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1章 幼少期編 I
31.今日から4歳
しおりを挟む今日、私は4歳になった。
朝食の席でお父さまにそう言われた。
……かといって、誕生日を祝う風習はティストームにはないらしい。
誕生パーティがないのは残念だけど、節目として教師をつけてもらえるそうなので、それがプレゼントのようなものかな?……へへへ、嬉しいな。
喜んでいる私を見て、ベール兄さまはゲェ~って顔をしていたけど……ふふん、前世では授業を受けるのは割と好きだったのですよ。
嫌いなのは授業中に当てられて答えられないことね。あとテスト勉強も嫌ね。宿題もね。予習復習もね。自習もね。
「ワーナーせんせい?」
紹介された教師は、魔導部薬草課のワーナー魔導士だった。
「薬草課の仕事を続けながら教師をさせていただきます。授業は午前中のみで、王女殿下が魔導部の事務棟へ通っていただく形になりました。場所はあの応接室ですので、今まで通り一緒に楽しく学んでいきましょう」
今まで通りということは、図鑑を見せてもらいに遊びに行っていたいつも通りでいいのだろうか。
あれも勉強と言えば勉強だけど。
しかして、初めての授業は本当にいつも通りのままだった。
ただ応接室の壁がガラス張りになり、喫茶室のようになっているのは誰の指示なのか。
明るくていい感じだが、改装費が姫経費から出ていたら嫌だなぁと、しみったれた事を考えてしまった。
授業中はさすがにいなくなったけれど、付添人がいるのもいつもの通り。
今日の担当はアルベール兄さまで、離宮に行く時間になったら迎えに来てくれた。
離宮に向かう前に王宮の厨房に寄って籠を受け取る。
被せられた布をめくってみたら、陶器瓶がふたつ入っていた。ジュースと冷やし茶だそうだ。
王宮で朝食。
魔導部でお勉強。
離宮で遊んで、飯テロ、知識チート………
これからはこの流れなのかなぁ、と思いながらアルベール兄さまの横を歩いていたら、やっぱり掬って抱えて片手抱っこ装着され、アルベールスピードで離宮へ向かったのだった。
☆…☆…☆…☆…☆
離宮の冷蔵庫と冷凍庫を開ければ何か入っている。
そんな雰囲気も定着しつつある今日この頃。
いつもは張り切って包丁を揮っているチギラ料理人は、ランド職人長のお弟子さんたちに交じって楽しそうにミニ簀桁を揺すっていた。
挨拶をすると「セーレンサス!」と返ってきた。
事情を知らないアルベール兄さまが「ん」と頷くだけで無反応だったので、私は必死に噴き出すのを我慢した。
練習したのですね、お弟子さんたち。リボンくんがいたら合格がもらえたはずですよ。
「紙の結果は明日出そうだな。ランドの手ごたえとしてはどうだ?」
ランド職人長は私が頼んだ網おたまの仕上げに入っている。
工具で針金を曲げながら挨拶もそこそこに、満面の笑みで答えてくれた。
「藁が紙になるんですから、あれがならなきゃ嘘ですよ。まったく、いい仕事させてもらいました」
気の早いランド職人長の言葉に、アルベール兄さまは苦笑を返した。
「木皮と藁を混ぜた中級紙作りも待っているぞ。紙になりそうな木枝はまだ届くし……中には布のようになる紙もあるのだったか?」
無くても困らないけど、あったら嬉しい不織布。
濾紙が出来れば便利だし、衛生用品も作れたら万々歳……そう、ここ重要。
しかしこの『柔らかい紙が出来たら』は、先日のファミリータイムで賛同を得ることが出来なかった。
どうも紙を使い捨てるという行為が信じがたいようなのだ。
いやいやいや、おトイレに使う薄布を使い捨てしている方々が何をおっしゃいますか。
そういう話題は上兄二人に叱られるから、思っただけでとどめたけど。
