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1章 幼少期編 I

41.パンは甘ジャガに負けた

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恋をして浮かれ気味のアルベール兄さまと、建国の聖女嫌いの私は、どちらも別の意味でやる気に燃えております。

アルベール兄さまは『新しいお城』で悪役令嬢とラブラブしたい。
私は『新しいお城』からヒロインをハブりたい。

まずは『金』!!……二人ともそこは同じだ。


私たちは美味しいものを食べるために離宮に向かう……違う、稼ぐために離宮に集う!


だが、出迎えたチギラ料理人の言葉で私の金銭欲は吹っ飛んだ(金欲<食欲)

「姫さま。黄ジャガの酵母が、たぶん出来てます。味見をしましたが腐っていません」

酵母の瓶の蓋を開けて振って発酵を促す……腐ったりカビが生えたら破棄して新たに仕込んでもらう……天然酵母の管理はチギラ料理人に一任していた。
失敗は覚悟していたので成功は何か月も先だと思っていた。

それが……いまっ!

……ジャガ料理は王命である。
わかっていますが、ふっくらパンを優先することをお許しください! いや、ジャガ酵母だからある意味ジャガ料理かな? そういうことにしておきましょう。ね? アルベール兄さま。目と目で会話してくださいませ!

黒い笑顔。OKが出た!

「ふっくらパン、いきます!」


…………………………………………
ちぎりパンの作り方
①人肌に温めた豆乳+豆乳バター+甘液+塩+天然酵母を混ぜる。
②強力粉を加えて粉っぽさがなくなるまで混ぜる。
③作業台で表面が滑らかになるまで伸ばして捏ねる。
④鉢に入れ、濡れ布巾を被せて火台の端に置く。
⑤2倍に膨らんだら《一次発酵》終了です。

「ふくらんだ~!」
「膨らんだな」
「膨らみましたね」

二次発酵に向けてGO!です。

①生地を作業台に置いて、手で押してガス抜きをする。
②ちぎるサイズに分けて丸め、濡れ布巾をかけて15分ねかせる。
③一個一個を潰し、端を寄せ集めるようにして丸める。
④鉄皿に強力粉を敷いて少し離して並べる。
⑤濡れ布巾を被せて火台の端に置く。
⑥1.5倍に膨らんだら《二次発酵》終了です。

「また、膨らんだな」
「また、膨らみましたね」

らん♪ らん♪ ららん♪ らん♪ 
膨らみの喜びを踊りで表現してみました。
火台に近づかなければよしと、解放されたのだ。

後は生地の上に強力粉をふんだんにふりかけて簡易窯に入れます。
火加減はチギラ料理人におまかせしますね。
…………………………………………


発酵を待っている間に『平ジャガのクリームシチュー』の仕込みを終わらせておいたので再開しましょう。

鍋にバターを溶かしこみ、ベーコン→玉ねぎ→人参→平ジャガの順に炒めます。
薄力粉を加えて粉っぽさが無くなったら豆乳+塩胡椒を入れて煮込んで、とろみがついたら完成です。
今回もチギラ料理人が謎の調味料を足しています。


「いい匂いですな」

本日もまた、いいところにシブメンが訪れました。
シチューは出来上がり『ちぎりパン』を窯に入れて焼く準備が整ったタイミングだ。

「窯が温まりました。入れますね」

発酵しすぎたり中が生焼けだったりした失敗パンの活用方法を、焼いている間に話しながら焼き上がりを待った。なんか厨房を離れたくなかったのだ。

そうしたら作業台の周りにそれぞれ椅子を持ってきて集ってしまった。
私はアルベール兄さまの膝の上だ。

失敗作の活用はシブメンが興味を示して、時間があったら作ってくれとチギラ料理人に頼んでいた。
揚げパン、フレンチトースト、ラスク……作り方を話しただけで私も食べたくなった。
アルベール兄さまはフンフン鼻を鳴らしながら記録を残している。
チギラ料理人は聞き逃さないように無言になり、時々質問をしてきた。


たまらない香りが漂ってきました。

焼けましたね、ちぎりパンが。

取り出された鉄皿には、お行儀よく連結したパンが鎮座していた。
チギラ料理人がきちんと同じサイズに丸めてくれたおかげですね。

「チギラりょうり人……ひとつちぎって、はんぶんにさいてください」

何を確認したいかわかった彼は、裂いた断面を自分で確認し、少し笑って私に見せてくれた。

「よかった、生やけじゃありませんね。味見を……」

皆まで言うなという顔をして裂いた半分を渡してくれた。

さらに一口分だけちぎって、食べてみる。


……もふっ。



もぐ………



もぐ、もぐ……



……ん。



ごくん。



ほっ。



「…………まずくない」



違った、間違えた。

「おいしい、です」

ちょっと底が焦げてるけど、馴染み深いパンの味だ。

……懐かしくて、ちょっと泣けてきたよ。

「ぐじゅっ、アルベール兄しゃまも、どうじょ……」

焦げてない部分をむしってア~ンする。
チギラ料理人も手に持っているものを口に入れる。
シブメンは勝手に本体からひとつちぎって食べた。自由な人だ。

「……くくっ、確かにですな」

シブメンが珍しく笑いながら「ふむ」以外の感想を言った。



「……シュシューア」

───はっ! 黒っ!

