9 / 9
エピローグ
エピローグ また明日
しおりを挟む
ぼくらが、大山さんの「秘密の地下室」を出たのは、六時半を少しすぎたころだった。歩き始めた宮島が、地面に転がっていた石ころに足を取られて転びそうになるのを、ぼくはあわてて支えてやる。
「もうちょっと気をつけなよ。ヤーナスが『運喰らい』じゃなくなった、っていったって、まだ宮島の運は悪いままなんだから」
「そうだね。ごめん」
そんなふうに宮島が素直に応えたことは、ちょっと意外だった。ぼくは彼女に目を向け、「どうしたの、いったい?」問わずにはいられなかった。
「どうした、って?」不思議そうに小首をかしげる宮島。
「え? いや、その……」ぼくは口ごもった。どうしようか迷ったのも数瞬。ぼくは意を決して、本当のことをいうことにした。「いつもと反応がちがうから、ちょっと」
「『あたしの勝手でしょ』とかって、いうと思ってた?」宮島の問いに、「まあ、ね」ぼくは苦笑を返した。
「今はね、そういう気分なの」ちょっとすねたような、甘えた声で彼女は応えた。そんな彼女に、ぼくは意地悪くいった。「ずっとそういう気分でいてもらえると、うれしいかな、なんて思うんだけど」
「そうね。考えとくわ」
ぼくの言葉をさらりと受け流し、宮島はぼくに目を向けた。「ええと、ね。一応、確認しておきたいんだけど……」
言葉尻を濁した宮島に、「なにを?」先をうながす。それでもしばらく、彼女は「確認したいこと」を本当に口に出すべきなのかどうかを、迷っているようだった。
宮島が、右肩に目を向けた。そして小さく首を横に振る。「ううん、大丈夫」彼女の声が漏れ聞こえる。どうやら、彼女は肩の上のヤーナスと話をしているようだ。やがて彼女はぼくの方に目を向けなおした。
「このあいだ、ヤーナスがいったこと、覚えてる?」
ぼくはうなずきを返した。「ぼくがいたから、宮島が、魔法の勉強をやり直す気になった、ってやつだろ?」
「そう」うなずく宮島。「ヤーナスとあう前にも、同じようなこと、いってたよね?」
「そうだっけ?」ぼくの言葉に、宮島は首をかしげ、やがて「ああ、そういえば、そんなことをいったっけ」納得したようにうなずく。「確か、あの公園でしょ? 大山がいることがわかった」
「そうそう。宮島が格好つけて、結局大山さんに助けてもらったとき」
「そんなことまで思い出させなくていいの」調子に乗っていったぼくに、宮島は口をとがらせた。けれども、その表情もそれほど長くは続かなかった。
「……ま、それはともかくとして」
宮島は真顔になり、ぼくを見つめた。「まあ、そういう事情もあるし、ここ二ヶ月くらい、峰岸くんと一緒にいてみてわかったんだけど、……なんていうのかな。あたしは、峰岸くんが『特別な人』でもいいかな、って思ってるんだけど……」
「『特別な人でも』? なんか、それって『もっといい人はいるんだけど、とりあえずぼくで妥協しておこう』っていわれてるみたいな気がするんだけど?」
彼女の言葉をとらえたぼくの言葉に、「ちゃかさないでよ」宮島は、すねたような視線をぼくに投げかけてきた。「こっちはやっとの思いでいってるんだから」
「ごめん」ぼくは素直に謝った。「続けて」
「うん、それでね。本当のところ、峰岸くんはどうなの? あたしで、いい? それとも、あたしは、そういう対象には見れない?」
いつになく真摯な彼女の視線に、ぼくはなんだか奇妙な居心地の悪さを感じ、居住まいを正した。
「正直にいえば、宮島を恋愛対象に見てたことは、一度もないんだ。……知り合ってから、そんなに時間がたっているわけでもないし」
ぼくの言葉に、明らかに宮島は落胆したようだった。結果は最初からわかっていたけれども、それでも「もしかして」という望みが捨てきれず、けれども結局は予想通りに事が運んでしまったような、そんな表情が彼女の顔に浮かんでいる。
ぼくはあえてその表情は無視して、言葉を続けた。
「でも、なんていうのかな。好きだとか嫌いだとか、恋人だとか、友達だとか。ぼくと宮島の関係、っていうのは、そんなふうに一言でいってしまえるようなものじゃないと思うんだ」
落胆の表情が、ゆっくりと疑問符にとってかわられていく。ぼくは宮島に微笑みかけた。
「だから、そういう意味でいうのなら、とっくに、宮島はぼくの『特別な人』になっているんだ。……たぶん、はじめて宮島にあった、あの日から」
宮島が硬直した。驚き、怒り、喜び。彼女の顔に、そんな感情がごった煮になった表情がうかび、やがてその表情は、とびっきりの笑顔へと収束していった。そして彼女は、さりげないしぐさで、距離にして半歩、ぼくに密着するすれすれまで、身体を近づけてきた。服の布地ごしに、宮島の体温を感じながら、
「さ、帰ろう。はやくしないと、真っ暗になっちゃうよ」
「うん、そうだね」
ぼくの言葉に宮島は笑顔を返し、そしてぼくらは歩き出した。
「じゃ、また明日」
「もうちょっと気をつけなよ。ヤーナスが『運喰らい』じゃなくなった、っていったって、まだ宮島の運は悪いままなんだから」
「そうだね。ごめん」
そんなふうに宮島が素直に応えたことは、ちょっと意外だった。ぼくは彼女に目を向け、「どうしたの、いったい?」問わずにはいられなかった。
「どうした、って?」不思議そうに小首をかしげる宮島。
