30年越しの手紙

星の書庫

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気分転換

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 僕は夏休みまでの一週間、学校へ行かなかった。
正確には、行けなかった。
彼女の浮気現場を目撃してしまってから、僕は、自分に自信をなくしてしまった。
隣に座っていたイケメンの後輩の顔。僕を見て申し訳なさそうに俯いたひなの顔。
二人の顔が、悪夢のように僕へと襲いかかってくる。
「……いいかげん、すぐ落ち込む性格を治さないとな。これくらいで情けない。……僕がイケメンじゃないのなんて、皆知ってる事なんだ」
もう何度、同じ独り言を繰り返しただろうか。嫌な事ほど、頭から離れない。
六花に教えて貰ったアニメも、内容が頭に入ってこない。
人間、本当に落ち込むと何もする気になれないものなのか。
そんなことを考えながら、僕は一人、ベッドに横たわっていた。

 夏休みが始まって一週間。僕は家族と、熱海まで旅行に行く事になった。
僕は断ったが、母さんがそんな事を許してくれるはずもなく、仕方なく旅行の準備をはじめた。
落ち込んでいる僕にとって、旅行はあまり気乗りのしない。それどころか、途中で帰ろうなんて思っていた。
「途中で帰るって言ったってねぇ……。どうやって帰るつもりなの?乗り継ぎとか、わかんないでしょう?」 
「そうだけど……」
「じゃあ行くよ!あんた一人置いてくのも何かと面倒だしね!」
母さんは郷顔に笑うと、弟たちの部屋まで行ってしまった。
「……たまには、良いか」

 熱海駅から徒歩五分。着いたのは温泉宿だった。部屋は和室で、家族四人が泊まるには十分すぎるほど広かった。
「いやぁー!一度来てみたかったんだよね!熱海の温泉宿!」
「あなた、はしゃぎすぎよ~」
「おっと!子供を差し置いてはしゃぐとは!でも仕方ないよね!熱海だもん!」
日頃仕事で忙しい父さんは、誰よりもこの旅行を喜んでいた。
母さんも、運転の疲れが見えるけれど、宿の設備を見て満更でもなさそうにしている。
対する僕のテンションは、終始下がり続けている。
「ハルキ、テンション低いわよ!もっと気分良くいかないと!ほら、あんたも!」
母さんは、僕と弟の背を叩いてくる。
「痛いって。テンションなら上がってるよ」
「じゃあなんだって言うんだい?楽しまなきゃ損よ!」
「うん。ちゃんと楽しむから、背中を叩かないで?」
「はいはい!うちの子供はわがままで可愛いね!」
「本当だよ!」
親が二人揃うと面倒だと、改めて認識した。

 久しぶりの、家族団欒の時間。
その時間が、ひなとの事を、少しだけ忘れさせてくれた。
 
枷が取れた気がして、気が楽になった。
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