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【1】ものすごく怪しくて、あまり信用できない。
退治屋と王子様。
しおりを挟む―― 勇者が酒場で嘆いたその数日後。
「ほら見て! この花な、蜜吸えるやつ」
18歳男性の嬉しそうな発言である。
「そうなのかい? 庶民は何でも口に入れるんだね、逞しい」
「あーっ! またそうやって庶民を馬鹿にする!」
「褒めたつもりなんだけど。うーん、庶民と同じ目線まで下げるのは難しいな」
普通ならば「馬鹿か」「だからどうした」と返すだろう。だが隣を歩く青年は朗らかに笑みを浮かべ、素直に受け入れる。
発言に若干の毒が含まれているものの、本人にその自覚はない。
花の蜜発言をした金髪に褐色肌の男の名はニース・オーガスト。各地を旅してまわる「退治屋」だ。
ニースよりやや背の高い、色白で栗色の髪の男はジェイン・アンドニカという。
草原に吹く風は爽やかで、歩いて次の町まで行くにはちょうど良い季節。
2人は緩やかな丘陵地に差し掛かり、合間を縫う街道を歩いているところだ。
「あー遠いよなあ、あと1日歩き続けるんだぜ」
「ボクはこうして街道を歩くなんて初めてだよ。新鮮でとても楽しいね」
「王子様は気楽でいいな。苦労なんてしたことないだろ」
ジェインはアンドニカ王国の第3王子である。
兄2人、姉1人、弟1人、5人兄弟の4番目として生まれた。
「苦労ならたくさんしてきたさ」
「例えば?」
ジェインの長兄は次期国王。期待と責任を一手に引き受けられる、性格の良い聡明な男だ。
次男は兄の右腕となり、次期国王代理として努力を惜しまぬ人物になった。
姉の美貌は各国の要人を虜にした。姉を狙う諸外国の貴族王族は列をなしている。
弟は甘え上手。おおよその我が侭を聞いてもらい、様々な行いを許されてきた。
肝心のジェインはどうか。
彼は重責もなく、特に期待もされず、末っ子ほど可愛がられもせず育った。
「王家ってのはね、苦労ばかりなんだ。正直な話、ボクはそんなに期待されていない。でも王族だから、ある程度は出来なきゃいけない」
「え、お前期待されてないの? 可哀想」
「うっ……」
ニースに同情される王族でいいのか。ジェインは苦笑いを浮かべ、おでこを掻く。
「客人もね、王族として扱ってはくれるけれど、内心はお前と親しくなってもなあ……って思っているはず」
「もしかして要らない子? だから城出たのか? え、お前、本物の可哀想な奴か! なんかごめん」
「外の世界を知りたかったんだってば」
「ふーん、外なんか窓から見てりゃいいのに」
ニースはジェインの身の上に同情しつつ、「王族めんどくせーな」と月並みの感想を口にする。
「で、何が苦労なの?」
「え?」
「お前結局どこで苦労してんの?」
「あれれ? 今の話でボクの苦労が分からないかな……期待されていないと分かっていながら、王族として振舞う苦労を語ったんだけど」
ニースにはあまり察する力が備わっていない。
お気づきの通り、彼は賢さで渡り歩くタイプではない。力こそパワーのタイプだ。
「あー分かった! 要る子になるために邪魔な兄ちゃん達に毒盛るんだな! 早く言えよ、オレ、毒がある花知ってるぞ、ちゃんと死ぬやつ」
「いや全然違う、全然違うけど!? ニースの頭脳に合わせた言い方が出来なくてすまない」
「あ? 何言ってんのかよく分かんねえけど、そのうち出来るようになるんじゃねえの」
ジェインが外の世界を知りたいと言った時、さすがに王も王妃も難色を示した。
王族が護衛もなしに出歩くなど、不用心にも程がある。
けれどジェインに限っては大丈夫だった。
彼は国民の前に姿を見せる機会が少なすぎた。
国民もジェインの顔は「見たら分かるかも」程度にしか覚えていない。
国民の中で、ジェインの姿は幼少期のまま止まっていた。
試しにジェインが庶民の格好で町を歩いた時、なんと誰もジェインに気付かなかった。
変装した兵士が見張る中、実験は大成功を収めた。収めてしまった。
「買い物の方法も分からねえのに、よく旅に出ようと思ったな」
「ははは……自分は何が出来ないのか、それが分かって良かったんだよ」
「何もできてねえよ、王子様ジョークとかいらねえすわ」
昨日、ジェインは1人で放浪の旅に出た。
勉強はやればできる。頭は良い方だ。
だがジェインはあまりにも世間知らずだった。
夕暮れにはいよいよ困ってしまい、川辺で水を飲もうと顔を浸けた時……それを入水と勘違いしたニースと出会った。
ジェインの1人旅は、城から僅か1キルテ(≒1キロメートル)の川辺で終わったのだ。
ジェインは己の無力さを自覚し、ニースに護衛を頼んだ。
ニースは「なんか面白そう」と二つ返事で応じ、それから今に至っている。
城の者がジェインに「1泊2日のおひとり様観光旅行」程度の経験をさせるつもりで送り出した事を、2人は知っているのだろうか。
「ジェイン、戦ったり出来るんだよな」
「……本物の剣なんて扱った事がないよ。殴るなんて野蛮だし、銃なら少々」
「銃!? すげー、殺し屋みたいだ! 銃ありゃ毒は要らねえな、よし」
「いや暗殺は忘れてくれ、ボクは兄達が大好きだ」
ニースは賢くないが、剣の腕前は確かだった。
大きな剣を手足のように扱い、どんな化け物でも叩き斬る。銃弾も剣で弾き返す。
魚を3枚おろしにも出来る。
「城につえー武器とかねえの? オレ新しい武器が欲しいんだわ」
「あると思うけど……戻ったとしても、お父様から許可を頂かないと」
「よっしゃ! ちょっと行って許可もらおうぜ!」
「今更戻るのもね。それに許可をいただくには時間が掛かるんだ、手続きもある」
家族とはいえ、城のものは国のものでもある。「ちょっと貸して」で持ち出せるものでもない。
「王家クッソめんどくせーな!」
「クソだなんて、そんなはしたない言葉は感心しないよ、ニース」
「うんこめんどくせえ!」
「え、もよおしたのかい? 困ったな……」
クソをうんこと言い直したら良いというものではない。どうせどちらもはしたない。
一方のジェインもかなり天然だ。
会話は成立しているが、噛み合ってはいなかった。
「お前と話してると頭おかしくなりそ。魔法は」
ニースに言われたくないなどと言わず、ジェインは困った表情を浮かべる。
「一応習ったんだけどね。制御が難しくて。あまり才能はないみたいだ」
「丸腰で1人旅するつもりだったのか? お前、旅ナメてんすか。オレでも出来るぞ」
そう言って、ニースが呪文を2度唱える。
何故2度唱えたかというと、暗記が苦手で間違えたからだ。
「ヒール!」
魔法の発動と共に風がふわりと服や髪を揺らし、ニースの周囲が淡く光る。
その光が頭上に集まった後、ニースとジェインに降り注いだ。
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