「いや、少し待て……うん……」

おぉ、黒さが減っていく……期待にブレーキングしている様子であります。

「……これは、冷めても…柔らかいままなのか?」

───うわぁ、答えにくい。

いくら発酵させたパンでも、焼き上げた後に放置しておたらゴソゴソのカスカスのコチコチになっちゃうのですよ~。
ビニール袋があればしっとりを保てるのだけど~、無いし~。
お弁当箱みたいな容器に入れておけば~、半日ぐらいはいけるかなぁ~? どうかなぁ~?

「……朝に焼いたものを、ふたのある容器に入れておけば、夕食にはギリギリ……」

「よしっ!」

ぎゃっ、大魔神!

「ランド!」

外で作業していたランド職人長とお弟子さんたちを呼ぶ。

残りのちぎりパンを振る舞われたランド職人長たちを巻き込んでバタバタバタバタ───



「い、いそがしくなりそうですね……がんばってください、チギラりょうり人」

「おまかせください!」

嬉しそうというか、燃えているというか、きっと腕が鳴るというやつね。目が爛々としてる。

「王女殿下。以前、菓子のようなパンを作ると聞いたような……」

シブメンにかつてないような熱い視線を送られる。

菓子パンのことですね……あ、まずい。アレコレ作ると本人の前で豪語したような気がする。おまけに、これといった諸々のお礼もしてない。まるっと忘れてた。

えーと、えーと、菓子パン、菓子パン……急に思いつかないな……あ。

「ゼルドラまどうし長のために『蜂蜜バター黒糖パン』を作ります! 焼きたてがさいこうにおいしいパンなのです!」

逆を言うと、冷めると味がベチャッとして、見た目もグチャッとしてしまうイマイチのパンだが、会社近くの焼きたてパン屋さんが人気No.1を誇っていた商品なのだ。焼き上がり時間を狙ってよく買いに行ったわ~。

「ハティミツバター、コットウパン……西大陸語に翻訳願います」

また日本語やっちゃった。

「黒糖と、はちみつと、バターをつかった、とってもおいしいパンです。人前では食べられないほど食べにくいパンですが、カルシーニはちみつをたっぷりつかって……うへへへ」

「その笑い方はやめなさい……焼く日は私も呼ぶように」

は~い!



☆…☆…☆…☆…☆



落ち着いたところで昼食の時間です。

ランド職人長たちは、王宮の厨房が用意してくれたお弁当でいつものピクニック。
(有料でございますよ。後日アルベール商会に請求書が回るのですって。お堅いですねぇ)

※自分がくすねた食材費が王女経費から引かれていることに、彼女は一生気づくことはない。

私たちも、いつも通りの食堂……で、こねたパン生地の残りを追加で焼いてもらい、豆乳バターを塗るという贅沢を披露してみた。

『ますます旨いじゃないか』とアルベール兄さまは絶賛。
シブメンは安定の『ふむ』……気に入ってくれたようだ。

「お待たせしました」

温められた『平ジャガのホワイトクリームシチュー』が運ばれてきた。

煮込み料理はこの国の定番料理だが、これまで『芋』を食べたことがない者たちにとって、ジャガの煮崩れは衝撃の食感であろう。くふふっ、あぁ美味しい。

しかし、ジャガを食べ慣れた二人の感動は薄かった。
チギラ料理人も特にコメントがなかったって事はそういうことだ。シブメンなんか『予想通り』とかおっしゃいましたよ。


続いて、デザートは昨日作ったスイートポテトケーキ。

持ってきたチギラ料理人の様子がおかしい。
頬が上気してます。またピンク色になっています。

何だろう?




わかった。

ちぎりパンも、シチューの味も、またまた吹っ飛んだ。


(うーまーすーぎーるーーーっ!!)


チップスでは味わえなかった、口の中でまったりとろけるこの感じ。舌で味わっている時に鼻にスゥと通る甘やかな香り。これは私の知っているスイートポテトケーキと違う。甘ジャガの種類が違うから? 大豆? 甘液? いろいろマッチした? はぁぁん、美味しいからどうでもいいか~。すばらすぅい~! ぅい~、ぅい~……

「この甘ジャガ菓子はレストランで出すぞ! これは鉄皿で作ったのか? だったらこれ用の型を作ろう。チギラ、見栄えのいい型の形を考えろ。レストラン用と配達用の二種類だ!」

「はいっ!」

アルベール兄さまも大興奮。
シブメンの顔もシブじゃなくなっている。
厨房の方でも『うま~っ』『とろ~』『むぅぅ』
チギラ料理人は『わぁ~、全部食うな~』

「あはははは!」

私じゃないよ。
アルベール兄さまですよ。

ほら、いま恋して浮かれてるから……

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