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【2】ものすごく残念で、あまり頼りたく…
勇者を辞めるための後出しの条件が正気じゃない。
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高く吊り下げられたシャンデリア、大理石に赤色の絨毯。
いかにも重厚な一枚板の机、いかにも高そうな黒革のソファー。
何が描かれているのかはよく分からないが、とりあえず高そうな絵画。
アイゼン達は冒険者協会本部の応接室にいた。
勇者辞めます。やっぱり辞めます。
そうアイゼンが宣言してから5分が経過している。
「もうちょっと、もうちょっと……ね? 頑張ってみません?」
「ほんと評判がいいだよ君。今まで一番いいの、頼りになるのよ」
会長の男と側近の男が対面で座り、アイゼンを全力で遺留に掛かっている。
アイゼンは頼られると断れない性格。
協会側はそんなアイゼンの性格など百も承知だ。
実際に、アイゼンはこの時点で既に「もうちょっとなら」と言いそうになっている。
「あのーちょっといいすか」
そんなアイゼンの助け舟になったのはニースだった。
「そもそも、勇者って何が仕事なんすか」
「それは、困った人を助け、悪を成敗する事ですよ! 皆の憧れ、皆の勇気!」
「あーそういうのいいんで」
ニースは暑苦しく語り始める側近をあしらう。
説明が苦手なニースに代わり、ジェインが質問の意味の説明を始めた。
「勇者への依頼があまりにも小さすぎる。勇者が何でも屋に成り下がっている。そうは思いませんか」
「頼られる、慕われる、勇者とはそういうものです!」
「あー、そういうのマジやめてもらっていいっすか」
ニースは相手がお偉いさんである事も気にせず、腕組みをしてため息をつく。
冒険者とはおおよそ粗暴なものだが、ここまで態度がデカい者もそうはいない。
「他の冒険者に出来ない事だけさせるか、いっそもう勇者制度辞めちまえ」
「何だね君は。さっきから随分と態度が大きいが」
「退治屋」
「ニースはアイゼンが次期勇者候補として選んだ冒険者ですよ」
「は?」
会長と側近はあからさまに見下したような態度を見せる。今までの勇者候補とは似ても似つかないからだ。
ただ、「こんな者を連れて来るほど辞めたがっている」という事は伝わったようだ。
「勇者さん、頑張りましょう。俺が支えますから」
「いや何でお前寝返ってんだよ、アイゼンの力になるんじゃねえのかよ」
なぜかアーサーは協会側に付いている。
尊敬するアイゼンの引退など考えられないようだ。
「お、俺は……」
アイゼンが辞めたいと思っているのは本当だ。
だが期待されているのも分かっている。
自分が辞めたなら、次の者がまた同じ苦しみを味わう。
アイゼンはそれを変えようと決意し、ここに来た。はずだった。
「ゆ、勇者の在り方は……確かにニースの言う通りがいい、と」
「アイゼンくん。君、今までの歴代の勇者を否定するという事かね?」
「いやあ、君がその気ならまあそれも考え方の1つだけどさ。そういうの後々響いちゃうよ?」
会長と側近はアイゼンの性格を手玉に取り、なんとかして勇者を続けようとさせる。
アイゼンが胃を抑え、言葉を詰まらせる姿を見て、ニースはたまらず口を挟んだ。
「アーサー、おめえアイゼンが苦しんでんの分かるだろ」
「……僕は、アイゼンさんに勇者でいて欲しくて」
「おめえの憧れの勇者さま、こんなんなってんだぞ。いいのかそれで」
「……それは」
アイゼンの顔色が悪い。
ネッコがアイゼンの膝に飛び乗り、心配そうにアイゼンの腹を温めようとする。
「あーあ、こんな時、勇者はどんな味方が欲しいと思う?」
「僕くらい強くて頼もしい仲間です!」
「驚いた。アーサー、君はニースよりも頭が悪いんだね、可哀想に」
「オレくらい気の利いたヒールできるようになってから頼もしいって言え」
全員の口の中にしょっぱさが広がり、ニース以外が顔をしかめた。
