残っている。
ベール兄さまは授業。
リボンくんは従者のお仕事(デートを陰から見守る係)
ミネバ副会長は竹の事でランド職人長と話し合った後、ふたりして出かけてしまった。

残ったゼルドラ魔導士長が、午後は付き添ってくれるようだ。

「コーヒー豆、いきます!」

コーヒーの木は、現地の子供が遊びながらモゴモゴする甘酸っぱい果物として南に自生していた。
タネばかりで食べ応えがないので、誰も見向きもしていなかった。だから中々見つからなかったのだ。

捜索商人に前もって伝えてある製法で加工してから、納品してもらいました。

…………………………………………
収穫地での加工作業
①実を水に漬けて熟成させる(2日)
②果肉を取り除くために、水で洗いながらザルでゴリゴリやる。
③果肉を取り除いたものを水に漬けて熟成させる(3日)
④果肉の残りのぬめりを取るために、水で洗いながらザルでゴリゴリやる。
⑤きれいになったら天日干しする(1ヶ月)
⑥杵と臼で脱穀する(米麦と同じ)
…………………………………………

焙煎します!……チギラ料理人の仕事はここから。

蓋つき網に洗った豆を入れて火にかけるのです。15分くらい、ひたすら振り続けるのです。パチパチ爆ぜてきたらあと一息……と言う感じでやっていきます。

「外の鉢炉に火が入ってるんで、そっちでやりましょう」

私の指示に頷いて、チギラ料理人はテキパキと用意を始める。

私とシブメンは軒下テラスに用意された椅子に座って見学だ。
お弟子さんたちも見学……次の焙煎は彼らの仕事になりますからね。

「振ります。もっと乱暴でいいです。火からもうちょっと離して、はい、そのまま。豆が焦げ茶色になるまでやってください」

「いい香りがしてきましたな。コーヒーは飲み物だと聞きましたが」

シブメンは鼻をひくつかせて、期待しているげな声で呟いた。

「少し苦みのある飲み物なのですが、黄ヤギの乳と甘液を入れて飲むととても美味しいのです。なによりこの香りです。なにも入れずに苦みを楽しむ方もいるのですよ。あ、今日のおやつは、お父さまからお土産にいただいたメープルシロップで食べるホットケーキですから、甘液を入れずに飲んでみましょう」

「姫さま、このくらいでいかがでしょう」

チギラ料理人が網を持ってきて私に見せた。

「いいと思います。うちわで扇いで急いで冷ましてください。理由は忘れましたが、そうするものなのです。では同じ方法でカカオも行きましょう」

茹で網は1つしかないので地道に1回ずつだ。美味しくできたらちゃんとしたものを作ってもらいましょうね。

「カカオも飲み物なのですかな?」

「飲み物にもなりますが、お菓子の方が多いです。いい香りがするのです。極上の味にするのは難しいみたいなのですが、たくさん持ってきてもらったのでがんばります。チギラ料理人が」

「おまかせください」

みんなで笑った。


カカオも南方面で発見された木だ。
この実も食べるというかしゃぶるおやつで、食べ応えがないので住民にスルーされていたもの。殻が固すぎて遊びながらのつまみ食いができず、子供にも人気がなかった。こちらも加工してからの納品です。

……………………………………………………
収穫地での加工作業
①カカオの殻から中の実を取り出す。
②木箱に入れて、バナナの葉を被せるか、麻布をかぶせる。
③発酵させる(1日おきにかき混ぜる/1週間)
④天日干しする(3日以上)
……………………………………………………

バナナはあるぜよ。現地では普通に食べられている。だけど輸送に時間がかかりすぎて、王都で食べられることはほとんどないのが現状です。シブメンの温室で成長中なので収穫が楽しみであります。


カカオ豆の焙煎方法もコーヒー豆と同じ。時間はもう少しかかるかな? 焙煎が終わったら冷まして殻をむきます。

「あれ?平鍋フライパンでもできた気がします。あちらでもやりますか?」

厨房の調理台を指さす。

「コーヒーの方は外でやります。あんなに皮が飛び散るんじゃ掃除が大変だ。ココアの方は飛ばないようですけどね。このくらいでどうでしょう」

「実はココアの方は加減がわからないのです。今回はここまでにして冷ましてください。コーヒーの焙煎はそのまま続けてくださいね」

お弟子さんたちの方を見てお願いした。
返事の『はいソォン』は『へいソッ』って感じかな。リボンくんがいたら叱られてますよ。

「カカオの殻は冷めましたか?」

「手で持っても熱くはないですね」

「では一粒ください。これを指で潰すと(パキッ)…と殻が割れるので、こう、こう、はい取れました。この中の黒いのがお菓子になるところです。いい匂いです。はい、ゼルドラ魔導士長もどうぞ」