それから『滑らかな白い紙が出来たら』も楽しかった。
紙の使い道ではなく、本当にそんな紙が出来たら「新城建設」の予算がザクザク貯まるからだ。
勝手気ままな間取りや施設の想像にみんなが沸いた。
私がガラス張りの温室の話をしたら、お母さまに「それは素敵ですね」と優しい笑みを向けられたが、たぶん花を育てるのだと勘違いされている。
野菜用と言うのはやめておくことにした。
最後には戻って植物紙の真面目な話もした。
アルベール商会は皮革ギルドにも登録したそうだ。
商業ギルドに特許申請のために藁紙を提出したところ『動物の皮と植物の皮』どちらも同じ皮と言うことで、特許申請は皮革ギルドにとなったのだ。
羊皮紙と比べてかなり見劣りがする藁紙は、ギルド職員たちの興味を引かなかったようで、まったく話題にはなっていないらしい。
ただ、今はそれでいいとアルベール兄さまは苦笑いを浮かべていた。
何故なら……お父さまに目をつけられてしまったから(笑)
藁紙を見たお父さまは羊皮紙に代わる植物紙の完成を確信していて、政治的取引に使う気満々になっているのだ。
『植物紙ができたら押絵と押字の道具を、アルベール商会に発注しよう』
お父さまは上機嫌だった。
何のことやらと聞いてみたら、版画と活版印刷の事だった。
驚いたことに、印刷の考えそのものは以前からあったのだそうだ。
ただ羊皮紙が貴重すぎて、同じ内容の書紙を作るという不経済な行為ができなかっただけだった、ということらしい。
活版印刷については、1文字の判子みたいなものを並べる程度の事しか知らないが、それを話すと、やはり同様の仕組みということで私の出る幕はない。
しかし版画は譲らない。
浮世絵を紹介する動画が素晴らしかったのでよく覚えているのだ。
最初の工程はこうだ。
植物紙に下書きを描いたら、糊を塗った版木に絵の面を下にして張り付け、糊が乾いたら紙の裏面を適度に濡らし、指で擦りながら絵が透けてくるまで剥いでゆく……消しゴムのカスのように紙がポロポロと取れていくのだ。
そうなることはわかっているけれど、最初にやった人アイデアマンだな~と当時は思った。
この先は学校の授業でやったように彫刻刀で彫って、顔料を落としてブラシで広げ、乗せた紙をバレンで刷る。
色ごとに同じ作業を何度も何度も繰り返す。色分けがずれないように刷るのは職人の腕だ。
版画でグラデーションは凄いな~とか、版木は山桜の木がいいらしいとか、伝わるかわからないことをツラツラ言いながら浮世絵の凄さを語った。
山桜に関しては後日、植物図鑑で探してみようと思う。ついでに八重桜も。河津桜も。枝垂桜も。
そんなこんなで〈ティストーム王国の歴史〉を綴った装飾本を何十冊か作って配る構想が練られ始めた。
その歴史本はプレゼン用の見本誌だ。
植物紙と印刷技術を合わせた餌に、諸々の交渉を有利に進めるそうだが「王と王妃の似顔絵を入れた家系図は外せんなぁ」だなんて脂下がっていたから、美しい妻を自慢したいだけではないのかと思わなくもない。
お父さまから全公開の許しが出るまでは、商会から世に出していいのは「藁紙」と「藁とつるんの木枝の混合紙」のみとするそうだ。
そんな取り決めは全て捕らぬ狸の皮算用……まだ藁紙しか出来ていないのにね~。ぷふっ。
♪この憩いの提供は『アルベール商会の人気菓子の詰め合わせ』……でお送りしました。
。o○。o○゜・*:.。. .。.:*・゜
「お待たせしてすみません。調理を始めましょう」
はっ! トリップしてました。
チギラ料理人? ええと、ここはどこ? 離宮だ。
「………」
アルベール兄さまが呆れた目で見ていた。
えへっ。
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