教室の魔法使い

中富虹輔

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エピローグ

エピローグ また明日

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 ぼくらが、大山さんの「秘密の地下室」を出たのは、六時半を少しすぎたころだった。歩き始めた宮島が、地面に転がっていた石ころに足を取られて転びそうになるのを、ぼくはあわてて支えてやる。
「もうちょっと気をつけなよ。ヤーナスが『運喰らい』じゃなくなった、っていったって、まだ宮島の運は悪いままなんだから」
「そうだね。ごめん」
 そんなふうに宮島が素直に応えたことは、ちょっと意外だった。ぼくは彼女に目を向け、「どうしたの、いったい?」問わずにはいられなかった。
「どうした、って?」不思議そうに小首をかしげる宮島。
「え? いや、その……」ぼくは口ごもった。どうしようか迷ったのも数瞬。ぼくは意を決して、本当のことをいうことにした。「いつもと反応がちがうから、ちょっと」
「『あたしの勝手でしょ』とかって、いうと思ってた?」宮島の問いに、「まあ、ね」ぼくは苦笑を返した。
「今はね、そういう気分なの」ちょっとすねたような、甘えた声で彼女は応えた。そんな彼女に、ぼくは意地悪くいった。「ずっとそういう気分でいてもらえると、うれしいかな、なんて思うんだけど」
「そうね。考えとくわ」
 ぼくの言葉をさらりと受け流し、宮島はぼくに目を向けた。「ええと、ね。一応、確認しておきたいんだけど……」
 言葉尻を濁した宮島に、「なにを?」先をうながす。それでもしばらく、彼女は「確認したいこと」を本当に口に出すべきなのかどうかを、迷っているようだった。
 宮島が、右肩に目を向けた。そして小さく首を横に振る。「ううん、大丈夫」彼女の声が漏れ聞こえる。どうやら、彼女は肩の上のヤーナスと話をしているようだ。やがて彼女はぼくの方に目を向けなおした。
「このあいだ、ヤーナスがいったこと、覚えてる?」
 ぼくはうなずきを返した。「ぼくがいたから、宮島が、魔法の勉強をやり直す気になった、ってやつだろ?」
「そう」うなずく宮島。「ヤーナスとあう前にも、同じようなこと、いってたよね?」
「そうだっけ?」ぼくの言葉に、宮島は首をかしげ、やがて「ああ、そういえば、そんなことをいったっけ」納得したようにうなずく。「確か、あの公園でしょ? 大山がいることがわかった」
「そうそう。宮島が格好つけて、結局大山さんに助けてもらったとき」
「そんなことまで思い出させなくていいの」調子に乗っていったぼくに、宮島は口をとがらせた。けれども、その表情もそれほど長くは続かなかった。
「……ま、それはともかくとして」
 宮島は真顔になり、ぼくを見つめた。「まあ、そういう事情もあるし、ここ二ヶ月くらい、峰岸くんと一緒にいてみてわかったんだけど、……なんていうのかな。あたしは、峰岸くんが『特別な人』でもいいかな、って思ってるんだけど……」
「『特別な人でも』? なんか、それって『もっといい人はいるんだけど、とりあえずぼくで妥協しておこう』っていわれてるみたいな気がするんだけど?」
 彼女の言葉をとらえたぼくの言葉に、「ちゃかさないでよ」宮島は、すねたような視線をぼくに投げかけてきた。「こっちはやっとの思いでいってるんだから」
「ごめん」ぼくは素直に謝った。「続けて」
「うん、それでね。本当のところ、峰岸くんはどうなの? あたしで、いい? それとも、あたしは、そういう対象には見れない?」
 いつになく真摯な彼女の視線に、ぼくはなんだか奇妙な居心地の悪さを感じ、居住まいを正した。
「正直にいえば、宮島を恋愛対象に見てたことは、一度もないんだ。……知り合ってから、そんなに時間がたっているわけでもないし」
 ぼくの言葉に、明らかに宮島は落胆したようだった。結果は最初からわかっていたけれども、それでも「もしかして」という望みが捨てきれず、けれども結局は予想通りに事が運んでしまったような、そんな表情が彼女の顔に浮かんでいる。
 ぼくはあえてその表情は無視して、言葉を続けた。
「でも、なんていうのかな。好きだとか嫌いだとか、恋人だとか、友達だとか。ぼくと宮島の関係、っていうのは、そんなふうに一言でいってしまえるようなものじゃないと思うんだ」
 落胆の表情が、ゆっくりと疑問符にとってかわられていく。ぼくは宮島に微笑みかけた。
「だから、そういう意味でいうのなら、とっくに、宮島はぼくの『特別な人』になっているんだ。……たぶん、はじめて宮島にあった、あの日から」
 宮島が硬直した。驚き、怒り、喜び。彼女の顔に、そんな感情がごった煮になった表情がうかび、やがてその表情は、とびっきりの笑顔へと収束していった。そして彼女は、さりげないしぐさで、距離にして半歩、ぼくに密着するすれすれまで、身体を近づけてきた。服の布地ごしに、宮島の体温を感じながら、
「さ、帰ろう。はやくしないと、真っ暗になっちゃうよ」
「うん、そうだね」
 ぼくの言葉に宮島は笑顔を返し、そしてぼくらは歩き出した。

「じゃ、また明日」
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