ネッコだけは驚いて舌なめずりをし、目を輝かせている。飼い主に似たようだ。
ニースのペースに捕まると、どうにも話が前に進まない。
言葉を発せずにいるアイゼンに代わり、ジェインが会長へと質問を投げかけた。
「なぜ冒険者協会は勇者を必要とするのだろうか。冒険者がこなせば回るはずだ」
「……それは機密事項であり、王子であるあなたにもお伝えするわけには」
「そうですか。では、うっかり歴代の勇者はドラゴン退治なんて行ってない! などと言わないように気を付けて帰ります」
ジェインが悪い笑みを浮かべ、席を立とうとする。
この3人が勇者の真相を知っていると気付いた会長は、慌ててジェインを制止した。
「待って、待って下さい!」
会長が両手を合わせながら頼み込む。
退治屋が言う事など、大した影響力はない。
だが王子が話してしまえば、多くの者が真実だと受け取ってしまう。
実際に真実なのだが、それが広まれば、今までの勇者制度も冒険者協会も崩壊だ。
「分かりました。勇者制度を維持する理由、お話します」
「か、会長!」
側近が駄目だと言って会長の腕を揺さぶる。
しかし、そんな仕草をしてしまえば、何かを隠していると告げたも同然だ。
「あー、ボクって声が大きいし、内緒話が他人に聞こえてしまうかもー」
「言います、言いますから! お願いです、外には漏らさないで下さい!」
「外にお漏らしって、なんか笑える」
「ニース」
「あ、はい」
ジェインがアイゼンに視線を向けるも、アイゼンも初耳のようだ。
勇者の真の存在義は、勇者にも知らされていなかった。
「……その、牽制なんです」
「誰に対してですか?」
「ま、魔王です」
会長が深刻そうな顔で打ち明ける。
だが、アイゼン達は全員ぽかんと口を開けたままだ。
「魔王やドラゴンは伝説上の存在だと」
「はい、確かにそう言いました」
「いやあね、いるんですよ、本当は。魔王はいるんです」
「ついでに言うと、魔王っていうのがドラゴンなんですよ」
会長の話はこうだった。
遥か昔、ドラゴンと人との間で縄張り争いが続けられていた。
多くの命が失われたが、ある勇者と呼ばれた男がついにドラゴンを倒した。
ドラゴンは迂闊に人に手を出せないと分かり、棲み処を山奥に移した。
けれど、ドラゴンは諦めていない。いつか人の土地を奪うつもりでいる。
「彼らの天敵は勇者です。ドラゴンは勇者という言葉を嫌という程記憶に焼き付けています」
「勇者がまだこの世にいる。勇者は今でも活躍している。そうなればドラゴンも手出しできません」
会長達の話を聞き、アイゼンはようやく自分の存在意義と役目を理解した。
「つまり勇者がいて、何かしら各地でやっていたら、それだけでドラゴンを牽制できる。ということですね」
「そういうことです。実は、勇者だから何をして欲しいという事は何もないんです」
「でも、何かして貰わないと……ほら、名声も上がらないし」
「俺は、そんな事のために……」
そんな事のために、長年胃薬を飲み続けてきたのか。
そう思うと、アイゼンは何とも言えないやるせなさを覚えてしまう。
勇者がいなければ世界が滅びる。
だが、かといって何をしたらいいという仕事は特にない。
だったら、毎日スピーカーで勇者勇者と連呼していろという話だ。
「なんだか、謎が解けた気分だ。その意味でなら確かにアイゼン、君は勇者として相応しい事になる」
「勇者制度を止める訳にはいかないし、役割を制限すると名声も轟かない……」
「ですから、勇者は必要なんですよ。だから頑張って、勇者候補の募集もまだですし」
今ここで勇者を辞める事は出来ない。
細かい依頼を露骨に嫌がるニースでは、勇者の真の目的には不向きだ。
だが、アイゼンはこれ以上体がもたない。
皆が考え込む中、解決策を思いついたのは脳筋組だった。
「じゃあ本当にドラゴン退治に行ったら……いいんじゃないですか」
「そうだな、倒そうぜ! ドラゴンがいなくなりゃ、勇者いなくてもいいよな!」
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