シブメンにも一粒渡してみる。
パキッ、ペッ、ペッ。クンクン。

「食べてみても?」
「苦いですよ、でも、私も……」

チギラ料理人も自分で剥いてちょびっとかじってみる。

「癖になりそうな味ですな」
「そんなに苦くありませんよ」
「あら、本当に……クスクス、美味しくありませんけど。それでは全部剥いてしまいましょうか」

シブメンとふたりで手を伸ばしたら、ザルを遠ざけられた。

「自分たちが剥きますからっ。おい、手伝え」

持ってっちゃった。
まぁ、そのほうが早く終わるか。

「ゼルドラ魔導士長。待っている間、ダンスを教えてください。トッ、トッ、トー」

椅子から立ってステップを踏む。

「以前言ったことを忘れておりますな。こうこう、こうです。そこで足を揃える。次は逆の足で、こう、こうこう、こう」

私の横に立って華麗な足さばきを見せるシブメン。
焙煎の音が止まった。唖然とした顔がシブメンを見ている。

──…ステップを踏む宮廷魔導士長。

よく考えたら、滅多にみられない光景かも。どうでもいいけど。

ちょうど注目されているので、皆に披露してみよう。

「トー、トッ、トッ、トー。タン。トー、トッ、トッ、トー。タン」
「よろしい」

拍手が上がる。
むふふん、家臣(じゃないけど)にする礼は習得済みよ。
胸に手を当てて、その時は手の平は浮かせておくの。そして軽く頷く。淑女用ね。
男性は頷くだけ。簡単だから頷き方に個性が出る。シブメンが上手い。

「剥けましたよ。次はどうします?」

「ミキサーでドロドロにします。中に入りましょう。では、皆さん後はよろしくお願いしますね」

立ち去る時は、その場にいる人たちの顔を流し見て、軽く頷く。顎を引くだったかな?
王族は滅多なことでは頭を下げてはいけないのだ。

「先に鉢で簡単に砕いて小さくしてください。それからミキサーにいれます」

中の金具をミル用にした魔導ミキサーに入れて回す。

「この作業は石臼で何時間もやると滑らかで美味しい『チョコレート』というお菓子になるのですが、今日は味見なので少しざらついた触感でもがっかりしないでくださいね。油分が多い豆なのでモッタリしてくるとミキサーが止まって……あ、止まってしまいましたね。中のカカオをかき混ぜてもう一度お願いします。トロリとしてくるまで続けてください」

ペースト状になったら砂糖を入れるのだが、甘液を入れたらどうなるのだろう。
砂糖はあまり使いたくないなぁ。高いから。

「今回は砂糖を使って、甘液は次で試してみますよ」
「そうしましょうか。では砂糖を入れて回して下さい」

さて、ちゃんとチョコレート液になるでしょうか。
チギラ料理人が取り皿にあけてスプーンを渡してくれる。
トロン、パクリ、口に中でニュマニュマ。

「ざらついていますけどチョコレートになっています!」
「ふむ、ふむ、ふむ」
「うわっ、初めての味です!」

これをパンに混ぜ込んで、生クリームに混ぜ込んで……チギラ料理人は往ってしまった。

「わかりました」

またですか、シブメン。

「回転する魔導石臼を作りましょう。君、石臼に詳しい者を知っているかね?」
「ランド職人長が知っていると思います。帰ってきたら伝えておきます」
「一度にたくさん作るようでしたら、便利な形を知っています。絵に描いておきますね」

メランジャーという石臼内蔵の機械は動画で見た。
底の石と縦回転するふたつの石で出来たものだ。詳細はわからないけど。

「このチョコレートは冷蔵庫に入れておけば、固まって長持ちします。使うときは湯煎して溶かせば今と同じ状態になります。せっかくなので、お兄さまたちが食べられるようにしておきましょうか。ざらつきをごまかすために、砕いたナッツを混ぜましょう」

「スプーンで固めて一口サイズにしておきます。平皿に落としておけば固まるんですよね」

「はいっ」

料理用に作った陶器の平皿バットを作ったので、こういう時は便利だ。

「次はコーヒーですね。あ、ミキサーを洗い終えたら教えてください。それまで食堂にいます」

ミキサーは1台しかない。増やしてもらおう。




………………………………………
火からおろした豆を扇ぐ理由:火から離しても熱を持っているので焙煎が進んでしまうのです。それを防ぐために団扇で扇ぎます。
………………………………………
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