「え? いや、その……」ぼくは口ごもった。どうしようか迷ったのも数瞬。ぼくは意を決して、本当のことをいうことにした。「いつもと反応がちがうから、ちょっと」
「『あたしの勝手でしょ』とかって、いうと思ってた?」宮島の問いに、「まあ、ね」ぼくは苦笑を返した。
「今はね、そういう気分なの」ちょっとすねたような、甘えた声で彼女は応えた。そんな彼女に、ぼくは意地悪くいった。「ずっとそういう気分でいてもらえると、うれしいかな、なんて思うんだけど」
「そうね。考えとくわ」
ぼくの言葉をさらりと受け流し、宮島はぼくに目を向けた。「ええと、ね。一応、確認しておきたいんだけど……」
言葉尻を濁した宮島に、「なにを?」先をうながす。それでもしばらく、彼女は「確認したいこと」を本当に口に出すべきなのかどうかを、迷っているようだった。
宮島が、右肩に目を向けた。そして小さく首を横に振る。「ううん、大丈夫」彼女の声が漏れ聞こえる。どうやら、彼女は肩の上のヤーナスと話をしているようだ。やがて彼女はぼくの方に目を向けなおした。
「このあいだ、ヤーナスがいったこと、覚えてる?」
ぼくはうなずきを返した。「ぼくがいたから、宮島が、魔法の勉強をやり直す気になった、ってやつだろ?」
「そう」うなずく宮島。「ヤーナスとあう前にも、同じようなこと、いってたよね?」
「そうだっけ?」ぼくの言葉に、宮島は首をかしげ、やがて「ああ、そういえば、そんなことをいったっけ」納得したようにうなずく。「確か、あの公園でしょ? 大山がいることがわかった」
「そうそう。宮島が格好つけて、結局大山さんに助けてもらったとき」
「そんなことまで思い出させなくていいの」調子に乗っていったぼくに、宮島は口をとがらせた。けれども、その表情もそれほど長くは続かなかった。
「……ま、それはともかくとして」
宮島は真顔になり、ぼくを見つめた。「まあ、そういう事情もあるし、ここ二ヶ月くらい、峰岸くんと一緒にいてみてわかったんだけど、……なんていうのかな。あたしは、峰岸くんが『特別な人』でもいいかな、って思ってるんだけど……」
「『特別な人でも』? なんか、それって『もっといい人はいるんだけど、とりあえずぼくで妥協しておこう』っていわれてるみたいな気がするんだけど?」
彼女の言葉をとらえたぼくの言葉に、「ちゃかさないでよ」宮島は、すねたような視線をぼくに投げかけてきた。「こっちはやっとの思いでいってるんだから」
「ごめん」ぼくは素直に謝った。「続けて」
「うん、それでね。本当のところ、峰岸くんはどうなの? あたしで、いい? それとも、あたしは、そういう対象には見れない?」
いつになく真摯な彼女の視線に、ぼくはなんだか奇妙な居心地の悪さを感じ、居住まいを正した。
「正直にいえば、宮島を恋愛対象に見てたことは、一度もないんだ。……知り合ってから、そんなに時間がたっているわけでもないし」
ぼくの言葉に、明らかに宮島は落胆したようだった。結果は最初からわかっていたけれども、それでも「もしかして」という望みが捨てきれず、けれども結局は予想通りに事が運んでしまったような、そんな表情が彼女の顔に浮かんでいる。
ぼくはあえてその表情は無視して、言葉を続けた。
「でも、なんていうのかな。好きだとか嫌いだとか、恋人だとか、友達だとか。ぼくと宮島の関係、っていうのは、そんなふうに一言でいってしまえるようなものじゃないと思うんだ」
落胆の表情が、ゆっくりと疑問符にとってかわられていく。ぼくは宮島に微笑みかけた。
「だから、そういう意味でいうのなら、とっくに、宮島はぼくの『特別な人』になっているんだ。……たぶん、はじめて宮島にあった、あの日から」
宮島が硬直した。驚き、怒り、喜び。彼女の顔に、そんな感情がごった煮になった表情がうかび、やがてその表情は、とびっきりの笑顔へと収束していった。そして彼女は、さりげないしぐさで、距離にして半歩、ぼくに密着するすれすれまで、身体を近づけてきた。服の布地ごしに、宮島の体温を感じながら、
「さ、帰ろう。はやくしないと、真っ暗になっちゃうよ」
「うん、そうだね」
ぼくの言葉に宮島は笑顔を返し、そしてぼくらは歩き出した。
「じゃ、また明日」
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
白雪姫症候群-スノーホワイト・シンドロームー
しらす丼
ファンタジー
20年ほど前。この世界に『白雪姫症候群-スノーホワイト・シンドロームー』という能力が出現した。
その能力は様々だったが、能力を宿すことができるのは、思春期の少年少女のみ。
そしてのちにその力は、当たり前のように世界に存在することとなる。
—―しかし当たり前になったその力は、世界の至る場所で事件や事故を引き起こしていった。
ある時には、大切な家族を傷つけ、またある時には、大事なものを失う…。
事件の度に、傷つく人間が数多く存在していたことが報告された。
そんな人々を救うために、能力者を管理する施設が誕生することとなった。
これは、この施設を中心に送る、一人の男性教師・三谷暁と能力に人生を狂わされた子供たちとの成長と絆を描いた青春物語である。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる