30年越しの手紙

星の書庫

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ある日の事

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 二学期が始まって一ヶ月。十月のある日の事だった。
その日は、朝からひなの表情が暗かった。
気になった僕は、昼休みに聞いてみることにした。
「ひな?今日は元気ないみたいだけど、大丈夫?」
「……ん?何か言った?」
考え事をしていたのか、彼女は僕の話を聞いていないみたいだった。
「大丈夫?何かあった?」
「あぁ。うん……。だ、大丈夫だよ?」
「本当に?何か隠してない?」
「か、隠してない!大丈夫だから!」
そう言うと、彼女は教室を出ていってしまった。
「……僕、何かしたかなぁ」
何か気に障ることでもあったのだろうか。彼女の考えていることはよく分からない。
「……放課後に聞いてみるか」
彼女のことが気になって、授業は耳に入ってこなかった。

 学校が終わると、彼女はいつも通り僕の教室に来た。
「一緒にかえろ……」
「う、うん。いつもそうしてるでしょ?」
「……そうだったね」
「話があるなら、僕の家に来る?」
「……うん」
今日の彼女は、いつになく元気がない。
僕と話している時も、どこか上の空。ここまで落ち込んでいる彼女は初めて見た。
「……急ごうか」
「そ、そうだね……」
会話も続かず、僕たちは無言のまま、家に帰った。

 僕の部屋に入ると、ひなは僕に抱きついてきた。
「ひなさん?急にどうしたんです……?」
「私……。ハルキに嘘ついてた」
「嘘?」
「……うん」
彼女の声は、震えていた。後ろから抱きつかれているので顔は見えないが、おそらく泣いているのだろう。
「何か……あった?」
そう聞くと、彼女は声を出さずに頷いた。
「病気、完治したって言ったじゃん……?」
「うん。言ったね」
病気。その単語に、僕の心臓は跳ね上がる。
嫌な予感がした。
「あれさ……。病気ね、治ってなくて……」
「治ってない……?」
初めて病気の事を聞いた時の、彼女の違和感。その正体はこれだったのか。
「ううん。むしろその逆」
「逆って……。まさか」
「うん、そのまさかだよ……」
「進行、してるの?」
「……うん」
涙を流す彼女は、「ごめんね」と謝る事しかできない。
「ひなが謝る必要なんてないよ。僕の方こそ、気付けなくてごめんね」
「い、いや……。それは、隠してたからさ」
「……うん」
動揺する僕に、彼女は更に追い討ちをかけた。
「結構進行してるみたいでさ……。余命、あと一年とちょっとらしくて……」
「……え」
耳が悪いのか、よく聞こえなかった。
……いや、聞こえてはいた。理解が出来なかった。
「いち……ねんって、どのいちねん?」
「一年は一年だよ……。黙っててごめん……」
余命一年。その言葉は、僕に重くのしかかった。
あと一年で彼女を失ってしまう。そんなの、耐えられるわけがない。
「そ、それも嘘、だよね……?」
「……嘘じゃないの」
「そう、だよね。そっか……」
「隠しててごめん」
「言える時でいいって言ったのは僕だから、仕方ないよ」
「……ありがと」
 残り一年。高校を卒業するまでは、彼女の傍にいようと決めた。
何も出来ない僕がそばにいていいのかは、まだ分からない。
少しでも彼女の支えになれるなら、僕はどんなことだってする。
「あと一年、よろしくね」
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